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2話 被疑者は記憶にないと供述しており

 「――それじゃあ、もう一度だけ話を整理させて」

 先ほど突然家に入り込んできた少女――賀来燈華かくとうかはこめかみを指で押さえながら、御霊剣の話をまとめ始める。

 「昨晩、悠はひどく酔っていて、酔いのテンションのまま社からこの剣をお持ち帰りしてしまった」

 「そうじゃない気もするけどな」

 「いやいや! 吾輩は確かにお主に盗まれた!」

 「そう言われても記憶ないから何ともな」

 橙華がムッとした顔で悠を見る。が、何かを諦めたかのように首を横に振って、今度は剣に顔を向けた。

 「それで、君は正真正銘、本物の”御霊剣”――と?」

 「当たり前だ!」

 その事実に、燈華はうなだれる。彼女の黒髪も呼応するようにサラリと揺れる。

 「……はぁ、どうするのこれ」

 「どうするって何が? 大人しく社に謝りに行って、元に戻すしかないだろ」

 「悠、もしかしてまだ”何も”見てないの?」

 「何もって何だよ」

 燈華はわかりやすく呆れながらも説明はしてくれるようで、スマホを操作し、二人にも見えるように置いた。書かれている文言を燈華が読み上げる。


 『渋谷区の社、『勇者の剣』盗まれる。窃盗事件で捜査』


 「へっ……?」

 鳩が豆鉄砲を食ったような声を上げる悠。燈華は淡々と続ける。

 「『社に設置された防犯カメラの映像には本日午前二時、黒づくめの服装の男性が社で暴れまわる姿が映っており、泥酔状態だったことが窺える』」

 「『周囲を気にする様子もなく、やがて柵を乗り越え剣の柄を握ると、そのまま引き抜いて持ち去った。わずか五分の犯行だった』」

 「『本件について社は被害届を提出し、警察は窃盗事件として捜査している』」

 一通り読み終えると、燈華は「で?」と視線で問いかける。

 悠は全身冷汗でダラダラになりながらも、すぐさまSNSを開く。『勇者の剣』というワードはすでにトレンド入りしていた。

 『罰当たりすぎる! こいつに不幸が訪れますように』『お酒のせいにしてはいけない。立派な犯罪だこれは』『御霊剣は歴史的にもとても価値のあるもの。それを盗むなんて許されることじゃない』『そもそも柵を設置していたとはいえ、外に放置していた社にも問題があるのでは?』『とりあえず死刑で良いんじゃないですかね』

当然、批判の嵐だった。 

 「今から謝りに行って、元に戻すんだっけ?」

 「……」

 プルプルと震えながら、悠はひとまずトイレに駆け込む。トイレからは甲高い叫び声がしばらく聞こえてきた。

 やがて、戻ってきた彼は覚悟を決めた顔をしていた。

 「すまん燈華。俺たちはもう終わりだ」

 「だから飲み過ぎるなって言ったのに……」

 燈華も顔を伏せる。

 「行ってくる」

 それから悠は外への扉に手をかける。そんな重々しい空気の中で、御霊剣が「おい待て」と、声を上げた。

 「吾輩も連れて行け」

 「ああ……そうだな。お前がいないと自首しても意味がないもんな」

 「いやそうなんだが、そういうことじゃない」

 「じゃあ何だよ」

 「……吾輩が擁護してやると言っているのだ」


      ☓  ☓  ☓


 それから悠は御霊剣の指示に従って、社へと向かい、社主に声をかけた。

 社の中に通され、社主と正座で対面した悠はすぐさま謝罪。ギターケースから御霊剣を取り出し、社主に差し出した。社主は謝罪に来たことは認めながらも、歴史的価値のある文化財を盗んだことを強く咎めた。

 「ひとまず言いたいことはまだまだありますが、一旦教えてください。……どうしてギターケースを二つも背負っているのですか?」

 「一つはギター用。もう一つはこの剣用ですね」

 「ギターを持ってくる必要はないのでは?」

 「ギターを常備しないギタリストはただのイキリストですから」

 「はぁ……。何を言っているのかよくわかりませんが」

 社主はコホン、と咳ばらいを一つする。

 「大変だとは思いますが、罪をしっかりと償い、生き方を改めなさい」

 そうして、社主が警察に連絡しようとした時。

 「まあ待て」

 そこで初めて剣が声を上げた。

 「ん?」

 社主は最初、悠がそう発言したのかと怒りをにじませていたが、剣が言葉を発したのだと理解すると、驚きのあまり腰を抜かした(ちなみに、燈華も剣の声を初めて聞いた時、驚きで飛び上がっていた)。

 それから社主はしばらく剣とヒソヒソ話す。

 「えっ、じゃああれが今回の……」「うむ。誠に遺憾ながらな……」途中、軽蔑の眼差しを向けられた気がしたが、悠は無視することにした。

 やがて、二人の中で結論が出たようで、社主はコホン、と咳払いした。

 「上者悠さん。あなたを警察に突き出すのはやめにします」

 「え、本当ですかっ!?」

 「ええ本当です」

 社主が頷く。まさかの展開に「よっしゃあ!」と喜ばずにはいられない悠だった。

 「まさかあなたが現代の勇者だとは思いませんでした」

 「ああ、そうですよ。何かこいつが言うにはね」

 「何だか急に口調が軽々しくなりましたね」

 「ああいえ、すいません。嬉しくてつい」

 「……まあともあれ。もう帰っていただいて結構ですよ」

 「ありがとうございます。今回は本当に申し訳ございませんでした!」

 最後に頭を下げて、さっさとその場を後にしようとする悠。

 「サンキュー剣。後でさきイカ奢ってやるからな」

 「……お主我輩をザリガニと勘違いしてないか?」

 そんな彼の背中に、社主はポツリとこぼした。

 「しかしあなたも大変ですね。まさか勇者としての責務を背負うことになるとは」

 「えっ? 責務って何ですか?」

 悠の反応に社主は目を丸くした。

 「知らないんですか? 御霊剣様が目覚めるということは魔王の復活も近いということ。


 勇者はですね――蘇る魔王を打ち倒す義務があるんですよ」


 今度は悠が目を丸くした。

 「いや、やらないですね……そんなこと」

 

      ☓  ☓  ☓


 「……悠よ。落ち着いて考えてほしい」

 「ん?」

 帰り道。蒸し返すような暑さに苦しみながら、スクランブル交差点の信号機を待っていたところで、剣がそう切り出してきた。悠は燈華にメッセージだけ入れて、ギターケースから聞こえる剣の話に耳を傾ける。

 「もしお主が魔王を打ち倒さなければ、間違いなく奴はこの世界を支配し、暗黒の時代がやってくることになる。お主が動かないとはそういうことだぞ?」

 「別に。魔王が支配すればいいんじゃねぇの。今もすでに経済悪くて暗黒期みたいなもんだし」

 「いいわけないだろう! お主は魔王を舐めすぎだ」

 剣の発言に、悠は釈然としない様子だ。

 「どうだか」

 信号機が青くなると、止まっていた人混みが一斉に動き出す。流れに漏れず、悠も歩き出す。

 「というか、魔王が蘇るってありえんのか?」

 「お主そこから信じてなかったのか……というか聞いたことないのか? 勇者の伝説を」

 「ちゃんと調べたことはないな」

 「教養もないとは呆れたものだ」

 ともあれ。今更その点を咎めたところで仕方ない。たまは勇者と魔王の戦いの歴史をざっくり教えた。悠はわかってんのかわかってないのかイマイチわからない表情で話を聞いていた。

 「――して、魔王の蘇りについてだが、まあ確実に蘇るだろう。吾輩も目覚めたしな」

 「お前が間違えて早起きしちゃった可能性は?」

 「伝説の剣たる吾輩がそんなミスするか。魔王が目覚める時の魔力の起こり、それを吾輩は感じて起きたのだ」

 「ああそう。よくわかんねぇけど」

 「よくわかってないのに、とりあえず返事をするな」

 「へいへい」

 悠がうんざりした顔で言う。

 「……ってか、お前自分で自分のこと伝説呼びして恥ずかしくないか?」

 「そう周りに言われてきたのだからしょうがないだろ!!」

 たまが刀身を震えた声で叫んでのたまう。どうやらたまも恥ずかしかったようだ。流石に触れちゃいけない所だったかもしれないと、珍しく悠は少しだけ後悔した。

 「……まあでも、とりあえず俺は魔王を倒すつもりはないからな。今はバンドがのし上がるかどうか、大事な時期だし。勇者している時間はないわ」

 「……”ばんど”?」

 「そう、バンド」

 それは剣の知らない言葉だった。

 「もしかして、お前バンド知らないのか?」

 「恥ずかしながらな」

 正直に答えると、悠は「ふーん」とそっけない返事をした後。

 「じゃあさ。今日の俺らのライブ、来てみるか?」

 そう提案してくるのだった。

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