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82粒目

翌日。

「おはようございます……」

晴天の中、ミモザが穏やかに揺れる中でも。

元気な僕っ娘ではなく、心ここにあらずな僕っ娘。

しかし。

「……え?今日は外に出ない?」

「えぇ、旅のための支度を」

「もうですかっ?」

心ここにあらずでも、さすがに少し飛び上がる。

「いえ、今日は日持ちする保存食を作ったりする予定で」

正確には、狸擬きが、

「主様のお菓子が食べたいお菓子が食べたい」

とうるさいのだ。

「なので、一緒に、手伝ってもらえたらなと」

栗毛女は、きょとんとしたけれど、

「……そうですね、今日もお仕事としてお約束している身なので」

小さく笑う栗毛を部屋に通し、まずは狸擬きの相手をお願いする。

「フーン」

刺繍にするための絵を描いていた狸擬きが、主に食べたものの絵を見せれば。

「え、凄い上手、これ描いたんですか?」

「フーン♪」

「こっちは、え?これを刺繍にする?」

同じテーブルで日記を着けていた男が、補足している。

「少し大きめの鳥ですね」

「これは、山の中の宿にいたオレンジ色の鳥です」

そんな彼らに背を向ける我は水場に立ち、まずはビスケットの分量を量る。

「馬車が動けない程に雪が積もるんですか?」

この街は、雪は降れど、そうそう積もることはないと。

「わ、これはウサギですか?可愛いっ!」

狸擬きの描いた兎に、パッと明るい声を上げた女に、

「とても美味しかったですよ」

「……」

「あ、失礼」

珍しく男が失言をかます。

ビスケットの生地を寝かせている間に、チーズケーキを焼き。

「ほれ、テーブルを少し空けるのの、お主等でビスケットの生地を型で抜くの」

狸擬きと栗毛に頼み、我は、ボールにバターを目一杯泡立てる。

男は、楽しそうに型抜きする狸擬きと栗毛をスケッチ。

オーブンも休むことなく仕事をしてくれる。

ビスケットを焼いた後は、これでもかと砂糖が入ったパウンドケーキを焼く。

甘い香りで部屋が満たされ始めると、狸擬きが腹をサスサスと擦り、釣られたのか、栗毛女も腹に手を当てる。

「お腹空きました?」

「あっ、ごめんなさい、昨日のお昼から何も食べてなくて……」

どうやら思ったより、重い荷を投げてしまったらしい。

ぬぬん。

やはり、見てみぬふりをして、放っておけばよかったのだろうか。

「狸擬きの」

「フーン?」

椅子から飛び降りてやってきた狸擬きに、

「我の赤飯おにぎりは、精神面でも何か影響を及ぼすかの?」

「フーフン」

肉体に栄養と英気は与えられます。

それによって気力活力へのプラスにはなりますが、主様へ傾倒するなどの、一方的な思考の傾きなどは考えられませんと優秀狸。

ならばよい。

昼は赤飯おにぎりと卵焼きと、男の作ったポトフ。

しかし。

「な、何ですか、これ?」

赤飯おにぎりは、思った以上に怯まれた。

「彼女のいた国の主食の1つだそうです」

「手?手でそのまま食べる?」

そうか、そこにも引っ掛かるか。

「フォークを使っても大丈夫ですよ」

「い、いえ……」

狸擬きが前足で持ち、フンフンとご機嫌に噛み付いているのを見て、栗毛女も恐る恐るとおにぎりを持つと、

「温かい……」

小さく噛み付き、

「……?……?」

なんとも言えない顔で咀嚼し、卵焼きは、

「あっ甘いっ!?」

目を白黒させ。

「世の中は広いんですね」

と複雑な顔で感想をくれた。

そして、男の作ったポトフでホッとした顔をされる。

それでも、昨夜から何も食べていないせいか、出されたものは綺麗に食べ切ると、

「片付けくらいは手伝わせてください」

と少し元気になり、立ち上がる。

「おにぎりも卵も美味しかったよ」

「フーン」

おやつのためにおかわりは我慢しましたと狸擬き。

男と狸擬きに、それぞれ気を遣われてしまった。

昼の後は、栗毛女も巻き込んでパンを捏ね、

「これは、結構、力仕事なんですね」

それでもわりかし楽しそうで、発酵しつつ、昨日(さくじつ)、我等と別れてからのおさげのことを訊ねてみれば。

「それが……」

おさげは、母親に、小言などでなく、

「いい加減、不貞腐れるのはやめなさい」

と、怒られたらしい。

(のの……)

なるほどそれであの仏頂面。

部屋までは送ったけれど、そのまま部屋に籠られてしまったと。

男が珈琲を淹れてくれ、我と狸擬きの分にはたっぷり牛の乳と砂糖入り。

狸擬きが、

「フーン」

栗毛に紙と筆を見せ、

「え?私も何か絵を描け?」

絵心はないんですよ……と言いつつ、

「のの」

描かれたお舟やお魚などは、我より遥かに上手い。

「あ、そうでした。伝え忘れていたことがあって」

「?」

「絵描きさんからの伝言で、仕上げに時間が掛かっている。出発までには間に合わせるからもう少しだけ時間が欲しいと言ってました」

ぬぬん。

「絵は時間がかかるものの?」

「そうだな、人によっても差があるから」

出発までには間に合えば問題ない。

間に合わなかったら、若干、面倒である。

「あの」

栗毛が、カップに顔を隠すようにしながら。

「……改めて、旅の目的、聞いてもいいですか?」

男と我を見てきた。

「すみません、気になって。お嬢様とお付きの人かと思ってたけれど、お嬢様のわりに、料理もするしお菓子も作るし」

「……」

「その……」

と目を伏せた栗毛は、言葉には出さぬけれど、

「昨日のことも」

と暗に告げてくる。

まぁ気になって当然であろう。

男が我を見て来たため、構わぬのと頷けば。

彼女は魔法を全く使えない、そのため、魔法を使える方法を探していると旅の目的を話せば。

「え?え?そ、そうなんですか?わーっ、ごめんなさい、凄くデリケートなことを無神経に聞いちゃいましたね」

そりゃはぐらかしますよね、すみません、と酷く動揺している。

ほう?

何とも意外な反応。

栗毛にとっては、

「安易に触れてはいけない」

ことらしい。

この辺りの特有な反応なのか、栗毛だけの反応なのか。

「積極的に伝えてないだけです」

そんな男の言葉と、我の澄ました顔に。

栗毛は、それでも、

「んんんー」

と眉を寄せ大きく首を傾け、それに釣られた狸擬きまで大きく首を傾げていると。

「これは、その、例えに出す方にも失礼に値するんですが……」

「?」

「例えばですね、

『全く目の視えない方が、目が視えるようになる方法を求めて旅をしている』

魔法を探しているというのは、私達の感覚では、そんな意味合いになります」

と、ちらとも笑わずに教えてくれた。

ほうほう。

なるほど、大変に解りやすい。

黒子だったか、義足や義手に例えていたのは。

確かに、我は魔法に関しては「無」なのだ。

無謀な夢を持ち旅をしていると、それでも、その旅に縋るしかないこと。

きっと、今までに旅の理由を伝えた者たちにも、我等は、若干の憐れみすらも、覚えられていたのだろう。


いつもは小振りな丸いパンだけれど、今日は皆でコネコネしつつ、お花のやお魚の形にしてみたり、くるくる巻いてみたり、ねじってみたり。

そして二度目の発酵を待ちつつ。

栗毛は、男の描いた旅先のスケッチを見て、

「ひゃー!これ、お金取れますよ、タダで見ていいんですかっ?」

戸惑いながらも、知らない景色、国や建物、食べ物を食い入る様に見つめ、

「凄い……っ」

男の旅の話にはうんうん真剣に頷き。

焼けたパンに齧り付けば、

「んんんー、美味しいっ!」

「フーン♪」

徐々に、昨日の午前中までは見せてくれていた、あの屈託のない表情が戻ってきた。


ーーー


焼いたパンやビスケットを持ち、差し入れがてら、栗毛と共に、栗毛の職場、今は眼鏡女のいる事務所とやらへ向かうと。

ちょうど、肩を落として建物から出てくる眼鏡女の姿が見えた。

「あ、姉さん」

栗毛が声を掛ければ。

「あーちょっと!!昨日手伝うって言ってたのに、どうして来なかったのよ!そもそも、あなたはね、自分の仕事場なんだからっ」

とツカツカやってきた眼鏡女は、

「ちゃんとっ……と、わはぅ!?」

男の姿に気付き、その場で飛び上がってる。

眼鏡女は、今日も、どうやら休み返上で事務所の片付けやらをしていたらしい。

人を放っておけないタイプの、難儀であり尚且つ損な性格である。

(あれの、ダメ男に引っ掛かりやすい性格であるの)

「昨日は、俺たちが彼女を夜まで付き合わせてしまったんです。お仕事があったとは知らず、申し訳ありません」

男が嘘の申告をし謝りつつ、差し入れの袋を渡せば。

「えっ!?い、いえいえ、そうだったんですね。え、パンですか?この間のもすごく美味しかったから、とっても嬉しいです!」

喜んでくれたなら何より。

仕事が終わったならーと栗毛が口を開くも、妙に洒落た事務所の扉から、上司と思われる男が、

「待ってくれ!悪い!もう少し手伝ってくれー!」

新しい未消化の書類出てきちまった!

と顔を覗かせてきた。

「ええっ!?」

眼鏡女は飛び上がり、

「あなたも!」

と栗毛を振り返るけれど、

「おチビはお客様を案内してる真っ最中だろー?」

と。

そう、栗毛は一応仕事中。

眼鏡女は、事務所とこちらを忙しく交互に振り返り。

「ゆっ」

ゆ?

「夕食、せめて夕食を一緒にしませんかっ?」

と男にずいと迫っている。

唐突な眼鏡女の誘いだけれども。

7日間の船旅仕事の後、休みになるはずが連日事務所の書類仕事に駆り出されている姿に、男も、さすがに無下に断ることも出来ず。

「え、えぇ、じゃあ、夕方に迎えに来ましょうか」

男が頷くと、

「はいっ!待ってます!」

張り切って事務所へ戻って行く。

栗毛は、我等のお()りは今日まで。

明日は休みになるらしい。

眼鏡女を迎えに行く夕刻までは、もう少し時間がある。

それまでは。

「の。我は、ジェラートが食べたいの」

おやつの時間である。

「フーン♪」

賛成ですと狸擬き。

「何です?え?ジェラート?わぁ、いいですねっ!」

「……」

夕食前のおやつとなれば、男は当然渋るけれど。

「ジェラートならお任せ下さい!この時期からやってるお店と、夏のみのお店がありまして、でも最近、お客の入りも良さあってですね、早々と始めているお店も増えてきました!」

「の」

「フーン♪」

颯爽と歩き出す栗毛と我と狸擬き。

狸擬きなど、我ではなく栗毛が主のように隣に付いて歩いている。

後ろから聞こえるのは男の大きな溜め息。

ならばせめて、手を引いてやろうと振り返って片手を伸ばせば。

男は、これまたよく見る、これからも、きっと、笑顔よりも多く見るであろう、仕方なさそうな苦笑いを浮かべると、身を屈めるようにして、我の手を繋いできた。


そう。

我等から、栗毛にどうするか、どうしたいかは、一度も聞かなかった。

美味しい美味しいジェラートのおかわりはさすがに我慢し、眼鏡女を迎えに行けば。

眼鏡女は、残りの書類仕事は全て放棄し、我等が迎えに来るまでの時間を、全て自分磨きに費やし、

「お疲れ様でした♪」

と髪は綺麗に梳かされ、眼鏡も唇も艶々している。

(ののぅ)

それでも、休み返上で働いていたのだから、我等は勿論、他部署の栗毛の上司も何も言えまい。

「どこに行きましょうか」

「お任せしても?」

「あんまり賑やかじゃないところがいいわ」

「フーン」

酒、と狸擬き。

「じゃあせっかくだし、水路沿いのお店にしましょうか」

雰囲気がいいので、新婚旅行のお客様たちが特に良く利用されると。

夕暮れが水路を染め、ゆらりと通り過ぎていくお舟たち。

確かに、ろまんちっくである。

そして料理は美味しく、デザートにジェラートを出され、大満足であったけれど。

眼鏡女は、お船でビールを飲んでもケロリとしていた。

ビールでは酔わないと本人もそう言っていた。

けれど。

「もー何なのよぉ、あんたの上司ぃ!あんたのためじゃないってのに、なにかさぁ、変な勘違いしてさぁ~!」

「あはーっ!姉さんみたいな見た目キリッとした感じの人に弱いんですよぉ、あのおっさんは、あははーっ!」

3人で飲むからとボトルで頼んだワインが、男が止めないせいもあり、早々と3本空き、今は4本目。

「えっとぉ、旅人さんはぁ、どんな女の人が好みなんですかぁー?」

「いやぁぁ、やめてよぉ、聞きたくないぃ!」

ニマニマする栗毛に、眼鏡女は、やめてやめてと耳を押さえつつも、眼鏡の奥の瞳をギラギラさせている。

(のぅ……)

狸擬きですら、この場に「呑まれる」のはよくないと感じているのか、そもそも呑まれ損ねたのか、酒を飲まず、今も、もそもそとアサリの中身をほじっては食べている。

「そうですね、静かな人がタイプですね」

男の返事に、

「うははー!」

「うわーん!!」

何が楽しいのか大爆笑する栗毛と、泣き出す眼鏡女。

栗毛に憑いているはずの水すら辟易しているのか、話題にあがらないせいか、これっぽっちも姿が見えない。

しかし。

「ねー!タヌキちゃんはどうしてそんなに器用なのー?」

「それ本当に不思議だった!ねぇ、なんでです?」

矛先が狸擬きに向かい、

「フンッ!?」

狸擬きがその場で飛び上がる。

そして、

「……フゥン」

困ったように鼻を鳴らせば、

「えー困ってて可愛いー!」

「やーん、連れてかえりたーい!」

「姉さんが連れて帰りたいのは本当にタヌキちゃんですかぁ?」

「ちょっとぉー!!」

響く眼鏡女の悲鳴。

「フーン……」

何なんですかこの人間たちは、と狸擬き。

「ふぬ。これはの『酔っぱらい』であるの」

どちらもそれぞれ鬱屈しているものがあり、その反動が出ているのは火を見るより明らか。

栗毛に関しては明らかに我の余計なお節介が原因であるから、男も、ただニコニコとその場をやり過ごしている。

しかし、男の予想より、きっと遥かに弾けている。

そんなしたたかに酔った2人を、眼鏡女は赤の国から来る職員用の貸家まで送り、

「僕は大丈夫ですよぅ」

とふらふらしながら遠慮する栗毛に、そうはいかないと、夜も夜で賑やかな街を抜けつつ、栗毛の住む、集合住宅、アパルトメントとやらまで送り届けた。

「フーン」

何だか消化不良ですと狸擬き。

「今日のはの、接待、というやつの」

多分。


貸家への帰り道。

「君は、彼女が、憑いたものの解放を願うと思うか?」

抱っこと手を伸ばす我を抱き上げる男に問われた。

ふぬ。

「……思わぬかもしれぬの」

水路沿いで酒を飲みながら、お舟に乗る街の人間に、度々声を掛けられていた。

昨日の修道院といい、老若男女問わず、街でも、人々にとても慕われている様であるし。

あの水が、栗毛を厄災から守っているのは、間違いない。

「そうか」

どことなく安堵した男の頷き。

今までのものと違い、相手は、神と呼ばれるものが混じっている。

出来るなら、関わらずに、この街を離れたいのだろう。

街は明るくても、それでも夜空の星は、よく見える。

「……」

ふと、空を飛ぶ鯨と蛇が見えた。

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