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70粒目

赤の国での日々は過ぎる。


黒子の紙芝居を観に行けば、この間は新作だと聞いていたのに、すでに別の演目になっており、

「わ~今日もいい子で観れましたね~」

と黒子の我への対応が、著しく幼子へ対するものへ変わっていたり。

「ぬ?」

「フーン?」

「さぁ帰ろうか」

男が我と狸擬きを抱えてそそくさと帰るようになったり。

「の、片付けは手伝わずともよいのの?」

「あぁ、彼女もきっと、心を入れ替えたんだろう」

背後からヒーヒー聞こえてくれるけれど。

そもそも、1人の時はどうしていたのだろう。


教授の所へも、散歩や、一風変わったパンケーキを懲りずに食べに行くついでに顔を覗かせてみたものの。

"ノーアポイント"で行ったあの日はたまたま運が良かっただけで、一度目は来客中、二度目は外出中。

縁がなかったのだろう、と手土産だけ預けて帰ってきた。

そんなものである。


お船で会った一家には、男が小鳥を飛ばし、我等の泊まっているお宿と屋敷が離れていたため、屋敷に招かれるのではなく、地図で言うと、ちょうど中間地点のレストランで、食事をすることになった。

「再会を指折り数えて待っていたの!」

「小鳥が届いた時、もう嬉しくて嬉しくて!」

「今日もとっても素敵なドレス!私も、あなたを真似して、もう卒業しようとしていた赤いワンピースを着てきたの!うふふ、お揃い!」

少女は、頬を高揚させて嬉しさいっぱい喜びいっぱいに伝えてくれる。

真っ先に氷の島へ向かった自分の薄情さが浮き彫りにされる、そのキラキラした眼差しで見つめられ。

我にも多少は存在した、罪悪感なるものがチクチクと傷む。

しかし何がそんなに我を気に入ると思ったら、

「船で、あなたがとても強かったから」

「の?」

強い?

「フーン」

あの衝撃と揺れの中、1つも狼狽える様子を見せず、絶えず冷静でいたことを指している模様と狸擬き。

なるほど。

「私、あなたがいなけれはきっと怖い思い出になってた、でもあなたがいたから、貴重な体験が出来たと思えたの」

なんの、あれの、吊り橋効果的なやつかの。

この少女の怖い記憶として残らなかったならばよいけれど。

しかし。

食事中から、すでに、

「次はいつ会える?家にも是非来て?」

と誘われ、帰り際にはさぞや詰められるであろう、どうやって穏便に断ろうかとそちらばかりに気を取られ、せっかくのお高めな食事もいまいち味わえずにいたら。

「……のの?」

食事終盤、急にくたりとし。

「フーン」

狸擬き曰く、どうやらはしゃいだ拍子に、我等用の葡萄ジュースと間違え父親のワインを煽ったらしい。

「んふぅ……♪」

椅子に凭れて眠ってしまった。

(なんと)

山の天気だけでなく、酒すらも我に味方してくれるのか。

きっとそこいらにいるであろう、酒の精霊に内心で礼を伝え。

花の国で仕入れた花の髪飾りを詰めた箱を彼女へ渡して欲しいと母親に預けると、父親に抱えられた娘が起きる前に、逃げるように帰った。


そんなお食事会も、無事に終わり。

「の、の、我は湖へ行きたいの」

近くの沢で小豆も研げるであろう。

男が、宿の女から聞いたと言う日帰り可能な湖への散策を提案した。

「あぁ、そうしようか」

湖と聞いた時。

我はとんと人気のない、静かな湖畔を想像していた。

いつか男と、そう、あの時も大きく大きな黒い鹿がいた、森に隠されるように潜んでいた湖や、着道楽な元冒険者の男が、橙色の鳥と共に営んでいた、宿の部屋からも一望できた、美しい湖など。

湖と言えば、静謐なもの。

そう考えていた。

(ふぬ?)

そういえば一度、池を湖と言い張る水の精霊だか妖精だかを名乗る何者かもいたけれど、あれはどんなに水が美しくとも池であったの。

それら、それぞれの共通項は、人がいないこと。

であるからこそ。


「ののーぅ……?」

大きな湖畔周りは洒落た食事処や別荘らしき建物ががぐるりと囲み、湖にはボートが浮かび、湖畔を一周できる観光馬車が数台程、客待ちで待機している様子に。

「とても、賑わっているな」

男もどうやら我と似たり寄ったりの考えだったらしく、頭に手を当てている。

「フーン」

舟で釣りをしています、楽しいそうですと、狸擬きがフンフンと報告してくれる。

「のの?」

確かに、小舟で釣竿を構えている客がいる。

楽しそうであるが。

「お主、お舟に乗れるのの?」

「……フーン」

忘れていましたと狸擬き。

海の速度の出るお舟はよくとも、ふわふわ浮くお舟は乗りたくないと。

誰しも、苦手の克服は難しいからの。

せっかくだし、少し回ってみようかと、湖畔周りの道を進むと、

「舟に乗らなくても、釣りだけでも出来そうだ」

小舟の看板や茶屋の看板の中に、釣竿の看板がある。

「フーン♪」

我等は、湖にかかる桟橋で、久々の釣りを堪能するつもりだったし、実際、しばらくは堪能していた。

それぞれ桟橋に並び、仲良く2、3匹ずつ釣れていた時。

「ぬ……?」

「どうした?」

釣竿が妙に重い。

「ぬ、何やら、なんぞ、重いのの」

あっという間に、釣竿は折れる寸前まで婉曲し、釣糸も千切れん勢いで引っ張られている。

我の異変に気づいた狸擬きも、釣竿から前足を離し、じぃぃぃっと湖面を凝視していたけれど。

「フーンッ!?」

その場で飛び上がる。

「の?」

「フンフンッ!」

どうやら主様の存在を感知し、更にその力を欲しがろうとしている、何ともおこがまし湖の主が、主様の釣り針に食らいついております!

と、教えてくれる。

「ぬぬっ?」

狸擬きの言う通りならば、我をこのまま湖底に引きずり込もうとしてるらしい。

「ふんっ」

そんな易々と拐われてたまるかと、力比べで負ける気は更々ないけれど。

ただ。

「ぬぬぅ!借り物の釣竿を折るわけにも、持っていかれるわけにもいかぬからの……っ!」

ぎゅうと握り力を込めたせいで、我が掴んだ竿には我の力があっという間に籠り、折れることも軋むこともなくなり、全力の湖の主との力比べになる。

向こうも力だけはあるのか、湖面には、徐々に湖は不穏な波が打ち始め。

湖を揺蕩う小舟の客たちも異変を感じたのか、遠目にそそくさと岸に戻ってるのが見えた時。

「の?」

そういえば、隣に男がいない。

この一大事に、どこへ行ったと思った瞬間。

「……ぬ?」

不意に視界を何かが横切り。

なにかと確かめる前に、湖底から引っ張られる力が消え。

「のわっ!?」

我はごろんっと後ろにひっくり返り。

「フンッ!?」

視界の端で驚いた狸擬きもその場で飛び上がる。

一体、何が起きたと思ったら、

「……ぬぬ?」

男がどこかから借りてきた、園芸用と思われる酷く柄の長い剪定バサミで、我の持つ竿の、張りに張った釣糸を切っていた。

「……のぅ」

『……』

糸が切れたと解ると、湖の主も、非常に不満気に、けれど諦めたのかそうでないのか、ゆらりゆらりと、未練がましく揺蕩(たゆた)う気配を感じた。


「……お主」

「ん?」

「我の扱いに慣れてきておるの」

「君と春夏秋冬の全てを過ごしたからな」

「……」

貸し道具屋に釣糸が切れたと謝るも、釣糸が切れるのは別に珍しくも何ともないと笑われた。

(ぬぬん)

それにしても。

我の男は。

まだたった一度きりの、春夏秋冬を過ごしただけであるというに、

「お主の順応性も、大したものよの」

あの場で柄の長い枝切りハサミを借りてくるとは。

「あの場で、俺が君の力になれることはなかったからな」

そうおかしそうに煙草を吹かすのは、湖畔のテラス。

まだ湖からはチラチラと湖底の主の気配を感じつつ、グラスにスポンジケーキ、カスタードクリームやフルーツが詰められたグラスケーキ、トライフルと呼ばれる甘味を食べ。

良さそうな場所ならば、宿もあるし、1、2泊してもと考えていたけれど。

湖畔でも、まるで人様の縄張りにいるような、実際その通りの、非常に居心地の悪さがあり。

我のせいで湖の主が水面近くをうろうろされれば、ろくに小舟も出せぬであろうし。

赤の国の湖は、何とも消化不良で終わった。


狩人の親子からは、小鳥便で手紙が届いていた。

「実はもう自分達は、港街からは離れた街へ向かっている。千津で表すと、港街からは反対に位置する方だ」

「実は初めて母親から手紙が届き、

『安易な気持ちで子狼を2頭引き取ってしまったら世話が大変でどうにもならない、手伝いに来て欲しい』

と、そんなことが書かれていた」

「元々、後先考えないお人好しな人ではあったけれど、今回もその性格が災いしたらしい」

「それが落ち着いたら、そのまま青の国へ向かうつもりではある」

「本当は、君たちにもう一度会って、改めて挨拶と礼をしたかった」

「またいつか、こちらに来ることがあれば、ぜひ鳥を飛ばしてくれ。決して近い距離でなくとも、こちらも出来る限り馬車を飛ばして会いに行く」

と。

おやの。

母親の方から戻ってこいとは。

雨降って地固まるならば何より。

我等はまだ同じ赤の国にいることだし、会いに行こうと思えば行ける距離だけれど。

彼等には我等は、もうとうに、赤の国から出発したと思われている様であるし、そんなてんてこまいになっている所に押し掛ける気もなく。

「また、いつかであるの」

「そうだな」

街では、とっておきの茶葉もたんまり買い込み、

「この国は、小麦の国と遜色なしの小麦の美味しさがあるの」

粉もたくさん買い込み。

「今日で見納めの」

「フーン……」

黒子の紙芝居を眺め。

最後くらいは、芝居の片付けを手伝うことにする。

そして、布にたんまり包んだ赤飯おにぎりを渡せば。

「重っ!?……え?おにぎり!?いいの!?」

その思わぬ重量に驚き、喜んではいる様だ。

「餞別の。明日でもよかったけれど、お主はどっかの女の元に潜り込んで、宿に帰ってこない可能性もあるからの」

「あ、あははー……?」

瓶詰めを売っている店の若い娘とねんごろになったらしい黒子は、ここ数日は、宿にいたり居なかったり。

「でもありがとう、これは大事に食べるよ」

おひねりが多く貰えた時の様な笑顔。

「フーン」

主様からの慈悲なのだ、ありがたく食べろ酒飲みと狸擬き。

「もう出発かぁ、今度こそ、お別れだねぇ」

包みを抱えてしみじみ呟かれる。

そうの。

「無精せず、ちゃんと手紙送ってよねー?」

お主でもあるまいし。

「えぇ」

男が頷き、黒子から預かっていたダイヤの入った袋を黒子に差し出す。

「……え、ええ?」

なんで?

と袋と男を交互に視線を向け、困惑を隠さない黒子。

「手紙はちゃんと送ります。2回に一度でいいので、返事を下さい。2回、続けて返事がなくなった時、俺たちは、あなた宛の手紙を送るのをやめます」

男は笑わない。

黒子はそんな男の顔をじっと見上げてから、

「……そっち持ちの往復便で頼むよ?」

白い手でダイヤを受け取ると、そう呟いて苦笑い。

「勿論」

こいつには端からなんの期待もしていない。

黒子は、よいしょっとおにぎりとダイヤの入った袋を荷台に積み、荷台の扉を閉めると。

「ね、ね」

くるりと振り返り

「餞別にさ、君の秘密教えてよ」

見下ろし見つめるのは、我の瞳。

我の秘密、とな。

ふぬ。

(そうの)

今日は旅に向けての仕入れがてら、黒子の紙芝居を観に来たため、我等の荷台も、広場の脇に鎮座している。

「狸擬きの」

黒子を見上げたまま小さく呟けば、

「フン?」

「すまぬがの、白い花の小瓶を、更に小さな空き瓶に詰め替えて、1つ頼むの」

「フーン」

承知、と狸擬きが荷台へすっ飛んで行く。

荷台の整理もした、狸擬きでも取り出せる場所に箱はある。

「?」

首を傾げる黒子に、男が、

「彼に沢山の楽しみを与えてくださって、ありがとうございました」

我の変わりに礼を伝えてくれる。

「いいよいいよ、僕もやっぱり君たちがいるといい客寄せになったからさぁ」

ニヤニヤする黒子は、

「この国、特に単価高くていいから、僕はもう少しいるつもり」

最近ねんごろになった女に飽きるまでは、この国で遊ぶ、ということだろう。

「え?鳥は組合通さないの?」

「えぇ、組合は面倒な時もあるので、全て鳥便の業者を使います」

「ひーぇー」

頬を押さえて大袈裟に仰け反る黒子。

組合を通さない鳥便。

一度男と別れた時、男が鳥を手配してくれたけれど、わりと希少であったり、大きな石を換金した金額の半分を持って行かれた。

黒子が大袈裟に悲鳴を上げる気持ちも解らないではない。

他愛ない話をしていると、狸擬きが前足1本で小瓶を抱え、トコトコと戻って来た。

「……?」

黒子が、狸擬きの抱える小さな小瓶に気付き、首を傾げ、

「何?」

小瓶を指を差す。

「彼女が、彼女の秘密の1つと、白い花の小瓶、どちらがいいかと訊ねています」

「……」

黒子の目が、演技ではなく、見開かれた。

『白い花』

旅人の黒子が、知らないわけがない。

そして。

我等と少しの間でもこうやって接触したことで、小瓶の液体が、偽物ではない、希釈した精度の低いものでもない「本物」だと、こやつは必ず察する。

「……」

案の定、鳥肌でも立ったようにそれぞれの肘を抱くように掴むと、

「え、本気……?……うわ、本物……」

ぶつぶつ呟きながら、狸擬きがきゅっと抱えた小瓶に、興味の全てを持っていかれている。

「『幼子の秘密を1つばかり知った所で、一時の好奇心しか満たされず。けれど、この小瓶ならば、必ずや一度は、あなたの助けになりましょう』

と彼女は言っています」

男の言葉に黒子はしばらく黙っていたけれど、やがて溜め息を吐くように笑うと、

「そこまでなの?……黒髪ちゃんの秘密の大きさって」

と、狸擬きの前にしゃがみこむ。

「そうの」

「……じゃあさ」

「?」

「君は、知ってるの?」

黒髪ちゃんの秘密を、と黒子は男を見上げ。

男は黙ってかぶりを振る。

黒子は少し意外そうな顔になり、膝に顎を乗せると、

「……んー。君が知らないことを、僕が聞くわけにはいかないしね」

狸擬きに手の平を見せると、狸擬きが黒子の手に小瓶を乗せる。

「僕はさ」

ぬ?

「君らを少し舐めていたみたいだよ」

「……」

そうか。

その認識で、舐められていた方が楽だったのだけれど。

我の細めた目に、

「ごめんごめん、まーた言葉選び間違えちゃったっ!」

その場でスクッと立ち上がり、小瓶を握った手を胸に当てた黒子は、

「……ありがとう」

と、それはまるで、舞台の終わりを彷彿とさせるお辞儀をし。

そんな黒子の頭に、ふわりと雪が落ちる。

(のの……)

「……ありゃりゃ、また雪だね」

春はまだ先らしい。

「僕は彼女のとこ行くから」

手を振る黒子と別れると、我等も荷馬車へ向かう。

「白の花を半分か」

男の呟き。

「勝手をしたかの?」

「いや、君の秘密は守られるべきだ」

ほう。

「半分にしたのは、1本では単純にあやつの身体には、量が多すぎるからであるの」

あんな奴が長生きしてもろくなことはない。

「フーン」

渡した量は適切ですが、主様の秘密の重さとで天秤にかけるとしたら、あれでは軽すぎますとご不満狸。

「くふふ、お主はいつでも、我を買い被りすぎの」

まぁ、そう悪い気はせぬがの。

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