78粒目
イカ墨スパゲッティを出す店と同じ並びにある、貝殻を糸で吊るした飾りの目立つ雑貨屋、装飾品の店を眺め、
「送るものが布だけでは寂しいからの」
研師宛に、送るものを選ぶ。
「腕輪は仕事の邪魔かの?」
「仕事でない時に着けてくれると思うぞ」
ふぬ。
ならばと洒落じじとお揃いになる繊細なブレスレットを選び、隣の店で、石の相場を確認していると、
「これから、広場へ向かい、修道院のある景色の見られる鐘楼に登ります」
あそこですねと指を差され、建物の屋根の上に見える突き出た建物。
「366段あります」
閏年か。
「昨日の1/3程度ですから楽勝ですよ」
昨日と違って少し大きめの建物の並ぶ街の中。
塔の前に小屋。
「やっほー」
栗毛女が覗かせると、
「あ、先輩、お疲れ」
と、栗毛女と負けず劣らずな長く毛量の多い赤い髪を雑なおさげにし、小さなテーブルに頬杖を付いて暇そうにしていてたけれど。
栗毛女の姿に、笑みを見せて立ち上がる。
小屋にも灯りはあるけれど、テーブルにランタンととても古そうな本が置かれている。
気になる。
が、先輩とは。
「あ、この子、同じ修道院出身の子なんです」
栗毛女が紹介してくれた。
「こちらは、凄く遠くから旅してる旅人さんたち」
「……ども、初めまして」
栗毛女はざっくばらんだけれど、こっちのおさげはぶっきらぼう。
男は小さく頭を下げ、鞄から4人分の代金と、煙草を1箱渡すと、
「……え?あ、すんません」
ども、と、口の端に少し笑みを浮かべて受けとる。
栗毛女とは違って、同じ修道院出身でも、こちらは吸うらしい。
「一応、仕事中は我慢してるんですけど」
いつもここにいるのかと問えば、
「いえ。職場の仲間とルーティンです。隣の、塔や橋の管理施設で働いてるんですけど、今日はたまたま自分で」
口調こそ若干ぶっきらぼうだけれど、案外人懐こい笑み。
その笑みの大半は、先輩こと栗毛女に向けられているけれど。
栗毛女を慕っているのだろう。
コポリ
(……の?)
不意に。
水の中の空気が弾けた様な音。
「……?」
キョロキョロしても、何もない。
「どうした?」
「フーン?」
「の」
何でもないとかぶりを振ると、
「何か、変わった組み合わせだね」
おさげ髪が我等に無遠慮な視線を向けてくるため、我もじっとおさげを見つめると、
「こらー、お客様にそう言うこといわないー!」
栗毛女が、腰に手を当てて、唇を尖らせる。
「あーはいはい」
悪かったですいってらっしゃい、と雑に手を振られ、
「あ、階段、少し暗いところがあるんで、気をつけて下さい」
おさげから、そんな言葉が背中にかかる。
その塔の入り口で。
「の、我も歩くの」
男の腕の中でもがけば。
「……」
渋られるけれど。
「ここに水路はないのの」
「……」
渋々地面に降ろされるなり。
我は。
「では、狸擬き、競争の」
すでに塔の前で尻尾を振っている狸擬きに申し出る。
「フーン♪」
望むところです、と狸擬き。
「あっ!?」
こら、待ちなさい!!
男に止められる前に塔の螺旋階段を、狸擬きと共に駆け上がっていく。
しかし、相手は獣。
しかも逃げ足に特化した狸擬きに追い付けるわけもなく。
揺れる尻尾も、一瞬で姿を消す。
我は、速度を緩め、跳ねるように塔の階段を登りながら、
「……」
先刻の、あの音を思い出す。
昨日。
栗毛女の、水の姿を思い出している時に聞こえたものと同じ。
けれど。
小屋で、栗毛女はそれらしい話は、何もしていなかった。
関係あるとすれば、あの、少しぶっきらほうなおさげ髪の女。
(「修道院」)
言葉を頭に浮かべても、特に、何も音はしない。
「……?」
螺旋階段の半ば辺りで一度立ち止まり、耳を澄ませると、微かに狸擬きの爪が、石畳の階段に当たる音。
下からは男と栗毛女の話し声。
街の、無数のざわめき。
「……ぬん?」
なにかこう、断片だけが無作為に放り込まれてくる。
それも、一方的に。
「ふーぬ?」
それでも、あまりにもその欠片は少なく、我等に火の粉が降りかかるようなことでも、なさそうであり。
したらば、今の我に出来ることは。
(……気にしないことであるの)
トコトコ螺旋階段を上がっていくと、
「フンフン♪」
とうに鐘のある天辺に着いていた狸擬きが、
「フーン♪」
わたくしめの勝ちでございます、と、尻尾をフリフリ、ご機嫌に迎えてくれた。
「の、お主の勝ちの」
「♪」
ご機嫌狸と共に、鐘を見上げ、男より一足先に、景色を眺めようとしたけれど。
「……ぬ、何も見えぬの」
「フーン……」
鐘の吊るされた天辺の囲いは、お船のような柵ではなく積まれた石で覆われ、我等の背丈では、見えるのは空と真上にある鐘だけ。
靴を脱いで狸擬きの背中に乗っても尚、我の頭の先しか出ず。
諦めて壁に寄りかかって座り、狸擬きが勝った褒美に、昨日の夜に作っていた、木の実のキャラメリゼを狸擬きの口に放り込んでやっていると。
「……あれ、もう到着ですか。昨日より、だいぶましですね」
「あれ?もしかして、結構、根に持ってます?」
「いえ、それほどでは」
2人の声がし駆け寄ると、
「こーら」
と、眉を寄せた男に咎められる前に、
「の、何も見えぬの、抱っこの」
「フーン」
男の許へ駆け寄る。
当然、何か言いたそうな男に、両手を広げて踵を上げ、
「の、抱っこ、抱っこの」
と、おねだりすれば、男は、
「全く……」
とそれでも仕方なさそうに笑い。
「よっと」
男に、狸擬き共々に、両腕でそれぞれ抱えて貰れば。
「ののーぅ……」
昨日より、街の建物の屋根が近いけれど、
「壮観だな」
「フーン」
街との一体感を覚えるのは、街の人の気配を強く感じられるからだろう。
「フンフン」
いい絵が描けそうですと狸擬き。
「あそこが、修道院ですよ」
栗毛女が背伸びして指を差し、教えてくれる。
小高い丘に、想像より大きな白い建物たちが並び、小さな放牧場も見える。
もっと孤立した場所を想像していたけれど、街と近く、
「初等部までの学舎もあるんですよ」
と栗毛女が教えてくれる。
なるほど、ほどほどに街に近いのも頷ける。
「明日はあそこへ、修道院へご案内しようかと思ってるんですけど……?」
「えぇ、お願いします」
「その、お祭りの時は少し賑やかになるんです。でも、普段はそうでもないので、あまり面白くないかもしれなくて……」
栗毛女は、我が退屈しないかを心配してくれているらしい。
「ビスケットが美味しいと聞いているので、それを目当てに伺うつもりです」
「の」
それに、我自身も修道院なる場所にも、純粋に興味がある。
「あー、それなら行きましょう。美味しいですよ、ビスケットだけでなくハーブティや、ジャムなんかもあります」
それはとても楽しみである。
他の客が登って来たため、入れ替わりで階段を降りながら、狸擬きが、
「フーン」
降ろせ男、と短い足をジタバタしている。
けれど、
「降ろしたらまた勝手に走って行くだろう」
「……フーン」
否定はしない、と狸擬き。
塔から抜けると、
「お疲れしたー」
あまりやる気のないおさげの後輩が小屋から出てきたのは、
「先輩、夜、一緒にご飯食べましょうよ」
栗毛女を誘うためだろう。
「え?今日?唐突だなぁ。まぁいいけど。あ、そうだ、明日、修道院行くから一緒に行こうよ?」
栗毛女がおさげを誘っている。
「うわ、嫌ですよ」
同じ修道院出身でも、どうやら色々違うらしい。
「明日って、ガイドの仕事ですよね?」
露骨に眉を寄せ、自身の片腕を抱くように掴む。
「いいじゃん、たまには行こうよ。君、年単位で行ってないしさ」
「……」
「じゃー、今日はお酒も含めて奢るから」
栗毛女がおさげの顔を覗き込めば。
「……飲みますからね」
たじろぎ、そして渋々頷いたおさげ髪に、
「はいはい、仕事終わったら迎えに来るよ」
後でね、と栗毛女。
「はいっ。……あ、よければまたお越し下さーい」
栗毛女にははにかむ癖に、客の我等は、滅法雑に見送られた。
人で賑わう広場を抜け、渡り場で揺れてるお舟へ向かいながら、
「うあ!」
不意に声を上げたのは栗毛女。
「?」
「すみません、旅人さんたちの馬車で行くの失念して、後輩誘っちゃいました!」
普段は、修道院までの乗り合い馬車で向かうのだと言う。
けれど明日は、短い距離でも我等が馬たちの機嫌を取るためと、土産の酒も運ぶため、我等の荷馬車で修道院まで向かうことになっていた。
「あぁ。いえ、1人くらい変わりませんよ」
それより。
「修道院に対しても、その、色々と、考えが違うのですね」
我も気になっていたことを、男が栗毛女に問うてくれた。
「……あー。んー、そう、ですね」
栗毛女は、んんん、と口ごもり。
「あの娘も、修道院には、感謝はしていると思うんです」
とても、と、少し視線を下に落とす。
若干、でもなく、とても興味深いけれど、きっと、今はそれを聞くべき時ではない。
歩道にも人が、水路にはお舟が増え、非常に賑やかである。
そしてまだ、陽が落ちるには早い時間ではあるけれど。
「夕食の材料を買うので、今日はここまでで大丈夫です」
「えっ?」
栗毛女が慌てたように顔を上げる。
「俺たちを送ったら、後輩さんとの食事が遅くなるでしょうし」
「いえいえ、そんな事は気にしないで下さい!」
栗毛女は、大丈夫ですと力こぶのポーズをするけれど。
あのおさげ髪は、この栗毛女との食事を、とても楽しみにしていること位は、鈍ちんな我等も、理解しているつもりだ。
「だって、宿まで距離だいぶありますよ?」
それは、まぁ。
「のんびり街を眺めながら帰りますから」
歩くのは苦でない。
「フーン」
今日はお舟はもうお腹いっぱいなのですと狸擬き。
それが栗毛女にも伝わったのか、
「それじゃあ……。その、ありがとうございます。今日はここまでのご案内になります」
とぺこっと頭を下げると、
「明日、また迎えに行きますね!」
と、元気よく、塔の方へ駆けて行く姿を見送り。
我等は、人混みに紛れながら、水の街を歩く。
男が、狸擬きが、我が、多少の目を惹いても、人通りの中、それは一瞬のこと。
屋台で立ち止まり、本屋を覗き駆け寄り、画廊を見掛け、
「我等の絵はまだかの」
お船で描いて貰ったことを思い出したり。
気紛れで細い階段を上がってみたら、人の家の扉があり、慌てて降りたり。
「川へ行きたいの」
「内地の方へ行ってみようか」
「の」
夜は、屋台でやってきた肉や魚と、赤飯おにぎり。
「この街は利便性はとみによいけれど、お家を持つにはちょっと賑やかであるの」
「住むにも人気があるらしいから、不在の時間が多いのも申し訳ないしな」
それに君は、川の近くがいいだろう?
と、男が最後のおにぎりを狸擬きよりも先に手を伸ばし、
「フーンッ!」
狸擬きを怒らせている。
「昼間。君は塔での主様との駆けっこの誘いを断るべき役割を放棄しただろう?」
ペナルティだと狸擬きを黙らせると、おにぎりにかぶりつく。
「フゥゥゥン……」
ぐうの音も出ない狸。
「そうの、川があるところが良いの」
なるべく人もいない方が良い。
男が風呂場へいる間、我に背中の毛を梳かさせながら、
「フンフンッ」
あの男は横暴です、人でなしですとプンスコ狸を宥め。
首許の黄色い花を、水を注いだコップに挿し、テーブルに飾れば。
「フーン♪」
しかし、なぜだか、途端に機嫌が直った。
ーーー
「おはよーございまーす!!」
(ぬ……?)
栗毛女の声。
「……んん」
「朝でーす!」
「……今日も早いな」
男の呟きに同意しつつ、眠さで男の胸に額を擦り寄せると、
「……くすぐったい」
男の身体が揺れ、我の頬に軽く触れてからベッドから抜け出す。
狸擬きは隣のベッドでボテリと横たわり、ぴくりともしない。
が、
「昨日はありがとうございました!今日はあいにくの曇り空ですけど、ミモザが太陽の代わりに咲き誇り、気温はほどほど、観光日和ですっ」
元気な声が届いてくる。
ぴくりともしないのはそのもっさりした身体だけで、狸擬きが栗毛女の挨拶を訳してくれる。
昨日のおさげとは、厩舎で待ち合わせてしていると。
身体を起こし、狸擬きと共にもたもた降りていくと、
「わはーっ可愛い!」
今日は寝巻きを褒められた。
「えー!そのまま外に着ていけそう!うわー、やっぱりお嬢様なんですか?」
(ぬぬ?)
「私なんか、外で着れなくなったものがパジャマですよ」
って言うか、周りもみんなそれ!と笑い。
我の身に纏う寝巻きは、布の国で、男に買って貰った寝巻き。
布の国を名乗るだけはあり、閉鎖的だろうが衰退途中だろうが生地の質は一級品。
そして我の力で、そうそうくたびれもしない。
「先に着替えてきなさい」
男が眉を寄せる。
レディが寝巻きで人様の前に姿を現すのは、どうやらよくないらしい。
階段をよじ登る様に2階へ上がれば、男が珈琲豆を挽く音が聞こえてくる。
少し迷い、茶の国の茶色のワンピースを纏うと、
「背中の毛を梳かせ、ちび助」
と櫛を渡され、狸擬きの毛を梳かされていた栗毛女が、
「えー!髪色と合ってる!新鮮!タヌキちゃんとお揃いカラー!」
僕っ娘とは言え、やはり女性であるためか、褒め言葉の型が多い。
狸擬きは、我とお揃いの言葉に機嫌を良くし、男は作り笑顔で珈琲をテーブルに置くと、
「先に髪を梳かそう」
我を抱き上げて椅子に座らせる。
いつもより念入りに髪を梳かされ、
「珈琲が冷めるの」
「平気だ」
顔の側面の髪を耳の上でお団子にし、後ろはさらりと流したまま。
出された珈琲を啜り、そんな我等を黙って見ていた栗毛女は、
「……浮き島探しですか?」
と我と男と、砂糖をたんまり落とした珈琲を啜る狸擬きを、順繰りに見つめてきた。
浮き島探しとな。
「あれ、違います?」
お金持ちに依頼されて浮き島を探してる人たちかなぁと思ったんだけど。
「珈琲もすごくいい豆ですし」
と、どうやら答えがハズレたことに、意外そうな顔をする。
浮き島探しの人間は少なくないのかと逆に問えば、
「たまにいます。個人で探してる人は、大概特技がある人で、それを旅の資金にしてますね」
雇われている人間は、
「バックに雇い主がいるため、仕事での信用度、信頼度が共に上がります」
と。
ふぬぬ。
花の国の姫の使者として旅に出ている猟師も、では旅先での信用があるのだろうか。
我の男を上回る、あのお人好し具合、それに恵まれた体躯。
どちらも備えているが故に、逐一人助けしつつの旅となり、なかなかにゆっくりな旅路になっているらしい。
「んー、浮き島探しでないなら、
『お嬢様の見識を広げるための旅路』
とかです?」
男は肯定も否定もせず曖昧に首を傾げ、我は言葉は通じず、狸擬きを見れば。
「フンフン、フンフン」
主様はこの世界の魔法を手にしたい、その想いから、遠い遠い青のミルラーマからの旅を始めたのです。
兎を撃ち、狼を撃ち、鹿を撃ち、熊を撃ち、人ならざるものすら、主様には決して敵いません。
「フーンフン」
慈悲と思いやり、この2つを主様は砂粒1つも持ち合わせておりません。
そのためより強く、より正確な判断力が強さの要となり、とフンフンと続けられるけれど。
「……狸擬きの」
「フン?」
「……目の前のこの栗毛には、お主の言葉は通じてないの」
「フンッ」
そうでしたと狸擬き。
「フンフン」
主様の素晴らしさを伝えたい気持ち一心でついと、狸擬き。
本人、いや本狸的には、どうやら、心から我への称賛してくれているため、ここから、遠き青のミルラーマへ向かって投げ飛ばすのは、やめてやることにする。