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96粒目

香水屋の休みに。

「何とも締まらず……。申し訳ない」

無駄足を踏ませてしまいました、と酷く恐縮しているけれど。

「街歩きは楽しいし、お主も抜けてる所があるのだと、むしろ親近感が沸くの」

仕事を含め、全く抜かりない男であったから尚更。

「そう言って頂けると救われます」

陽気な街中も少し瀟洒な作りの建物の並び。

「フーン?」

「の?」

「フンフン」

ここ辺りに城はないのでしょうかとキョロキョロ狸。

男に訊ねて貰えば、

「もっと先になりますね」

少し丘の上に王様の住むお城があるのだとか。

「ほう?」

「そちらもご案内いたしましょう」

それは。

「物件としてのの?」

我の言葉に、蛇男は、

「お望みとあらば」

おかしそうに声を立てて笑った。


翌日。

蛇男が休日だと言うため、郊外の小さな湖畔にピクニックに誘って貰えた。

その折に、家族も紹介してもらったけれど。

(ほーうほう)

蛇男の伴侶は、大層小柄で細身な、顔の作りもこじんまりとした小動物のような可愛らしさのある嫁であった。

「この人でもったら、お客様たちが来るのを、指折り数えて待っていたんですよ」

話し方も見た目どおり、柔らかく控え目。

我の姿にも、

「ちっちゃい、お人形さんみたいね」

案外鋭い感想をくれる。

そう、成長しない我は動くお人形とも形容できる。

子供2人は、

「は、はじめまして」

「こんにちは」

父親には似ず、母親そっくりで、男児にしては2人とも、とても愛らしい外見。

その中身も、とかく騒がしく、とかく動き回り収拾の付かぬ賑やかな「男児」と言う生き物を想像していたけれど。

至極紳士な蛇男の血が混じっているのだ、それにこの小柄で物静かな嫁の血。

兄弟は、男を我を狸擬きを見て、いちいち新鮮に驚き戸惑いはするけれど、それぞれ、はにかむ笑顔でもじもじと挨拶をしてくれた。

そして。

「……これ」

「なんて言う動物?」

と狸擬きを不思議そうに眺めている。

男が、狸ですと教えているけれど、

「タヌキ?」

こちらには存在すらしていない生き物。

「あの、触ってもいいですか?」

「あ、僕も……」

我が、どうのと問う前に、

「フーン」

優しく触れ小僧どもと、狸擬きが2人の前に進み。

「わぁぁ」

「可愛い、丸い」

どうにもこちらではこやつも可愛い扱いらしい。

「普段から、2人とも母親にべったりでして」

狸擬きにしがみつく兄弟を見て少し寂しそうに笑う蛇男。

我をやたら構いたがる理由の1つでもありそうだ。

そして狸擬きが2人の前に買って出たのは、子供の相手は自分が請け負う的な配慮だろう。

ならば幼子の我も、狸擬きをまさぐる2人の元へ近付けば、

「君もお洋服も、可愛いね」

「可愛い」

改めて我を見ても、それぞれニコリと笑みを向けて如才なく褒めてくれる。

さすが蛇男の子供。

小さくとも紳士である。

我は、性格にも難のなさそうな2人と狸擬きと、早速湖畔の周りを駆け回る。

湖畔を囲む森へは子供たちだけで入るのは禁止と釘を刺されているため、そう鬱蒼とはしておらず、木漏れ日が美しい森を少しばかり眺めていたけれど。

「見て見て」

「?」

2人が、森の手前で見つけた長い枝を持つと、

「えい」

「えーいっ」

のの?

2人で、枝を片手剣に見立て、騎士、いや冒険者ごっこを見せてくれた。

(のの?)

蛇男が教えているのだろうか。

勝負を決めるのではなく、どうやら「型」を見せてくれている。

こう攻められたらこう、こう来た時はこう、とお手本の様なやりとり。

ほうほう。

「大変に見事の」

素直に感心し拍手をすれば、我などよりも、よほど愛らしくもじもじと照れ笑いする2人。

「フンフン」

狸擬きが、自分も自分も、と長い枝を探し、気の利く従獣は我の分までも拾ってきてくれたため。

「ふぬ、感謝の」

受け取り、両手で一振りしてみるも。

「女の子には剣を向けちゃダメって」

兄の方が慌てている。

のぅ。

良くも悪くも紳士の教育が徹底されている。

「フーン」

したらばわたくめがと、狸擬きがすくりと2本足で立つと、

「フンッ」

こい、小僧共とフンフン枝を振り回し、おかっぱ頭の弟が楽しそうに枝をぶつけ合い。

「我も、少しなら平気の」

兄の持つ枝をつんと枝を付いてやれば。

「ええっと、……じゃあ、優しくするからね」

躊躇しつつ、構える我の枝にそっと振り下ろして来たため。

軽く払ってやれば、

「……っ?」

思った以上の力に、兄は目を見開いた後。

すいと枝を向けてきたため、軽く振れいなせば、やはり驚きつつも、それ以上に、瞳を輝かせて枝を振るってくる。

「ほいほいの」

案外、決まった型だけでなく、果敢にこちらに向かってくる枝を払っていたけど。

「!?」

「のの」

あっさりと、兄の方の枝が折れてしまった。

兄は折れた枝を残念そうに見ていたけれど、我を見て、胸に手を当てて頭を下げてくれる。

「ふぬ、美しく正しき騎士道であるの」

礼を返して、狸擬きと弟はと思えば。

「フーン♪」

「わぁ、上手」

飽きたのかとうに枝を放り、湖畔の浅瀬で小魚を捕まえて遊んでいた。

「……」

兄に何か話し掛けられたけれど、

「?」

言葉は通じない。

首を傾げると、兄にそっと手を取られ、手を繋いで浅瀬にいる狸擬きと弟の元へ連れて行かれる。

「フーン」

主様、わたくめは釣りがしたいです、と狸擬きが訴えてきた。

釣りか。

我等の屋敷を囲む湖より遥かに大きい湖であるし、魚もほどほどのものが釣れそうである。

蛇男一家は、湖畔までの乗り合い馬車で来ていたけれど、我等は荷馬車で来たため、釣りの道具も積まれている。

敷物の上で輪を囲んで和やかに話している大人たちの元へ向かい、男に荷台から釣り道具を出して貰い。

釣りは子供と狸擬きに任せ、男伝に、

「お主は剣の技は習い事でもしているのか」

と蛇男に問えば。

「知り合いが教室を開いているのです」

ほう。

「この人も習っていた事があるんですよ」

と小動物嫁。

おやの。

「いや、若かり頃は冒険者に憧れていまして」

気恥ずかしそうに首の後ろに手を当てる。

今は息子たちが冒険者に憧れていると。

ほうほう。

ならば。

「是非、手合わせ願いたいの」

「こら」

男は、訳してくれるどころか(たしな)められた。

「ぬ?」

「危ない」

それは、我がなのか、蛇男のことを指しているのか。

どちらにせよ。

「ケチの」

「……ケチではない」

少し詰まる男をジト目と唇を尖らせて見上げれば。

「……」

先に目を逸らし、我の、どうやら「わがまま」に負けた男が、蛇男に、渋々と伝えてくれている。

蛇男はうんうんと大きく頷くと、では枝を探しましょうと大張り切りで森へ向かう。

蛇男は、手合わせではなく、

「我と遊ぶ」

ことに対し張り切っている模様。

嫁は兄弟と狸擬きを見ているからと、快く送り出してくれた。


蛇男は今日はさすがに三つ揃いではなく、厚手のシャツにカーディガン、麻のパンツ姿で、髪も緩く下ろしている。

我等の気配に小さな生き物たちが警戒し、もしくはさっと逃げていく気配。

森には枝は無論豊富に落ちているものの。

「ぬぬ、太さはあれどどれも細いの」

数本持って振ってみるも。

我はともかく、大人の蛇男が握るには、心許ない。

細ければ細いなりに楽しけれども。

(ぬぬん)

「の、抱っこの」

「ん?」

男に抱き上げてもらい。

「ナイフを貸して欲しいの」

「……何をする気だ」

男の眉が寄る。

「木を切るだけの」

腰に仕込んでいるナイフを渋々外してくれた。

最近男は、腰には以前より少しばかり大きめのナイフを忍ばせている。

大きめとはいえ、男の腰に収まる程度の物だけれど。

「感謝の」

右手で掴むと、掴んだ手の平に力を込めつつ、刃先にゆっくりと息を吹き掛ける。

蛇男が見ているけれど、構わない。

そして手頃な枝の根本に刃先を下ろせば、

「ふぬ」

豆腐よりも柔く刃が通る。

ドサリと地面に落ち、もう少し太い枝を落とせば。

「素晴らしい」

無条件で目の前の現実を受け入れるであろうと予測した蛇男は、やはり感嘆の声と共に、拍手をしてくれた。

物分かりのいい人間は好きである。

切り落とした枝の無駄な小枝を切り落とし、削いでいく。

蛇男へ渡す枝には、ふっと息を吹き掛けてから。

我の枝は、蛇男のものに比べると、一回り二回り細く短めの枝。

(我の枝には力を込めぬようにしないとの)

振り返れば、お誂え向きに森の中にぽかりと空間が出来ている。

男はもう諦めの溜め息と共に、少し離れて審判役を請け負ってくれる模様。

「……」

蛇男と少しばかり距離を取り、身体の前で片手で斜めに構えて見せれば。

蛇男は、多分こちらの世界での、

「紳士的な煽り」

なのであろう。

まさかの投げキッスをしてきた。

ウインク付きの。

視界の端に入るのは、我の男の眉間に皺の寄った表情。

「……では、お言葉に甘えるの」

その場で少し屈み、革靴で地面を跳ね上げるように走り、即座に構えた蛇男の枝に叩きつければ。

「……ぐっ!?」

我の体重程度の力であるが、予想外だった模様。

叩き付けた反動で半円を描き地面に落ちるも、休まずに枝を絡めに向かう。

我のように小さな身体を狙うには、きっと、我の男の様に投げナイフや弓矢が良いのだろう。

躊躇なく枝を突かれれば結わぬ我の髪先が触れ、

「ほいの」

その枝先に目一杯枝を叩きつけ、その枝に飛び乗ってやる。

「……ッ」

普通なら折れるけれど、吐息だけでも我の力が籠り、枝は非常に硬くなっているため、そう簡単に折れることもなく。

見開かれる蛇男の瞳に笑いかけ、飛び降り、投げキッスを返してやれば。

まるで銃弾で貫かれたかの様に胸を押さえ。

「……今、私は」

震える声を出す。

「?」

「我が子たちが生まれた時、……と同じくらい、心が歓喜に踊っています」

と、その声の震えは、歓喜によるもの。

それは。

「なによりであるの」

我もまた、遊び甲斐があると言うもの。

ただ。

(こやつ)

確実に、

「我が子たちが生まれた時『より』」

と言いかけただろう。

なんとも。

これはまた、

「どうしようもない男」

である。

そして、蛇男がやっと本気を出してくれれば、剣術のけの字も知らぬ、身体の軽さと力技で押し通すしかない我は、なかなかにいい勝負なのではないか。

蛇男が右手から左手に枝を持ち変える猫騙し的な手法は楽しかったし、容赦なく我の胴を突き刺そうとするどころか、枝が剣ならば、頭から真っ二つに切り裂こうとすらする、その。

幼子に、我に対しての。

そのあまりに容赦のなさ、情けのなさに。

「くふふ……っ」

(もしこやつに妻子がいなかったら、旅に誘いたいくらいであるの)

枝先で受け止め、両手で止めれば。

「そこまで」

男の声がかかり、蛇男にもストップを掛けている。

「の?」

いいところでなんのと思えば。

「フーン」

そう、空気を読まぬ狸擬きがテコテコとやってきた。

「なんの?」

「フゥン♪」

魚が釣れました、とご機嫌に尻尾をフリフリしている。

「ふぬ」

成果を見て欲しいですと。

それはよいけれど。

「フーン♪」

釣った魚を焼いて欲しいのですと。

なるほど。

主の遊戯を中断させるわけである。

我への忠義などより、食い意地が遥かに上回るへっぽこ従獣なのだから、当然のこと。

「続きはまた後程であるの」

「えぇ、是非」

我と蛇男の、それぞれに歯を見せた笑顔に。

「……まだやるのか」

男の大きな溜め息が森に広がった。


狸擬きの要望で少し早めの昼食は、蛇男が、

「こちらで用意しますので」

のお言葉に甘えたけれど。

作ってきてくれたのはフォカッチャに生ハムと野菜が挟まれたサンドイッチ、パイ生地にキノコや燻製肉などの生地が流されたキッシュ。

自家製ピクルスに、茄子のオイル漬け。

狸擬きと兄弟が湖畔で釣った魚たちは、男と我が捌き、フライパンでニンニクと唐辛子と共に軽く焼き蒸したもの。

「の、どれも美味の」

「あぁ、美味しいな」

「フーン♪」

狸擬きは嫁と共に昼酒、ワインでご機嫌になっている。

嫁の方はあまり料理は得意ではないらしい。

普段から料理は蛇男の担当で、

「泊まりがけの仕事の時は、食事は全て近所のカフェで済ませてもらっています」

と。

徹底している。

「刃物も、火も熱い油も苦手で」

ぬぬん、料理に付き物な要素を悉く相性が悪いらしい。

嫁は面目なさそうに頬に手を当てるけれど。

「おっきくなったら僕も料理するよ」

「僕もするー」

と兄弟

これは何とも、頼もしい限り。

それは母親のためでもあるけれど、

「冒険者は料理も出来ないと駄目だって」

「せんせーが言ってた」

と。

先生。

蛇男の友人とやらか。

少し気になる反面、何かを極めた人間と言うのは、相手の本質を見抜きやすい。

特に対人間となれば尚更。

我は好奇心で「先生」と対面するより、避けることを選ぶ。



美味しい昼食の後。

大人である我の男が付き添いとなり、兄弟と狸擬き共に森へ入り。

「……」

男が靴に仕込んだ小さなナイフを投げれば。

リスの頭にナイフが刺さる。

「うわわ」

「リスさん……」

頭にナイフが突き刺さったリスの姿に、少したじろぐ兄弟。

「フーン」

狸擬きが、自分と似た色の兎を視認し、2人の視線がリスに向いている間に、

「……」

兎の頭に小豆を貫通させれば。

「フーン♪」

狸擬きが走って行き、わたくしめが仕留めましたと言わんばかりに兎を咥えて戻ってきた。

「え?兎?え、凄いっ」

「ひっ、兎さん……」

弟には少し刺激が強いらしい。

浅瀬での解体は兄だけに見学させ、弟は仲睦まじげに湖畔を散歩をする両親の許へ送り出す。

「ずっとやってるの?」

目の前の兄に問われた。

「?」

「それ」

兎の解体のことか。

「まだ1年と少しの」

それでも驚かれる。

血塗れの手で内蔵を引き摺り出すと、兄の顔色が悪い。

「の、無理に見ずともよいのの」

男も気遣い声を掛けるも。

「……ううん、冒険者になるには必要だから」

冒険者になる決意は固いらしい。

皮も剥ぎ、肉になると3人がやってきた。

「お主等にやるのの」

兎もリスも美味である。

喜ぶ蛇男と、顔色を悪くする嫁と弟。

肉の姿にしてもまだ怖いらしい。

兄弟2人は敷物の上で狸擬きを挟んで少しのお昼寝。

我は両腕を伸ばしてきた蛇男に抱っこされると、

「もー、可愛い子に目がないんだから」

うちの子たち女の子じゃなくてよかったと苦笑いの嫁。

「ふぬ?」

なぜ。

こやつの若干危ないフェチっぷりに心当たりでもあるのか。

「仕事に行かなくなっちゃうわ」

そっちか。

偏愛的な好意は嫁にはまだ知られていないらしい。

「私が代わりに働けばいいんだけど」

見かけによらず逞しい。

もう少し森を散策したいと伝えると、

「じゃあ、子供たち見てるわ」

嫁に見送られ、我等は、再び森へ。


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