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毒狼

 金眼が狼達を引き連れて、ゴブリンの本陣に戻る。一際立派な陣まで進み、狼の背中から降りた。


 狼達は慣れた様子で陣の裏に回ると、そこにいる狼達と交わる。


 立派な若い狼が、金眼の乗っていた牝狼を迎えると、親しげに鼻を寄せて挨拶を交わす。


「グゲグゲ」


 金眼は親子の交わりを目を細めて見ると、分厚い陣幕をめくり、中に入った。


 奥には大きな椅子があり、ピラニアよりもさらに一回り大きなゴブリンが陣取っていた。



 〝キング〟と呼ばれる個体だ。特徴的な二本角が額から伸び、筋骨隆々たる肉体を、板金鎧で包んでいる。


 その横に控えるローブ姿の者が、


『そこになおれ』


 と念話を飛ばす。金眼は片膝をついて首を垂れると、持参した袋を横に置いた。


 ローブ姿の〝カラス〟が、金眼と念話を交わす。

 その後、指図をすると、側付きのゴブリンが、金眼から袋を受け取った。


 粗末な袋からは、ゼリー状の血が滴っている。

 その中身を改めた側付きは、袋をキングに恐る恐る差し出した。


『キングよ、ピラニアが殺られました』


 袋の中を見て、キングは片眉を上げる。


「グルルルゥ」


 キングの威嚇音に、その場が凍りついた。ピラニアと、それ以前に殺されたホブゴブリンは、キングの兄弟だった。

 親愛の情は無い。ただ、気に食わないのは確かだろう。


 袋ごと側付きをぶん殴ると、軽く吹っ飛んで地面を滑る。

 その中で、カラスだけが冷静に、


『金眼に〝毒〟を与え、狩の許可をお願いいたします』


 と告げた。キングは了承の代わりに、一際大きな咆哮をあげた。





#######





 谷間に広がるゴブリンの集落は、低く白煙をあげていた。集落の中でも、妖精の里に最も近いそこには、多くのゴブリンが生息している。


 ピラニアの居た前線基地、その後詰め集落が、タイド達の次の標的だった。


 燻された草木と、腐った血肉や糞尿の悪臭が、敏感になった鼻を刺す。

 それでも、タイドは息を止めず、馴染むように身を潜めた。


 右手にはスリング、左手にはククリナイフ。そのどちらも、ノームの細工で異形の武具となっていた。

 妖精の細工というものが、どんなものかは知らないが、ククリナイフは刃が伸びて、分厚く、片手剣のようになっている。神座はリーフが収まる大造りになっていて、そこから血脈のような模様が、ナイフ全体に広がっていた。


 スリングは腕の延長のように肉を持ち、投じる飛礫もノーム特製の鏑弾かぶらだまという重金属に変わっていた。


 背負い袋に数十と仕込まれたそれは、ズシリと肩に食い込むが、筋骨隆々となったタイドは苦も無く担いでいる。


 太陽にジリジリと灼かれる。逆光で表情の読めないリーフが、


「大丈夫〜?」


 と気を削ぐ中、タイドは地を這うように動き、最初の一匹に目をつけた。


 矮躯。脇腹に木槍。背を向けている――迷いはない。


 一歩、二歩、間を詰める――そして、静かに腰を刺した。

 脱力したゴブリンが崩折れる。体内に留まった血が、ドロリと溢れた。


 倒れた音で、焚き火の周りにいた別のゴブリンが振り返る。


「――ッ?」


 顔を上げた瞬間、鏑弾が眉間を貫いた。貫通した弾が地面に埋まる。

 スリングの端が手のように伸び、すぐに次弾をセットする。

 側にいたゴブリンが、喉を裂かれた。


 タイドは走らない。

歩幅と呼吸を整えて、沈黙の狩りを続ける。


 手近な者から順に、静かに、確実に仕留めていった。


 抵抗はあった。

 粗末な斧を構えて突進してきた若いゴブリンが、斜めに踏み込んだタイドに足を払われ、貫かれる。


 気配に気づいた老婆ゴブリンが、喉を鳴らす。


「……ガア……!」


 その鳴き声も、脳天を穿つ一撃で止んだ。


 タイドの五感は研ぎ澄まされている。

 敵の数。配置。遮蔽物の位置。風向き。地面の傾き。

 全てが戦闘に組み込まれていく。そこにリーフの出番は無かった。


「ふぅ〜」


 一方的な虐殺に、熱を排気しながら、ナイフを払う。返り血が地面に飛んだ。

 集落のゴブリンは概ね排除したが、先ほどから気になる気配がある。


 ふっと見ると、黒い耳が草陰に消えた。


「リーフ、周囲を警戒してくれ。何か居るぞ」


「え〜、分かったよ〜。何かあったら知らせるね〜」


 恐々と答えたリーフは、なるべくタイドから離れすぎないように、周囲を警戒した。


 その間にも、投擲、命中、呻き声、沈黙。


 タイドは死体を量産していく。それを見たリーフの顔に浮かぶのは、恐怖に近い感情だった。


「タイド〜怖いよ〜」


 呼びかけにも応えは無い。

 ただ、残敵を見回し、歩き出す。

 今は敵地にいて、良からぬ気配がする。

間引ける敵は、なるべく早く殺した方が良い。


 タイドは、倒れたゴブリンの顔を見下ろした。

 若い――そう思ったが、すぐに視線を逸らす。


「今さら、敵に歳は関係ねえ」


 誰に言うでもない呟きは、


「ピィーッ」


 という、甲高い笛の音に切り裂かれた。


 その瞬間、草陰に伏せていた獣が飛びかかってくる。


『狼か』


 黒い狼が、タイドの前で吠えたてる。ククリナイフを構えると、さらに背後から気配がした。


『しまった』


 いつの間にか、囲まれている。


 狼は数を増やしながら、隙を窺うように回り始めた。


 スリングで一匹を狙うも、射線から巧みに身を避けられてしまう。その動きは洗練されていた。


「ピッ」


 短く笛が鳴ると、今度は外側から新たな狼が交じってくる。それらは白い煙を撒き散らしていた。円を描く白煙が地を這い、周囲を包み込む。


「クソ……」


 タイドは口を覆いながら姿勢を落とした。濃霧のように絡みつく白煙――直感で、ただの煙ではないと分かる。

 ミルクの中に居るような感覚、甘い匂いが鼻にこびりつく。


 スリングを構えるが、狼達は煙の外縁を走り回り、断続的に威嚇の唸りを響かせる。 視線が利かず、音も煙に吸われて追えない。


《まずい、これは――》


 次の瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。

 音が遠くなり、地面が斜めになったような錯覚。脈拍が跳ね上がる。耳鳴りが止まらない。


「っ、ぐ……!」


 膝をついた。握ったスリングが重い。右腕に力が入らない。


『毒か……』


 左手で口をおさえるが、時すでに遅し。


 白煙の中から現れた一頭の狼が、じっとこちらを見据えていた。金の瞳――光を吸い込むように濁っている。その個体は全く毒の影響を受けていないようだ。


「リーフ……っ、リーフ!」


 痺れる口で何とか叫ぶ。だが返事はない。いつの間にか、喉が、舌が、自分のものじゃないように麻痺している。


『……くそ、もう限界か――』


 その時だった。


「タイド〜今行くよ〜」


 天から声が降ってきた。緑の燐光を最大限に放って、リーフが神座に飛び込んで来る。


 脳に直接突き刺さるように力が流れた。


嬉嬉嬉嬉(キキキキ)ッ」


 リーフが神座に宿る歓喜の中で、タイドの体が痙攣する。視界が赤く染まる。そして毒を吐き出すように、息を吐いた。


 ククリナイフが熱を持つ。瞬間、タイドの左腕が脈動する。熱が全身を巡る。


喜喜喜喜カカカカッ」


 と笑う。それは遠くの音のようで、頭蓋骨に振動した。


「ピィィーッ」


 笛が鳴った。金眼狼が、全身から白煙を撒き散らす。


 強烈な毒煙が、タイドを包む。神座が熱を持ち、音を立てて跳ね上がった。タイドの眼前に来たリーフが羽ばたく。


 妖精の粉が精孔を通じて浸透すると、タイドの体が軽くなった。


 次の瞬間、左右同時に跳び掛かる黒狼を、避けもせずに捌く。狼の胴体が裂け、地面に血が弧を描く。


 毒狼群とタイドの死闘が始まった。

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