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第5章

 朝の光が薄く射し込む部屋で、俺はテーブルに広げた紙束を睨んでいる。

 ここ数日で溜まりに溜まったメモや取引記録、カティアがまとめた市場データ、リリアが分析した財務指標、そしてフィオナがこっそり入手した“裏情報”の断片まで──まるでパズルのピースが机の上に散らばっているみたいだ。


「さて……どこから手をつければいいんだ?」


 思わず頭を抱えかけたとき、背後からクツクツと笑う声がする。振り向けば、フィオナが椅子に逆向きに腰掛けて俺をからかうように見ている。


「面白い光景じゃない? 天才だかなんだか知らないけど、レオンがいっぱい悩んでるのってちょっと新鮮だわ」

「これは真面目にやってるんだ。笑いごとじゃない」

「いやいや、そう堅くならないでよ。私も手伝うって言ってるでしょう?」


 フィオナは気楽そうに言いながら、ひょいと手元の資料をつまんでひらひらさせる。彼女は“天才詐欺師”と呼ばれるだけあって、表社会から裏社会まで幅広いネットワークを持っているらしい。いくつかの貴族や商会の“裏事情”を嗅ぎつけて、こうしてネタを提供してくれる。


「さっきのデータだと、旧体制側が大きく絡んでいる取引先がまだ隠れてるってことだよな?」

「そうみたい。名前だけは変えてあるけど、実態はほとんど同じ組織が牛耳ってる。商会の奥の奥で繋がってるのよ。私が軽く探っただけでも、いくつか裏取引の証拠が出てきたし」

「まったく、貴族社会ってのは表と裏の顔を使い分けるのが得意だな」


 ため息をついたところで、扉がノックされる音が聞こえる。顔を上げると、カティアが手にどっさりと書類を抱えたまま入ってきた。彼女はいつものキリッとした表情を崩さず、室内をぐるりと見回し、俺に視線を向ける。


「レオン、昨日までに集計した市場データ、更新版ができたわ。リリアが夜通しチェックしてくれた数字だけど、かなり細かいところまで整合性が取れてるはずよ」

「助かる。というか、リリアはどこに?」

「下の会計室で最終確認中。何しろ私は数字を見るのは得意でも、あの子みたいに会計処理を芸術レベルでこなすわけじゃないから」


 そう言いながら、カティアは紙束をテーブルに積み上げる。俺が今見ている資料だけでも頭が痛くなるというのに、その三倍以上はありそうだ。


「うへえ、また随分持ってきたな」

「文句を言わないの。あなたも自分のチート能力を使いこなすなら、経済の地道な数字と向き合わないとダメよ。でなきゃ、価格操作なんてただのギャンブルと同じになってしまうんだから」

「はいはい、わかってるよ」


 苦笑しつつ書類をめくり始めると、横合いからフィオナが顔を突き出す。


「ねえカティア、あなたの商会が押さえてる卸売ルートについて、私が得た“裏情報”と突き合わせたいんだけど」

「裏情報? また胡散臭いことを言い出すわね」

「いいじゃない。私のネットワーク、意外と役に立つのよ。貴族の汚い裏帳簿とか、どんな書類が偽装かとか──そういうのをこっそり集めてるの」


 カティアは半ば呆れ顔だが、たしかにフィオナの情報網は侮れない。すでに何度も助けられている。俺が仲裁するように口をはさむ。


「今は一人ひとりの得意分野を活かさないとな。カティアは商会という表のルート、フィオナは裏からの情報。合わせればかなり正確な地図が描けそうだ」

「まあ、そうね。私だって助け合いは嫌いじゃないわよ」

「やった、私たち、いいコンビになれそうじゃない?」


 フィオナがいたずらっぽくウインクすると、カティアは小さく鼻を鳴らしてそっぽを向く。二人のやり取りは危なっかしいが、意外と相性は悪くないかもしれない。


 そんな彼女らの会話を聞きながら、ふとエリザベートの姿が気になって周囲を探す。すると、ちょうど扉の向こうから柔らかな足音が近づいてくる気配がする。


「失礼するわ。みんな、話があるの」


 エリザベートはいつもの上品なドレス姿だが、今日はややカジュアルな外套を羽織っている。王宮や貴族の社交界に出入りする時ほどフォーマルではない代わりに、どこか実務的な雰囲気だ。彼女は俺たちの顔を順番に見渡してから、テーブルの端に視線を落とす。


「王族として、私が持っている政治的なコネクションを活かすなら、今がチャンスかもしれない。父から聞いた話だと、旧体制の貴族たちも次の一手を模索しているらしいわ。私たちが先に動けば、意外と大きなアドバンテージを取れるかもしれない」

「なるほど、向こうが法や政治の力を振りかざしてくるなら、先回りしてこっちも“法に触れない形”で市場改革を進める必要があるよな」

「そういうこと。あなたの経済操作は強力だけど、乱用すれば旧体制に付け入る隙を与える。けれど、私が政治家や法務の担当者と水面下で交渉しておけば、“合法的な新事業”だと認めてもらえる可能性があるわ」


 エリザベートはそこで言葉を切って、じっと俺を見つめる。


「あなたが本気で世界を変える気なら、そういう細かい根回しだって大事になるのよ」

「わかってる。ありがとう、エリザベート」


 こうして、各々が持てる力を全開にして一つの戦略を組み上げようとしている。この数日で、俺はあらためて彼女たちの才能と個性に助けられていると実感する。カティアの商才、リリアの会計力、フィオナの情報網、エリザベートの政治力──そして俺の“経済操作”。バラバラに見えていたピースが、今ようやく噛み合い始めている気がする。


「そういや、リリアはまだ来ないの? 大事な話し合いだろうに」

「彼女なら階下の会計室で数字の最終チェックをやってる。声をかけたけど“もう少しまとめてから”って言ってた」


 カティアの返事を聞いた瞬間、廊下のほうから足音が響く。少しせわしない、けれど軽快なリズム。


「す、すみません、遅くなりました!」


 姿を見せたリリアは、抱えきれないほどの書類を胸に押し当てている。額にはうっすら汗がにじんでいて、頬はほんのり赤い。


「いいんだ、リリア。ゆっくりで構わない。で、その山ほどの書類は……?」

「はい、みんなが扱ってたデータを私のほうで総合的に仕分けしまして……重複やミスがないかを確認しました。修正が必要な箇所は付箋を貼っておきましたので……」


 そう言って、彼女はどさりとテーブルに書類を積む。付箋だらけの束を見て、思わず目が回りそうになるが、きっとその分だけリリアが精密な作業をしてくれた証拠だ。


「ありがとう、リリア。いつもながら助かるよ」

「いえ、わたしこそ……みんなの力になれているなら、うれしいです」


 リリアは柔らかく微笑む。その純粋な眼差しを見ていると、先ほどまで難解だった数字の山も何とか消化できそうな気がするから不思議だ。


「よーし、全員そろったな!」


 フィオナが楽しげに手を打ち鳴らす。俺たちは自然とテーブルを囲むように集まり、一同が顔を突き合わせる形になる。


「で、結論から言うと、私たちは市場改革をいっそう加速させたい。でも敵は手強いから、正面衝突はできるだけ避けたい。ならば、どうする?」

「一気にガツンと攻めるのではなく、抜け道を複数用意して少しずつ勢力を広げるのが王道ね」

 カティアが即答する。

「一方で、世間の支持は得たいわね。民衆が“こんな方法もあるんだ”と納得してくれれば、旧体制が下手な法規制をかけても批判が集中する。最終的に、向こうが動きにくくなるわ」


 エリザベートの案にうなずきながら、俺は頭の中で価格操作の具体的なプランを組み立てようとする。


「例えば、新たな“金融サービス”を打ち出すっていうのはどうだろう。いわゆる“融資”とか“共同出資”の仕組みをわかりやすく導入して……誰でも気軽に商売を始められるようにするんだ」

「それ、面白いわね。まさにあなたの経済操作と、わたしの会計管理が活きそう」

 リリアがぱっと顔を明るくする。


「融資? でも、下手したら返済不能で破綻する人が出るかもしれないじゃない」

 カティアが慎重な意見を述べるが、リリアは動じない。

「だからこそ、審査基準やリスク管理が必要なんです。わたしの会計管理とレオンさんの価格操作を組み合わせれば、ある程度の安全策は立てられるはずです」


「ふふ、なるほど。だったら私が裏で情報を集めて、“危ない客”をあらかじめ見極めてあげようか?」


 フィオナがウインクをして提案する。カティアは呆れたような顔をしているが、今のところフィオナの“詐欺師的才能”はかなり役立つはずだ。


「そうね。私の商会のネットワークとあなたの裏ルート情報をすり合わせれば、リスクの高い相手かどうかはある程度わかるかも」

「でしょう? そこにエリザベートの政治的交渉が加われば、貴族社会も下手に潰しにはかからないと思うのよね。だって、融資や共同出資で庶民が潤うなんて、世論の評判が良すぎるから」


 フィオナは言葉の端々に“悪巧み”の香りを漂わせながら、さらりと核心を突く。俺は頭の中でその構想が動き始めるのを感じる。これなら確かに効果がありそうだ。


「わかった。じゃあ大きく分けて三つの段階に分けよう。まずは既存の小規模商人たちが手を出しやすい“ミニ投資”を立ち上げる。次に、それが軌道に乗ったら融資の制度を拡充する。最後に、それを公式に認可させるためにエリザベートの政治パイプを使ってもらう、という流れだ」

「同時に、わたしが数値を管理して安定した収益構造を作ります。もしリスクが高い業種があれば、レオンさんの価格操作である程度フォローすることも検討して……」


 リリアが次々と数式めいた案を口にする。カティアも「なるほど、それならローリスクで始められる」と頷き、フィオナは「やっぱり面白そう」とにやけている。


 エリザベートが、そんな俺たちを見渡しながら静かに微笑む。


「こうしていると、あなたたちが本当に頼もしく思えるわ。昔はレオン一人で何とかしようとしてたけど、今はみんなの知恵や力を借りられているでしょう?」

「まあな。正直、こんなに多才な人材が周りに集まるなんて思ってもみなかったよ」

「ふふ、これはもう“逆ハーレム状態”ってやつじゃない?」


 フィオナが茶化すように笑うので、思わず顔が熱くなる。けれど、こうして仲間がいる心強さは何にも代えがたい。俺はエリザベートやカティア、リリア、そしてフィオナに視線を巡らせながら、胸の奥にこみ上げる感謝の思いを噛みしめる。


「……よし。じゃあ早速、プランの詳細を詰めよう。フィオナが持ってきた裏情報をカティアの商会データと突き合わせて、リリアが数字面で確認して……エリザベートは政治的な地盤を整備しておいてくれ」

「うん、任せて」

「了解。期限はなるべく短くしたいわね」

「ま、短期集中は得意だから問題ないわ」

「わたしも……全力で数字管理を頑張ります!」


 四人の返事を聞いて、俺は自然と笑みがこぼれる。この新しいチームでなら、きっと今までにない大きな戦いに挑める。旧体制の貴族たちも強敵だが、もう怯んでいる暇はない。


「それじゃ、今日から本格的に動き始めるか。みんな、よろしく頼む」


 そう宣言すると、彼女たちの目が一斉に輝く。これは単なる商売の話だけじゃない。わずか数カ月前まで“無能”と決めつけられていた俺が、最強の仲間と手を組み、新たな経済の仕組みを作ろうとしているのだ。


 この協力関係こそが、俺が“逆ハーレム”と呼ばれようが何だろうが気にしない理由だ。彼女たちの存在がなければ、何も始まらないし、きっと俺もここまでの覚悟は持てなかった。


「さあ、いっちょやってみよう。俺たちのやり方で、この世界を少しずつ変えていくんだ」


 誰に向けるわけでもなく、心の中でそう呟く。視界に広がる書類や情報は膨大だけれど、それが今はむしろ頼もしい。ヒロインたちそれぞれの個性が合わさって、俺の“経済操作”はもっと強力になるはずだ。


 そして、その先には旧体制をひっくり返すような大勝負が待っているのだろう。もちろん苦難もあるだろうけど、俺はもう後戻りするつもりはない。胸の奥底でふつふつと燃え上がる闘志を感じながら、彼女たちに向けて力強く頷く。


「さ、まずは第一段階のプランを立てるぞ。リリア、その資料を貸してくれ。カティア、同時進行で商会の動向を押さえて。フィオナは……何でもいいが怪しい手段だけはほどほどにな?」

「わかってる、気をつけまーす。あはは」


 そんなふうに軽口を叩きあいながら、俺たちの“戦略融合”が始まる。背後でエリザベートが小さく笑っているのを感じつつ、俺はテーブルいっぱいに広がる新時代への地図に手を伸ばす。胸の中で確信が芽生える──この仲間たちとなら、どんな試練だって乗り越えられるはずだ。


 たとえ相手がどれほど巨大な貴族社会でも、“経済は力”だという真実は揺るがない。だったら、その力を駆使して新しい未来を切り開くだけ。そう、俺はいつだって“金がすべてを支配する”と信じてきたのだから。


「さあ、やるぞ。これが俺たちの試練であり、革新への第一歩だ」


 声に出した瞬間、彼女たち全員の視線が一斉に俺へ向けられる。その瞳には熱い期待と、確かな信頼が宿っている。追放された頃の俺では想像もできなかった光景だけど、今はそれがたまらなく嬉しい。


 新たな戦略と逆ハーレムとの絆を武器に、俺たちはこの世界を変革する。躍動する未来の予感を胸に、部屋いっぱいに広げた紙の束を眺めながら、俺は軽く息をつく。そして仲間と視線を交わし、誰からともなく笑い声がこぼれる。


 ──こんなにも心が弾む戦いなら、苦難すらも笑い飛ばせそうだ。次にやってくる試練がどれほど厄介でも、俺はもう逃げない。ヒロインたちの才覚と、俺の経済操作が融合したなら、あとはひたすら突き進むのみだ。

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