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第7章

 朝焼けがまだ薄闇の空を染めるころ、俺は宿の窓辺から外を見下ろしている。町を覆う緊迫感は最高潮に達し、あちこちに貴族派の兵士や傭兵団の姿が見える。市場の中心に集まる人々のざわめきは、一瞬たりとも絶えない。

 まるで嵐の訪れを予感させるように、風が建物の隙間を唸り声のように通り抜けている。


「これが最終決戦か……」


 思わず唇を噛む。ここ数日、旧体制側の圧力は猛スピードで強化され、法的規制や武力行使の準備が一斉に進んできた。だが、その一方で俺たちの計画も万全に近づきつつある。エリザベートの政治的交渉で最低限の“合法性”を確保し、カティアやソフィアが導入した新しい金融システムが確かな支持を集め、リリアが管理する会計データが揺るぎない地盤を作ってくれた。さらにフィオナの裏情報によって敵の弱点が少しずつ炙り出され、バルド率いる傭兵団が戦力面を担保している。


「……これで、負けるわけにはいかない」


 小さく呟いた瞬間、扉がノックされる。開けてみると、エリザベートが王族の紋章が刻まれた外套を身にまとい、静かな決意を宿した瞳で立っている。


「あなたの準備は終わった? もうすぐ、市場で“あの会合”が始まるわ」

「ああ、準備はできてる。旧体制が呼びかけた『緊急協議』とやらに、俺たちも乗っかるんだろ?」 「そう。向こうは“和解”という名目で呼び出してるけれど、実質は徹底的にあなたを叩き潰すための罠だと思う。だけど……それを逆手に取るのが、今の私たちの作戦でしょう?」


 エリザベートは微かに笑う。彼女は王族でありながら、いつの間にか完全に俺の側に立っている。いや、彼女自身の理想があるのかもしれない。旧態依然とした貴族社会に風穴を開けたいという思いは、俺の復讐心や成り上がりの野望よりも、もっと大きな“覚悟”を内に秘めているように感じる。


「一度の合戦で全てが決まるなら、むしろ好都合だ。今まで温めてきた大技を、ここでぶちかます」 「ええ、そうね。あなたの“経済操作”の本当の力を、あの人たちに見せつけてやりましょう」



 広大な市場の中心地。ふだんは露店がひしめき、笑い声や交渉の口論が飛び交う場所だが、今日は一種異様な空気に包まれている。市場の四方に貴族派の兵士が立ち、民衆が緊張した面持ちで見守る中、円形に並べられた椅子に貴族や商人の代表者が座り、その中央にテーブルが据えられている。


「ここが“緊急協議”の舞台か……なんとも芝居がかった演出だな」


 俺はエリザベートやカティア、リリア、ソフィア、フィオナを伴ってテーブルの前に進む。バルドたちは裏手で控えている。向かい側には、見慣れた冷たい眼差しを向ける兄アレクシス。そして、公爵レグナルドや王国中央銀行総裁ジルベールといった旧体制の重鎮たちが揃っている。

 俺を嘲るような薄笑いを浮かべる者もいれば、あからさまに敵意をむき出しにしている者もいる。だが、視線を返してやると、その中の何人かは怯えを覗かせているように見えた。


「よく来たな、レオン」

 兄アレクシスはわざとらしく立ち上がって嘲笑を浮かべる。


「まさかここまで大きくなるとは思わなかったよ。無能と呼ばれていた弟が、ずいぶん偉そうじゃないか。だが、お前ももう終わりだ。ここで全てを明らかにし、貴族社会に背く行為に対して法的処罰を下す」


 彼の言葉に、周囲の貴族連中が同調するようにうなずく。だが、俺は動じない。

 エリザベートが一歩前に出て、王女としての威厳ある声を上げる。


「そこまでよ。私も本日の協議には立ち会うわ。父の許可を得てきています。王族として、正当な手続きによらない制裁は認められません」

「ふん、確かに表向きはそうだな。しかし、我々も公正な場で話をしようと思ってるだけだよ。あくまで“協議”なんだからな」


 兄アレクシスは皮肉たっぷりに言うが、どうせ結論は最初から決まっているんだろう。


「……いいさ、協議しよう。俺には言いたいことが山ほどあるし、証拠だってちゃんと用意してきた。貴族がいかに市場を牛耳り、法を自分たちに都合よく動かしてきたか。お前らの裏帳簿も、汚職の実態も全部つかんでる」


 ここでフィオナがすっとメモを掲げる。彼女が集めた裏情報が、いよいよ威力を発揮する段階にきた。公爵レグナルドが露骨に目をそらすのが見えた。


「お前ら、民衆の暮らしをどう思っている? たかが商売ごときに必死になる庶民を見下してきただろう。家柄が何よりも大事だと信じてな。けど、実際に経済を動かしているのは商人や労働者の力だ。俺はそれを現実に示すためにここへ来た」


 兄アレクシスや総裁ジルベールたちから冷笑が起きるが、俺の声は少しも揺るがない。彼らの挑発には乗らない。そもそも、ここにいる民衆や商人代表は俺たちの取り組みに希望を寄せている人が多いのだ。彼らが傍聴席からこちらを見つめる目は真剣で、「お前たちなら何とかしてくれる」という期待を帯びている。


「ふざけるな、レオン。民衆が貴族の庇護を失えば、誰がこの国を守るというんだ?」


 レグナルド公爵が苛立ちを隠しきれず声を荒らげる。だが、彼の脅し文句にはすでに力がない。俺は一瞥をくれてから、カティアに合図を送る。


「公爵様。あなたの言う“庇護”とは、貴族が富を独占し、庶民から搾取する構造を固定化することですか?」

 カティアは冷ややかな瞳で公爵を見据える。


「商会の令嬢として、この数年で何度も見てきましたわ。貴族が贅沢三昧の暮らしをするために、どれだけの商人や農民が苦しめられてきたか……。その仕組みこそ、もう時代遅れだと申し上げているのです」


 続けてリリアが、会計データの書類を広げる。

「私がまとめた財務記録によれば、貴族による余剰金の蓄積は全体経済の流動性を著しく下げ、結果として民衆の生活を圧迫しています。もしもそれを是正し、適切な融資や投資を行えば、街全体の活性化が見込めるんです」


「たわけた理屈を……! 経済はそんなに甘くない。庶民には理解できない複雑な仕組みだ!」


 ジルベール総裁が額に汗を浮かべながら吠える。でも、その声はどこか震えているように聞こえる。テーブル上に並べられた数字がどれほど正確か、彼も嫌というほどわかっているのだろう。


「まぁ、言いたいことは全部聞いてやるさ。だが最後は力がものを言うんだ。国の仕組みとは、血と権力で支えられている。お前らがいくら能書きを垂れようが、俺たちを覆せると思うなよ」


 兄アレクシスが椅子から立ち上がり、重たい視線を俺にぶつけてくる。その周囲で待機していた兵士たちがじわりと前に進み、手にした武器をこちらに向けようとする仕草を見せる。


「──やれやれ、やっぱり力づくかよ」


 俺は肩をすくめる。

 その瞬間、バルドの手下がわっと現れ、兵士たちの動きを牽制するように周囲を固める。市場の外周にも俺たちの傭兵たちが控えているのを、兄アレクシスも知っているはずだ。


「面白い。だが、貴族の後ろ盾をなめるなよ、レオン……!」


 アレクシスがそう叫んだとき、傍聴席から民衆のどよめきが上がる。後方に隠れるようにしていた商人たちが、一斉に声を上げ始めたのだ。


「貴族の独占なんてもうごめんだ!」

「レオンさんのおかげで商売が軌道に乗ったんだ、あんたたち貴族の横暴には付き合いきれない!」

「俺たちの暮らしを勝手に振り回すな! この市場はもう、お前らの思いどおりにならないぞ!」


 これは俺が仕掛けたわけではない。今までの改革で恩恵を受けた商人や小売業者が、自然発生的に声を上げている。

 まさに世論がこちら側についている証拠だ。王族や貴族だけが権力を握る時代に対して、みんなが疑問を抱き始めているのだろう。


「レオン、今よ。あなたの“経済操作”で決定打を放ちなさい!」


 エリザベートが耳元で声を張る。確かに、これ以上だらだらと論戦を続けても拉致が明かない。旧体制をここで崩すには、俺のチート能力を最大限使って“実際に市場を変える”実例を一気に見せつける必要がある。


「わかった……全部を賭ける」


 意を決して右手を胸元に当て、ゆっくりと目を閉じる。今までは価格操作を部分的に使ってきたが、今日はそんな小手先じゃ駄目だ。市場全体の相場を一気に揺り動かし、民衆の意志がどこにあるのかを“数字”で証明する必要がある。


「──いくぞ……!」


 指先にピリッと電流が走り、視界が一瞬ホワイトアウトする感覚。

 この市場全体をひとつの大きな“生き物”として捉え、その需要と供給の流れを一息に手繰り寄せるイメージ。各露店の価格、卸売の在庫、投資のタイミング、そして人々の購買意欲……そのすべてを繋ぎ合わせる。頭の中で巨大なパズルが組み上がっていき、最後のワンピースがはまる瞬間、俺の心と相場がシンクロする。


「っ……はぁ……!」


 周囲から「何だ!?」という困惑の声が上がる。明らかに空気が震え、見えない波が人々の心を揺さぶっているはずだ。価格設定を変動させて利益を誘導するだけじゃなく、心理的に“これなら買える”“これなら売りたい”と思わせる絶妙なバランスを一瞬で作り出す。激しすぎれば混乱するし、穏やかすぎれば説得力がない。そのギリギリの線を狙う。


「……どうなってる、なぜ急に客が動き出した!?」

「こっちの露店の品が、なぜかめちゃくちゃ売れるぞ!」

「いや、こっちは値下げするつもりなかったのに、客が群がってきた! な、なんでだ!?」


 商人や兵士が混乱する中、民衆が自然と商品の周りに集まって売買を始める。まるで相場がひとつの意思を持ったかのように、価値がスムーズに交換されるのだ。長い間、高価すぎて手が出なかった商品を買う客、在庫を捌きたくても売れずに困っていた店主──みんなが“今ならいける”と感じて動いている。


「これが……俺の、本当の力だ」


 市場全体が嵐のような活気に包まれ、瞬く間に莫大な金が動いていく。旧体制の貴族たちが牛耳っていた商品の値段ですら、急速に変化しているはずだ。

 もし彼らが市場から撤退して価格を引き締めようとしても、この流れには逆らえないだろう。人々の心理を巻き込み、需要と供給の“理想値”に向かって勢いよく動いていくのだから。


「くっ……こんな馬鹿な!」


 兄アレクシスがうろたえた声を上げる。同時に公爵レグナルドや総裁ジルベールも蒼白になり、そそくさと周囲の手下に指示を送っているが、もう遅い。現場の商人や客は貴族たちの言うことを聞かない。

 今この瞬間だけで多くの取引が成立し、貴族が独占してきた物資がどんどん市場に流れ込んでいる。


「……見たか、兄貴。お前らは法律や金を盾にしてきたが、それらは民衆の生活を支配するための道具にすぎない。結局、“本当の経済”は人々の手の中にあるんだ!」


 俺がそう叫ぶと、民衆や商人たちの歓声が一斉に上がる。

 「やったぞ」「これが本当の商売だ」「俺たちにもできるんだ!」という喜びの叫び。貴族たちの威嚇も、法の名を借りた脅しも、今や薄れていく。


 兵士たちは呆然として武器を下ろし、バルドの傭兵たちが難なくそれを取り押さえる。もはや武力でどうこうするより、経済の大激流に逆らえなくなっている事実が浮き彫りだ。

 エリザベートはその光景を目にして、静かに笑みを浮かべる。


「あなた……本当に、こんなにも大きな力を持っていたのね。これなら、貴族社会を根本から変えられるかもしれない」


 一方、兄アレクシスは悔しそうに額を押さえる。俺をにらみつける目には嫉妬と焦り、そして諦めの混ざった色が見えている。


「レオン、お前……」

「……終わりだ、兄貴。お前がどんなに策を弄しても、もう人々は貴族の庇護にすがらない。俺はこの街を変える。いや、この世界の“経済”を塗り替える」


 咆哮のような歓声が市場を包む。まるで祝祭のような熱気に満ち溢れ、旧体制の崩壊と新たな秩序の誕生が同時に起きているのを肌で感じる。

 リリアが感極まった表情で会計書類を抱きしめ、カティアは誇らしげに胸を張り、フィオナがニヤリと笑って喝采を浴びている。ソフィアは最後まで冷静に数字を確認しつつも、唇をわずかに震わせている。

 すべてが“大きな勝利”を物語っているようだ。


「レオン! 決定的な一手を放ったわね」


 エリザベートが興奮した声で近づいてくる。俺は小さく笑って肩をすくめる。


「最終決戦とはいえ、まだ全部が終わったわけじゃない。これからもやるべきことは山ほどある。けど……ひとまず、この街の人々は救われたはずだ」


 兄アレクシスやレグナルド公爵、ジルベール総裁らは絶望的な表情で立ち尽くすしかない。

 もはや彼らの武器であった法や財力が、“人々の信頼”と“市場の流れ”によって押し流されていくのを止められないからだ。


「さあ、あとは仕上げだ」


 つぶやいた瞬間、俺はエリザベートやカティアたちに目配せを送る。

 ここで宣言するのだ――「新しい時代の改革」を本格的に始めると。

 旧体制を撃破し、次なる世界を作るための道を示す。

 その瞬間、さっきまで苦しんでいた民衆の瞳に、希望の光が宿っているのを確かに感じる。


 傍でリリアが涙ぐみながら微笑み、バルドが大声で「よっしゃあ!」と拳を突き上げる。フィオナは「これで一儲けできそうじゃない?」と冗談めかして笑うし、ソフィアは「記録をしっかり残さなきゃ……!」と新しい帳簿を準備している。

 そんな彼女たちの姿を見ていると、胸が熱くなって仕方ない。ここまで来るのは長かったが、ようやく勝利の光が見えたのだ。


「──やったな、みんな」


 俺は自分の中で深く息を吐き、視線を民衆の群れへ注ぐ。今こそ、本当に新しい扉が開いたんだ――そう思うと、不思議と涙が滲みそうになる。でも、ここで安堵しきるのはまだ早い。旧体制の残党もいるし、経済の新しい仕組みを作るにはこれからが正念場だ。


「俺はもう迷わない。全部賭けて、この世界を塗り替えてみせる」


 静かな宣言に、エリザベートがそっと頷いて笑う。カティアもリリアもフィオナもソフィアも、みんなの顔が夕陽のオレンジに照らされている。市場はまるで一つの祭典みたいにどよめき、歓喜と興奮の波が絶え間なく広がっていく。


 決定的な一撃を放ち、旧体制を打ち破った。これが“最終決戦”の勝利だ。

 だが、未来はまだ続く。俺たちはこの勢いを持って、本当の“改革”を形にしなければならない。そんな大いなる責任と希望を胸に、俺は昂ぶりを抑えつつ拳を握る。


「行こう。ここから先は……新しい時代を創るための勝負だ」


 自分でも驚くほど落ち着いた声が出た。そんな俺を支えるように、仲間たちが囲み込む。視界の端で民衆が大きな拍手と歓声を送っているのが見える。追放された身だった俺が、こうして大勢に囲まれて祝福を受けているのだから、人生とはわからないものだ。


「よし、一気に行くぞ」


 未来への挑戦は、まさにここからだ。けれど今は一瞬だけ、この勝利をかみしめていい。市場を照らす夕陽の光の中、俺は仲間たちと視線を交わし合い、言葉にしない誓いを共有する。どんな困難が待っていようと、もう引き返すつもりはない。最終決戦を制した高揚感を抱えながら、一足早い夜の風が肌を冷やしていくのを感じている。


 俺たちが切り開く時代は、絶対に明るいものになるはずだ──そう、強く信じながら。

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