表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/17

光る女

 よろよろとタイドが瓦礫を乗り越える。


 眼下には小柄な人型が、極彩色の卵を抱えて立っていた。


「それを返せ!」


 怒鳴っても反応が無い。ただブツブツと独り言を繰り返し、卵をさすっている。


 呟きにに反応するように、卵から光が漏れ出た。鉛金色に輝くそれはキングよりも強い光――


『あれはやばい』


 即座に判断したタイドは、大きく踏み出しながら、最後の鏑弾を投擲した――「ドッ」という鈍い音と共に、人型が大きく歪む。


『金は永遠……落ち着いて……安心して……』


 声と共に、歪んだ人型が〝ドプン〟と元に戻った。


 キングの金光と似た力――タイドは直感した。あれは精霊の力だったのだ。


 その、力の源流たる卵に、今、亀裂が走っている。


 中から粘液状に溢れ出す光。照らされた人型は、病的に華奢な女だった。


 女は〝ドプン〟と光が溢れる度に、大きく開けた口から、それを嚥下する。

 沈黙の中で、


「ゴキュ……ゴキュ……」


 と光が喉頭蓋と衝突する音だけが響く。


 タイドは魅入られてしまい、光る女を見守る事しかできなかった。


 苦悶の表情を浮かべる女。

 次の瞬間、光に押し出されるように、彼女の思念が滲み出て、タイドに流れ込む。


――幼い肉体が病に蝕まれ、曲がった背骨、濁った鉛金の瞳。

杖を突いて歩く少女が、暗い石畳を引きずるように進む。


 学院の門をくぐる姿。使い魔の鴉が慰められながら、必死に書き綴る魔導書。

 だが師は冷笑を浴びせて、背を向けた。


〝お前には無理だ〟


 その一言が、少女の胸に突き刺さった。


――何者にもなれない――ならば、何を犠牲にしてでも掴む――そして〝禁書〟に手を伸ばした。


 闇に覆われた彼女の背後から、妖魔たちが立ち上がり、鎖のように絡みつく。

 妖魔を使い、求めたのは精霊の力。全てを支配する力の源。


 妄執に染まりながらも、溢れ出す光は女を少しずつ洗い流していく――


 闇がねじれ、やがて愉悦に変わる。

 自らを焼き尽くす太陽を抱くように。


 恍惚の表情に変わった唇が震え――


『あゝ、愛してる』


 うっとりとした声が響いた。


『愛してる……愛してる……愛してる』


 全方位に向かって念話を飛ばす。その多幸感に聞くもの全てが酔いしれた。


 興奮した鴉達の鳴き声で、タイドは正気に戻った。

 見上げると、無数の鴉が空を埋め尽くしている。


 金眼の渦が空を覆い、羽音が押し寄せ、言いようのない不安感に襲われる。


 精霊の光は際限なく溢れ、女の体はそのたびに揺らぎながらも、より鮮明な姿を得ていく。

 その眼は濁った金。瞳孔が開き、すべてを飲み込む渦のようだった。


『愛してる……愛してる……』


 その響きは甘美で、鴉の不気味さと共に、精神が揺さぶられる。


 タイドの膝が揺らいだ。戦場の血と痛みも、孤独も、恐怖も、すべてどうでもよくなる。


 只々、光に満たされて、意識が白く溶けていく。

 同時に、数万の鴉の群れが、タイドを飲み込むように降下した。


 その時、


 神座に収まる狂妖が、羽音をたてて、タイドの顔面を殴った。


 眠りの粉のざらつきが喉に流れ込み、次の瞬間、世界の輪郭が崩れる。


 音が遠のき、思考はゆるゆると溶け落ちていく。 自分が誰かさえ、靄の中に消えていった。


 その隙を裂くように、喉の奥から嗄れた叫びがほとばしり、腕が痙攣する。骨髄に棲んでいた妖精の粉が呼び醒まされ、血を焼くように全身を駆け抜けていく。


コロコロコロッ」


 喉が勝手に震え、赤い視界の中に鴉の群れが降りてくる。

 嘴が頬を抉り、爪が肩を裂き、血が噴き出す。


 リーフの力で傷口は癒えて、また裂かれ、また癒えた。


ッ」


 狂妖が刃を振り抜くたび、肉を食い破る音と、鴉を断つ音が重なり合った。


 タイドの肉が抉れ、骨が剥き出しになる、


「ゴツゴツ」


 という打撃音と、


ッ」


 鴉を切り裂く狂妖の叫びが競演した。


 その狂気が神座を震わせ、


ボンッ」


 という声と共に、赤黒い魔力が噴き出す。


 眠りの粉の残滓が、赤黒い焔となって群れの魔力に引火した。


 密集する鴉が、煙突の様に魔力を導き、赤黒い魔力が昇竜のように空を染めた。


 過剰な魔力に神座は加熱し、狂妖はカラスを仕留めんと気炎を上げる。


 ボトボトと鴉が落ちる下を、飛ぶように駈け抜けて、カラスに斬りかかった。


 カラスが斬撃を「ドプン」と取り込み、


『愛してる』


 という言葉と共に、狂妖の熱を奪う。

 タイドの冷静な部分が警告を発する。

 熱は狂妖にとって力の源。それが一撃毎に奪われていく。

 そして『愛してる』が、タイドの熱をも奪っていく。


「やめろ!力が奪われる」


 だが、暴走した狂妖は聞く耳を持たず、


コロコロコロッ」


 と、気炎を吐いて斬りかかる。


 吸い込まれた魔力が、カラスの周りに赤黒く滞留した。


「やめろっ!」


 タイドが左手を押さえ込むと同時――赤黒い魔光が鴉の形に飛び出した。


 胸に被弾した鴉が、狂ったように暴れ、傷は右胸骨まで達した。


 血みどろになって取り押さえようとするが、赤目の鴉が、


ッ」


 と狂ったように嘴を、爪を振るう。そこに、


『愛してる』


 の追撃が脳を穿った。


 上空には金眼鴉の第二波がグルグルと渦を描いている。



『あ、終わったな……』



 鈍る思考でタイドは覚悟を決めた。その瞬間――


「私の〜一部を〜あげるよ〜」


 のほほんとしたリーフの声が聞こえた。

 狂妖にポヨポヨとしたまつ毛が生えると、赤光に緑光が混じり、黄色の光に変化していく。


 リーフ主導で神座を向けると、あれほど暴れていた赤鴉が、ホロリと崩れた。


「リーフ」


 黄色い光が暖かくタイドを包む。還元された魔力がタイドに流れ込んだ。


 カラスの体表から、鉛金の鴉が放たれる。それと同時に、上空の鴉達が突撃してきた。


 爆音の中で、リーフの、


「大丈夫だよ〜」


 という声が聞こえた。


「チッチッ」


 神座から黄色い光が放たれ、鉛金の鴉に触れると、黄色に染め直す。それらは方向を変えて、上空に飛び上がった。


 無数の黄色いカラスが、金眼鴉を穿つ。


「精霊の〜力の〜扱いは〜」


「我々の方が、長けておるのぅ」


 長の声が重なる。空中に魔法紋が描かれ、長が現れた。


 長が妖精の粉を振り撒くと、黄光が一段と強まる。


「勝手な真似を、してくれたのぅ」


 長が魔力を練り上げる度に、カラスから精霊の力が逆流する。


『愛してる……愛してる』


 えずくような、カラスの念が飛ぶ。

 長が燐光を振り撒きながら、魔力を振り絞ると、「ドゥルン」と鉛金光が吐き出される。


『私の……赤ちゃん』


 金眼が爛々と輝き、カラスは腕を広げた。


『愛してる』


 強烈な思念が放たれる。

 タイドは惚けると同時に、無性に腹が立った。


「何が赤ちゃんだ、ふざけるな」


 赤光を尾引かせながら、タイドが突進する。

 ククリナイフをカラスに振るうが、白身のような膜に阻まれた。


『愛してる』


 頭が潰れるほどの念が襲う。真っ白になった頭に、


「私の〜一部を〜あげるよ〜」


 リーフの声が響くと、神座から黄光が噴き出した。


 白身のような膜が少し柔らかくなる。そこにククリナイフを捻じ込むと、


『愛してる』


 強烈な念が襲う。


「我亜亜亜ッ」


 カラスの喉に迫るナイフ。そこに鏑弾を拾い上げたスリングを叩きつけた。


『あゝ……愛してる』


 首を無くしたカラスの声が、精霊の光に飲み込まれる。

 鉛金の光がカラスを包み込む。

 苦痛は無い。ただ圧倒的な肯定と、無限の快楽。


『……ああ……ようやく……』


 満ち足りた声を最後に、彼女の輪郭は曖昧になり、光の中にけていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ