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92粒目

屋敷には、数日だけ、そう思っていたけれど。

「おはよう」

「うぬん……」

テラスでのんびりしたり、男に抱かれて屋敷の周りをぐるりと歩き、狸擬きは森への散策を欠かさず。

おやつを作ったり、刺繍をしたり、屋敷の細かな手入れをしたり。

「フーン♪」

狸擬きに呼ばれて森へ向かい、甘い果実を摘み、たまには我も村まで向かい馬のご機嫌を伺い、食材を買い。

「今日はお魚の」

釣りをしてもやはり我だけはなぜか釣れず、夜は男に唾液を与えて眠り。

「フーン♪」

森へ行ってきます、とおやつを包んだ風呂敷を首に巻き、トトトと屋敷から出ていく狸擬き。

なんとも。

「家と言うものはよいのの」

「だな」

男に抱っこされ、居間に向かう。

男の膝に乗り、男の胸に頬を擦り寄せるのは、屋敷に落ち着き、もう何日が過ぎた頃だろう。

熊じじだけでなく、蛇男も、我が甘いものを好きだと知るなり、国から買ってきたと焼き菓子やジャムを手土産に、顔を出してくれた。

「息子2人も充分に可愛いのですが、やはり女の子は別格なんですよ」

そこにあらぬ他意はないのだろう。

蛇男は料理もでき、

「移動には向かないお菓子なのです」

と、屋敷の水場でティラミスなるお菓子を作ってくれた。

「のぉぉぉ……♪」

「フーン♪」

「んん、美味しいですね」

「一応我が国の名物になります、国の方も、少しずつ味が違ったりするので是非いらしてください」

我の中で、蛇男は好感度が、男と猟師の次くらいに上がる。

そう、我は単純故、甘味を与えてくれる者が好きである。

男の許可を得て、礼の代わりに蛇男の腕に抱っこされてみれば。

「あぁ、柔らかくて、女の子はぴったりフィットしますね」

蛇男の満面の笑み。

どうにも獲物を見つけた蛇にしか見えないけれど。

男より細身で、けれど骨は太い。

何より蛇男は、子を抱っこし慣れている。

「下の子が同じ年くらいなんですよ」

なるほど。

「君は格別に可愛いですね」

蛇男も言葉は真っ直ぐである。

よしよしとあやされ、男を見れば。

男は大人だけれど、作り笑いを隠せていない。

そもそも隠す気もない。

乗り心地は良いけれど、乗り慣れない馬車に乗った様な心地。

(新鮮ではあるの)

当然、匂いも違う。

蛇男の匂いも悪くはない。

が、男が作り笑顔どころか、そわそわとこちらに手までを伸ばして来たため、

「くふふ」

蛇男の腕から男の腕に収まれば、やはりしっくりくる。

それでも、蛇男は、名残惜しげに、男に抱かれた我の手を取ってくる。

「本当は、ベビーシッターを仕事にしたいのですが」

ほう?

「それを生業にするには、家族を支えるには生活に不安が出てしまうので」

ふぬ。

大規模な保育所的な仕事は、

「国の管理下なのです」

ほほう。

「あまり大きな国ではないので、それで事足りてしまうのですよ」

蛇男は、我の爪先を見て、

「小さい、可愛い」

とまた好好爺の様な顔になっていた。

ここまで我の髪色と瞳の色に拘らない人間も珍しい。


そして、屋敷には熊じじも、

「様子見というのは言い訳でして、美味しい珈琲を頂きに来ました」

と、手土産を片手ならぬ両手に持ってきては、

「ここは落ち着きます」

日々村長として村の中で忙しくしているためか、テラスで、小雨の日は居間で、少しの時間、のんびりしては帰っていく。

「隣の国は、えぇ、小さいみたいですね」

村で暮らす村長からすると充分に大きいけれど、旅人から見ると端の小さな国と言う認識らしい。

学校や大学はあるのかと訊ねれば。

「大学と言う勉学の場は、更に先の、大きな国にはあると聞きますね」

勉強もなさるのですか?

と驚かれる。

「魔法が欲しいのの」

今のところなんの成果もないけれどと告げれば。

熊じじは、

「それはそれは」

今度はカップの中身が揺れるくらい驚き。

「……うーん」

しばらく唸り、首を傾げた後。

「……そうですな。例えば、私が山にまやかしを掛けてもらっているように、魔法のまやかしを持つ「もの」を探すのは如何でしょう?」

と、大学の偉いじに聞いても駄目だったと話せば、熊じじがそんな助言をくれた。

「のの?」

「あなた様のお力は強大。欲しがる者は幾多数多でごさいましょうから、対価としては申し分ないかと思われます」

ふぬ。

「私には想像も付かないくらい大きいと思われるこの世界、でしたらそんなまかやしも、1体や2体は存在するのではないかと」

ほうほうほう。

それはそれは。

なんとも。

「よいの」

妙案である。

男も黙っているし。

「危ないと言わないのの?」

「……君は強い」

それでも眉間に皺は寄せている。

「フーン」

森から戻ってきた狸擬きが、橋から熊じじに気づき、森を散策しましょうと誘っている。

「いいですね」

熊じじが橋を渡りきると、四つ足の熊になって狸擬きと楽しそうに駆けていくのが見える。

熊じじはそのまま村へ帰るだろう。

「お主は、我が強いと、やっと認めたのの?」

テラスの椅子で隣に座る我を、男が膝に抱き上げる。

「認めはするけれど、俺は、君の身体だけでなく、心も傷付けたくはない」

ふぬ。

まぁまやかしどもは手段も言葉も選ばぬからの。

それでも。

「我は、お主以外の何者かの言葉の刃物程度では、そよ風ほどにも傷付かぬの」

ただ、

「……そうだな」

そう。

代わりに。

「……お主が傷付くからの」

水の街で、修道院で呟かれた、老シスターの震えたあの、我への。

「恐ろしい」

の言葉に。

不愉快を隠さなかったのも、我ではなく、我を抱っこする男の方。

「我も無駄にお主を傷付けたくはないからの」

魔法を手にする方法を持つ者がいたとしても、交渉は、少しばかり慎重になるとしよう。


花曇りのその日。

今日も今日とて、のんびりした朝食の後。

いつか狼に飲ませた小豆茶を淹れ、残った小豆に砂糖を落とし。

橙色の葉の刺繍をし、それにも飽きて、対面のソファに腰を降ろし、ちょうど煙草を灰皿に落とした男の膝によじ登り、胸に頬を押し付けて甘えていれば。

さらりと流したままの髪を掬われ。

「……?」

「君のために、魔法の手掛かりを探しに行かなければならないのに、また出発のタイミングを逃している」

そう呟き、悩ましげな眼差しで我を見下ろしてきた。

「そうの」

尻に根が生える、とはこういうことを言うのだろうか。

我も、男も。

けれど。

「我はの」

我は。

「ん?」

「お主が、我のために魔法を探してくれなくともの。

お主が、

『家』

と言うものを我に与えてくれただけで、とても、心から満足しておるの」

そう。

男が思っているより、遥かに。

我1人ではどんなに石ころがあろうとも無理な話。

そして我は、自分に自我、物心というものが付いてから、一度も家などという場所で暮らしたことはなく。

ごく稀に、廃墟に休憩がてら1泊することはあったけれど、ほとんどは洞窟や大木のうろや、木の下や崖。

こちらに来てからも、洞窟、人様の家の物置小屋、旅に出て、初めて宿に泊まったくらいだ。

あれも今思えば、よく泊めてくれたものだ。

そして。

今は、こんな立派な我等の家で、眠り、起きて、日々を過ごしている。

男は、我の言葉に、ちらと目を見開くと、この世界には存在しない三日月型に目を細め。

「あぁ……」

我の髪を掬う手から髪は流れ落ち、その手で、頬を包まれた。

「?」

「……そうだな」

三日月型の男の目に、男を見上げる我が映る。

きょとんとした我の姿が、男の瞳にいっぱいになり。

(の……)

男のその逸らさない瞳に、なぜか、こう、胸の辺りに、いつもはない、知らぬ熱が籠る。

それでも、我も目も逸らせず、無意識に男のシャツを掴めば。

男のもう一方の片手は、我の背中を抱いている。

その手の平は、いつもより熱く、強く。

「……」

男の顔が、我の顔に近付き。

(の……)

何を思う間もなく、あっという間に、男の吐息が我の唇にかかる程に、近くなり。

我は。

ただ。

(のの……)

その、なんとも言えぬ感情に。

もう、ただ。

そう、まるで、とっくに決められていたことのように。

瞼は、急に睫の重さを感じ、勝手に落ちて行く。

「……」

我の吐息も、男の唇に掛かるどころか、吸われてすらいるのだろうと思えるほど、互いの唇は近く。

久しく感じることのなかった、胸の早鐘を自覚し、我は。

微かに唇を震わせ。

森のざわめきも湖畔の水音も、遠くなり。

男と、唇を触れ合わせる、その瞬間。

「チチッ!」

開いた窓から、

見参!

と言わんばかりに、小鳥ではなく、中型の黄色い鳥が飛び込んできた。

「……んのっ!?」

「……おっ?」

さすがに驚き、男の膝の上で飛び上がる我だけでなく、男も、ビクッと身体を揺らした。

「……チ?」

「……」

「……」

「チ、チチ……?」

もしや、お邪魔だったか?

と言いたげに、足の低いテーブルに着地した、見た目は大層キリリとした鳥が、愛らしく小首を傾げた。

「……へ、平気の」

しかし、顔が、頬が熱い。

(ぬ、ぬぅ……)

その妙な顔の熱さを気にしながら、我は、もだもだと男の膝から降りると、鳥が飛んできた開きっぱなしの掃き出し窓へ向かい。

「狸擬きの、仕事の」

森の方へ声を上げる。

どうやら我は、この鳥ともお喋りが出来ない。

「フーン?」

トトトと橋を渡り戻ってきた狸擬きは、すでに空の風呂敷を首に巻いている。

「おやつは美味であったかの?」

「フーン♪」

ふぬ。

ならば良し。

「この鳥にの、運び賃は、甘味がいいのか肉がいいのかきいてくれの」

「フンフン、フンフン」

「……チ?」

「フーンフン、フフン」

「チチッ?」

「フンスン」

「チチ♪」

言葉の周波数が一致したらしい。

「チチィ」

「フーン」

男は、そんな鳥から金筒を外しもせず、水場へ向かい湯を沸かしている。

我はそんな男を追い、

「……手伝うの」

声を掛ければ。

「あ、あぁ……」

見上げる男の耳は赤く。

「……」

「……」

(ぬぅ……)

なんぞこの。

多分、気まずさ、と言われるものは。

「……」

踏み台に乗り、隣で紅茶の缶を開けば。

「……今度は」

男の低い声。

「の?」

「窓は」

窓?

「窓は、閉めておこう」

少しばかり久しぶりに見た、口許を押さえた、酷くばつの悪そうな男の顔。

「くふふ」

そうのと頷き、珈琲と紅茶を淹れて居間へ戻ると、狸擬きが鳥の足首から金筒を外していた。

そして蓋を開くと、スンスコと筒の中の匂いを嗅いでいる。

「……花の国の城の印だ」

「おやの?」

これまた遠くから。

「猟師の彼からだ」

のの?

「先日届いたばかりではないか」

「あぁ。……青のミルラーマの更に向こうの村に着いた報告だそうだよ」

なんと。

「よくもまぁ、あんな場所まで行ったの」

猟師の最終目的地だったか。

しかと酔狂な男である。

「チチッ」

「フーン」

この鳥は、迷いに迷った末、甘味が欲しいと言っておりますと。

「ふぬ」

では、チーズケーキでも出すかと再び水場へ向かうと、鳥も着いてきた。

そして、かごに収まり、布の掛けられた丸パンに、首を傾げるため、

「それはやわこいパンの」

と、見せてやれば。

「チチチィ……」

再び長考を始めたため。

「ここで少し休憩していけばよいの」

「チチ?」

「そうの、お主も休暇はあろう。甘味は午後に用意するの」

「チッチッ♪」

尻尾を揺らし、キリリとクールな見た目に反して、とても愛嬌がある。

せっかくだし、

「何か挟もうかの」

「チ♪」

「フーン」

わたくしめの分はありますかと狸擬き。

「お主はおやつを食べたであろうの」

「フゥゥン」

この鳥は言葉が少々特殊故、通訳が難しく頭を使うのですと反論狸。

「ふぬ?お主はどこから来たのの?」

「○✕✕○△」

狸擬きにも通訳が不可能な名前。

「我等がやってきた道とは、全く別の空の旅路なのであろうの」

燻製肉を挟んだものを出してやると、大喜びで摘まみ始める。

狸擬きにも出してやり、代わりに鳥の相手を任せると、手紙に視線を落としていた男は、今は、なんとも楽しそうな微笑ましそうな顔で手紙に視線を落としており。

「の?」

再び膝によじ登れば、

「ん?……君のことが書かれていた」

抱き上げられながら、教えてくれる。

ぬぬ?

「遠い村でも、君のことは覚えられていた。小さなお客様の訪問は、村でも少しばかり驚かれていたそうだよ」

そうなのか。

「あと、山の向こうにも街があるそうだ」

のの?

「……いつか行こう」

男に、強めに抱き締められた。

その顔は見えないけれど。

「行くの」

我等は、どこまでも一緒である。

狸擬きと鳥がやってくるまで、男にじっとしがみついていると、まだ屋敷に閉じ籠れとでも言うように、小雨が降り出してきた。


「チチッ♪」

鳥は2日程滞在し、

「チーチチッ」

大変に世話になったと帰って行き。


そして、我等も。

家、と言うものをとくと堪能し、

「また、すぐ帰ろう」

「の」

小舟から降り、名残惜しく屋敷を振り返り。

熊じじと村人にも挨拶し。

まずは、

「国の方で待っていますので」

と、補佐の女に促されて渋々帰って行った蛇男のいる小さな国を目指し。


また新しい、次の場所へ。


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