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キング

 洞窟内は冷えた空気と、獣の臭いで満ちていた。

 奥から聞こえるのは、狼の唸り声。


「ジャラッ」


 鎖が地面を打つ音が響く。吠え声と共に、首輪同士を鎖で繋がれた、五匹の黒狼が放たれた。


 タイドは拾い上げた石礫いしつぶてをスリングで射出して、真ん中の一頭を潰すと、足並みを乱した黒狼を次々と屠った。


 その奥から、狼を放ったレッドキャップが迫り、槍を突き出す。


「喜ッ喜ッ喜ッ」


 笑いと共に加速すると、すり抜けざまに頸動脈を斬り裂いた。


 後続のレッドキャップに飛びつくと、狂妖が


ッ」


 と羽ばたき勇んで、ククリナイフで切り刻む。血みどろの通路を進むと、駆け込んだ大部屋にキングが居た。


 幅の広い肩に担いだ両刃の戦斧が、松明の火を照り返して鈍く光っている。


 全身鎧を苦もなく着こなし、タイドの方を見ている。感情の読めない両目は鈍い金色に濁っていた。


 黄色い牙ののぞく口から、低く、獰猛な唸りが響く。


 カラスは居ない。奥に続く通路の先は、大きな岩で塞がれていた。


『何か有る』


 敏感なタイドの耳が、その奥にある、鈍い鼓動音を捉える。精霊の卵だろうか? と考えていると、


『殺れっ』


 カラスの念話に反応して、キングの殺意が溢れ出た。


 重々しい大斧が振り下ろされる。分厚い刃が石床を砕き、タイドに破片が飛んできた。 


「キイイイィンッ」


 硬質な音と共に、斧が鉛金色に光る。その光は腕を伝い、板金鎧に葉脈のような模様を作った。


 2メートルを超えるキングが突進してくる、


「ゴアアァッ」


 キングが大斧を薙ぎ払う。素早く避けたタイドの耳を、先ほどの音が穿うがった。


 壁を砕きながら、光を強めたキングが吠える。


 斧を肩に担ぎ直すと、ぐっと腰を落とした。

 次の瞬間、全身の板金鎧に鉛金色の葉脈が輝き、膨大な魔力が収束していく。


「グゥゥオオオオオッ!」


 空気が震えた。

 その咆哮に合わせて、鎧の隙間から噴き出す魔力の圧が洞窟の岩肌を叩き、天井の苔が一斉に散った。


 タイドは試すように石礫を拾い上げて放つ。拳大のそれは、何らダメージを与えずに砕けた。


 冒険者のタイドは、似た現象を見た事がある。


 魔力と引き換えに、鉄壁のように硬化する。そんな能力を持つ戦士がいた。


 次の瞬間、大斧が振り抜かれる。タイドは咄嗟に跳び退いて避けた。


 放たれた斬撃が床を砕き、魔力が放つ轟音と閃光。

 岩壁が裂け、直撃を避けても衝撃波が襲い掛かる。


「っ……!」


 タイドは転がり、壁際に身を伏せる。降りかかる飛礫で皮膚が裂け、血が滲んだ。鉄の臭いが鼻を刺す。


『無敵かよ……!』


 タイドは荒い息を整え、拾った石礫を放つ。

 だが、再び腰を落として斧を担いだキングの金光に弾かれた。


『崩せない、隙も無い』


 そして二撃目が放たれた。洞窟全体が震え、タイドの奥歯がガチリと鳴った。岩塊が落下してくる。


『連発できるのか』


 タイドは絶望的な気持ちになる。幸い、狙いが甘いのか、タイドに回避する余裕があった。


「我ッ我ッ我ッ」


 狂妖が先走って吠えるが、タイドが


「黙れっ」


 と抑え込んだ。狂妖化したリーフの眼が一瞬揺らぐ。

 タイドは石の連射を叩き込みながら、周囲を観察した。


 天井の岩棚がひび割れ、今にも落ちそうに揺れている。


 再び大斧が掲げられ、洞窟全体を割るような魔力が凝縮されていく。


 キングに隙が無いか? 観察を続けながら、移動しては投擲を続けるが、隙がないまま次の斬撃が来る。


 タイドは足を止めない。

 今度は真正面からではなく、斬撃の放たれる瞬間にカウンターを狙う。


 魔力の熱で空気が歪む、大斧一閃――斬撃を避けたつもりが、先ほどよりも大きな衝撃波に巻き込まれてしまった。


 吹き飛ばされたタイドが壁に激突し、肺の空気が押し出される。


 目が回り、起き上がれない中で、狂妖が「怒ッ怒ッ」と殺気を見せるが、不自然に曲がった左足には力が入らなかった。


「がああぁっ」


 痛みに絶叫する。パニックになる心を、リーフの妖精の粉が麻痺させる。神座を傷口に向けると、すぐさま妖精の粉が供給された。

熱くなった足首を持ち、無理やり元の角度に治すと、痛みも麻痺し出す。


 足が動く事を確認する前に、キングが再度斬撃を放つ。光の奔流に洞窟が揺れた。


 必死に逃げる。左足の感覚が無い。神座がフル稼働で血管を、心臓を、肺を熱する。


 加速の中で、石礫を放つ。何発も放つ。そしてキングの斬撃に合わせて、残り少ない鏑弾を放った。


 完璧なタイミングでカウンターが入るが、金光に弾かれてしまう。

 それでも少しだけ体を泳がされたキングの斬撃が逸れて、天井を撃った。


 轟音と共に天井が裂け、巨大な岩棚が悲鳴を上げるように揺れた。

 今にも崩れ落ちそうに、ちょうどキングの頭上で。


「グオオオオッ」


 キングの熱気がタイドをなぶる。


ッ」


 狂妖とタイドの熱を込めた弾丸が、キングの頭上、岩棚を穿つ。


 轟音と共に、天井が崩落する。それと同時に、キングの放つ閃光がタイドの至近で爆ぜた――



――粉塵の中、耳鳴りを抑えてうずくまる。

 息苦しい。砂利を吐き出して、立ちあがろうとするが、足を取られて膝立ちになった。


「殺ッ殺ッ殺ッ」「大丈夫〜?」


 狂妖の声に、ほんの一瞬、リーフの声が重なった気がした。


「早くトドメを」


 と言わんばかりに、狂妖が羽ばたいた。


 背中にカラスの声が刺さる――『早く仕留めろ』


「ゴアアァッ」


 瓦礫を飛ばしながら、キングが吠える。鉛光が放たれると、岩塊を弾き飛ばしながら、キングが突進してきた。


 避ける隙は無い。タイドは長から受け取った妖精の粉を取り出すと、ククリナイフで斬り割った。


 神座を通して粉混じりの空気が圧縮供給される。


 膨大なエネルギーに脳が弾けた。


 熱気と赤い残光を排気しながら踏み込む。


 斧の振り下ろしが、スローモーションのようにみえた。

もどかしい踏み込みを一歩、地を這うように二歩、足の筋肉が熱い。断裂するすじをすぐさま妖精の粉がつなぎ止める。


 キングの鎧に走る鉛金の葉脈、左肩の部分が歪み、光が弱い。


 タイドは左脇へ飛び込み、刃を斬り上げた。肩ごと腕が裂け飛ぶ。


「ガアアアアッ」


 戻った時間感覚の中で、キングが吠える。


 キングが右手の大斧を、枝のように振るうと、大量の血が噴き出す。

 それを無視したキングが、斧を担いで構えをとる。


「キイイインッ」


 金光の中で、


『壊せ』


 カラスの声が響くと、爆発と共に、洞窟が崩落した。


 衝撃に飲まれ、タイドは地に押し伏せられた。


 意識が遠のき、轟音に感覚が麻痺して、どこに動いて良いか分からない。


 その時――金色の光が見えた。


 崩落の中心で、未だキングが立っている。

 鎧一面を覆う鉛金の光、斧を担いだ「ため斬り」の構え。その無敵の結界が、岩を弾き飛ばしていた。


 崩落の奔流の中、唯一そこだけが空洞のように残っている。


 タイドは意識をつなぎ止めるように、必死でそこへ這い寄った。

 金光の熱で皮膚が焼ける。だが、その光の内側に入った瞬間、瓦礫の雨は遮られた。


 キングの傷が、脇から首元までの亀裂を作っている。


「%$・♪%$!!」


 キングが雄叫びと共に、斧を振り下ろす。


「我ッ我ッ我ッ」


 狂妖もククリナイフを切り上げる。


 全てを閃光が押し包んだ





#######





 洞窟は完全に崩れ落ちた。

 残ったのは暗闇と、岩の墓標の中に立つ金光の巨体。


「ゴ……アァ……」


 首を半ばまで断ち切られたキングが、なおも呻き声を上げる。

 やがて金光が弱まり、瓦礫に沈んでいった。


 吹き飛ばされたタイドは荒い息を吐いた。

生き延びた――だが、この暗闇の奥に、精霊の卵を奪った何者かがいる。

 そして鼓動のような音が続いている。


「……行くしか、ねえな」


 血と汗に塗れた顔を上げ、タイドは崩落の裂け目を見上げた。

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