ピラニア戦
吠え声が上がる。ピラニアが唾を飛ばしながら、突進してきた。抱えた丸太を突き出して、投石で狙いにくくしている。
タイドが岩陰に飛び込むと、間一髪で、丸太が岩にぶつかり、衝撃が伝わってきた。
拳大の石礫を掴むと、紐が絡みついて、手のひらの石礫を弾座に納めた。
そのまま紐の端と手を結んだタイドは、低い姿勢で走る。
赤い視界の端に、別のホブゴブリンを捉えると石を放った。
「バキッ」
硬質な音と共に、頭が半分吹っ飛ぶ。
「喜ッ喜ッ喜ッ」
神座に収まるリーフが笑う。返り血をバリバリと剥がしながら、喉を鳴らした。
「殺殺殺ッ」
と左に急転回する。捻れた左腕から、
「プチプチ」
と筋繊維の千切れる音が聞こえた。振動した刃は、ホブゴブリンの腹に吸い込まれ、血と臓物を掻き出す。
『喰喰喰ッ』
リーフが咀嚼に意識を向けると、途端に左手の支配権がタイドに戻った。
思わず取り落としそうになるククリナイフが、リーフの羽ばたきによって手の中に戻る。
「ブンブン」とうるさい羽音が、リーフの怒気を表していた。
「ガオォォッ」
ピラニアも血唾を撒き散らしながら、怒りを表明した。
「うるせぇんだよ!」
無性に苛立ったタイドも怒鳴る。捻れた左手は動かない。仕方なく右手で取り出した石礫を、弾座に投げ入れ、旋回した瞬間に放った。
正確にピラニアの頭を狙った石礫は、盾代わりにされたホブゴブリンを穿つ。
ピラニアはホブゴブリンごと突っ込むと、タイドを巻き込みながら、地面に叩きつけた。
ホブゴブリンの死体ごと、もみくちゃにされたタイドは、痛みと焦りに溺れながら、天を仰いだ。
ピラニアの拳が振り上がる。血肉の滴りが、スローモーションに見えた。
振り下ろされる腕が、影を作る。そこに、
『殺殺殺』
と笑うリーフの赤光が刺し込んだ。
赤光の閃きとともに、ピラニアの腕が細切れになっていく。
肉片に打たれながら上半身を起こすタイドと、目を剥くピラニアの息が交錯した。
ピラニアが吠えながら左拳を撃ち下ろす。
タイドは右手を振るい、投石紐をピラニアの顔に巻きつけた。
『殺ッ殺ッ殺ッ』
リーフの嘲笑と同期したタイドも笑う。投石紐を引き、ピラニアの拳を避けながら、そのまま背中に回りこんだ。
ピラニアの首に足をかけ、全身の力を込めて紐を引く。
「殺ッ殺ッ殺ッ」
暴れるピラニアが、転がってタイドを地面に押し付ける。
「がはっ」
肋骨が内側に折れた感覚がして、呼吸がままならない。それを無視して、手の届く範囲を斬りつけまくった。
ピラニアが、首に巻きついた紐を掴もうとするが、太い指は自身の首肉を掻きむしるのみ。
そして、ピラニアの巨体が動きを止めた。
ぶちぶちと紐が皮膚に食い込む音が聞こえる。
「もう死んだ」
タイドの言葉も、紐には通じない。収縮し縛り続ける紐に、
「もう死んだって」
と呟く。その拍子に、がくんと体が揺れた。
全身が、重力に抗えない。リーフを見ると、血まみれの体、その温もりがタイドの頬に触れた。
『……バカみたいに、タフだったな』
リーフは応えない。ただ、微かに笑っていた。
その笑みの中で、タイドは、深く、意識を沈めていった。




