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9粒目

「主様……」

茶狼までスクッと立ち上がるけれど、

「何もせん」

爽やかな笑みを浮かべた青年は、こちらへやってくると、男に如才なく挨拶している。

「昨日組合でお姿を拝見していまして、しかしお仕事中とお見受けして、お声を掛けられず仕舞いで……」

と狼と違い常識がある。

「の、我は狩猟道具を見せて貰いたいの」

男は、少し迷い、店主に申し出ると、

「任せな、おいで」

と言った身振り。

仕事の話をしたいと察したのだろう。

建物の中に招かれると、おじじも付いてきた。

「フーン」

店内はカウンターだけで、後は住居も兼ねているらしい。

「雨の日はほぼお休みだよ」

ほほぅ。

外にも出やすい左手のドアが狩猟道具を仕舞っており、

「弓の……」

刃物の種類も多いけれど、あの山の猟師のものより、少しずつ小振りで、この店主の手に馴染む大きさなのだろう。

狸擬きが、スンスンスンスン忙しそうに鼻を鳴らしている。

「下の森に主はいるかの?」

「いえ、人の気配が多すぎて昔も昔に姿を消している模様」

店主に、小さなナイフを指差して見せて、投げる素振りをして見るも、

「ナイフ投げ?難しいね」

と意図を汲み取ってくれた上で無理だと肩を竦められる。

(男は軽くやっていたけれど……)

案外技術がいるのかもしれない。

「どこかのお嬢様みたいなのに、随分アクティブな遊びを知っているね?」

と聞かれたらしいけれど、聞こえないふりで小首を傾げるだけに留める。

(狩猟……楽しそうだけれども、祭りの前にはここを出たいしの……)

外に出ると、

耳を落とした青い狼と、その前に四つ足で何か詰め寄っている茶狼。

「の?」

「茶狼が、青い狼に説教をかましております」

なんと。

止めに入る義理もなく、むしろもっと怒られていろのと遠目に窺っていたけれど、耳だけでなく頭もしおりと項垂れ始めたため、

「……打たれ弱いの」

呆れて近付くと、少し少年狼を思い出した。

「まだ若いの?」

「2歳越えた辺りかと」

おや。

「赤子の」

「常識はとうに持っていておかしくない年であります」

ふぬ。

「はじめましての」

声を掛けると、

『は、はじめまして』

少女の声。

(メス……)

そして言葉が通じる。

『あ、あの不躾にじろじろ見てごめんなさい』

「良いの」

『バ、こ、怖いと思ってごめんなさい』

化け物言い掛けておる。

「良いの」

お主の国の話を、そこの人間の相棒のことを聞かせて欲しいと頼むと、

『私で解ることなら』

とゆるりと尻尾を振る。

相棒は、あの石、宝石でなく我が勝手に万能石と呼んでいる石を取り扱っている仕事をしており、

『石の炎に、色を付けた石を売りに来たの』

「色を」

『寝室とか、お洒落なレストラン、お祭りの時とか』

ほほう。

『私たちのいる国ではもう結構使われていて、こっちでもどうかって』

男を見上げると、やはり個人的に興味があるらしく、若干前のめり気味でもある。

「そちらの国にこの狸はおるかの?」

『狸、と言われるのですね。私は、初めて見ました』

ふわふわのボリュームある毛が素敵です、と褒められ、得意気な顔になっている。

『私の相棒も、名は知っていても、多分初めて見たんじゃないかと思います』

青年には、生まれた時からずっと先代の相棒がいたけれど、老衰で亡くなり、自分が新しい相棒になったと。

「移動が多いの?」

『そうですね、石を売り込むのが仕事だから、ここの国での仕事が終わったら、船に乗るとか』

おや。

「向こうの国へ行くのかの」

『もしかして、お船で来られました?』

「そうの、おっきいお船の」

おっきいと、両手を大きく広げると、隣の狸擬きも、前足を上げて真似する。

「んん?」

男が、何の話だ?と後ろから我を抱き上げてきた。

「の?」

「そろそろ仕事なんだ、戻らないと」

「のの」

そういえばまた組合へ行くと言うため、青狼に手を振り、にこやかに笑う青年にもついでに手を振り。

男が組合へ行っている間に、

「我等はパンを焼くの」

「フーン♪」

狸擬きは、ご機嫌に片手を上げるけれど、手土産用として作るため、狸擬きの腹には入らないことは失念している模様。

「フーン」

この国はパフェもケーキも甘味がすこぶる美味しいですと狸擬き。

「ふぬふぬ」

同意である。

そして甘味の言葉に、ふと思い付く。

「フーン」

どうされました?

と聞かれ、

「手土産に、ポルボローネも作ろうかなと思っての」

ビスケットはブレーツェルなどの塩味が主流だそうだから、新鮮味はあるだろう。

「フーン♪」

シッポをくるくる回すため、

「手土産用の」

伝えれば。

「……フーン」

眉間に毛が寄る。

「味見はさせるから手伝うの」

「フーン♪」

パンの発酵の間にポルボローネを作っていると、外はしとしとと雨が降り出してきた。

(ぬぬ、忙しいお空の)


オーブンの時計がなくても、

「フーン」

じっとオーブンの小さな窓を覗き込む優秀なタイマーがいるから問題はない。

「フーン♪」

焼けました、と狸擬き。

「パンは1つだけの」

焼き立てパンを前足に持たせてやっていると、男が帰ってきた。

「おや、濡れたの」

「降られた」

水も滴るいい男。

「とてもいい香りがする」

「パンと、ポルボローネの」

「あぁ。少し懐かしいな」

「の」

村を思い出す。

「俺にも1つ」

おやの。

「1つだけの」

ポルボローネをあーんと男の口に運ぶと、

「うん、……うん」

美味い、と笑顔になる。

「フーン……」

自分ももう1つ食べたい、と狸擬き。

仕方ない。

「なるべく形が悪いのを選ぶのの」

「フーン♪」

「おっとそうだ、土産でもないけれど」

固めのパンのサンドイッチが紙の箱に詰められている。

「の♪」

「スープでも作ろうか」

「ぬん♪」

過ぎていくのは茶の国の夕刻。


翌日も雨の中。

馬車が迎えに来た。

小麦の国で乗った、人が乗ることに特化した窓まで付いた瀟洒な茶色い馬車。

屋敷での黒子は、家族の一員のように寛いでおり、何となく厳格な両親を想像していたけれど、娘そっくりな穏やかに微笑む母親と、母親と同じくらいの背丈の髭が立派な少しふっくらした父親が、ニコニコと出迎えてくれた。

娘が世話になって的な挨拶をしているであろう中、屋敷を見回す。

(山の姫の屋敷を思い出すの)

こちらは階段が2つ緩く湾曲し、

「……」

狸擬きも、あの手摺で滑ったらさぞや楽しいだろうと、視線を向けている。

噂の可愛いレディさんと狸さんね、と母親が屈んで挨拶してくれる。

蝶ネクタイを褒められてご満悦だ。

手土産はメイドたちに託され、客間に案内される。

金は掛かっているけれど、小麦の国とはまた違う堅実さを感じる。

食器にまでは茶色の枷はないらしく、

「ののぅ……」

色鮮やかな花の模様の陶器のカップは、

「良いの……」

ソーサーと揃いで完成となる姿がいい。

メイドが続けて運んできたのは、

「ふの?」

「フーン?」

「バームクーヘンだそうだよ」

薄い生地が層になっている。

「歓迎しているお客様に出しているそうだ」

それはそれは。

「有り難く頂くの」

(この層は、厚焼き卵の作り方とはまた違うのの……?)

切り分けて口に運べば。

「のん」

しっとりした生地の層が、口の中でほどけ。

(初めての感覚の)

「これは美味しいの」

「フーン♪」

あの洒落じじは、目の前に座る父方の祖父で、祖母は、お迎えまではまだまだの年に、馬車から降りる時に転んで頭を打ち、そのまま逝ってしまったと。

そのため、また新しく恋を始められたことはとても喜ばしいことだと息子家族も歓迎しているらしい。

「春にでも、一度遊びに行って見ようかと思いまして」

男が良いところですよと勧めている。

「フーン」

この屋敷を探検したいと狸擬き。

「ここは人様の家の」

娯楽屋敷ではない。

けれど、

「娘がどうしました?」

と声を掛けてくれ、立派なお屋敷を見学したいと男伝に伝えれば、若いメイドが案内してくれると。

ここの家主は心が広い。

しかし、我等の目的は1つだけ。

ほくほくと広い客間を部屋を出て、階段を指差すと、

「お2階ですか?」

的に首を傾げられ、狸擬きとそれぞれ階段を駆け上がると、

「ぬふー♪」

手摺によじ登り、スカート越しに太ももで手摺を挟み、くねった階段を滑り降りる。

狸擬きはまたも尻からスルスルと滑っている。

若いメイドは我等の遊戯に、目を見開いて固まっていたけれど、

「……」

閉じられた客間の扉を振り返り、唇に人差し指を当てる。

黙っていてくれるらしい。

「ぬふーふ♪」

良きメイドである。

手摺滑り台を飽きるまで堪能し、おばばメイドがお茶のおかわりのために出てきたのを潮に客間へ戻る。

「どうだった?」

「大変に素敵なお屋敷であったの」

「フーン♪」

我と狸擬きの満たされた顔に、家主たちもうんうんと自慢の屋敷なのですよと拘りなどを男に聞かせている模様。

「……」

いつか、我等が家を持つ時。

想像するのは、小さな山小屋の様なものだったけれど、手摺のある階段を作ってもいいかもしれない。

「フーン」

満足です、とソファに凭れかけた狸擬きは、メイドの運んできたおかわりのバームクーヘンに、また身体をむくりと起こす。

1人がけのソファで寛ぐ黒子は、この国には祭りまでいて、一儲けするよと長い足を組んでいるけれど、それまでこの屋敷に居候するつもりか。

まぁ衣食住のうち、「衣」はともかく、食住が安定供給されるのだから、そうそう簡単には出ていかない気がする。

それより。

「我の鞄をフルオーダーするから、そのうち請求書を届けるの」

と男伝に伝えて貰うと、

「……っ!?」

明らかに笑みが固まる。

(こやつ……)

やはり船で飲み過ぎて一文無しか。

黒子が、君たちの手土産が気になるなと慌てて話を変えているところから見ても。

メイドが皿に移して運んできたうちの、柔らかなパンは父親に、ポルボローネは母親と娘に評判が良く、どちらも目新しさには間違いなかった様で、宿のおじじに感謝しなくては。

夕食も是非と引き留められるも、男が仕事を理由に暇を告げた。

「バームクーヘン、美味だったの」

「今度買いに行こうか」

「の」

馬車の中から眺める街中は、雨に濡れた石畳が外灯に照らされ、ぬらりと反射している。

「……」

「どうした?」

窓の外を眺める我に、男も背後から窓の外を覗き込んでくる。

「ぬぬん」

少し、元いた世界と似ている。

また違う山へ川へ行くために、街中を通らねばならない時も、少なくなかったのだ。

「ここは、とても都会の」

「そうだな」

「の」

明日は、あの「茶の森」へ行きたいと男を見上げると、

「フーン♪」

狸擬きも行きたい行きたいと向かいの席で投げ出した後ろ足をパタパタさせるけれど。

「明日は、あの青の国の青年と会う約束が……」

足を止めた男に申し訳なさそうに見下ろされ。

ぬぅ、いつの間に。

「むー」

「フーン……」

「明後日は行こう」

と我を膝に抱き上げてくれたけれど。


その明後日が来てみれば。

「雨の……」

雨降りだった。

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