ゴブリン無双
群れ飛ぶ黒鴉が渦を描き、眼光がタイドの心を穿つ。
『……お前はもう終わりだ……年老いた冒険者に居場所は無い……』
視界が揺れ、気付けば、見覚えのあるギルドの酒場に居た。
かつて仲間だった冒険者達が、冷ややかな目を向けている。
『もう一緒には行けねえよ、危なっかしい…』
『年寄りに割く枠はねえ、すまんな…』
背中を向けられ、酒場の扉が閉じる音が響く。
残されたのは、しょぼい依頼書と、小銭だけ。握りしめる手が、小刻みに震える。
『お前の居場所は無え……盗賊に落ちるぐらいなら……死ね』
カラスの声にタイドの胸が締め付けられ、幻の依頼書と小銭を取りこぼした。
「……やめろ……黙れ……」
動きは鈍り、足が止まる。
その時、左手が淡く脈打つものがあった。
『……私の〜、一部をあげるよ〜……』
リーフの声が柔らかく響いた。
水底に差し込む光のように、暖かい感覚がタイドを満たす。
『あなたが……必要……私も……願っている』
言葉が魔法となって、全身に巡る。心臓が「ドクン」と拍動した。
「……俺は……まだ……生きて」
感情に喉が詰まる。代わりに、
「殺ッ殺ッ殺ッ」
狂妖が笑い、筋肉を膨張させた。
全身が震え、縮んでいた四肢に力が戻る。
カラスの幻影が砕け、金眼の呪縛から逃れた。
辺りはゴブリンの集団に包囲されていた。
その隙に、キングは奥の洞窟に向かって駆け入る。
進路は鎧を纏ったホブゴブリン達に塞がれた。
その影に潜むのは、レッドキャップと呼ばれる、ゴブリンの精鋭部隊。
ここは敵の本陣だろう。ゴブリンライダー、その後方には弓矢を構えるアーチャーや、杖を持った魔法使いなど、見るからに強敵が控えている。
駆けつけてきたゴブリン・ライダーが槍を放つ。
タイドは半身をひねり、スリングを振り切った。
鏑弾が唸りを上げ、ゴブリン兵の胸を抉る。
『殺せ!』
カラスの号令と共に、ゴブリン達が殺到する。
足場を蹴った瞬間、ナイフ一閃。ライダーの首を切り裂いた。
倒れる前に死体を蹴り、迫る狼の突進を避けた。
スリング紐を、騎手を失った狼の頭部に巻き付け、方向転換させると、黒狼ごとホブゴブリンに突進する。
衝突と同時に飛び退く。その影を縫うように、レッド・キャップが斬りつけてきた。
ククリナイフで短剣を捌くが、もう一本のダガーで素早く斬りつけられる。タイドが頭を振って避けるも、頬を切られた。
刃からは粘液が糸を引く。次の瞬間、強烈な悪寒に見舞われた。
『毒だ』
危機感と粉の供給は同時だった。
ニチャリと歯を見せるレッドキャップが短剣を振るう。その腕を、スリング紐で強引に掴んだ。
粉の解毒と共に、紐が収縮して、腕のように太くなる。レッドキャップを強引に引き寄せると、ホブゴブリンに叩きつけた。
その間にも、飛来する矢を切り払う。
ホブゴブリンが体当たりをしてくるのを避けきれず、巻き込まれながらも、膝を断ち切り、横に逃れる。
そこに槍が殺到した。3本の槍がスローモーションに見える。真ん中の一本を掴むと、捻り折るように巻き込んだ。
『殺殺殺』
と笑うリーフの残光とともに、槍兵が細切れになっていく。
その塊に火球が爆ぜた。
吹き飛ばされたタイドの上にゴブリンが折り重なる。そこにゴブリンごと槍で貫かれた。
雄叫びを上げ、執拗に槍を突き刺し続けるレッドキャップ。その胴体を鏑弾が貫いた。
素早く離脱していたタイドが、続けざまにスリングを振るう。
「ギャッ」
と声をあげたメイジの頭部が吹き飛ぶ。
連続で弾幕を張ると、鈍い打撃音と共に、ゴブリン達の血肉が爆ぜた。
頭上から影が覆いかぶさる――金眼鴉の群れだ。
しかし今のタイドには迷いが無い。
礫を撃ち込んで鴉を狙撃していく。
金色の眼が一つ、二つと墜ちていくたび、カラスの声が苛立ちを帯びた。
『下郎が……!』
「嬉ッ嬉ッ嬉ッ」
笑いながら鉄風の中を突き進んだ。
洞窟の前に、分厚い甲冑を纏ったホブゴブリン達が壁のように立ち塞がり、手にした棍棒を構えている。
その前には、ざっと見て百匹以上のゴブリンが集まっていた。
盾を構えたゴブリンやホブゴブリン達が円陣を組み、レッドキャップがその間から槍を突き出す。
一人でどうこうできる数ではない。擦り切れて死ぬまで戦っても足りないだろう。それでも……
「しょうがねぇ」
半ばあきらめの境地で身構えた時、背後からの白い粉煙が起こった。
「またせたのう、タイドや」
妖精兵が粉を散布する。後続の長が魔力を練ると、
「お前さん達は寝ててくれや」
言うが早いか、ゴブリン達はドサドサと倒れていく。
「ここは抑えておくからのう、卵を頼んだぞ」
長はそう言うと、タイド達に小さな壺を二つ、手渡した。
「それは眠り薬と、妖精の粉じゃ。行けっ! タイド、リーフよ」
洞窟を指さす長に促されると、混乱に乗じて、タイドは洞窟に歩を進めた。




