第3章 黒い森
夜が明けても、スコールは降り続き、未だヴィクターの部屋の窓を激しく叩いていた。ガラスに流れる雨粒がちらつく外の光を歪ませ、朝だというのに部屋全体に独特の薄暗さを与えている。湿度が肌にまとわりつき、空気には微かに土と雨の匂いが混じっていた。
ヴィクターとタリアは、広げた地図を机に乗せ、椅子を引き寄せて向かい合って座っていた。雨音に負けないように少し声を張りながら、二人はこれからの作戦について詰めていた。予想外にも、より詳細な打ち合わせを要求してきたのはタリアだった。
「今回行きたいベラドンナの自生地域は、ここだ。黒い森とよばれている。」
ヴィクターは地図の一部を指し示しながら言った。「今は魔物の勢力圏内だ。主に、キノコ型の魔物が森中を闊歩しているらしい。」
タリアはその部分を覗き込みながら頷いた。「魔物についてはあなたに任せるわ。昨日言った通り、往路で魔力をほぼ全て使うから、私は現地で何もできないと思って。」
ヴィクターはタリアの言葉に頷いて、目の前の地図に視線を戻す。
「地図をこっちに頂戴。」
タリアが言いながら手を差し出す。「なるべく広範囲でこの国まで乗っているやつと、もっと詳しいやつ…ああ、この二つでいいわね。これで移動先を指定できるから。」
ヴィクターは地図を渡しつつ、眉を上げた。「驚いたな。思い浮かべればいけるものではないのか?」
タリアは手を口元に当てくすりと笑った。「過去に行ったことがあるところなら、それでも行けるわ。でも行ったことのないところは、それでは無理よ。しっかりした地図が必要なの。」
ヴィクターは感心したように頷くと、さらに必要なものについて話し始めた。「現地でベラドンナを安全に採取するための防護服がいるな。キノコ型の魔物が毒胞子を撒き散らす可能性もある。暗い森を進むための暗視ゴーグルも必須だ。それから野営のための準備も。」
タリアは頷きながら微笑んだ。「私の分は軍のものを貸与していただけるかしら?」
「もちろんだ。必要なものは全て揃えよう。」
ヴィクターは意外と現実的で詳細な準備を進めるタリアの姿に、少し意外そうな表情を浮かべた。それを察したのか、タリアはくすくすと笑い出した。
「あら、意外?」
タリアは柔らかな声で言った。「しっかり調べて準備することは大事って、フィオナが言ってたわ。実際その通りよ。」
その言葉に、ヴィクターは少し驚いた。いつもの人を食ったような威圧的な笑みとは違い、フィオナのことを語るタリアの笑顔はどこか素直で、柔らかい。ヴィクターは思わず視線を外して咳払いをした。
「標識の魔女のことが好きなんだな。」
ヴィクターが言うと、タリアは笑顔のまま小さく頷いた。
「そうよ。」タリアはフィオナの名前を口にしながら、優雅な手つきで地図を畳んだ。「彼女のために、こうしてあなたに協力しているの。そうそう、フィオナの関与を隠す約束を果たしてくれて、感謝するわ。」
ヴィクターは肩をすくめて軽く笑った。「礼を言われることじゃないさ。軍として利益のある取引をしただけだ。」
それを聞いて、タリアは少し意外そうな顔をするも、黙ってその言葉を受け取った。
スコールの雨音がさらに強く響き、部屋の中に静けさが戻る。その中で二人は互いに短く視線を交わし、出発への意識を新たにした。
結局スコールは止むことのなくその日の午後まで降り続いていた。出発の時間が近づき、タリアは再度ヴィクターの部屋に現れる。
「準備はできた?」
タリアがそう尋ねると、ヴィクターは肩に背負った荷物を軽く揺らしながら頷いた。
「もちろんだ。魔女殿の分の装備もある。」
タリアは微笑むと、ヴィクターの腕をつかんで引き寄せる。
「それじゃあ行くわよ!」
タリアが指を鳴らすと、眩い光が二人を包み込んだ。
部屋の中から二人の姿が消え、代わりにスコールの雨音だけが響き渡った。
目が覚めたような感覚とともに、ヴィクターは自分たちが黒々とした森の中に立っていることを認識した。森全体を覆う濃い霧と、どこからともなく漂う腐葉土の匂いが鼻を突く。木々は異様に背が高く、絡み合う枝葉が空を完全に覆い隠している。薄暗さの中、森の深い緑がかえって不気味に見えた。
「ここが黒い森か……噂以上に不気味だな。」
ヴィクターは警戒心を滲ませた声で呟いた。隣を見ると、魔力を大量に使ったタリアは、かがみ込んで肩で息をしている。ヴィクターはその姿に一瞬驚くが、往路で魔力をほぼ消費するという彼女のその言葉を思い出し、リスクを負ってこの依頼を受けてくれたタリアに感謝の気持ちがうかんだ。
「大丈夫か?水だ。」
ヴィクターは水筒の蓋をあけて差し出した。タリアは疲れたように頷くと、水筒から水を勢いよく飲んだ。
タリアの息が落ち着くのを待ち、二人は防護服を身に纏い、フードをしっかりとかぶって森の中を慎重に進み始めた。タリアはヴィクターの後ろにぴったりとつき、背中に視線を向けながら歩いた。足元からは、湿った苔や腐葉土が靴底に絡みつく感触が伝わる。
「見つけた、あそこだ。」
ヴィクターが低く言いながら指を差す先に、目当てのベラドンナの群生地が見えた。しかしその周りには、毒々しい蛍光色を傘から放ちながら歩くキノコ型の魔物が群れていた。
「......あの見た目はマラディスファンガスと呼ばれる種類で間違いない。倒れるときに胞子を撒き散らす。その胞子は、触れただけで一時的に精神的なトラウマを呼び覚ますらしい。胞子に触れないようにしろ。しかし……やはり群れを倒さないと採取は無理そうだな。」
ヴィクターは剣を抜くと、タリアに短く言った。「後ろに下がっていろ。」
タリアが何かを言うまもなく、ヴィクターは防護服を着込んだまま音も立てずに森の陰から魔物の背後に近づき、一気に剣を振り下ろした。魔物の身体からは粘液のようなものが飛び散り、独特の腐臭が広がった。しかしヴィクターは怯むことなく次々と魔物を仕留めていく。
暗闇の中、剣が閃き、マラディスファンガスが次々と地面に倒れていく様子は、まるで獣が踊っているかの滑らかさを感じさせた。
最後の一匹を仕留めようとした瞬間、ヴィクターはタリアの方に飛びかかった魔物を目にした。彼女を庇うように身を投げ出し、剣で魔物を両断する。しかしその拍子に、鋭い刃物のような木の枝に防護服の一部が取られ、ピィっと鋭い音を立てて大きく裂けた。そこに、仕留め損なった最後の個体が襲い掛かり、ヴィクターの剣が一閃すると同時に胞子が大量に舞い上がった。
「しまった……!」
ヴィクターは裂けた防護服を押さえながら後退した。最後の魔物が地面に倒れ込み、「ドサリ」と音を立てた瞬間、森に静寂が戻る。ヴィクターは荒い息をつきながら剣を地面に突き立て、膝をついた。残りの魔物がいないことを確認し、防護服に応急テープで処置を施す。彼の額には、戦闘が終わったと言うのにじんわりと汗が滲み出てきていた。
マラディスファンガスが殲滅された一帯でベラドンナを採取するのを手伝いながらも、タリアはヴィクターの様子がおかしいことに気づいていた。話しかけてもいつもの軽口は鳴りを潜め、そもそも明らかに口数自体が減っていた。
「……大丈夫?」
思わずタリアが尋ねると、ヴィクターは視線を合わせることなく短く答えた。「ああ。」
タリアは自分の胸にある感情に戸惑った。(彼のことが心配?)
フィオナのために協力しているはずだった。あとは、……ちょっと叩くと響くような反応が面白くて。そうだったのに、魔女であるタリアを心配し、庇い、躊躇いなく危険を冒したヴィクターの姿が脳裏に焼き付いて離れない自分に気づく。
(……わからない。)
彼女は心の中で自問しながらも、手元のベラドンナを黙々と引っこ抜いて回収し続けた。暗い森の中、梟のなく声が遠くで響いていた。
黒い森の夕方は、昼間の薄暗さをさらに重く沈ませていく。空には雲が厚くかかり、陽が沈むのが早い。木々の枝葉が互いに絡み合い、まるで森全体が一つの生き物のように息づいていた。
ヴィクターとタリアは、森の中で比較的開けた場所を見つけると、魔物よけの香を焚きながらテントを張った。ヴィクターが木の枝を払いのけ、視界を確保しながら手早く作業を進める。タリアはテントの設営を手伝いながらも、時折ヴィクターを横目で見やった。彼の顔は険しく、彼の得意な軽口はもはや完全に影を潜めていた。
香の煙が細く揺れる中、二人は簡単な夕食をとった。ヴィクターが携帯食の袋を手際よく開けてタリアに渡すと、彼女は軽く礼を言い、静かに食事を始める。会話はほとんどなく、森の中に響くのは遠くの木々が軋む音と、虫たちの微かな鳴き声だけだった。
食事の片付けも静かに終わり、二人はテントの中の寝袋に入った。
「おやすみなさい、軍人さん。」
タリアが横になりながら軽く言うと、ヴィクターも短く返事をした。
「ああ……。」
それだけだった。ヴィクターの返事はごく小さく、いつもの明るさは全く見つけられなかった。
夜半過ぎ、森の奥深くから風が吹き抜ける音がした。テントもその風に揺らされ、カタカタと音を立てる。突然、ヴィクターの低いうめき声が聞こえた。
「すまない……ルーカス、ヨハン……すまない、レオン……。」
タリアは目を覚ました。うめき声の主は隣で汗びっしょりになりながら悪夢にうなされているヴィクターだった。彼の額には大粒の汗が浮かび、眉間に深いしわが寄っている。
タリアはそっと身を起こし、彼に声をかけた。「ねえ、起きて。」
ヴィクターはその声に、荒い呼吸をしながら目を覚ました。額には冷たい汗がにじみ、心臓が早鐘を打つように脈打っている。彼の隣で静かに見守るタリアは、そっと手を伸ばし、優しく肩に触れた。
タリアは彼に水筒を差し出しながら優しく問いかけた。「胞子の影響ね……大丈夫?」
ヴィクターは水を一口飲み、苦しげに眉を寄せながら呟いた。「すまない……」
タリアはそっと、ごく弱い魔力を込めた声で言った。「よければ、話を聞きましょうか。」
タリアは静かに、ヴィクターが誘われるように話し出すのを待った。
「俺の異能は……『士気』だ。」ヴィクターは言葉を選びながら、ゆっくりと語り始めた。「俺の言葉に鼓舞された部下たちが、たくさん死んでいった。死んでいった彼らが俺の言葉を聞いてこちらを見ていたキラキラした目を、今も忘れられない。」
ヴィクターは目を伏せ、拳を強く握りしめた。「異能を振るうたびに、俺は彼らを死に追いやっている気がする。ついには弟のレオンまで……俺を庇って傷を負って、命の危険にさらされた。俺の存在そのものが、部下を傷つけ苦しめている……そんな想像が、いつも頭から消えない。」
「すまない……魔女どのにこんな姿を見せるつもりじゃなかった。」
顔を覆って自嘲気味に笑うヴィクターに、タリアは軽く首を振る。そして少し黙った後、柔らかな声で話し始める。
「本当に馬鹿げてるわね。」
ヴィクターが驚いたように顔を上げる。タリアは笑みを浮かべていたが、その目には真剣さが宿っていた。
「魔力のない人間の異能なんて、本当に気持ち程度のものなのよ。あなたの異能が人の行動を大きく変えたり、ましてや死に追いやるなんて、不可能だわ。」
タリアは身を乗り出し、ヴィクターの目をしっかりと見据えた。「士気の異能があったって、人望がなければそもそも作用はしないはずよ。あなたはそのふざけた言葉で部下に本心を隠してるんでしょ?今度は正直に彼らに気持ちを打ち明けて、あなたのことをどう思っているのかみたらどうかしら。多分、すっきりすると思うわよ。」
ヴィクターは黙ったまま上を見つめていた。納得しきれない様子が顔に出ている。
「だが……」と口を開こうとした瞬間、タリアが強引に彼の頭を引き寄せた。
「全く、しょうがないわね。」
ヴィクターはタリアの柔らかな胸に顔を埋め、驚きで固まった。
「こういう時くらい隣にいる人に頼ったらいいんじゃない?……少なくとも私は、あなたの弱さをバカにしたりはしないわよ。」
その言葉に、ヴィクターの胸がじんわりと温かくなった。夜闇の中で火を灯すような彼女の優しさに触れ、自分でも気付かないうちに心が動いていた。
(魔女って、恐ろしい存在じゃなかったのか……この魔女は、意外性ばっかりだ。意外とおせっかいで、慎重で、意外と……優しい。)
彼女が見せた静かな微笑みが、ヴィクターの記憶に深く刻まれる瞬間だった。
「もう何も考えなくていいのよ。おやすみなさい、軍人さん。」
ヴィクターは抗おうとしたが、彼女の声と少しだけ魔力が混じった優しい力に逆らうことができず、徐々に瞼が重くなり、そのまま深い眠りに落ちていった。
その夜、ヴィクターはもう悪い夢を見ることはなかった。タリアはそんな彼を見つめ、静かにため息をついた。
(まったく、生真面目な軍人さんね……。)
森の闇は深く、二人の夜を包み込んだ。
朝になり、黒い森には微かな明るさが差し込んできた。黒々とした木々の間を縫うように、霞むような陽光が入り込み、露に濡れた葉を淡く輝かせている。遠くで鳥がけだるげに鳴き、夜の間の不気味さとは異なる、少し安堵感のある静けさが漂っていた。だが、湿度は相変わらず高く、土の匂いや腐葉土の湿った香りが鼻腔をくすぐる。
タリアは物音にようやく目を覚ました。横になったまま、すでに外で何かしているヴィクターの気配を感じる。彼が焚き火の前で何かをかき混ぜているようだ。空腹を刺激する音と匂いに、タリアは思わずテントの外を伺った。
物音にヴィクターが振り返ると、テントの入り口から寝癖の髪のまま、伸びをしながら顔をだすタリアが見えた。いつもの姿とは違う、気の抜けた姿にヴィクターは目を疑う。彼女はこちらに気が付かないようで、その頭がまた中に引っ込んだと思うと、しばらくして身支度の済んだ状態でテントから出てきた。
ヴィクターの周りには簡素な朝食の準備が整っており、湯気を立てるスープの香りがほのかに漂っていた。
「さすが素敵な軍人さんね。」タリアは笑みを浮かべながら椅子に腰掛けた。
ヴィクターは少し緊張しながら、「昨日はありがとう。胞子の影響はもうないみたいだ。」と少し早口で言った。表情は若干の羞恥をふくみながらも穏やかで、昨夜の苦悩は認められない。
「それは良かった。」タリアはスープをふうふうと冷ましながら言う。「魔力も帰ってきたし、食べたらさっさと帰りましょう。」
ヴィクターは頷き、簡単な朝食を手際よく終えた後、二人で帰り支度を始めた。
湿った空気が肌にまとわりつき、時折鳥たちのさえずりが響く中、ヴィクターとタリアはテントを畳み、防護服や装備を整えていた。
ヴィクターは荷物をまとめ終えたタリアを一瞥し、「今回のこと、本当に助かった。ありがとう」と静かに言った。声には感謝と安堵が混じっていた。
タリアは肩越しに振り返り、口元にかすかな笑みを浮かべながらも、ツンとした口調で答えた。「フィオナのためよ。勘違いしないでね。」
ヴィクターは彼女の反応に笑みを浮かべつつ、荷物の肩紐をしっかりと締めた。「君はどうしてそんなに標識の魔女に肩入れするんだ?姉弟子だからか?」
その問いに、タリアはふっと小さく息を吐いた。森の湿った空気を吸い込みながら、彼女はどこか遠い目をしつつ話し始めた。
「そうね……あなたには特別に教えてあげるわ。」彼女の声には、記憶を辿るような響きがあった。「私、昔は落ちこぼれだったのよ。魔力は多いけど、遠距離移動が全然うまくいかなかった。行ったことのない場所だと、東西南北の距離指定がいつも狂っちゃってね。あの時期は、自分が大嫌いだったわ。それでやさぐれて、師匠に破門されそうだったの。」
タリアは肩をすくめ、苦笑を浮かべた。「そんなときにフィオナが妹弟子として来てね。最初は、いじめてやろうと思ったのよ。どうせ私なんて落ちこぼれだから、下をいじめて憂さ晴らしするくらいしかできないって。」
「だが、そうしなかった?」ヴィクターは彼女の横顔を見つめながら尋ねた。
「しなかったわ。」タリアは淡々と続けた。「彼女は私の異能のことを聞くと、こう言ったのよ。『地面は球形だから、東西南北で水平に指定すると狂っちゃうんじゃない?』ってね。」
ヴィクターは思わず眉をひそめた。「地面が……球形?」
「そうよ。」タリアは微笑み、視線を彼に向けた。「彼女はその理屈をもとに、座標の取り方を変える方法を教えてくれたの。それで、遠距離移動が成功するようになった。あのとき、彼女が私に教えてくれなければ、今の『移動の魔女』としての私なんていなかったわ。」
ヴィクターは小さくうなずき、しばらく沈黙したあと言った。「つまり、標識の魔女が君を救ったんだな。」
「そう。」タリアの声が一瞬だけ柔らかくなった。「フィオナは私の恩人よ。でも……彼女が15歳のとき、命の危機に陥ったのに、私は家族じゃないからって守ってあげられなかった。だからこれは償いでもあるの。」
タリアの目に、一瞬だけ切なげな光が宿った。それを見たヴィクターは、魔女も人間と変わらない感情を持ち、絆を大切にするのだと妙に納得した。
「……大切なんだな、君にとって彼女は。」ヴィクターがそう言うと、タリアは短く笑った。
「当然でしょ。私の人生を変えてくれたんだもの。」
話が終わるころには、二人の帰り支度は整っていた。タリアは荷物を確認し、魔力が完全に回復したことを確かめると、ヴィクターの腕をしっかりと組んだ。
「じゃあ、帰りましょうか。」彼女は軽く微笑みながら言った。
その仕草に、ヴィクターは不思議と胸がざわついた。行きの時には感じなかった動揺を覚えながらも、彼はベラドンナの入った袋をぎゅっと抱えた。
「頼む。」
タリアが小さく頷くと、魔力が二人を包み込む。次の瞬間、視界がぼやけ、周囲の音が遠ざかっていく。黒い森での湿った空気や鳥の囀りが次第に消え、二人の姿は光とともに森から消えた。
目を開けると、そこはヴィクターの自室だった。ランプの明かりが暖かく部屋を照らしている。彼は目を瞬かせ、次にタリアの方を見た。
タリアは軽やかに手を振り、いたずらっ子のような笑みを浮かべて言った。「あなた、なかなか悪くない護衛だったわよ。それじゃ、もう会うこともないでしょうけど。」
彼女はふわりとその場から消えた。そのスパイシーな残り香だけが部屋に漂い、ヴィクターは名残惜しさとともにしばらく立ち尽くしていた。