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7粒目

再び少年の案内で道を横切り、男に手を引かれてポテポテ歩いて行きながら。

「美味しい店はたくさんありますが、僕のオススメは今から向かうお店なんですよ」

静かになった我を、男と狸擬きが、

「?」

「フーン?」

それぞれどうした、どうしました?と見てくるけれど。

(パフェ……)

小さな頭の中はパフェでいっぱいになっており、他が入り込む隙がない。

街を横切るように歩き着いたその店は、中は老若男女で賑わい、2階席まである。

色とりどりの小物が多く飾られ、茶色い街にしては、少し異色に感じる。

狼にはジャーキーがありますよ教えられと、狸擬きは、

「狼は自分に構わずどうぞと言ってくれた」

と少年の隣の席にポンと飛び乗り着地すると。

「!?」

少年は飛び退く勢いで驚いている。

そして、

「中に、人が……?」

少年の呟きを、男が笑いながら教えてくれ、

「くふっ……」

さすがに笑ってしまう。

皮の装丁のメニュー。

中身は、文字と絵が描かれている。

(のぅ……)

「お主は、パフェは知っていたのの?」

「いや、名前を聞いたことがある程度だ」

グラスに入ってるんだな?

と不思議そうに眺め、狸擬きも、

「フーン?」

と、どれを選べばいいでしょう、と我を見てくる。

色々あるけれど、狸擬きは生の果物もチーズも好かぬ。

栗のパフェを選んでやり、我は季節の林檎のパフェ、少年はあまり飾り気のない白いパフェ。

男はコーヒーアイスと書いてあるもの。

狼にはジャーキーと塩味のビスケットの組み合わせ。

店員が狸擬きに驚きつつも、狼に気付くと気を利かせてくれ、狼用の低めの椅子を持ってきてくれた。

テーブルに狼の顔が並び。

「なんか僕、今、凄い体験してます」

とワクワクしている。

この国は。

「秋の終わりにお城の周りでお祭りがあって、年に一度、大学の研究発表会があるんです」

ふぬ。

「研究は途中からなかなか進まなくってしまって、ならばまず、乗り物を動かす燃料になる便利石を根本的に尚且つ徹底的に改良しようとなりまして」

便利石、万能石のことか。

「新しい部門が設置されて5年経ちました」

ほうほう。

「今年、大々的にお披露目になるみたいです」

他国からもたくさん人が来ますし、僕も楽しみで仕方ないです、と少年。

なるほどいいことを聞いた。

「祭りの前に早めにこの国を出るの」

我のうんざりした顔に男の苦笑い。

「?」

男の通訳に、

「えっ!?」

どうしてですか!?

と少年が勢い込むと、パフェが運ばれてきた。

「のののぅ……!」

アイスクリームは、まだ存在を知られてから日数があたけれど、パフェはあまりにも不意討ち過ぎる。

「甘味を色々詰め込んだものなんだな」

「ぬん、そうの」

そうなのである。

男の珈琲アイスとは、冷たく苦い珈琲に、クリームが乗せられたもの。

(あれの、ウインナー珈琲に似てるの)

ちらと視線は浮気するも、やはり目の前の、円錐形を逆さまにしたグラスの前に置かれる長細いスプーンも、パフェならでは。

「♪」

胸が高鳴る。

少年は、目の前のパフェよりも、器用に長いフォークを前足で持ち、クリームと栗を掬いぱくりと小さな口に運ぶ狸擬きを、真顔で凝視している。

「フーン♪」

美味しいです、と頭と尻尾を振る狸擬き。

「ふぬ」

(では我も)

林檎のパフェとあったけれど、正確には、

(これはもうアップルパイのパフェの)

一口大のアップルパイがゴロゴロ乗り、クリーム、アイスクリームは、林檎の角切り、スポンジが挟まり、

「ぬふん……♪」

見た目だけでも至福。

そして少しずつ口に運べば。

(この上なき、甘味)

「お主も一口の」

幸せのお裾分けは欠かせない。

「あぁ、ありかとう。……うん、美味しい」

「んふー♪」

男と顔を見合わせて笑い合うと、狸擬きはもう鼻先を突っ込む勢いで食べている。

狼は、そんな狸擬きを見て、

「……」

何とか前足でジャーキーを掴もうとして失敗している。

無理をするな。

鼻先と顔の周りにクリームを付けた狸擬きは、

「フンフーン……♪」

椅子に凭れ、幸せです、と腹を擦っている。

「パフェ」

間違いなく、罪な食べ物。

狸擬きと天秤に掛けられたら間違いなくパフェを選ぶ。

男が目の前に座る少年に煙草を勧めているけれど、少年は両手を振っている。

「家に服に匂いが付くから、煙草は家を出てからにしてと母親に止められていて」

と。

そして逆に、卸す品物は主に何を、と男が問われたけれど、

「雑多です。けれどこの国では金物を少しくらいかもしれない。色鮮やかな物は好まれにくいみたいだ」

少年は、

「そうですね。保守的というか、とにかくそれぞれの国がお互いを意識していて」

布はありませんか?

と聞かれ、茶色はないけれどと男が頷いている。


さすがにおかわりする程の余裕はなく。

「ぬー♪」

男に口許を拭われていると、少年が、

「すみません、そろそろ組合に戻る時間です」

と立ち上がり、並んで組合へ向かいながら。

国の境目はそれぞれ大きな川で遮られ、自由に行き来は出来るし、ただ訪れる際は、その国に敬意を表し、その国の色の服に着替えて、船を降りると。

「船の中は勿論、船の発着場に、着替える建物もあるんですよ」

やはり茶色い街を歩きながら話を聞く。

「それぞれの国の近くになると、それぞれの国の服を仕立ててくれる店などもあるので、予定が決まっているならば、早々とオーダーするのもいいと思います」

ここまで着るものに拘る国は始めてだ。

組合の近くに着くと、通り過ぎる小さな店に、茶色い雑貨が並べられているのが見えた。

「……」

足を止めてしまうと、我の手を繋ぐ男の足も止まる。

ガラス越しに店内を眺める我の姿に、

「よかったらゆっくり見てきて下さい、組合で待ってます」

男が悪いと言うように手を上げ、笑顔で走っていく少年を見送ると。

「どうした?」

我を振り返る。

「の、あれが愛らしいの」

大きな箱に仕切り幾つのも仕切りがあり、その中に装飾品が並んでいるけれど、主に髪留めで、それは狸擬きの毛を丸めたようなものが2つ、短い留め針に固定されている。

「ん?……あぁ、可愛いな」

1つしかないのかと男が顔を上げると、茶色いニットに薄茶色のスカート姿の、多分少年と同じくらいの少女が出てくると、

「何か気になるものがありましたか?」

と、我を見て少し驚き、狼の隣にもさりと立つ狸擬きに気付き、

「???」

何の生き物だろうと凝視している。

男が、これがもう1つ欲しいと指を差すと、

「あ、はいっ、奥に在庫があります」

と中にどうぞと招いてくれる。

中も、

「のの……」

ブローチなども所狭しと並び、価格は若い娘が手に取りやすいものが多い。

娘が何か我を見ながら手振りで男に何か伝えている。

男が少し悩んだ顔をしてから頷くと、なぜか椅子を運んできてくれる。

「?」

「君の髪を弄らせて欲しいと」

「ぬ?……まぁ、構わぬの」

我の髪なのに事後承諾なのは少し気になるけれど。

自ら弄りたいと申し出るだけはあり、前髪の上で、細い三つ編みをカチューシャのように重ね、耳のすぐ上でお団子頭を2つ。

そこにポンポンを刺し、後頭部の髪は真っ直ぐに梳かされる。

「この国は服の色が落ち着いているから、髪や小物にも拘りがちになる」

と。

男が熱心に髪の結び方を訊ね、

「フーン」

賑やかな形になりましたね、と狸擬きの感想。

「そうの」

きっと、褒められてはいるのだろう。

狼も片足だけを小さくトントンし、それは良い、満足の意味合いらしい。

組合へ戻ると、

(ほうほう)

普段の行商人の格好の人間はおらず、茶色いツイードのジャケットに身を包んだ男たちが多いけれど、ハットの飾りに赤いチェックを入れていたり、胸ポケットから青がちらと覗いていたり。

その青が覗いている男は、青と白の狼を連れ、狼はこちらを、狸擬きでもなく茶狼でもなく、我を、じーっと振り返っている。

少年が窓口から出て来て、カウンターではなく、端に並ぶ席に案内してくれる。

「寄付の形はどうなっている?」

「失念していました、掛け捨てに近い保険と言う形で、幾らかお預かりしています」

男がポケットから小銭を取り出すと、

「確かにお預かりしました」

と窓口へ向かい、小さな紙を持ってくると、自分の名前と組合の判子、スタンプを押し、

「出国までは有効になります」

と差し出してくる。

「これを持っていれば、万が一トラブルが起きた時などには組合が対処しますので」

と。

そして卸す品物に関して男たちが話し出すけれど。

むぬぬ。

「……」

(視線が……)

あの青い狼の視線が、非常に強い。

狸擬きと焦げ茶狼も、

『……』

「……」

そわりと我と青い狼を見比べてくる。

狼の主人は窓口で他の組合の人間と熱心に話していて気づいていない。

「……の、お主が、何の用かと聞いてきてくれぬかの」

そう気の長くない我が行くと、ろくなことにならない気がする。

「フーン……」

あまり気乗りはしなさそうに、狸擬きがトコトコと青い狼の元へ向かうと、

『……』

「……」

トコトコ戻ってくると、

「フーン」

あんなおぞましい化け物は初めて見た、なぜ人に仕えているのかと驚いていると。

(……ほぅ)

「……の」

「フン?」

「幼子のふりして、あやつを一発ひっぱたいて来ても良いかの?」

「フーンッ!?」

「……!?」

落ち着いてください、と狸擬き。

焦げ茶狼もブンブンかぶりを振っている。

「フンフンッ」

主様の一発はあやつの首が軽く吹っ飛びます、主人同士でのトラブルに繋がります、とも。

ふん。

まぁ否定はしない。

「今まで会った青い狼等は、しかとまともな獣等が多かったけれど、やはり個体にもよるのの」

まだ、ちらちらとこちらを気にしているため、

「後でおにぎりをやるからもう一度頼むの」

おにぎりに釣られた狸擬きが、

『……』

「……」

いくら我が可憐なレディだとしても、不躾に眺めるのは、

「マナー違反である」

と告げてもらうと、狸擬きがのこのこと戻ってくる頃にやっと視線がなくなる。

「……」

焦げ茶狼が、

「色々な狼たちに会ったのですか?」

と訊ねたらしく、狸擬きが前足を振り回して話をしている。

残された我は。

(暇の……)

あの失礼な青い狼に小豆でも飛ばして、頭のてっぺんを少しずつ剥げさせるかと、手の平を天井に向けると、

「その髪型も髪飾りも、とても可愛いと褒めてくれているよ」

男が話しかけてきた。

「のの?」

少年がニコニコして、自分の帽子からはみ出た髪を触り頷いている。

失礼な報告を受けたばかりであるから、より嬉しく、

「ぬふー♪」

足を振ると、

失礼な青い狼を連れた男は組合から青狼を連れて組合から出て行き。

「フーン」

「のの?」

「フンフン」

獣の国では、獣の地位も低くないため、少しばかり、身の程知らずの獣もいるようです、と狼の言葉を伝えてくれる。

「ふぬ。……失礼なのはお主1人で充分の」

「フンッ!?」

自分は常日頃から粛々と主様に仕えていますが!?

とその場でジダジダと足踏みをする狸擬き。

「の?」

誰が、何を?

と狸擬きの顔を覗き込もうとしたら。

「終わったよ」

お待たせと、男に後ろから、まるで猫か犬の様に胸に抱えられた。

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