第8章
朝焼けの光が街の屋根をオレンジ色に染めはじめている。
まるで昨晩までの激しい戦いが嘘だったかのように、空気はどこか穏やかだ。俺はまだ薄暗い部屋の中で目を覚まし、窓の外を眺める。
市場での最終決戦から一夜が明けたが、あの熱狂は今も胸にじんわり残っている。旧体制との大激突を経て、ついにこの街は“新しい時代”へと踏み出す準備が整ったというわけだ。
自分がここまで大きなことをやり遂げたなんて、正直まだ実感が湧かない。
「おはよう、レオン」
不意に背後から声がして振り返ると、エリザベートが声をかけてくる。王族らしい気品あるドレス姿だが、表情はどこかリラックスしている。まるでずっと友人同士だったかのような自然な空気だ。
「昨日はお疲れさま。あんな大騒ぎになるなんて、思ってもみなかったわ。でも、これで本格的に新時代の幕開けね」
「はは、まったくだ。俺もここまで大事になるとは思ってなかったから、まだ頭が混乱してるよ。でも、たぶん――全部うまくいったんだよな」
エリザベートはそっと微笑む。昨夜の興奮と感動がうそのように、今は柔らかな光の中で落ち着いた空気が流れている。
「うん。あなたが人々に示した“新しい経済のかたち”は、もう誰も否定できないはず。民衆はあなたの力で混乱から救われ、貴族の圧政や王族の独占を乗り越えて、みんなで未来を作ろうとしてる。お父様――国王も、もう反対はできないでしょうね」
「そっか。あのお堅い王族が渋々でも納得してくれたなら、ひとまず法的には安泰だな」
そう言って息をつく。けれど、まだやるべきことは山積みだ。旧体制を倒したからといって、すべてが一瞬で解決するわけじゃない。新しい金融制度の構築や、融資や出資のルール整備、そして貴族たちの残党が引き起こすかもしれない反乱など、問題は尽きない。
「ま、あんまり悠長にしていられないか。とりあえず、一度みんなを呼んでミーティングしないとな」
「そうね。私も父に連絡を入れておくわ。きっと王宮側もあなたの話を聞きたがるはず」
◇
少し時間が経って、宿の広めの一室にみんなが集結する。
カティア、リリア、フィオナ、ソフィア、そしてバルド。昨夜の決戦を経て、彼らもまた大きな一仕事を終えた顔をしている。けれど、まだ達成感というよりは、これからの忙しさを見据えた準備の表情という感じだ。
「いやー、まさかこんなにあっけなく終わるとはな。もっと暴れ足りないぜ、俺たち傭兵団は」
バルドが豪快に笑うが、どこか安心した雰囲気を漂わせている。彼の部下たちも、もう戦闘態勢を解いて街の警備につく準備をしているそうだ。
「バルド、そう軽々しく言うけど、おかげで街の被害は最小限で済んだんだ。そういう護り方をしてくれて本当に助かったよ」
「へへ、まあな。俺らも金がもらえりゃ文句ないし、こっちは大歓迎さ」
バルドは気楽に言うが、その裏にはちゃんとした責任感があるのを知っている。やれ強盗だ、やれ取り締まりだとバタバタしているのに、この街の治安が乱れずに済んでいるのは、彼の傭兵団が献身的に動いてくれたおかげだ。
「さて、こっちもちゃんと動き出さないとね」
カティアが書類の束を抱えながら前に出てくる。彼女の目にはまだ疲れの色が残っているが、それ以上に燃えるような情熱がにじみ出ている。
「私の商会に加えて、いくつかの同盟商会も協力してくれるって話がまとまりそうなの。新しい投資や融資のプラットフォームをもっと大規模に展開して、『貴族の資本だけがすべて』じゃない世界を作っていきたいのよ」
「おお、それは頼もしいな。具体的にはどんな体制に?」
リリアが目を輝かせて身を乗り出す。彼女にとっては、数字の組み立てと会計管理が領分だ。
「まずは、これまで王族や貴族が牛耳ってた銀行業務を“独立させる”の。私たちが出資して、大規模な商人たちや有力者と一緒に新たな銀行を設立するわ。その中で、リリアの会計ノウハウやソフィアの税制管理の能力を最大限に活かして、透明かつ公正な運営を目指すの」
「なるほど……それなら、貴族や王族の一部にも“安定した金融取引が可能になる”メリットがあるわね。完全に敵に回すより、利害を一致させて仲間に引き入れられる可能性もあるかもしれない……」
リリアはすでに頭の中で計算を始めているようだ。書類をめくる手が早い。ソフィアも隣でメガネを押し上げつつ資料を確認している。
「財政健全化のためには、国家規模での税制改革も必須です。レオンさんやエリザベート様が提唱している“民衆への再分配”を実現するには、王家の許可もいるでしょうけど……王族としての政治交渉力を使う余地は大きいと思います」
ソフィアが冷静に指摘する。頷いてからエリザベートのほうを見やると、彼女は静かに微笑んでうなずく。
「父や王宮の重臣たちも、昨夜の一件で完全に腰が引けているわ。民衆の支持を失うことが、これほど怖いとは想定外だったんでしょうね。だから今なら、わりと柔軟に改革を受け入れる余地があると思うの」
「政治と金融、両面から新しい仕組みを固めるってことか。よし、いいぞ。昔の俺じゃ考えられないくらい本格的だな」
俺はそこで大きく伸びをする。まさか追放されたときは、こんなに壮大な改革の中心人物になるなんて思いもしなかった。大商会と連携し、銀行を設立し、王国の制度を変えようとしている――正直、どんでもないことをやっている気はするが、今さら怯むつもりはない。
「ねえ、あたしたちの出番は?」
フィオナがイタズラっぽく笑って口を挟む。
「詐欺師の腕が鈍っちゃうわよ? 今は裏取引なんかも減ってるみたいだし、あたしが暇しちゃうじゃない」
「はは、フィオナなら“情報操作”のほうでまだまだ活躍できるだろ。貴族の残党が今後どう動くか、裏社会で何を画策してるか、そういうのを探っておいてくれ。俺たちが新制度を整えてる間に、不穏な火種が芽を出さないよう見張ってほしいんだ」
「わかった。そういう“火消し役”も嫌いじゃないし、お宝情報を掴めば一気に儲けられそうだしね」
フィオナは満足げにウインクし、軽く笑う。
「それにしても、フィオナにもずいぶん助けられたな。最初はただの胡散臭い詐欺師かと思ったけど、一緒に動いてみると意外と頼もしい」
「失礼な。あたしは根っからの天才詐欺師だけど、仲間にはきちんと協力する主義よ」
冗談めかして言い合いながらも、この仲間たちと作る未来を想像するとワクワクが止まらない。
◇
夕方、俺は市場の中心へ足を運ぶ。昨夜までは戦場のようだった場所が、今は信じられないほど活気に満ちている。露店の店主たちは笑顔で客を呼び込み、新しい融資を受けて品揃えを増やした店もあるようだ。みんなが新しい風を感じ取っているのが伝わってくる。
「わあ、レオンさんだ! 本当にありがとうね、あんたのおかげでうちの店も潰れずに済んだよ!」
「そっちこそ、よく頑張ったな。前に話していた貸付金は順調か?」
「うん、リリアさんたちがちゃんと数字を管理してくれてるから安心だよ!」
そんな声を交わしながら市場を歩いていると、民衆の表情が以前より格段に明るいのを感じる。借金まみれで首が回らなかった小商人、今まで貴族に利益を吸い上げられていた職人、それぞれが自分の商売を拡大するチャンスを得て、生き生きと働いているのだ。
「これが、“貴族だけの経済”から脱却するってことなのか」
思わず独り言ちると、心の奥に熱いものが湧き上がる。結局、経済は人と人との繋がりだ。
貴族や王族が独占するより、もっと柔軟に、もっと公平に回せば、こんなに街が活気づく。俺はそれを目に見える形で実感している。
◇
夜になると、街の至るところで祝宴が開かれている。実際にはまだ道半ばなのに、皆が“新時代の始まり”を祝い、これからの明るい未来を確信しているかのようだ。俺も仲間たちに誘われて、ささやかだが活気あふれる酒場へ向かう。
「乾杯~!」
一斉に上がる歓声。カティアとフィオナはさっそく杯を合わせ、リリアは慣れない酒に戸惑いつつも楽しそうに微笑む。ソフィアはしぶしぶ杯を手に取りながら、「こんな時間があるなら書類整理を……」と苦笑いしている。バルドは大ジョッキを一気に飲み干して豪快に笑い、エリザベートも王族の身分を忘れたかのように自然に会話に溶け込んでいる。
「いやあ、まさかこうして一緒に酒を飲む日が来るなんて、追放された頃は夢にも思わなかったよ」
そう言うと、カティアが「ほんとよね」と相槌を打って笑う。
「私もまさか、自分が貴族社会のルールを変える側につくなんて思わなかったわ。お父様にも『何を馬鹿なことを』と怒られたけど、今となっては私のほうが正しかったでしょって胸を張れる」
フィオナは「詐欺師の手腕はこういうときこそ活きるのよ」と誇らしげに肩を揺らし、リリアは「数字をまとめるのは大変だけど、そのぶんやりがいがあります」と控えめに微笑む。ソフィアは「まあ、計算間違いは一つも許されませんが」と真顔で言うが、口元は少し緩んでいる。バルドは酒を煽りながら「もっと騒ぎになっても面白かったがな」と不満そうに言いつつ、戦闘が終わった安堵感からか嬉しそうだ。
「で、エリザベートはどう思う? こんな形で世界が変わるなんて、自分でも想像してなかったんじゃないか?」
俺が話を振ると、エリザベートはほんの少し意外そうな顔をしてから、静かに口を開く。
「正直、王女として育った私にとって“民衆と共に改革を起こす”なんて夢物語に思えたの。だけど、あなたが見せてくれた可能性を目の当たりにして……私も信じられるようになったわ。あの旧体制を壊したのは、あなたの経済操作の力だけじゃなく、あなたが人々に『自分は無力じゃない』と気づかせたからだと思う」
エリザベートはそう言って、まるで愛おしむように杯を見つめる。彼女がこの街で歩んだ道のりは、きっと俺と同じくらい苦悩に満ちていたんだろう。
貴族社会の象徴でもある王女が、庶民側に寄り添うのは簡単じゃなかったはずだ。
「ありがとう、エリザベート。これからも力を貸してくれ。新制度を広げるには王族の理解が欠かせないんだ」
「もちろんよ。私も未来を作りたいもの。だから――一緒に頑張りましょう」
お互いの杯を軽く合わせる音がして、笑みがこぼれる。
視線を回すと、周りの仲間たちもそれぞれ和やかに語り合っている。カティアはリリアと商会拡大の話をしているし、フィオナとバルドは「次の儲け話」を探っている。ソフィアは呆れ顔でその会話をチェックしている。
「……いい仲間を得たな、俺も」
思わずしみじみとした口調になる。追放されたときの孤独や屈辱が、遥か昔のことのように感じられる。
それもこれも、この逆ハーレム――じゃなくて頼れる仲間たちと力を合わせたからこその成果だ。
◇
夜が深まるころ、酒場を出て夜風に当たる。街の通りはどこも明るく照らされ、まるでお祭りの真っ最中みたいだ。人々の笑い声、演奏に合わせた歌声があちこちから聞こえてくる。
そんな喧騒を遠くに感じながら、俺は一人で路地を歩き出す。
「おいおい、どこに行くんだ?」
背後からバルドの声がする。続いてカティアやフィオナ、リリア、エリザベートも揃って俺を追いかけてきた。ソフィアまでいる。どうやら全員が俺の後を気にしてくれたらしい。
「ちょっと散歩だよ。考え事しながら風に当たりたくてさ」
「なーに言ってんの。こんな夜更けに一人じゃ危ないよ?」
フィオナが冗談めかして言うが、その目は心配の色を帯びている。バルドも「迷子になるなよ」とからかうが、どうせついてくる気満々だ。
「俺はもう迷わない。……でも、気になるなら一緒に来てくれよ。別に構わないさ」
そう言うと、みんなそれぞれ苦笑しつつ、当たり前のように隣を歩き始める。
「ちょっとした“打ち上げの二次会”だと思えばいいのかな。だって私たちは逆ハーレム……じゃなかった、仲間でしょう?」
カティアがわざとらしく言い間違え、周囲を笑わせる。リリアは顔を真っ赤にしながら、フィオナはニヤニヤしている。
「まあ、逆ハーレムというより“強力なチーム”よね、私たち」
エリザベートが優しく訂正し、ソフィアは「いずれにせよ数値を管理しないといけないのは同じ」と真面目に返す。バルドは「どっちでもいいさ、楽しけりゃな!」と豪快に笑う。
この気の置けない仲間たちと、同じ歩調で静かな路地を進む。振り返ればさっきまで賑やかだった酒場が遠くに見える。ふと空を見上げると、満天の星が輝いている。昨日とは違う、平和な夜空だ。
「俺も考えてたんだ。これで終わりじゃない、むしろ始まりだよな。銀行や商会を立ち上げるのも大事だし、税制や法整備を進めるのも欠かせない。欲を言えば、他の街にもこの仕組みを広げたいし……」
「欲を言えばキリがないよ。でも、あんたはやれるんじゃない? 経済操作なんてチートを持ってるんだから、まだまだやること山積みでしょ」
フィオナが肩をすくめる。
「まあ、全部をひとりで抱え込まなくていい。私たちが手伝うからね」
カティアが自信たっぷりに言い、リリアも「わたしも全力でサポートします」と頷く。エリザベートは「国の改革には時間がかかるけど、絶対に諦めないわ」と微笑んでいるし、ソフィアは「計算間違いだけはしないでくださいね」と厳しく釘を刺してくれる。バルドは「俺たち傭兵団はどこでも護衛に行くぜ、でかい野望を支えるのも面白そうだしな」と陽気に答える。
「ありがとう、みんな。本当に、追放されたときには想像もできなかった未来だよな。けど、俺は今、すげえ楽しいよ。こんなにも“次の一手”が楽しみなんて、自分でも驚くくらいだ」
気がつけば、いつの間にか夜の路地が終わり、大きな広場に出ている。
そこは昨日まで激戦の舞台となった市場の中心。だが今は静まり返り、遠くから宴の喧騒だけが微かに聞こえる。星明かりに照らされた石畳を見下ろすと、なんだか胸がじーんと熱くなる。
「あのとき、俺はこの場所で大技をかまして、旧体制を倒したんだよな……」
しみじみとつぶやき、そっと地面に手を触れる。
「人々の力を信じて、経済を動かす。貴族や王族が持っていた独占を壊して、誰でもチャンスを掴める世界にするんだ。それが俺の“改革”だって、改めて思うよ」
言葉に出すと、確かな決意が胸に広がる。昔なら空想で終わったかもしれない理想を、俺は実現しようとしている。それもこの仲間たちとともに。逆ハーレムと呼ぶかどうかはさておき、“最高のチーム”であることは間違いない。
「今なら俺、本気でそう思えるんだ。みんなで力を合わせれば、どんな困難だって突破できるって」
振り返ると、カティアもリリアも、フィオナもエリザベートもソフィアも、そしてバルドも――全員が優しい目で頷いてくれている。まるで、「当たり前じゃない」と言わんばかりに、ほほ笑んでいる。
「ありがとう。これからも頼むぞ」
「ええ、こちらこそ」
「はい、よろしくお願いします!」
「ふふ、何だかんだ言って、あんたが中心なのは変わらないけどね」
「私も王族として、もっと勉強するわ。あなたが開いてくれた新時代を盛り上げたいもの」
「書類管理はぬかりなく。経済を回すには、正確な数字が不可欠ですから」
「戦力が必要なときは呼んでくれ。俺たちも名を上げられるチャンスだからな!」
皆の声が重なり、夜空に溶けていく。いつかこの世界のどこを見渡しても、自由な経済が広がり、人々が自分の力で希望を掴めるようになる。そんな未来を思うと、胸の鼓動が高鳴る。
「ここで終わりじゃないんだよな、物語は。むしろ、ここからが俺たちの本当の始まりなんだ」
しみじみとつぶやいた言葉に、仲間たちが続々と賛同の声を上げる。まさに“改革の果実”が芽吹き、明日へ向かって大きく花開こうとしているのだ。
周りでは夜風が静かに吹き抜け、遠くから聞こえてくる人々の笑い声と宴の喧騒が、俺たちを包み込んでいる。
遠くで宴の喧騒が一段と盛り上がる中、俺は仲間たちと一緒に夜の広場を後にする。
新しい朝日が昇るころ、俺たちはきっと笑顔で歩き出すのだろう。
――誰もが“経済”という名の翼を得て、自由に未来を飛び回れる世界を築くために。
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