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再生

 宴は、静かに、しかし華やかに始まった。


 巨大な木の根元に設けられた広場では、たくさんの妖精たちが花の蜜で作られた盃を掲げ、花弁をくるくると舞わせながら、音もなく踊っていた。

光る羽が重なり合い、空気が七色に染まる。


 タイドは、戸惑いながらも小さな盃を受け取り、香るだけで酔いそうな花酒を啜った。


「甘いな」


「でしょ〜? 慣れるとクセになるんだよ」


 隣でリーフが笑った。


「甘い酒は嫌い〜?」


「いや、俺は甘いものが好物でな。ここに甘い物でもつまめれば最高だ」


 タイドは楽しげに笑ったが、その胸には釈然としないものが残っていた。


『こいつら、何が目的なんだ? なぜ卵を持ってきただけで、ここまでもてなす?』


 タイドは警戒心を抱きながらも、周囲の祝福と歓声にどこか救われる思いを抱いていた。先ほど長老が魔法の粉を振りかけてから、思考が軽やかになって、クヨクヨ考える癖がなりを潜めている。


 そう思う間もなく、頭上から燐光が舞い降りてきた。


「タイドよ」


 長老が宙に浮かびながら現れた。宴の喧騒が、すっと引いていく。


「我が里を救ってくれたその力、今一度、我らのために振るってはくれまいか」


「ゴブリンのことか?」


「うむ。今回は、厳重な結界を破って、里に侵入された。

こんな事は初めてじゃ。

ゴブリンは軍勢となって里を狙っておる。対抗するためには力が必要だ。お前さんにはもう一働きして欲しい」


「俺に妖魔の軍勢と戦えってのか? 妖精の粉のために、命懸けで?」


「我々には時間が惜しい。あの卵が孵りさえすれば、妖魔など手出しはさせん。じゃが、なぜか隠し里に侵入され卵を奪われた。我々は守りを固めねばならない」


「だが、俺はただの中年冒険者だ。一対一ではゴブリンに負けないが、ホブゴブリンでも手に余る。ましてや妖魔の軍団など、ひとたまりもない」


 そう告げると、長老は優しい目でタイドを見ながら、


「そなたの望みを叶えよう。なに、少しづつじゃがな。新たな戦いに備え、肉体を改造しよう。わしの粉魔法でな」


 妖精たちの歓声が一瞬、静寂に変わる。


「……少し、覚悟が必要じゃがな」


 長老の言葉に、タイドは花酒の盃を置いた。


「どんな覚悟だ?」


「改造は戻れぬ道じゃ。肉体は強化されるが、その代償に、“今までの自分”を少し捨てねばならぬこともある」


「ふん。元から棄てたような人生だ。やってみろ」


 タイドが立ち上がると、妖精たちが道を開けた。長老が羽音もなく宙を舞い、大木の奥――根元の祠のような空間へとタイドを導く。


「ここが術室じゃ」


 狭い部屋の中に細かな光が揺らめいている。中央に設けられた台座を中心に、様々な薬品が所狭しと収納されていた。


「さて、早速始めるかの」


 長老の言葉に不思議と逆らえない。タイドはおとなしく台座に座ると、そのまま横になった。その頃には瞳孔は開いて、涎がツツーッと垂れた。異様な状態だった。


「深く息を吸って、目を閉じよ」


 タイドが目を閉じた瞬間、長老が両手を掲げ、静かに呪を唱える。妖精の粉が渦を巻き、粉雪のようにタイドの肉体を包み込む。


「……う、ぐ……!」


 筋肉が熱を帯びる。血が逆流するような感覚。骨は軋み。皮膚の奥で、何かが蠢いている。


「ゴアアッ」


 言葉にならない嗚咽が出る。息と共に、濃密な粒子が肺を埋め尽くし、血管を通って全身を焼いた。


「耐えるのじゃ。まだ……始まりに過ぎぬ」


 タイドの細胞一つ一つが再構築される。筋肉は膨張し、繊維はしなやかに強靭に。骨は密度を増した。

 痛みで発狂しそうになるが、体の自由は全く効かない。


 粉の渦の中、閃光が走り、タイドは意識を手放した。


「どうだ? 成功したのか?」


 扉が開かれ、ズングリとした土の妖精がやってきた。

 口や鼻、あらゆる穴という穴から魔光を排気するタイドを見下ろす。


「ノームよ、成功じゃ。わしが失敗するかよ? まあ、二度、三度と重ねるうちに、失敗するやもしれん。その時はその時で、使い道があるからのう」


 長の冷たい視線は、タイドの肢体を点検する。全身に施した妖精の粉は、今の所拒否反応も無いように見える。この男の身体機能を測るのが待ち遠しい。


「ではこいつの武器を改めさせてもらうよ。あ〜あ、人間の作った不細工な刃物だ。野蛮で粗野で、センスのかけらもない」


 ノームは汚物でも掴むように、ククリナイフとスリング紐を取り上げた。


「頼むぞノーム、できるだけ多くの妖魔を殺し、万が一にも妖魔のボスを狩れれば大成功じゃ」


 ノームはククリナイフの刃元にある窪みに指を沿わせた。


「この武器には印がある。こいつを鍛え直せば、あんたの言う〝あれ〟も使えるだろうよ」


 ノームが言うと、長も頷いた。


「ゆっくりやってくれ、こいつはしばらく起きられないからの。使い捨てるにも、切れ味は鋭くなければ、のう」


 長とノームはタイドを置いて、術室を出ると、今後について作戦を練り始めた。



「カタカタ……カタカタ……」


 術室の一番奥、厳重な封印をされた壺が揺れている。

 それはタイドの放つ魔光を吸気すると、不意に静かになった。

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