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91粒目

サンドイッチの朝食の後。

熊じじの運転する村の馬車の椅子のある荷台に座り、森を迂回するように細い一本道を進んでいく。

熊じじは、

「森の風通しがよくなり、山もとても喜んでいます」

と嬉しそうだ。

村人には、我等の意向を汲み、自然に消滅したと言うことにすると。

我は男の膝に抱かれ、森を眺める。

狸擬きは、

「♪」

森を散策しつつ進んでいる。

「この山は死火山の?」

「しかざん?」

「もう火を噴かないお山の?」

「そうですね、眠ってる気配があります」

休火山か。


「のの」

小さな湖の真ん中に、お屋敷が建っていた。

隣の国に住む金持ちが建てた屋敷だと。

時間を掛け、手間を掛け、別荘の様な感覚で作ったらしい。

村からも離れ、屋敷の岸へ向かうには反対側の森を繋ぐ細い橋と、こちら側には小舟のみ。

「さすがにお屋敷を作る時は、職人用の橋を作っていました」

完成してから、簡易な橋は取り外したと。

そして売り出されてから、だいぶ経つけれど、なかなか買い手は付かないとも。

「ほほぅ」

不便さで売った、のではなく。

「この屋敷を所有していた金持ちの子供たち、兄妹2人。

兄の方の婚約が決まった夏の夜。

皆が寝静まった頃、舟を漕いで兄妹は出奔してしまったのだと言う。

「無論、誰かが手を貸していたらしいのですが、それが、その婚約者となる女性だったなんて噂もありまして」

ほほぅ。

「それから、両親はこの屋敷に来ることはなく、間もなく売りに出されてはいるのですが」

不便さと、その手放した理由の、縁起の悪さ。

験担ぎはこの世界にもあるらしい。

金持ちならば尚更気にするのであろう。


湖の前、馬車から降りると、小舟が2艘、底を見せて並んでいる。

細い瀟洒な橋の手前は、獣の侵入を防ぐため柵で覆われていると。

湖畔を徒歩で回り込むのも面倒で、小舟で向かうことにした。

狸擬きはここで待ってますと言うかと思ったら、

「フーン」

ここは森に囲まれているため怖くありません、と熊じじが軽々と小舟をひっくり返し湖面に浮かんだ小舟にぴょこんと飛び乗っている。

(おやの)

熊じじは、客人である男が漕ぐのを恐縮しているけれど、明らかに小舟に不馴れな熊じじより我等も安心である。

男は大きな熊じじが乗っても、すいすいと漕ぎ、

「お主は村からは出るのの?」

熊じじに訊ねれば、

「国の方にごくたまに」

国の方でも、きちんと人に見られるらしい。

強力な変幻の力である。

お舟を渡り場に着けると、まずは屋敷の周りを一周する。

裏庭にあたる小屋には、小舟の修繕用の板や道具がご親切に積まれたまま。

岸そのものがそう大きくないため、建物も屋敷といえはするけれど、そんなに大きくない。

が、きちんと庭もある。

「中にも入りますか?」

「のの?」

鍵は?

「湖畔も村の私たちの領地、管轄となるので、鍵は預かっているのですよ」

ほう。

ただ掃除などがおざなりなため、環境はいまいちですがと恐縮されたけれど。

「構わぬの」

有り難く見学させてもらうことにする。

観音扉を開けば。

中も、

「あぁ、いいな」

「のの」

「フーン」

掃除が必要ではあるけれど、思ったより埃も少なく、窓から柔らかな陽が射し込んでいる。

「フンフン♪」

階段がいいですと狸擬き。

揺るやかな曲線。

うっすら埃の床に、狸擬きの足跡が付いていく。

華美でなく、質素でもなく。

柱は太く、立派。

壁の燭台、万能石を置く燭台も、手が届きやすい位置に嵌められ、この家を建てた元の持ち主と設計者が、どちらも、住む者、自分たちだけけでなく、ここでの働き手のことも考えた他者への配慮や堅実さが窺えた。

(それでも、結果手放す様な出来事が起きてしまうのだから)

ままならぬもの。

しかし。

「よいの」

「あぁ」

男も、熊じじに習い窓を開き空気を入れ換えながら、その横顔には笑みが浮かんでいる。

狸擬きは2階のテラスから、

「フーン」

どこからも森がよく見えますと尻尾をくるくる回している。

我等の荷が多いと言っても、荷台に積むには多い程度。

この屋敷ならば、いくらでも荷を下ろせる。

あの我等の肖像画も飾れる。

血で作った札でも貼れば、屋敷の劣化は防げるだろう。

テラスもある。

ここで茶を嗜むものよさそうだ。

「フーン♪」

森に囲まれて最高ですとテテテと戻って来た狸擬きが、鼻先が床に近いため、埃で、

「ブシュッ」

とくしゃみをする。

狸擬きの鼻をハンカチで拭ってやりながら。

人目は避けられ、更に湖の真ん中。

近くの村の村長は、この山と森の主であり、何より信頼が置ける。

「……ふぬ」

どこかに、家を持とうかと、常々話してはいたけれど。

それが、いつかは、曖昧で。

けれど。

それが、

「今」

でも構わないのではないだろうか。

実際、荷台は悲鳴を上げ始めているし。

庭に出て、少し土埃の被ったテーブルと椅子を、熊じじが持ってきていた箒で払ってくれる。

「いいですね、とても」

「とてもいい環境なのですけど、こういう建物を求める方々は、やはり人は(げん)を担ぐ方が多いので」

たまに見に来ても、手放した理由を聞きやめてしまうらしい。

ふぬふぬ。

「我等は験など担がないしの」

「そうだな」

「フーン♪」

我等の言葉に、熊じじが首を傾げる。

「この家を、買うに当たり僕らがすべきことを、教えてもらえますか」

男の問いかけに、熊じじが、椅子から腰を浮かすくらい驚かれた。


「湖畔の家を買いたい、というお話とお伺いしましたが」

今日の男は三つ揃いではなく、ほんのりとウエスタンないつもの格好であり、更に連れているのはちんまい風変わりな娘と、もっさりした謎の生き物。

不審がられると言うより、相手方からの、

「なぜ?」

の問いが強い。

あの建物を買うには、国へ向かえばいいのかと男が熊じじに訊ねると、明日、ちょうど村に国から、家の売買を生業とする者たちが御用聞きにやってくると教えられ、大人しくそれを待つことにした。

熊じじだけでなく、村の人間は、特に遠くから来た旅人の男の話を聞きたがり、我は、桃色兎のぬいぐるみを持った幼子と、お絵描きをして遊び、狸擬きは森へ散策へ。

翌日。

ツイードのスーツ姿の男と補佐の若い女が現れた。

細面に口髭を整え、髪もオールバックにし、細い瞳で唇も薄く、そう、蛇を想像させる外見だけれども。

「いやいや、可愛い、いやはや、ちっちゃいですねぇ」

子供が好きらしく、我の髪色や瞳の色に驚くよりも、

「いいこだね、これはいいこだ」

男と手を繋いでいるだけで、細い瞳の目尻を下げて褒めちぎってくれる。

のぅ。

(人は見掛けによらぬの)

そして、

「握手をしてくれるかな?」

不用意には触れてこないジェントルマン。

「の」

好感が持てる。

手を出せば、蛇男は屈み、骨張った手で我の手を包むと、

「あぁ、可愛い可愛い」

ちっちゃいお手々だ、と細目を超えて糸目になっている。

「室長、そろそろ」

補佐と言った若い女が声を掛け、室長と呼ばれた蛇男は、名残惜しそうに我の手を離し、熊じじに、こちらでとどうぞと好意で貸して貰えた集会所へ向かった。

「こちらでも少々もて余している物件なので、助かる気持ちは大きいのですが」

男は、単純に、自分達は旅人だけれど、荷台の荷が限界になってきたこと。

荷置きのための家を探していたとなどを男が伝えると、蛇男は、男や我の外見、珍しい狸と言う獣の存在に、とても遠くからの旅人とは察したらしく。

「あの場所は、こちらでは、その、失礼ながら『田舎』に該当しますが」

ちらと熊じじを見て申し訳なさそうに目を伏せ。

「建物の状態、環境、建具の質を鑑みますと、値もほどほどに張ってしまいます」

と書類に書かれた数字を、ちらと見せてきた。

男は、小さく頷き、考える顔。

金額に躊躇しているのではなく、支払いの方法を思案している。

男に、紫の石ならばどれくらいかと蛇男に訊ねてもらい、紫ならば今あるものが空になる程度だろうと返事が来た。

ならば。

「紫の石で支払うの」

「……いいのか?」

「勿論の」

あれらは我等の石。

あんな石ころたちで、あの屋敷が買えるのならば、願ってもない。

狸擬きに頼み、荷台から紫の石の詰められた小さなリュックを持って来てもらうと、蛇男は中を眺め、

「……素晴らしい」

すっと目を細める。

隣の若い女も覗き込み、両手を口に当てている。

「?」

「失礼、彼女は石に目がなくて」

「凄いです、凄いです」

と、女には多分褒めて貰えた。

この優しき、ごくわすかな黒子のような者を除き、善人しか存在しない世界。

この石たちも、きっと正当な価値で評価されるだろう。

「紫はこの国でも価値は高いです。もし他の色もあるならばそちらも少し回してもらい、紫は取っておくといいですよ」

とやはり蛇男は、自分達の利益よりも、我等にそんな助言してくれた。

そして。

「こちらの村長様が、お客様たちが不在時の間、代理人として管理すると手を上げてくれたため、保証人もクリアしております」

なんと。

森のヘンテコを間引く仕事の謝礼としては、過剰すぎる報酬を受けてしまった。

「私は、まだまだ長生きする予定でありますから」

管理人としては適任かと思われますと、熊じじは穏やかに笑っていたけれど。

のちに、

「あなた方との繋がりが欲しい下心ありきですよ」

と、到底そうではないあろう眼差しで男に握手を求めてきた。

結果、紫の石のお陰ではなく、ほぼ熊じじの信用で屋敷を買えた。

とてもあっさりと。

馬車は、我等が屋敷に滞在する間は、管理人でもある熊じじが一緒に乗り、戻る時に村に運んでくれると。

なぜそこまで。

「森も山も、私たちは、あなた様の庇護下に置かれることを望んだのです」

「……また白い何かが出た時に退治しろとの?」

「それも含め。当分は大丈夫そうですが」

穏やかに微笑んだままの熊じじ。

「ふぬ」

相互利益があるのだから、問題はない。

早速、掃除をしようと決めると、村で掃除道具を追加で買い、屋敷へ向かった。


狸擬きの催促もあり、湖畔を迂回し、細い橋の閉じられた入り口の板を剥がせば、

「フーン♪」

狸擬きがスタタタと我先にと屋敷へ駆けて行く。

橋の劣化もそう見えず、庭だけでなく、ここからでも釣りを楽しめそうだ。

早速、エプロンや三角巾を付けられ、掃除に取りかかったけれど。

(……ふぬ)

男が心配するため、しばらくして男が、

「悪い、村へ買い物へ行ってくる」

と、建物から我等を残して出た時に。

「フーン?」

「今のうちにの」

札となる紙を用意し、人差し指に犬歯を立て掛けたけれど。

「フンフン」

「の?」

「フーン」

お待ちください、屋敷の守りは、主様の髪の毛か唾液で充分かと思われますと狸擬き。

「のの?」

「フーンフン」

血札では力が強すぎ、後々、湖にも影響が出てしまう可能性もと。

「そういうものかの」

「フーン」

そういうものですと。

ちなみに。

「……どんな影響の」

「フーン」

湖に済むありとあらゆるもの達が、力を付けるでしょうと。

「のぅ……」

無論我に忠実ではあれど、確かに、何があるか分からない。

「やめておこうかの」

代わりに封筒を折り、()んで唾液で湿らせた髪の毛を忍ばせ、

「どこがいいかの」

散策がてら屋敷を歩く。

「よいしょの」

階段を上がり、まだ手付かずな大きな扉を開けば、主寝室と思われる部屋に、隣は一人用の寝室が続く。

「フーン♪」

主寝室の隣を覗き、ここはわたくしめのお部屋なのですと尻尾くるくるご機嫌狸。

「そうの」

1階にも、メイドや執事の部屋と思われる簡素で少し小さめな部屋があった。

迷った末、階段の踊り場に飾るであろう肖像画の裏に、封筒を忍ばせることにした。


「ただいま」

「おかえりの」

「フーン」

小舟で帰ってきた男に飛び付くと、

「んん?ここまでいい匂いがするな」

抱き上げられ、男がスンと鼻を鳴らす。

狸擬きは男の肩から下げられた背負い袋の方に、スンスンと鼻先を寄せている。

「まだ簡単なものだけれどの」

「いや、嬉しいよ」

手伝えなくてごめんとこめかみに唇を触れられる。

「いや、適材適所であるの」

掃除に丸2日かかったけれど、この広い屋敷を2日で終えたのだから、よく頑張った方である。

蛇男が精力的に、国に鳥まで飛ばしてくれ、寝具など取り寄せてくれた。

食事は、熊じじが手伝いがてら差し入れてくれ、夜は村で眠った。

小舟でひたすら荷を降ろして3日目の夜。

我等が初めての「家」で作った食事は。

おにぎり、卵焼き、野菜と燻製肉のスープと大したものではないけれど。

水場にある、小さな、2人と1匹なら充分な大きさの丸テーブルで。

きちんと独立した食堂はあるけれど、我等には少し広すぎるのだ。

「フーン♪」

「美味しいよ」

「ふぬ♪」

我等の初めての「家」での食事は。

そう、とてもささやかながらも、のちも、強く記憶に残るであろう時間になった。


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