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ホブゴブリン戦

 タイドとリーフは森の中で身を伏せていた。リーフからは花の蜜のような甘い香りが漂っている。


『こいつ、大丈夫か?』


 タイドの視線を感じたリーフが、首を傾げる。まつ毛が風にそよいだ。


「ゴブリンの数は〜予想通りだけど〜タイド、大丈夫〜?」


 リーフが指さす方向には、岩山の窪地に倒木を立てかけ、蔓で組んだ、粗末なシェルターがあった。タイドの身長を十並べたほどの長さがある。


 中にはゴブリンの群れが巣食っていると聞いた。


『あんなとこに突っ込むのか……若い頃なら喜んだかもな』


 長いわく、そこは妖精の縄張りに攻め込んできたゴブリンの前線基地の一つらしい。


 広大な魔境の中でも、この一帯は妖精族の縄張りだった。


 攻め込んで来たゴブリンに対して、妖精は様々な仕掛けを使って抗戦した。

それでも圧倒的なゴブリンの数に、次第に縄張りを奪われて、今では隠れ里に逃げ込み、守りを固めているという。


 ゴブリンの軍勢は、今や妖魔の森の浅層全域に広がっていた。


「今のタイドなら〜余裕かな〜」


 リーフが無邪気に笑いかける。気を遣ってくれるのはありがたいが、羽根の影がわずかに蠢いて怖い。


『取り憑かれてる感が半端ないな』


 敵に向き合う前に、味方に寒気を覚える。腰元のククリナイフが呼応して熱を帯びるのが分かった。


「出てきたよ〜」


 リーフの言葉に目を凝らす。シェルターの横っ腹、倒木の積み重なる隙間から、一匹のゴブリンが這い出て来た。


 以前なら石を放っても、どうにか届く程度の遠距離。とてもダメージを与えられなかっただろう。だが、今なら違う。


 タイドは足元から石を拾い上げた。近くに拳大の石を数個転がしている。


 長からの指示は単純明快で、シェルターから出て来たゴブリンを片っ端から狙い撃つ。そして、中に控える〝とある〟ゴブリンを誘き出すというものだ。


 戦いの気配に、リーフが小さく震えた。なにかを抑え込むように唾を飲むのが聞こえる。


 弾座に石を挟み、スリングの端と手を繋ぐ。そしてゆっくり二周回したところで、一気にーー


「ゴッ」


 石はゴブリンの頭を吹き飛ばして、後ろの倒木にめり込んだ。遅れてゴブリンの体が倒れる。


 シェルターの中で、ざわめきが起こり、二体のゴブリンが飛び出してくる。


 それを狙って――


「ゴッ!」


 一体目の下顎を砕く。


「ギャッ!」


 さらに、二体目の頭部を粉砕――吹き飛んだ体が痙攣しながら地に転がった。


 中に控えるゴブリンの数は、あらかじめ長の放った偵察によって十三匹と分かっていた。情報の通りなら十匹は残っている計算だ。


 シェルターから警告の声が聞こえる。ゴブリンも馬鹿では無い。そのまま出ては、狙い撃ちだと理解したのだろう。


 だが、


「ゴアァッ」


 野太い吠え声が硬直を許さなかった。倒木の奥で、木が軋み、葉が揺れる。そして音を立てて崩れる倒木の中から、異形の影が現れた。長の言っていた〝とある〟ゴブリンだ。


 倒木を抱える大型のホブゴブリン。長が〝ピラニア〟と呼んでいた個体だ。ノコギリ歯が自分の唇を破っている。


 荒い息を吐きながら倒木を重ね、周囲を睨む。即席の盾を作り上げた。


 それに続いて、一回り小さなホブゴブリンが四匹現れ、同じように倒木を前に押しやりながら、四方を警戒した。


「ホブが五匹……。前の俺なら逃げてたな……しょうがねぇ」


 その隙間をちょこまかとゴブリンが走り、四方を警戒している。

 その内の一匹を狙撃した。


「ガウッ」


 ピラニアの吠え声と、倒木が飛来するのは同時だった。倒木はタイドとの中間地点に落下したが、お構いなしに次々と倒木を投げつけてくる。しまいには他のホブゴブリンも一斉に倒木を投げはじめた。

 どうやらそうやって距離を詰めるつもりらしい。モウモウと上がる土煙が視界を遮る。


「考えるじゃねえか、よっ!」


 倒木の隙間に見えたホブゴブリンの眉間を撃ち抜く。たが、それもここまで。踵を返したタイドは、わざとらしいほど音を立てて枝を踏み、木々の間を駆け抜けた。


 途中で仕込み地点に差し掛かると、ククリナイフで枝に結びつけた縄を切る。


「ブウン」


 と唸りをあげて、曲げておいた枝が戻ると、積み上げてあった薪が、大きな音を立てて木にぶつかった。


 さらにタイドは走る。以前とは比べ物にならない速さで、足取りもしっかり大地を掴み走った。


 前方から、せせらぎの音が聞こえてくる。先ほど投げた石もここから集めたものだ。

 濡れるのを気にも留めずに川を渡る。渓流のため、それほど深くは無いが、苔のついた川底の石は滑った。


 岩に阻まれる狭い通路、両側には茂った潅木。

 視界も動きも制限される、格好の狩り場だ。


「ゴガッ」


 背後で吠え声が上がった。予想通り、ゴブリンの一体が獲物を逃すまいと先行して追ってくる。


『誘いに乗ったな』


 タイドは大きな岩の影に回り込むと、器用に岩を登り始めた。

体の小さなゴブリンが追ってくるのを、振り向きざまの投石で仕留める。

胸に強烈な打撃を受けたゴブリンは、くの字になって倒れた。


 さらに追ってきたホブゴブリンに狙いを定め、渾身の力を込めて石礫を放つ。

 頭蓋骨が砕ける音が、岩に反響した。


『面白いように当たる』


 遅れて前のめりに倒れたその巨体が川面を打つ。


 息を切らせながら周囲を警戒する。投げ終わったスリング紐が緩く右腕に巻きついた。


「あとどのくらいだ?」


 リーフを見ずに問いかけると、


「う〜ん、あとゴブが三、ホブが三かな〜?」


 声が大きい。


『チッ、曖昧だな』


 苛立ってリーフを見ると、顔の半分が引きつっていた。鉄臭を放つ唇からは、笑い声が漏れる。


コロコロコロッ……』


『やばい、狂った妖精か。早すぎるだろ』


 その時、ホブゴブリンが、2体、茂みから飛び出して来た。

 それぞれに丸太を掴み、盾のように頭を守っている。


「ゴアッ」


 その奥から、ピラニアの投げた丸太が鋭く飛来して、タイドの岩にぶつかる。

 タイドはしがみついて耐えるしかなかった。


 その間に残りのゴブリンが走って来る。


『まずいな』


 タイドは左手でククリナイフを抜くと、リーフに神座を向けた。


 途端に、殺意と暴力衝動がタイドを支配する。充血した視界が赤くなった。


「殺ッ殺ッ殺ッ……ツブッ……」


 狂妖の声が溢れる。

 衝動に身を委ねきる前に、神座に収まるリーフを見た。


 赤い光を宿す目が、ガチガチと噛み合う歯が、タイドと同期して血が巡り、左手の支配が曖昧になる。


「殺ッ」


 瞬息でゴブリンに飛びつき、首を断ち切る。

 ゴブリンの胸を足場に、次のゴブリンに飛びついて袈裟斬りにした。

 半ば断ち切られたゴブリンが岩に叩きつけられる。


 さらにククリを放った。

 緑の残光を引き、しなるように曲がった刃がゴブリンの首を跳ね飛ばす。


 リーフの羽音とともに、グンッと角度をつけたククリが、タイドの左手に収まった。


 神座のリーフは血まみれで、嬉々と笑った。

 タイドも獣のように吠えた。

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