新しい力②
「ここからは里の中枢に入る。本来は人間を入れるわけにはいかんが、今回は特別じゃ」
長が向かう先には、里の中心部たる神木があった。
警護する妖精が見下ろす中、おそるおそる進む。
長の合図で巨木の根本部分が蠢くと、根っこがうねりをあげてトンネルを作った。どうやら先だっての術室とは異なる場所らしい。
「入れ、先客がおるから、静かにな」
長の声に導かれ、タイドはうねる根のトンネルを進んだ。湿った土の匂いと、かすかな光だけが道を照らす。傾斜を下りながらトンネルを抜けると、広間に辿り着いた。詰めれば人間が百人は入れる程度の広さがある。
中心部を囲む円形の石列が緑に発光し、真ん中に、シエラとリーフが並んで佇んでいた。二人ともタイドを見つめ、その表情に僅かな緊張を走らせる。
「タイド……遅かったね〜」
リーフが声を震わせている。シエラは口を結んでタイドを睨んでいた。
長に促され、タイドが一歩前へ出ると、足元には小さな壺が置かれていた。
──「……喜ッ喜ッ喜ッ……殺ッ殺ッ殺ッ……」
そこから囁くような声が聞こえた。男のようだが、女にも聞こえる。
長は、
「これが力じゃ。その体をフル稼働させるエネルギーとなる」
口元に笑みを湛えたまま告げた。
「さて、お前はどちらを選ぶ?」
と尋ねた。
「選ぶ? リーフかシエラかって事か?」
「そうじゃ、出会いの縁を結んだ二人のうち、どちらかを選ぶがよい」
長が壺の元に降り立ち、両手を合わせると、腕に葉脈のような輝きが浮かび、緑の光が壺に集まった。
「これは力の儀式、授けるは古の力」
長の声が、先ほどの男女の声と重なる。
シエラはすぐにタイドの前に飛び出した。
「私を選べ、私には力がある。お前を助け、いや、肩を並べて戦う力がある」
シエラの眼差しは暗く光っていた。
「シエラ、どうしたの?」
リーフの声が震える。
──「喰ッ……喰ッ喰ッ……」
壺の中から二つの声が響く。ひとつは甘く、愛らしく、もうひとつは凶暴で冷酷そのもの。タイドは縛られたように動けなかった。
腰元のククリナイフが脈動した。柄を握り締めると神座が熱を帯びている。
彼が取るべき行動はただ一つ。
「俺は、リーフを選ぶ」
タイドの言葉と共に、長の手の中で、光が弾けて、緑の奔流が吹き荒れた。
その光はリーフの羽根へと吸い込まれ、彼女の体を中心に風が巻き起こる。目を見開いたリーフの背後に、巨大な影が浮かび上がった。
影は妖精の姿をしていた。だがその輪郭は不安定で、虫の羽根のように幾層にも揺らぎながら、リーフの背中にぴたりと張り付いた。
「殺ッ殺ッ殺ッ」
またあの声が、今度はリーフの口から漏れた。
昆虫のような目が光り、顎がガチガチと痙攣している。
ククリナイフごと引き寄せられたタイドが一歩踏み出すと、リーフの身体がふわりと浮かび、導かれるように神座へと飛び込んだ。小さな身体は窪みと合わさり、まるく縮こまる。
「リーフ! 大丈夫か!」
タイドの声に反応は無いが、徐々に光が消えていく。
スヤスヤと眠る顔は、長いまつ毛がポヨポヨと揺れ、前に見たリーフと変わらなかった──だがその指先が、わずかに震えていた。
「平気なのか? なんか、すごいことになってないか?」
タイドは恐る恐るリーフに手を当てる。緑の粒子が漂い、手に当たって消えた。
長は泰然とそれを見守っている。
「それは狂妖の魂じゃ。古戦場にて戦った英霊。リーフは宿主となり、お主と共に戦う、欲と破壊を持って敵を討つ」
(ああ、面倒なことになってんな……)
リーフの中に入ったのは、狂った妖精らしい。
「先ほど言った
「ククリナイフの神座が熱いんだが」
「それは仮初の祠、英霊の住まいとなったのじゃ」
リーフを手のひらに載せると、神座には緑の幻光が灯っていた。
「その力を使って、妖魔を滅ぼしてほしい、報酬はこれじゃ」
長は拳大の袋を指し示すと、タイドは無言で掴み取った。中身を見るまでもない。
『こいつはいい、クソ便利な妖精の粉だ』
タイドの舌に刺激が走った。




