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90粒目

「……おかわりは食べるのの?」

諦めて狸擬きに問えば。

「フーン♪」

「俺も食べたいな」

おやの。

追加で焼いていると、

「紅茶くらいは俺が用意しよう」

「の♪」

仲良く水場に並べば。

「フーフン」

青のミルラーマの先、男と向かった先にもありました白い霧とは全くの別物。

しかし確実に意思のある何かがいくつも浮遊しておりましたと狸擬き。

おやの。

小さな脳みそにやっと糖分が回り始めたか。

出所(でどころ)は?」

「フンフン」

地中を含め、いくつのも偶然という名の奇跡が重なって生まれたもの。

ぬぬん。

熊じじも言っていたの。

「フゥン」

明確な悪意や意図的なものではありません。

「けれど、悪いものの?」

「フーン」

人の楽しい記憶をおやつとして食べている様子と。

それは難儀である。

「楽しい記憶は残しておきたいものの」

だからこそ、その「何か」たちには美味しいのだろう。

「お客様を放ってしまいすみません」

バタバタと熊の村長がやってきた。

皿に移した、ふわふわホットケーキを見て、

「おお……っ」

甘党か、目をパチパチさせて口許を綻ばせている。

よければと勧めれば。

「これはこれは、ううん、いやはや美味」

喜んで食べてくれる。

森の妖精は、大したものではなさそうであるから我も一度入ってみるのと伝えれば。

「無論、私も同行いたしますので、森へお入りの際はお声がけ下さい」

と。

おや。

「大丈夫の?」

「えぇ、私の記憶は吸われることはありませんので」

では。

「明日かの」

「俺も入ろう」

男はそう言ってくれるけれど。

「お主は、大事な記憶を食われるの」

男は我と違い、多くあるだろう。

「……そうだな。君との記憶は1つも奪われたくはないな」

真顔で眉を寄せる。

「ぬ……」

ぬぅ。

せめて。

冗談めかしてくれれば、こちらも返しようがあるというに。


翌日は早朝。

我は巫女装束を纏い、男を森の手前に残し。

熊じじと森に入るにつれ、猫背のじじは徐々にもさりもさりと毛が増え、4つ足になり。

『森の主を名乗る者としては、この惨状を不甲斐なく存じます』

と熊は人のじじの時と変わらない声を出した。

「人に限らず、獣にも得意不得意があるのの」

そして。

「お主のような幻術はとても珍しいの」

日頃から手入れを欠かさないのか、黒に近い焦げ茶色の毛は、艶々と潤って靡いている。

『そうでしょうか?』

少し驚いた顔で我を見下ろしながら森を歩く熊じじは、

『そうですね、あなた様でも初めての事例となりますと、少々珍しいのかもしれません』

と頷き。

ふぬ。

『……わたしが山の主になりしばらくすると、隣に、小さな小さな村が出来たのです』

『人の住まう村は、穏やかで適度に賑やかで、人々は、皆、楽しそうに暮らしていました』

『一方私は山の主として、獣にも村人たちにも一目置かれてはいましたが、仲間はおらず』

「熊がおらぬのの?」

『えぇ、元々熊が少ないのですが、最後の1頭になった時に何の因果か、山の主になってしまいまして』

ほう?

『隣の村人たちは、山にも森にも、山の主となった私にも敬意を現してくれました。私も、人が入る道に毒蛇などがいたら、毒蛇には、むやみに人を噛まぬ様に、場所を移るようにと伝えたりと、互いによい関係を保てていたのですが』

ふぬ。

『……ある日。主である私に、お供えを運んで来てくれた若い夫婦の、とても仲睦まじい様子を見て。

私は、自分が1人ぼっちなことをより強く自覚し、とてもとても寂しくなってしまい』

しまい?

『人の前に姿を現してしまったのです』

ほう。

『当然、悲鳴を上げられて逃げられるか、怯えられて当然なのですが。

"お祖父ちゃん、また山に入ってたの?"

と、夫婦の嫁のほうに、仕方なさそうに笑われたのです』

ぬぬ?

『"お義父さん、山神様が守ってくださるとはいえ、油断は禁物ですよ"

と、畑で取れた果物を、山の手前に用意されている貢ぎ物の棚に置きながら言われたんです』

ほほう?

『……どうやら、私の強い気持ちか念か、その孤独の強さがどう伝わったのか。村の人々には、私が人の老人に見える様になっていました』

それは楽しいの。

『えぇ。初めはなぜ老人かと思いましたが、老人ならば、伴侶は先に旅立ったことになり、子を持つ必要もなく、いつからかずっとここにいる、村の住人になりきれるのです』

ふぬふぬ。

『それからずっと、この村で、そうです、順番に順繰りに、気付けば誰かの家の祖父となり、延々と生き永らえています』

ある時期になると、

『じぃじ、お家帰ろ』

『お父さん、お隣の国からお客様が来ていますよ』

と声を掛けられるのです。

たまには1人で空き家に住むこともあれば、全く違う家族の祖父になっていたり、時には家長にもなると。

『ごくたまの不幸な事故で父親がなくなると、次の日からは、その家の祖父になったりもします』

それは。

「山の力の?」

『えぇ、そうだと思います。私自身は、あなた様の様な強い力は、全く持ち合わせておりませんので』

ふーぬ。

山の力とは不思議である。

「の」

ふと思う。

「フン?」

「あの『青のミルラーマ』は強いお山であるのの?」

狸擬きに訊ねてみれば。

『力はこの世界でも上位に値する程に強大かと』

そうなのか。

『ですが、青のミルラーマは、この山の様に、例え山の主であれど、その者に寄り添うような優しい山ではないかとも存じます』

そうの。

それは知っておる。

『代わりに青のミルラーマは、まがいものなどのまやかしなどは、塵1つ寄せ付けません』

ぬぬ。

まがい者。

ここにいる、妖精と呼ばれる様なものか。

確かに、隣の白い変な霧だか靄も、ミルラーマでは見ることはなかった。

しかし。

「我自身も、大概にまがい者かと思うけれどもの」

急に現れたのだ。

『えぇ。しかし青のミルラーマは、圧倒的なお力を持った主様だからこそ、主として青のミルラーマに君臨されることを、お認めになられたのでしょう』

と狸擬き。

我の力はそこまでであろうか。

熊じじは、隣でコクコクと頷いてくれる。

そうか。

「青熊は、あやつらは試練だったのかもしれぬの」

まぁ。

我を試そうなど、数百年早くはあるがの。


『……この辺りからです』

森も深くなってきた頃、ふと熊じじが足を止め。

「ふぬ?」

『先にいますね』

「ぬー……」

目を凝らせば、確かに。

「のの」

ふわりふわりと白っぽいものが浮いている。

『私の不在からは、だいぶ経ってからなのですが……』

「そうの、お主はこの村も引っくるめての山の主であるからの」

因果関係は低い。

「フーン」

主様の節操なしな有象無象を引き寄せるお力と比べましたら、こんなまがいものの力など、砂粒1つにもなりませんと狸擬き。

節操なしの言葉には、少し言い返しはしたいけれど、半分くらいは事実であり、更に、山や森が、さわさわと、なんなら我の存在に、好意的にざわめいている気配を感じるため、ふんと鼻を鳴らすだけに留める。

「お主は、接触を試みたかの?」

『えぇ、何度か。ですが、何も、言葉も通じない様で、ふわふわと漂うばかり』

「フーン」

わたくしめも言葉は通じませんでしたと。

頭のゆるそ、いや、大層やわこそうな狸擬きでもだめであれば、我など更に駄目であろう。

『そうでした、妖精が出る前に、山の西側の湖に、建物が出来ました』

狸擬きからも報告を受けていた。

『えぇ、湖の真ん中に岸がありまして、そこに屋敷が建ったのです』

「のの?」

純粋に興味深い。

『向こうの国の方が建てられたものなのですが、今は空き家で』

因果関係は不明ですが、あれが建てられた後ではあると。

『後でご案内しましょう。……』

と更に何か続けかけた熊じじが言葉を止めたのは、

『……』

白い靄が、よく目を凝らすと、靄ではなく、ピーナッツのような形をしたものがふわふわ浮きながら、こちらへやってきたから。

「お主ら」

『……』

「話は出来るかの」

『……』

出来ないらしいけれど、そこはかとなく、馬鹿にされている空気がある。

手を伸ばせば、ふわふわと浮きながら、笑うようなそぶりで避けていく。

「……熊じじ、お主はここで待つの」

『承知しました』

狸擬きに飛び乗ると、狸擬きは何も言わずともたっと駆け出す。

そう、空気の存在のようなもののため、こやつらは逃げ足も早い。

「……」

どうするかと瞬時迷い、ふと頬を掠める柔らかな葉を千切り、葉にふっと息を吹き掛けてから、横向きに飛ばせば。

葉は突風にでも乗ったかの様に鋭く飛んで行き、しかしそのまま突っ切って行くわけではなく、白いふわふわを、輪切りにするように葉はくるりと動き、真っ二つに千切れる。

『……』

『……』

それを見た周りに漂う白い靄たちは、途端に、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。

けれど。

「我の力は、お主等の比ではないの」

そこら辺の手の届く葉を取れば、走る狸擬きの背から、1枚、また1枚。

息を吹き掛けて飛ばせば、逃げる妖精を遥かに上回る速度で飛び、首を胴体を真っ二つに千切り、妖精と呼ばれる靄は消え、葉はその場にゆらりゆらりと落ちて行く。

「お主等には、我の血はおろか、唾液ですら勿体ないからの」

『仰る通りでございます』

と狸擬き。

そんな狸擬きと逃げ惑う白い靄を追いながら、

「何なら、吐息すら贅沢であるの」

そう呟けば。

お誂え向きに、我の手の開より遥かに大きな蜘蛛が、獲物でも見つけたたのか、目の前の木の枝からするすると降りてきているではないか。

なんとも鮮やかな黄緑。

その蜘蛛を掴むと、掴んだ右手に力を籠める。

そのまま、逃げる靄の方へ手を伸ばせば、

『……っ』

途端に尻辺りから糸がビュッと伸びて行き、逃げ惑う妖精に巻き付き、締め上げる。

「ほぅ」

(おん)見事に御座います』

「ほんの思い付きだったけれども。これなら、逃げるお主も捕まえられるかの」

『……わたくしめは、主様の一言でお側に戻ります故』

「そうの」

おやつ、の一言で瞬間移動の勢いで目の前に現れるしの。

蜘蛛の糸で、そこいらに見える妖精たちを締め上げていたけれど。

「ぬ?」

蜘蛛から糸が出ない。

弾切れならぬ糸切れかと思ったが。

「……この辺は気配がないの」

『ありません』

気配を消している、のではなく、存在しない。

「ふぬ」

蜘蛛はきちりと仕事を全うしてから糸を切らしたらしい。

「感謝であるの」

狸擬きが速度を落としたため、蜘蛛をそこらの木に寄せれば。

『……』

蜘蛛は前足の1本を上げて、トコトコと大木を上がっていく。

「の?」

『いい経験になった、と』

のの。

蜘蛛は、

「心が広いの」

山をぐるりと大きく回るように森は広がっているけれど、白い靄がやはり多いのは村側だった。

『湖の方へは行かれますか?』

「のの。後の楽しみにするの」

僅かに逃げていた白い靄も残りは葉で蹴散らし。

『わたくしの目にも鼻でも耳でも、靄たちの気配は感じません』

「そうの」

熊じじの元へ戻れば、

『あぁ、見違えました。森が生まれ変わった様です』

靄の気配は全く感じなくなりました、と大きな安堵の溜め息。

男が心配しているであろうと、男の許へ急ぐと、森の前で落ち着かなげに煙草を吸っていた男が、吸殻を小さな灰袋に落とした所だった。

狸擬きの背中から、

「お?」

こちらに気付いた男が広げる両腕の中に飛び込めば。

「……心配した」

強く抱かれ。

「くふふ、平気の」

ぎゅうとしがみつけば。

狸擬きは男の周りをくるくる回る。

しかし。

遅れてやってきた熊じじの姿に、

「……っ?」

男がギクリと身体を強張らせた。

「の、あれは『村長』であるの」

「あ、あぁ……」

男が我を案じ神経を尖らせていたせいか、男にも熊の姿で見えたらしい。

目を瞬かせた男は、ふっと力を抜くと。

「……森はどうだった?」

やってきた熊じじの背後に視線を向ける。

「ふぬ」

あんなもの。

「軽い運動にもならぬの」

「……様子見、と聞いていたが?」

男の眉が寄る。

「様子見もなにも、もう済んだの」

あやつらは全て消滅させた。

「もうなんの問題もないの」

男が視線を狸擬きに向けると、

「フーン♪」

主様ですから、と尻尾くるくる狸。

「……」

男の大きな溜め息。

なんぞ。

なぜ溜め息を吐かれねらばならぬ。



「あの程度ならば、あなた方には雨の一滴程の脅威ともならないのですね」

そうの。

ただ。

「我とは、ある意味相性がよかっただけの」

そう。

我が干渉できるもの、であっただけの話。

熊じじは礼の後、ご依頼に対して報酬のお話をしておりませんでしたと、恐縮されたけれど。

「我は狸擬きと早朝の森を散歩しただけであるしの」

あれくらいで報酬は受け取りにくい。

代わりに村の名産の1つであるトマトを、今は時期ではないめ、乾燥トマトを少し分けて欲しいと頼み。

そうだ。

「あれの、山の向こう側の屋敷の案内とやらをして欲しいのの」

結構な距離もあるし、熊のくせに忙しい村長を連れ回すことになる。

それを、報酬代わりにしよう。

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