表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/136

87粒目

席に着くなり。

男が、

「俺に話せることはあるか?」

と我を見つめてきた。

珍しく対面に座ったと思ったら。

我が大人しくしているのではなく、何か考えているのを見抜かれていた。

狸擬きも、

「フゥン?」

何かありましたか?

と隣で小首を傾げているため。

「大したことではないの」

そう前置きしてから。

あの老シスターは、栗毛の母親に惚れていたであろうこと。

そして、今でも仄かに思っているであろうこと。

けれど、栗毛から水が消えたことで、それは、老シスターにとっての、

「栗毛の母親との間接的かつ再会の希望の接点となり得た、とかく大きな一点が失われたこと」

と同義となり。

「そのやらかした元凶」

他所(よそ)から来た、奇妙な見た目の我だと察し、

「あな恐ろしや、二度と来るな疫病神」

と追い払われたのだと雑に話せば。

男の大きな溜め息。

ジェラートが来る前に、煙草を出すように促し、マッチで火を点けてやる。

さすれば、

「美味い」

小さな笑みを浮かべ、

「……しかし、君はよく解ったな」

ふっと紫煙を吐き出す。

「初めて行った日、お主を待っている時に、おさげと会って、少し話を聞いていたのの」

そこは嘘を吐いておく。

「……酒なんか差し入れるんじゃなかった」

男の苦々しい顔。

「まぁあれは、他のシスターにも届くであろうの」

あの日は、おくびにも出さなかったけれど、

「男」

からの差し入れ。

あの老シスターは、飲みもしないだろう。

運ばれてきたジェラートにはビスケットも添えられており、

「ぬふん♪」

「フーン♪」

大変に美味。

「どこのがおいしかった?」

ぬぬん。

甲乙付けがたい。

「フゥゥン」

狸擬きも、眉間に毛を寄せて悩んでいる。

「明日は、もう1つある組合に顔を出す予定だから、そっちの方にあるジェラート屋を探そうか」

この優しき世界でも、誰しもが我を受け入れてくれるわけではない。

そんな中、慈悲と平等を掲げ真っ先に受け入れるべき修道院のシスターから、

「出禁」

を食らったのだ。

しかも私情から。

男が、そんな提案をしてくれたのも、その慰めの意味もあるのだろう。

「の」

「フーン♪」

勿論その提案には有り難く乗らせて貰うけれど。

しかし。

我と言う生き物は、ジェラートことアイスクリームを出されれば、何でも言うことを聞くのではないか。

「フンフン」

……隣に座る狸擬きは言うまでもない。

まぁ。

(我は、幼子(おさなご)であるからの)

道理も利かぬし、それは仕方ないこと。


翌朝。

「フーン?」

それはなんですかと狸擬き。

「フォカッチャ、とやらの。オリーブ()が安く売られていたからの」

生地を天板に広げて、指で穴を開け、オイルを滴し、同じくたんまり売られていた乾燥トマト、燻製肉に細かくしたチーズを乗せて焼く。

「……フゥン?」

「そうの、あっという間に出来るの」

お手軽であるし、ふかふかして味もなかなかに良かった。

天板2枚分出来たため、切り分けて、昼時に、塔の受付小屋を覗くと、

「あれっ?来てくれたんすかっ?」

おさげは、初めて会った日とは別人の様に、ニカッと笑いながら立ち上がった。

「差し入れの」

切り分けたフォカッチャの入った小さなかごを差し出せば、

「え?あたしに?いいの?」

昼これからなんだよ、ラッキー!と素直に喜んでくれた。

しかし。

「お主、珍しくおさげでないの」

髪を、後ろで1つ結びにしている。

「……う。なんとなくだよ」

唇を尖らせるけれど。

「?」

「……おチビがいつも凝った髪型してるから真似しようとしたけど、難しくて無理だった」

とやけっぱちになったようにそっぽを向く。

なんと。

我はいつも男にされるままだけれど、今日は側面の髪を三つ編みにし、後ろでリボンで結ぶ大人しく愛らしいもの。

昨日はなんだったか。

2つの団子頭だったか。

と言うか。

「……そもそもお主、ろくに髪を梳いていないであろうの」

獣の狸擬きさえ、毎朝と毎夜、毛を梳かすことを欠かさぬと言うのに。

「あー……」

面倒なんだよ、男ってその辺いいよねと前髪を指でくるくるする。

しかし、興味はあるらしい。

「簡単なものしか知りませんが、教えましょうか?」

とは言え、不用意に年頃のレディの髪を弄るわけにはいかず、男が鞄から櫛を取り出すと、

「梳かすのは毛先からです」

櫛を渡している。

「うん」

そういえば客が来ない。

「今、ちょうど昼だし、ちょっと曇ってるから。せっかくだし晴れてる時に登りたいんだと思うよ」

なるほど。

教えてくれつつ、毛量が多いから梳かすだけでも一苦労そうだけれど、

「この櫛いいね」

男は黙ってニコニコしている。

実は獣、狸擬き用。

なぜか狸擬きが、たまに男の鞄に勝手に忍ばせているのだ。

出先でも身嗜みを整えたいのか。

お洒落さんである。

我の櫛も鞄に忍ばせているけれど、おさげの毛量を考えたら獣用の櫛の方が適切であるのは確かで。

おさげは、栗毛とためを張る毛量なのだ。

その狸擬きは、部屋を隈無く見回り臭いを嗅ぎつつ、今は開いた扉から外を覗いている。

おさげの髪は梳かすだけでも、

「見違えますね」

「そうかな?」

艶が出た。

「簡単な髪型ある?」

「今の彼女と同じ髪型なら簡単ですよ」

(の、そうの)

鞄に忍ばせっぱなしの、この街で買った水色のリボンを差し出せば、

「貸してくれんの?」

貢物(みつぎもの)の」

「彼女から、プレゼントだそうです」

「うへっ?え?いいの?」

リボンは大して貴重でもない。

「ありがとう。……お礼したいけど、なんだろ、あたし、なんもないな……」

大事そうにリボンを受け取ったおさげは、そう沈むわけではなく、細い三つ編みを続ける。

「でしたら、修道院のお話や、街の話を聞かせて貰えませんか?1ヶ所に長居しない自分達には、住んでいる方のお話はとても貴重です」

それは良い。

おさげも、

「それなら、いくらでも話せるよ。ええっと、そうだな」

何から話そうかなと、瞳だけ天井を見上げると。

「修道院と街はね、それぞれ年に一度、お祭りがあるんだ。

修道院の方は、放牧前の大きな広場も使って、その日だけは夜も明るいよ」

あれ?それまでいないの?

と問われ、もうすぐ出発ですと答えると、

「えっ!早いね?」

「そうですか?」

「てっきりお祭り目当てかと思ったよ」

では、これからますます人が増えるのか。

日中はすでに祭りの前日くらい人が多く感じるのに。

「増える増える。修道院のお祭りのあとに、街のお祭りがあって、3日間。修道院のシスターも子供たちも、街へ降りるんだ」

「舟で売られる花がさ、また綺麗でさ。内地で咲かせた早咲きの薔薇なんかを乗せた舟もやってくるよ」

側面の三つ編みを後頭部に寄せて格闘しながら、リボンで留めたおさげは、

「似合っていますね」

「良いの」

雰囲気が変わる。

「フンフン」

いつの間にか古い木のベンチでぐてりとしてた狸擬きも、

「ボリュームがいい」

と褒めている。

「あんがと」

と素直にはにかむおさげは、

「週に一度だけど、昼過ぎ位まで、お店が空いてないこと多い日あったしょ?え?外に出ないから気づかなかった?えぇ?……あたしの思ってる旅人のイメージと、(ことごと)く違う」

おさげはおかしそうに身体を揺らして笑うと、

「そ、お祈りの日ね。みんな教会へ行くんだ。まぁ、あたしは全然行かなかったけど」

これからも行かないけどねと、おさげ。

おやの。

「あ、でも、母さんには、……たまには会いに行く、かな」

唇を尖らせているのは、照れ隠しか。

「次は三つ編みのお団子を覚えましょう」

「うえっ?難易度高いよ」

「簡単ですよ。頭の上でなく、耳の後ろ辺りにしましょうか」

我の髪で手本を見せると言い、先に我の髪をほどいてしまえば、おさげも必要ないとは言いにくいのだろう。

格闘しながらも、三つ編みは慣れているのか、そしてサラサラ流れる我の髪と違い、元からゆるりと柔らかなうねりがあるため、髪も大人しく団子に収まる。

小屋の古い鏡で自分を眺めたおさげは。

「さっきのもだけど、あたしには、少し可愛すぎない……?」

懐疑的な顔。

「とても似合っています」

「愛らしいの」

「フーン」

造形が凝っていると狸擬き。

「そ、そうかなぁ」

それでも、ううんと団子をつついていたおさげは、しかし、鐘の塔に登りたい客が現れたため、我等は小屋を後にした。


街にあるもう1つの組合へ行くために地図を眺めた男が、

「……舟に乗らないと組合に行けないな」

狸擬きを見下ろして悩むも。

「フーンッ」

舟は克服したと狸擬き。

「おや、なんと逞しいの」

頭にミモザを乗せているけれど。

毛量が多すぎて、花が乗った程度では気付かないらしい。

客待ちしている舟のおじじに声を掛け、地図を見せ、こっちの組合までと伝えると、

「はいはい。こりゃまた、変わった獣を連れてるね」

男に抱えられた狸擬きを、まじまじと眺めている。

そう、渡場でまんまと固まった狸擬きは、

「フーン……」

克服は嘘でしたシュンと(しお)れている。

舟に乗せられると、今も我にぴたりと身を寄せ、投げ出した後ろ足もピンと伸びて固まっている。

あの栗毛の運転するお船に慣れただけだったのか。

今は水路には更にお舟も増え、衝突が怖いのかもしれない。

お舟のじじ曰く、これから向かう組合の方が古いらしく、

「街に人が増えて、客も増えて、2つ目が出来たんだよ」

組合には何用かねと聞かれ、鳥の手配をと男。

そう、一応、あの黒子に手紙を出すため。

「安くない鳥と飛ばすとは、それはまた。……大事な人でも残して来たのかね?」

大事な人?

その辺の石ころよりどうでもいい人間である。

その石ころに大金を支払い鳥を飛ばすのだから、こっちの世界も、我等も大概に酔狂であり不可解なものである。

ベテランじじの安定した操縦で街中の水路を抜けつつ、組合のある通りの渡場に到着。

他の建物に馴染む橙色の屋根の組合は思ったより賑わっており、我等の様な旅人や行商人が多い。

曲芸団か、巡業中と思われる男女の集団が、ぞろぞろと出て行く。

「この街で仕事をすると、宿代や貸家代が少し割引されるんだそうだよ」

ほう。

「ならば、お主も絵描きの仕事でもするかの?」

冗談めかして問うてみれば。

「全くの他人を描く程、絵は好きじゃないな」

ふぬ?

得意と好きは比例しないものであるの。

そんな話をしていたせいか。

水路沿いのテラス席のある茶屋で、ジェラートを食べ、水路のお舟を見送りつつ、ジェラートのおかわりをし。

「あっ」

貸家へ戻ると、船で絵を描いてくれた若い男が、布で包まれた厚手の板を抱えて、扉をノックしている所だった。

「大変お待たせしました!」

遅れた詫びとして、栗毛や眼鏡の事務所で我等の宿泊先を聞き、わざわざ訪ねて来てくれたらしい。

部屋に通し、完成した絵を見せて貰えば。

「あぁ、いいな」

並んで描いて貰ったのに、男は描かれた我しか見ていないし、

「フーン?」

わたくしめはもう少しスリムではありせんか?

足も短く描かれている気がします、と狸擬きは首を傾げるけれど、ずんぐりむっくりのもっさりとした佇まいも、見事に再現されている。

我は、普段男が描く我よりも、ほんの少し大人びて見えた。

「よい記念になったの」

そして、絵は丸めて渡されると思ったら、きちんと額縁に収められており。

(また荷台が圧迫するの……)

そんな小さな誤算もあったりはした。


翌日。

旅のために必要なものを買いに行く途中で、と栗毛が顔を出し。

「急なんですが、明日、ピクニックしませんか?」

と誘われた。

ピクニックとな。

「この街の、最後の思い出に」

栗毛のそんな大事な思い出の場に、ぽっと出の我等が居てもいいものかと思ったけれど、

「ほんの小さな集まりの、お昼代わりのピクニックなので」

と、是非是非とせがまれ。

ならばお邪魔しようかのと頷けば。

何を持っていけばいいと男が問えば、

「そのですね、メインのサンドイッチがあると、すごーく嬉しいです」

と水の神に祈るように指を絡めて頼まれた。

栗毛は、買い物がてら、世話になった人たちに、少し留守にすることを伝えに行くらしく、忙しそうだ。

それでも珈琲とパウンドケーキを摘まんだ栗毛を見送ると、

「せっかくのお誘いであるし、サンドイッチの具材を買いに行くかの」

我等は特に急かされるような予定もない。

「そうしようか」

「フーン」

ジェラート、と狸擬き。

そうだ、そろそろこの街でのジェラートも、食べ納めになる。

男にせがめば、

「買い物が済んでからな」

ふぬ。

我の男は、何気にジェラートの様に、甘いのではないだろうか。


ーーー


穏やかな晴れ間が広がるのは翌日。

栗毛に伝えられていたピクニック会場は、栗毛に連れて行かれた、あの見晴らしのいい高台だった。

狸擬きは背に荷を乗せつつもトコトコ上がっていき、我も背負い袋を背負い、男はもっと大荷物。

休憩を挟み、よいせよいせと狭い階段を上がっていけば。

高台ですでに待っていたのは、栗毛、おさげ、眼鏡女の3人だった。

(おやの)

これで全員らしい。

我等が大勢を好まぬことを察し、気を遣ってくれたのだろうか。

「荷物多い!」

驚きつつ笑うのはおさげ。

そのおさげは、今日は側面の髪を後ろで1つのお団子にしており、残りは背中に流している。

髪型だけ見れば、可憐なお嬢様の様だ。

「昨日凄い練習した!」

と水色のリボンもお団子に巻いている。

敷物に、それぞれ用意したものを並べながら、

「先輩、お土産とお土産話も楽しみにしてますからね」

栗毛の旅立ちにも、とてもあっさりしており。

水の神の眠りとともに、

(執着的なものも、落ちたのかの……)

内面は、窺いようもないけれど。

「あのぅ、赤の国には戻らないんですよね……?」

一方、男に未練たらったらなのは眼鏡。

「えぇ、そうですね……」

組合で男が聞いた話だと、東の方へ進めば進む程、技術が発展していると言うわけでもなく、魔法の勉強に関しては、この辺りでは、赤の国が数歩先を進んでいると。

それを聞かされた男には。

「どうする?」

と夜に、髪を梳かされながら、気遣うように、なんなら赤の国に戻ってもいいと、そんな選択も含め、我に行き先を選ばせてくれたけれど。

「のの。そこまで()いてないしの。『急がば回れ』であるの」

「そうか」

まぁ。

その『急がば回れ』を地で行き、今までも散々寄り道してきて、その癖大した成果は出てもいないのが、現実なのだけれど。

「うえっ!?ここで珈琲豆から挽くの?」

敷物の上で、珈琲豆をガリガリし始めた男に驚くのはおさげ。

「えぇ、美味しいですし」

「え?何?旅人ってみんなそうなの……?」

そう、とは。

「呑気って言うか、優雅って言うか……」

おさげの、呆れた顔。

「ピクニックなのに、荷物が多いわけですね」

栗毛は、我等の荷の多さに、改めてあはっと笑う。

「旅に余裕は必要ですよっ」

眼鏡が庇ってくれるけれど、

「実際、馬車の荷台はもういっぱいです」

男が笑う。

「旅かぁ……」

考えたことなかったけど、どうなんですか実際?

と、自前のカップを出し。

我が追加のコンロを出せば、おさげが、

「あ、火点ける?」

と聞いてくれる。

「の」

「旅は、とてと楽しいですよ」

今日は作ってきたサンドイッチをホットサンドにするのだ。

フライパンにバターを溶かすと、

「でも、どこも、栄えた街ばかりではないんですよね?」

と栗毛。

「そうですね」

山も多かったですと男。

ふぬ。

でっかい鹿やでっかい熊もいたの。

どちらも美味であった。

氷の島にいた(たち)の悪い鹿もいたけれど。

あれは。

そうだ。

あれは食べずに狼たちに食わせたのだ。

あんな歪んだ鹿の肉を食べたら、ただでさえ良くない我の性格が更に悪くなりそうだったからの。

「ね、この、タヌキ?って、青の国とかいう国へ行けばいるの?」

隣に座る狸擬きを指差す、今はおさげではないおさげの問いに。

「フンフン」

残念ながら、わたくしめの同胞は、青の国にもいませんでしたと狸擬き。

「ん?え?なんて?」

男が、青の国は、名の通り青い狼が多いですと答え、

「彼は、もう少し遠い山の中から来たそうです」

「山の中……?」

へぇとおさげ。

港街では、山すらも未知のものらしい。

「僕、青い狼見たい、青の国も行ってみたいな」

「ええ?私はそんなに休み取れないから、1人で行く覚悟もしてよ?」

「えー?つれないなぁっ」

「先輩、手紙、忘れないで下さいよっ」

「いいけど、帰る方が先になりそう」

「鳥使ったら?」

「旅費なくなる!」

そんな他愛ない話でも笑いが弾け。

まさに。

『女三人寄ればかしましい』

である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ