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74粒目

水の街へ向かうお船の日々は過ぎる。

男が言葉を教わっている間、我は狸擬きとお船を散策し、互いに見張り役となり、階段の手摺を、

「わほー♪」

「フーン♪」

滑り台代わりにして遊び。

雨の日は狸擬きはベッドでぐーすか眠り、我は古布で刺繍の練習。

歪ではあるものの、狸擬きの下絵と色がついたお陰で、

「あぁ、苺だ」

絵よりは正解率が高い。

船員とはまた違う襟の詰まった白い制服のようなものを着た男を見掛け、

「?」

「あれはお医者さんだ」

男に教えて貰う。

前のお船でも、お医者は乗っていたらしいけれど、ついぞ顔を合わせることはなかった。

ちらと振り返ったその医者は案外まだ若い男だったけれど、我等の姿に少し驚いた顔で立ち止まり。

「の、行くの」

注射などされてはかなわぬと、男の腕を引いてその場から逃げたり。

あの南から茶の国へ向かうお船は、移動手段としての意味合いが強く、娯楽も少なかったけれど、こちらは日々何かしらの余興や催しがあり、我や男はともかく、

「フンフン」

狸擬きが観たい聴きたい遊びたいと興味津々で催促され。

音楽隊の演奏があり、最前列で聴いたり。

黒子の様な1人で曲芸をする男の手品の舞台には、

「ふぬぬぬ?」

「フーン?」

どんなにかぶりついて眺めても、種も仕掛けも見抜けずに終わる。

「すみません、船酔いでずっと寝たきりになっていました……」

3日後には、眼鏡女が絵描きを連れてきた。

舟での仕事は初めてでと、思ったより若い青年。

お船の中、窓から陽が射し込む大きな広間の一角で描いて貰う。

完成したら、送ってくれるのだと言う。

少しばかり待ち遠しい。

人魚たちは、狸擬きでも、

「フーン」

何も感じませんと言うほどには遠く、遠く。

あの遥か遠くに感じた距離ですら、たまたま人魚たちが奇跡的に近くにいただけだと。

「フンフン」

そもそもの人魚の絶対数が少ないのですと狸擬き。

「長命種の数が少ないのは、こちらの世界も同じであるの」

4日目には、男は眼鏡女と、水の街の言葉で話すようになり。

「お主が四六時中出歩きたがるお陰で、刺繍が進まぬの」

「フンフン」

良質なエンターテインメントに触れることは、限られた空間の中、従獣の心の栄養、安定に繋がり、それはすなわちわたくしめの主人となる主様の喜びにも繋がるですと、さも、

「それっぽいこと」

を身振り手振りで大袈裟に語る狸。

「口だけはよく回るの」

と、こちらも白けてみせはするけれど。

海の上。

お山もなければ、我の菓子もない。

駆け回れるのは、お山に比べたら猫の額どころか、ネズミの額くらいに小さな甲板のみ。

苦手なお船にも文句も言わずに付いてきた。

仕方なし、大目にみるかと狸擬きに付き合うことにする。

5日目は、他の客の絵を描いていた絵描きに、時間が空いたからと好意で絵の描き方を教えてもらい。

「うん、とてもアクロバティックだね」

褒めてもらえたり。

そして6日目。

昼過ぎに6日目にして初めてすれ違った客、旅が趣味だという裕福そうな老夫婦に、眼鏡女と男が夫婦だと勘違いされ。

いえいえ違いますと否定しつつ満更でもなさげな笑みを浮かべる眼鏡女と、苦笑いの男。

そして、全く、欠片も面白くない我。

「の、抱っこの」

手を繋ぐ男の手を強く引っ張りだっこをせがみ、首にきつくしがみつけば、しかし妙に嬉しそうなのは男。

(むぅ)

夜に、狸擬きが、

「フーン」

人目を避けて甲板を駆け回りたいと言うため、

「ふぬ。海に落ちぬようにの」

「フーン♪」

送り出し。

我は。

「……」

「……どうした?」

ベッドで仰向けになる男の身体に股がる。

男の身体がぴくりと硬直する。

我は、そんな男の顔を覗き込み、

「……お主は、我のものの」

告げれば。

「……あぁ」

大きな吐息と共に力が抜け、

「そうだな」

その顔に浮かぶのは、歓喜。

「……」

我は、男の開いた唇に、こやつは我のものであると、唾液を垂らす。



7日目の朝。

「船から見る水の街は一見の価値がありますよ」

昨夜、眼鏡女にそう教えられていたため、他の客に混じり先頭の甲板へ出てみれば。

「フーン!?」

柵の間から鼻先を突き出した狸擬きが、何ですかあの街はと飛び上がる。

「ほほぅの」

船の上から見るその街は、建物の間に、水路が張り巡らされている。

いや、海の上に浮かぶ建物と言うべきか。

目を凝らせば、小舟がせいぜい一台な狭い水路も珍しくなく、水路が毛細血管のように伸びている。

「……水の街、名前通りだな」

船から見える限りでも歩道も狭く、街中は小舟が主な交通手段らしく、小さな舟がすいすい通り過ぎて行くのも見えた。

「小さな港街が徐々に大きくなっていったらしい」

「ふぬ?」

これは確かに、何も知らされずに見た方が、驚きも一入(ひとしお)

そしてその眼鏡女から聞いていた通り、

「道が狭い、馬車は通れなさそうだ」

我等が馬たちは、また留守番かと不満を訴えて来るだろうか。

お船が速度を落とし始めたため船内に戻り荷を纏めていると、やがてゆっくりと船が停まり、港へ到着した。


船員たちに見送られつつ船を降りると、

「フーン」

狸擬きが目一杯伸びをする。

「ふぬ」

やはり揺れない地面はいい。

そして、

「思ったより寒いの」

赤の国で若干春を感じたけれど、こちらは春ではなく、ようやく春の気配。

季節が戻ったようだ。

そして、嫌でも視界に入るのは、

「黄色いの」

「ミモザの花だそうだよ」

至る所にミモザの花が咲き、この街でミモザは、春の始まりを告げる花らしい。

待っていると馬と荷台が降ろされ、男が馬たちを労っている。

「すみません、またもお待たせしましたっ」

荷物を抱えた眼鏡女が駆けてきた。

「長い船旅、お疲れ様でした」

「いえいえ」

眼鏡女の仕事はここまでになる。

しかし。

「……あ、あのっ」

今までろくに、言葉につっかえることも、言葉を躊躇(ためら)うことのなかった眼鏡女が、男を見上げ、胸に手を当て。

(……むむ?)

何やら、瞳まで潤ませているけれど。

「あーっ!!」

不意に、何やらかしましい声。

「姉さん!お久しぶりー!!」

それは、若い女の声。

振り返れば、バタバタ駆けてくるのはとても小柄な、ベレー帽を押さえながら走ってくる女の姿。

だぼっとした深緑のコートに薄茶色のロングスカート、ぺたんこの黒い編み上げブーツ。

明るく腰まである長い髪の癖は強く、小動物を思わせる丸い瞳は物怖じしない好奇心いっぱいの黄緑。

「えっ?あ、ひ、久しぶり、早いですねっ」

らしくなくあわあわする眼鏡女は、実の姉と言うわけではなく、愛称と思われる。

「そう?船の到着時間に合わせただけだよ?」

きょとんとするくりくり癖毛の栗毛女。

「あ、そう、そうよね!」

「?」

不思議そうに首を傾げる栗毛女に、眼鏡女はこほんっと咳払いすると、

「こちら、急遽、他のお客様がキャンセルした枠を埋めてくれた救世主の様なお客様です、色々な国を巡っている旅人の方たちです」

と栗毛女に紹介してくれた。

「わー!はじめまして!」

ぺこっと足の爪先を上げるようにお辞儀をする栗毛は、

「ええと、新婚さん?あ、違う?ですよね!新婚だとしたら世の中広いなーって思ってたとこです!」

鼻に皺を寄せて笑う。

「僕は、主に水の街のガイドやってます!今回は4日間、のんびりコースで承っております!」

のの、僕っ娘であるか。

黒子の様に男を装っているわけではないけれど。

男がよろしくと握手をし、僕っ娘の栗毛女が次に興味を示したのは狸擬き。

「この彼は、なんという生き物なのですか?」

男が、狸ですと伝えるも、

「たぬき?」

やはり知らないらしい。

へー?

とその場にしゃがみこんで狸擬きをまじまじ見つめ、

「……フーン」

何用かチビ助、と目を細める狸擬き。

けれど。

「わぁ、凄く可愛いですねぇ!」

うんうん可愛いなぁと栗毛女の相好が崩れれば、

「フンフン♪」

わたくしめは主様に選ばれし唯一の獣。

落ち着いた色彩と上質な毛、他獣たちとは一線を画す愛らしい顔ですから可愛いのは当然ですと。

フンスと鼻を鳴らし、とかく得意気狸だけれど。

「……」

別に我がお主を選んだわけではなく。

(お主が勝手に我の許へやってきて、勝手に付いてきたのだろうの……)

我は、好き好んで穀潰しを選んだわけではない。

「はー、お嬢様もあれですね」

「?」

栗毛女の視線はいつの間にか我に向いている。

「一見、髪と瞳の色に驚いちゃいますけど」

お嬢様もとても見目よいのですねぇ、と無遠慮にまじまじ見つめられた。

その不躾な視線はともかく、褒められるのは満更でもない。

「ふふぬ♪」

胸を張れば。

「良かったな、褒められて」

男の腕が伸び、抱き上げられた。

「の?」

男の作り笑顔。

どうやら栗毛女の、我への「見目よい」の一言で、栗毛女が我に好意を持ったとでも感じたのか。

「……」

どうにも、狸擬きといい我の男といい、どちらも、

「世辞」

と言う言葉を知らぬらしい。

「ではでは!まずは厩舎に案内しますね!」

栗毛女の言葉に、やはり大きく不満そうに鼻を鳴らすのは馬たち。

男が宥めながら馬を牽き、塩害で頻繁な修復の跡が見られる厩舎へ向かい、荷台を預ける。

馬たちは海の近い、決して広いとは言えないけれど、狭い船内に比べたら放牧場があることに喜び、

「♪」

解放されるなり、他の馬と挨拶しつつ楽しげに軽く走り出した。


荷台も預け、我等は文字通りの大きな荷物から身軽になると、

「こんな場所で立ち話もあれですから、カフェにご案内します!」

栗毛女は、街を指差しつつずんずん歩いて行く。

この街は海産物が名物ですが、甘いものもなかなかです!

と振り返ってウインクしてくる。

「基本、大きな馬車はですね、あっちにある大きな石橋で、陸の方に抜けるしかありません」

その陸の丘に、修道院が建っていると。

ミモザの花が狸擬きの頭に背中に落ちている。

「今日はお目当ての店がすぐそこなので歩きますが、街での移動は全て舟です」

人力ではなく万能石の力で進むため、

「コントロールが大事で、舟の仕事は厳しいテストに合格しなくてはならないんですよ」

ほうほう。

今は、大きな水路を進む中型の舟が見える。

「カフェはあそこですっ」

と栗毛女が駆け出し向かうのは、ミモザに囲まれ、扉もミモザ色に塗られた小さな店。

それに続いてたたっ駆け出すのは狸擬き。

眼鏡女が、

「あ、ちゃんと5人って言ってね!」

扉を開く栗毛女に声を掛ける。

「え?あ、はーい!」

勢いよく扉を開いて、中で声を掛けている。

「もうっ。……何だか落ち着かなくてすみません」

同じ仕事先で、姉と呼ばれているけれど、あれでも同い年の同期なのだと。

(なんと)

眼鏡女が落ち着いているのか、栗毛女が童顔なのか。

広くない店内は貝殻などの小物などが飾られ愛らしく、2階へ案内される。

丸いテーブルに椅子を増やして貰うと、頭に落ちたミモザの花を乗せたまま、狸擬きは窓際の椅子に飛び乗り、

「フーン」

我が鞄から取り出し渡した布で前足を拭ってから、メニューを広げた。

「わぉ!?本当に一緒に食べるんですね!?」

丸い瞳を更に丸くし、興味深そうに狸擬きを眺める。

その狸擬きは、ご親切に絵の描かれたメニューを吟味し、1つを前足でパシパシ叩き、

「フーン」

これが食べてみたいです、と我に訴えて来た。

「ははぁ、性格の方は物怖じせず図々しいタイプ、と」

なるほどなるほど、と栗毛女がうんうんと顎に手を当てれば。

「フンッ!?」

何ですかこの人間は!獣一倍思慮深きわたくしめに失礼です!

と前足を振り回して、眉間に毛を寄せてフンフンと怒っているけれど。

栗毛女の分析は正しいし、お主は決して思慮深くはない。

その観察眼のある栗毛女はプンスコ狸に、

「おー、言葉も正確に聞き分けているんですね!」

凄いなぁと純粋に感心している。

(ふぬ)

まぁそこは、我の通訳でもあるからの。

しかし。

なんぞこの栗毛女は

"ツアーコンダクター"

添乗員とやらではないのか。

我と狸擬きの怪訝な視線に、

「あはっ、失礼しましたっ。初めて見る動物だったのでついつい」

えへへーと悪びれもしない。

「申し訳ありません、この子、動物が大好きで、動物に対しては特に遠慮と距離を忘れてしまって……」

眼鏡女が迷惑そうな顔をする狸擬きを覗き込む栗毛女の首根っこを掴んで戻している。

男が、それならば、青の国へ行かれればと尤もなことを提案すれば、栗毛女は肩を竦めたまま、ぎくりと固まる。

「?」

なんぞ。

「それがですねぇ……」

ふぬ。

「……僕、船に乗れないんです」

と、大きな溜め息。

船に乗れない?

こやつ、犯罪でも犯したのか。

「街の小舟や中型のちょい大回りや陸地になら余裕で乗れるんですけどね」

ふぬぬ。

栗毛女の話では、

「初めて乗るはずだった大学の卒業旅行はいつもはそんなに来ない春雷が続いて中止。長期休みで赤の国へ行こうとしたら、仕事仲間の半分が原因不明の体調不良になり、仕事を変わらなくてはならなくて」

ほうほう。

「つい先日、○○国へ行く仕事の依頼が来たんですが」

○○はどうやら狸擬きが聞き取れぬ地名である模様。

「お世話になった先輩に、

『その仕事を譲ってくれないか?』

って頭まで下げられて。えぇはい、ご覧の通りお人好しな僕は断れず……。勿論、断腸の思いではあったんですが」

ぬん。

最後だけならば、確かにお人好しですむけれど。

最早、

(……軽い呪いの域であるの)

眼鏡女は、

「この子、街の外と全く縁がないんです」

とさすがに少し気の毒そうに苦笑い。

唇を尖らせた栗毛女を、狸擬きが横目でちらと見つめ、我も、じっと目を凝らした瞬間。

「おまたせしましたー」

注文したものが運ばれた来た。

「こちらは、トルタディプロマティカですね」

一度では覚えきれない馴染みのない名前なのに、狸擬きは正確に通訳してくる。

自分等に全く関係なさそうな知らぬ地名より、目の前におかれたケーキの名は正確に言語と発音を聞き分ける。

興味の度合いが、耳を傾ける集中力が桁違いなのだろう。

我等の目の前に置かれたのは、粉砂糖のかかったパイ生地、スポンジ、カスタードが段々に重なり切り分けられたケーキ。

「水の街の名物の1つで、お店に寄って特徴あるので食べ比べもいいと思いますよ」

ここのが一番スタンダードで尚且つハズレなしです!

と栗毛女が太鼓判を押すだけはあり、

(ぬぬん)

予想できる味であるはずなのに、生地やクリームが期待を越えてくる。

「うん、珈琲も上手い」

「紅茶が強い赤の国と違って、うちは珈琲が主流です」

栗毛女が、頼んだ焼き菓子を狸擬きの口に運びながら教えてくれる。

「♪」

確かに、今は綴じられたメニューにも、一番下にただ「紅茶」と、種類も何もなく、1つぽつりと文字が書かれているだけだった。

(ぬぬん)

通り過ぎた国にあまり未練を覚えることはないけれど、今回ばかりは、紅茶の国が少し恋しい。

栗毛女が、ガイトに関しての説明を男に始める。

ハキハキとしており、その辺りは眼鏡女同様に優秀な模様。

大人たちは珈琲のおかわりと、我と狸擬きはケーキのおかわりし、綺麗に食べ終えた頃。

「こちらから伝えることは以上です、その都度融通も効かせますので、遠慮なくお申し付けください」

栗毛女の話も終わった。

男が会計を持ち、お言葉に甘えますっとニカッと笑う栗毛女に対し、眼鏡女がひたすら恐縮しながら店を出ると、

「あ、そうだ。おっちゃんが、姉さんにも事務所にも顔出せって言伝て託されてた」

眼鏡女に栗毛女が伝えている。

「あら?なら明日にでも寄ってみるわ」

「おっちゃん、明日から休みだから今日中に頼むって」

「ええっ……!?」

眼鏡女が小さく飛び上がり、男と、多分事務所とやらの仕事場のある道の先を何往復か見比べてから、

「……あのですねっ!」

意を決した様に声を上げる。

「は、はい?」

ちらと驚く男。

「……え、ええと……!」

またも、船での絶えずキビキビしていた姿からは想像できない、そわそわしながら、そして、いつの間にか降ろしていた長い髪の先を、指で絡めている。

「え、なに?どしたの?」

栗毛女は大きく首を傾げ。

男は。

我の、眼鏡女に対するジト目に気付いたわけではないだろうけれど。

「仕事とは言え突然の、そして面倒な申し出を受けてくださり、本当に助かりしました。言葉の習得は勿論、彼女たち共々、船で不自由なく過ごせたのはあなたのお陰です、心から感謝しています」

ありがとうございましたと男は丁寧に礼を告げ、眼鏡女に握手を求めた。

「い、いえいえそんな、こちらこそ……っ」

若干気圧されたように、手を伸ばす眼鏡女に。

「今日は、ゆっくり休んでください」

男の、にこやかな、僅かに圧も感じるその笑顔に。

「……え、えぇ」

そう、します、となんとも言えない、複雑な表情の笑みを浮かべ。

ここからなら舟に乗らなくても歩いて行けるのでと、事務所とやらにトボトボ向かう眼鏡女の背中に、栗毛女と狸擬きが、

「まったねー!」

「フーン」

またなと見送れば。

「あ、お宿はどうします?お仕事ならば、馬舎と荷台を預かってくれている港の近くの宿を勧めますが、そうでないなら、せっかくですし街中のお宿を紹介しますよ?」

「そうだな……」

男が考えるように宙に視線を浮かせたけれど。

「フーン」

わたくめはそろそろ主様のご飯が食べたいです、と狸擬きがするりと身体を寄せてきた。

「ぬ?ふぬ、そうの」

そう、お船の中。

赤飯おにぎりで済ませた翌日。

「昨日のご夕食は何を?」

と眼鏡女に聞かれ、男が、適当に嘘を吐けばよかったものを、

「え?あぁ、ええと、部屋で、その、適当に」

と、咄嗟の問いかけに適当な誤魔化し損ね。

男のそんな答えに、

「小さな子もいるのに、それはよくありませんっ!」

と監視の名目で、その後の夕食だけでなく、全ての食事に眼鏡女が付いてきたため、狸擬きには勿論、男にもおにぎりを与えられていない。

男もそれを思い出したのか、

「水場のある宿をお願いしたいです」

「そうですか?では後程ご案内しますねっ!」

栗毛女が、また元気に先を歩き出した。

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