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8/122

8粒目

組合から出ると、案外、結構な時間が経っていた。

夜ご飯の食材を買って帰ろうかと男。

「ふぬ」

慣れぬ街、買い物1つにしろ時間がかかりそうだ。

「すまぬの、あまり街歩きと言う程は歩けなかったの」

「♪」

狼は、狸擬き曰く、

「いえいえ、とても美味しかったです」

と、尻尾を振っている。

狸擬きは

「主様のご飯♪」

と、もうご機嫌に足を振りながら歩いている。

単純で何より。

「お主は何が良いかの」

我を抱っこする男に問えば。

「君の作ってくれる卵料理が食べたい」

「ふーぬ」

では、おかずは任せるのと伝え、卵や肉を買っていく。

宿に戻ると、馬舎で馬を洗っていたおじじがやってきた。

おじじの許へ駆けていく狼の蝶ネクタイに気付き、恐縮している。

けれど、狸擬きが狼の隣に得意気に隣に立ち、お揃いだと見せびらかすと、おじじはおかしそうに笑っている。

宿に戻り炊飯器のスイッチを押すと、黄緑色の小鳥が窓をコツコツと叩いて来た。

「のの?」

「あの娘さんの家からかな」

男の予想は当たり、明後日はどうだと書かれているらしい。

男が返事をし、小鳥はブレーツェルを咥えると、パッと飛び立っていく。

男はボールで刻んだ肉を捏ね出し、

「スープは簡単なもので良いかの?」

「あぁ助かる」

鍋にバターを溶かし、きのこと玉葱を炒めて小麦粉、牛の乳を注ぎブイヨン、とろみの付いた牛の乳のきのこスープのできあがり。

今度は男と場所を変わり、テーブルの方椅子の上に立ち。

ボールに卵をといて、コンロの上のフライパンにバターを溶かし、卵を薄く広げて焼けば。

椅子に乗りテーブルに身を乗り出す狸擬きが、

「フーン?」

首を傾げて我を見つめてくる。

「ふふぬ、今日は新作の」

杓文字で炊飯器の赤飯を掬い、薄焼き卵に乗せ、被せ。

片手で皿を持ちフライパンに被せ、

「……ふぬっ」

ひっくり返せば。

「フンッ!?」

「……おっと、少し破けたの」

「フンフン!?」

狸擬きはそれでも、これは美味しそうです、と尻尾を振って喜んでくれる。

「オムライス、の」

「んん?」

男も、フライパンに蓋をするとこちらにやってきた。

「オムライスか」

「中身は赤飯であるがの」

「君は凄いな」

「破けたの」

「些細すぎるものだ」

そうなのか。

2つ目は少し破けが小さくなり、3つ目は割れなくなった。

狸擬きは、

「主様の1番目に作ったものが食べたい」

とフンフン主張し、男が運んできたハンバーグを見て、

「フンン……?」

今日は何かのお祝いですか?

と我と男を交互に見ている。

「くふふ、たまたまの」

狸擬き曰く、ステーキより手間が掛かってるため、ご馳走に思えると。

気持ちは解る。

「ぬぬん、ハンバーグ、大変に美味の♪」

男は、オムライスが美味しいと嬉しそうに食べ、

「フーンフン♪」

どちらも美味しいしスープも美味しいと狸擬き。

「そういえば」

「の?」

「いつか言っていた、魚のブイヨンは、向こうの国にもなかったな」

そうだった。

少し探しては見たけれど、

「自分で作れもしそうだけれどの」

馴染みのないものだし、魚は少し癖が強いかもしれぬ。

夕食後に、おじじが顔を覗かせ、

「大した礼にはならないけれど、風呂ならうちで貸すからうちで入ればいい」

と言ってくれた。

茶狼は、普段ならこれっぽっちも見ない鏡に向き合い、蝶ネクタイを眺めては嬉しそうにしていると笑う。

「相棒の何が好きで嫌いかなんて、この年になっても、わからないものだな」

とおじじ。

こじんまりとした風呂場だけれど、猫足風呂に浸かるための足場もあり、ありがたい。

名残惜しく髪をほどき、洗い。

風呂にしっかり浸かり上がると、おじじが髪を乾かしてくれると言うため、男が狸擬きを抱えて風呂場へ向かう。

分厚いごつごつした手にも関わらず、髪を掬う手は優しく、狼も足許で丸くなっている。

「どちらからいらした?」

神を乾かしつつも、片手でさらりと書いた紙を見せられた。

「花の国の先の先のド田舎」

と書くと、椅子に座る我の後ろでおじじの首を傾げる様子。

「船旅はどうでした?」

とも聞かれる。

「あんな大きなお舟は初めて見た、くるくるした階段が楽しい」

と書くと、おじじは少し考える間の後、

「あぁ」

螺旋階段かとうんうんと頷く。

「手摺で滑って遊んでいたら怒られた」

と書けば、おじじは身体を揺らして笑う。

「元気なのはいいことだ」

とも。

舟と瓶を描いて、矢印を引くと、練習の成果が出ているのか、おじじが、うんうんと、

「ボトルシップ」

理解してくれる。

狸擬きを描いて、矢印を書く

「???……毛玉?」

今度は駄目だった。

男と狸擬きが出てきたため、男から伝えてもらうと、おじじは、

「おぉ、なるほど」

と言うように笑い、ボトルシップに興味がある狸擬きに、

「普通の獣とは一線を画すな」

と感心している。

男に毛を乾かされる狸擬きは、

「割れない丈夫な瓶はないのですか?」

と聞いてくる。

まだ未練があるらしいけれど。

「いつかどこかに、我等の拠点を見付けてからのお楽しみの」

そういえば、ボトルシップの女にも、家に来いと誘われていた。

いつになるだろう。

「風呂が好きそうだから、あの山の麓にある温泉もいいところだと勧められたよ」

「ほほぅの?」

温泉。

それはとても興味深い。


翌日も組合へ行くと伝えると、狸擬きは、組合には美味しいものはないし、宿で狼と待っていると。

宿のおじじは快く受け入れてくれ、我は男の抱っこで、組合へ向かう街中は曇り空で覆われている。

男が組合の少年と話をしている間、我はお絵かき。

少年がたまに席を外し、

「見ての」

「山だな」

「狼の」

「……あぁ、牙が立派だな」

「これは毛の」

「……」

「……」

我の絵が下手なのか、男の解読力がないのか。

少年が戻ってくると、あからさまに安堵する男。

「面白いか分からないけど」

と、少年は我のために本を持ってきてくれた。

「のの、ありがとうの♪」

本は、この国の女性の自伝。

自分のこと、家族のこと、近所のこと。

青の国の男と恋に落ち、この国を離れることが自分には出来るのかと葛藤していたら、男が茶の国に来たくれたと。

(なんとも平和な解決)

月1で舞台を観に行くのが楽しみで、城の方にある大きな劇場に行ってみたいと、そこまで読んだところで。

「お待たせ」

「のの?」

男が開いていた地図を閉じて、渡された小さな袋にはこの国の少なくない数のコイン。

どうやら情報を売っていたらしい。

空は少し晴れ間が広がり、組合からまた街を散策する。

馬車の入れない小道を歩き、花屋を眺め、

「のの?」

バケツを持った蜜蜂の看板を見掛けた。

「の、蜂蜜屋さんの」

小瓶を幾つか買いながら、あの蜜蜂の持つバケツは何の素材なのかと訊ねて貰うと、

「蜜蜂自身の体内から出る物質で作られるそうだよ」

とのこと。

(ぬぬ?)

謎は深まるばかり。

作り方を知るには、養蜂屋にでもなるしかないのか。

首を傾げたまま、また歩き出すと、

「の、あの雑貨屋を見たいの」

ほんの少し下り坂の先に細々とした小物が飾られている店がある。

中には、色の塗られた木の飾り、卓上遊戯、小さな人形に人形の家まで。

人形の家は少し欲しい。

ところ狭しと物の置かれた店内をキョロキョロ見回すと、我の頭より少し大きめの球、ボールがカゴに入っているのを見つけた。

フェルトのようなもので覆われ、中は羊毛などが入っていそうで、そう軽くもないけれど、そう重くもない。

丸い形で、よく転がりそうだ。

「狸擬きの土産にこれが欲しいの」

「あぁ。君は何がいい?」

「我は蜂蜜で十分の」

「君は、あまり物を欲しがらないな」

「そうの」

物より。

「我は川へ行きたいの」

「川か……」

大きめのボールを1つと、小さなボールを1つずつ選ぶと。

「のの、円盤、ふりすびーもあるの」

若い娘が狼のために持っていた玩具。

これも欲しいのと手に取り男を振り返ると、

「わかったよ、君は案外従者思いだな」

なぜか笑われた。

「?」

そうであろうか。


「フーン♪」

「♪」

我と男の帰りを宿の前で待っていた狸擬きと狼が、フリスビーとボールを見て尻尾を振って駆けてきた。

「遊ぶ前に我のおやつに付き合うの」

「フン♪」

宿のおじじに、

「おやつを食べに行く、散歩がてら狼も連れて行ってもいいか」

と訊ねると、

「お茶なら自分も付き合っていいか?」

と、エプロンを外したおじじも一緒に行くことになった。

どこへと訊ねられ、店は適当に探す予定だと男が答えると、

「んん、子供ならば喜ぶんじゃないか」

おすすめの茶屋がある、少し歩くけれどとおじじ。

歩くならば狼には尚更ちょうどいい。

おじじがあっちだよと指を差すのは、港とは反対側に位置する郊外で、先にちらちらと見える森の手前だと。

狸擬きが、大きそうな森ですねと、興味深そうに隣を歩く。

おじじの話を聞く。

妻は存命、すでに孫もいると。

息子夫婦が2人して、乗り物の開発の仕事に携わっており、祭りまでの佳境の半年間、どうしても家に帰れない日もあり、孫の世話を見て欲しいと頼まれ、妻が向こうに住み込み、孫2人の面倒を見ていると。

「祭りが終われば帰ってくるけれど、せっかくだし今年は宿を閉じて、妻を迎えに行きがてら、乗り物とやらを見に行こうと思っているよ」

と。

息子夫婦の晴れ舞台、行かずにはいられないのだろう。

宿は、ここまで城から遠いと、祭りのために宿を取る客もいないため、閉めてもそうそう支障はないらしい。

話を聞いていると、

「のの」

テラスが大きく解放され、奥に建物のある茶屋に到着した。

街で言うと一番の端に位置し、簡単な柵はあるものの解放感が凄い。

空はすっかり青空が広がり、テラスでのお茶にはうってつけの気候。

客は居らず、おじじが観音扉の門の鐘を軽く鳴らしてから、中へ入る。

「メニューはとても少ないんだけれど、ケーキが美味しいんだよ」

確かに、品書きに書かれているのは一種類のケーキと、ビスケット、飲み物は珈琲か紅茶のみ。

「シンプルの」

「1人で切り盛りしているからだそうだよ」

「ほほぅの」

奥手に建つ茶色い建物からやってきたのは、きびきびした動きの中年くらいのマダム。

赤い口紅が良く似合う色白の肌で、髪は短く、白いシャツに茶色のパンツスタイルに腰に巻くのは茶色いエプロン。

おじじにあらと言った顔を見せ、我等にも気さくに挨拶してくれる。

我と狸擬きとおじじは、

「『茶色の森』と言われるケーキだそうだよ」

と教えて貰ったケーキと紅茶を頼み。

男はビスケットと珈琲。

狼には、やはり干し肉があると言う。

おじじが、ここから少しばかり上がって下ると、ケーキの名にもなった茶色の森、と言われる大きな大きな森があると。

手前はのどかな川が流れ、ピクニックをしている者も多いと教えて貰う。

(川……)

「行きたいの」

「そうだな」

「明日の」

「明日はお呼ばれしているだろう」

「ののぅ」

忘れていた。

運ばれてきたケーキは、薄茶色のスポンジに、シロップ漬けのさくらんぼと白いクリームが乗り、真ん中にもクリームととろりとした濃い色のさくらんぼがたっぷり挟まっているのが見える。

「クリームは雪、さくらんぼは、森に咲く赤い花を表しているんそうだよ」

「お洒落の」

スポンジの茶色は、粉末にした紅茶が混ぜ込まれている模様。

フォークで切り、

「あーむぬ」

口に運べば。

甘い果肉のさくらんぼにふわりと溶けるクリーム、ふわふわスポンジにシロップが染み込み。

「ぬふん♪」

しかと、美味。

「フーン♪」

狸擬きも気に入ったらしい。

茶狼はワホワホと長い干し肉を齧っている。

男が我の口許を拭いながら、おじじに何か訊ねている。

おじじは男の問いに、少し首を捻り、低く唸る。

「の?」

「フーン」

男が、あの娘の家、通称花庭通りの家に招かれたけれど、手土産には何がいいかと訊ねています、と。

教えてくれながら、また大きく切り分けたケーキを口に放り込む。

おじじは、

「あのクラスの家だと客人が多いから、その辺の手土産は貰いなれているだろう……」

と、煙草に火を吐けた後。

「あぁ、あのパンはどうだ?こちらは硬いパンが多いから、あの柔らかいパンは、好みはあれど新鮮ではあると思う」

わしはあのパンは好きだなと相好を崩すおじじ。

男が、少し迷うように我に視線を向けて来たため。

「我は構わぬの」

他に何も出来ぬしのと頷けば。

男は、

「ありがとう、助かるよ」

と煙草に火を吐け、ホッと息を吐き出すため。

「だからもう1個の」

空の皿を持ち上げれば、

「フーン♪」

狸擬きも皿を持ち上げる。

「全く、敵わないな」

男が笑い、店主を呼ぶ。

森には獣はいるのかと訊ねてもらうと、

「鹿が多いよ、初雪から雪解けの春までは狩猟の時期になるんだ」

ほぅ。

そして、もしかしなくても、店主も猟師だった。

「高く売れるのは何の?」

訊ねてもらう。

「一番は栗鼠かな、でも!この森の栗鼠は頭が良くて罠にも掛からないし小さすぎて狙えない」

「楽しいのは鹿やたまに山から降りてくる狼たちだね」

「ただ、栗鼠は少し無視できないほど増えてきてるかな」

とも。

ふぬふぬと頷きつつ、おかわりのケーキも食べたら、

「昼はいらぬの……」

腹が膨れた。

マダムに男がどこから?と聞かれ、男が答えていると、馬車の音が聞こえてきた。

それに反応したのはやはり狸擬きと狼。

しかし、正確には、馬車の音ではなく、馬車に乗った獣の気配に対して。

道の前に馬車を停め、新しく来た客は、

(の?)

あのとかく失礼な青狼と、今日は帽子に青の柄を少し忍ばせた、とかく身形のいい青年だった。

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