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69粒目

黒子に、欠片も変わっていない的なことを呟かれ、

「失礼な、数ミリは後ろ髪が伸びておるの」

と反論しようとしたら。

「フーンッ!!」

「の?」

「お?」

向かいの狸擬きが、ソファからポーンッ飛んだと思ったら、テーブルを飛び越え、

「おわっ!?」

黒子との間にぼてりと着地した。

「フンッ!」

そして黒子をキッと睨む狸擬き。

「フンフンッ!」

「あらら」

黒子は背凭れの頬杖から身体を起こすと、ごめんごめんと謝り、

「いやいや、凄いなと思っただけだよ」

ちょっとデリカシーがなかったね、と舌を出す。

黒子の指すデリカシーとやらが、何をどこを指すのかが気になるけれど。

男はまだ戻ってきそうにないため、男がテーブルに置きっぱなしだったメモ帳とペンを取り、

「男の変化も解るのか」

と訊ねれば、

「え?……んー?いや、彼は、大人はさぁ、その、変わりにくいし……?」

と苦笑い。

なるほど。

単純に、我の男だけでなく、男全般に興味が無さすぎて欠片も気にしていないが故に、変化にも気付けない、と。

この場合は「変わらない」方の変化であるけれど。

「お主の考えは、この世界では多いのか」

「んー、そうだなぁ、少しは不思議だとは考えるとは思うけど、まずその珍しい見た目で、そういう体質なのかなと考えるだけだと思うよ」

ほう。

男も似たようなことを言っていた。

「この世界では、君が思うより、君のその髪も瞳も、とても稀有なものだよ」

狸擬きの背中越しに、またじっと見つめられる。

それは、忠告なのか、警告なのか。

ただ、事実を述べただけか。

「……」

我が口を開く前に、

「ただいま、遅くなってしまった」

と、男がやっと戻って来たけれど。

我と黒子の間に狸擬きが、でんと四つん這いで壁になっているため。

「……彼女に何をしました?」

作り笑顔で、場合によっては黒子を窓からでも放り出さん勢いでやってきた男に、

「いやいやいや待って待って!何もしてないしてない!」

と両手を大きく振るけれど。

狸擬きが、

「フンフンフーンッ!!」

この酒飲みは、主様を命のない人形呼ばわりしました!!

と鼻息荒く前足をジダジダさせながら、男に訴えている。

なるほど、狸擬きが怒る目安はそこか。

「フーンッ!」

到底許容できない発言であります!

とプンスコ狸。

「ほいほいの、我のために怒ってくれてありがとうの」

狸擬きを抱えて、

「フン?」

よいしょの反対側の隣に座り直させると、男が口許には笑みを、瞳では黒子を軽く睨みながら目の前のソファに腰を下ろす。

黒子は、よくそこまで可動域が、フクロウかミミズクと疑う程に首を捻り、あらぬ方向を向いて男と目を合わせない。

それでも、我が黒子などより、男がテーブルに置いた土産の紙袋たちに興味津々なせいか。

溜め息を吐いて、やっと黒子から視線を外し、

「地図もあったよ」

と広げてくれる。

「ほほぅ」

早速、土産物の干し肉を咥えるのは狸擬き。

地図を眺めるために、ソファから降りてテーブルを回り、男の膝の上によじ登ると、男が目を細めて髪に頬を擦り寄せてくる。

そんな男の姿を見て、

「黒髪ちゃんが本命なのは、そう冗談でもないんだねぇ」

とぼそりと黒子の呟き。

だからそう言ったではないか。

そんな黒子はそそくさと、しかしちゃっかりとチーズのビスケットは持って逃げるように部屋を出て行き。

男は、

「こちらの組合へ顔を出していたよ」

「おやの」

ただ、この辺りの旅人や冒険者への依頼内容を確認してきただけだと。

無駄に時間がかかったのは、地図屋の人間と少し話していたのと、この宿の、あの受付の女と街中でばったり会い、

「小さな女の子が喜ぶお店教えますよぉ」

の言葉に釣られて、彼女の買い物に付き合わされたと。

「お店はどうだったのの?」

「靴屋がなかなか良さそうだった」

後は、馬車で日帰りできる場所に湖があると教えて貰ったとも。

「のの?」

それは良い。

また水の街へ向かう日が遠退くけれど。

紅茶は美味であるし、街の雰囲気も悪くない。

もう少しこの赤の国に滞在させてもらうことにしよう。

干し肉を齧りながら耳をぴくりとさせた狸擬きが、

「フーン」

雨が降ってきましたと教えてくれる。

「ふぬ」

雨の様子を知りたい。

更にこの部屋の窓からは放牧場が眺められたのと思い出すも、我の背丈では見えぬため、男に抱っこしてもらい、放牧場を眺めれば。

「……のーぅ」

「お、おぉ……」

大粒の雨が地面を濡らし、濡れることを嫌がり、そそくさと馬舎へ帰っていく繊細な馬たちばかりの中。

大はしゃぎで放牧場を走り回るのは、言わずと知れた我等が馬達。

しかも、濡れ始めた地面にどーんっと倒れ込み、ごろごろと転がっている。

それを見たもう1頭も、真似をして転がり、泥浴びを満喫。

そう待たずして、放牧場に雨の様子を見にきた宿の人間の悲鳴。

宿にいる限り、馬たちの世話も宿の人間が請け負うため、一際でかい泥まみれの馬を洗うもの、宿の人間。

(ののぅ……)

男も額を押さえている。

「出発の際は、少しお礼を弾もう……」

「の」

ソファに戻れば、

「フーン」

雨なのでわたくしめはお昼寝をしますとソファで丸まる狸擬き。

我は、

「刺繍の練習でもしようかの」

男は、煙草に火を吐け、そんな我をスケッチする。

ふと気づいた。

あぁ。

「雪でないの……」



薄曇りの翌朝は。

朝から荷台の整理。

男が幌を洗って乾かし、整理をしても圧迫感は変わらぬ荷台を眺め、男を手伝い幌を取り付ければ。

それでも。

「あぁ、懐かしいな」

仕舞い込んでいた、岩の街で男に買って貰った赤いポンチョが見つかった。

「この街にぴったりだ」

「ぬふん♪」

首許でボタンを留めてもらえば、我がご機嫌なまま、街中まで散歩することにした。

地理的には、

「うん、ここはもう、内地の街の方に近いな」

ふぬふぬ。

路地を覗き、見掛けた画廊を冷やかし。

「いつか、我等の拠点となるお家が見つかったら、お主の絵を飾る額縁を買わねばの」

「俺の絵を飾るのか?」

照れ臭そうな男。

「そうの」

大変に上手であるからの。

「フーン」

自分の絵も飾りたいと狸擬き。

「そうの」

我も飾れる絵を描けるくらいに精進しなくては。

そうだ。

我の描いた稚拙な絵を悉く当ててきた狩人の息子は、父親共々、まだ氷の島にいるのだろうか。

名が広まり組合などから仕事の依頼人が入れば、赤の国で寄り道をしている暇もなさそうだ。

いつか会えたらいい。

我の小さな歩幅の足でも、休まなければ、距離は稼げる。

いつの間にか街外れまで来ており、段々畑の茶畑を眺め、

「フーン」

喉が乾いたと狸擬きの注文で、こちらは年中出しっぱなしと思われる、テーブルと椅子が壁にくっついた茶屋へ入れば。

「うちは、レモンティが売りなんだよ」

レモンが合う茶葉ばかりだよと勧められ、レモンティとレモンピールが練り込まれたスコーンを頼む。

ジャムも無論レモンジャム。

酸味と甘味と微かな苦味。

「美味の♪」

「フーン♪」

伸びてきた男の指先でスコーンの欠片を払われる。

「の」

「ん?」

「海の港に近い方が、お塩はやはり安いのの?」

「いや、塩がとれなければそう安価ではなさそうだけどな」

そうであるか。

港街から離れてから思い付いたことであったから、ほんのり安堵する。

「どうした?」

「質は悪くて良いからの、塩が多く欲しくなったのの」

「なら後で探してみよう」

「の」

レモン茶屋でのんびりし、帰りも我の歩幅で街中に戻りつつ。

黒子が仕事をするはずの広場に着けば。


時間的には、もうとうに芝居が始まっていてもおかしくない時間であったけれど。

しかし、黒子は馬車の前に広げた1台のベンチでぼけっとしているだけ。

そしてこちらに気づけば、

「あ、待ってたよー」

ちょっと遅くなーい?

着くなり文句を言われた。

どうやら準備の手伝い込みでのタダ見らしい。

(のぅ)

まさに、

「タダより高いものはない」

である。

今日もせこせこ準備を手伝い、温くなる板を並べていると、ふと、薄曇りから青色が広がる空に気付き。

(こやつも天気が読めるのであろうか)

我等には準備をさせ、自分は念入りに柔軟をしている黒子を振り返れば。

「え?無理無理!この天気なら大丈夫だろう程度だよ」

天気は読めないらしい。

準備の時点で、なんだなんだと、人がちらほら集まってくる。

すると、

「どうぞどうぞー!」

「ほんの一時、楽しくてワクワクする冒険に出てみませんか!」

「決して後悔はさせません!」

「えっ?もし後悔したら!?」

「そしたら『次こそは』後悔させません!」

おどけた仕草とよく通る黒子の声で、客が更に増えてくる。

黒子が特等席に用意したのは、いつもの低めの狸擬き用の椅子と、隣にもう1脚、同じものが並べられている。

「たまには君も特等席で観てよ」

と。

ふぬ?

本当は男の抱っこが良いけれど、用意されたのであれば仕方ない。

男も肩を竦めて、後ろで見ているよと言うし。

「フーン♪」

狸擬きは嬉しそうであるからまぁ仕方なし。

黒子の新しい物語は、小さな女の子が、夢の中で空を飛びながら、山を湖を越えて、甘いジュースが湧く池に、飴が降る島へ辿り着く物語。

(ぬぬ?)

「この広い世界、こんな島が、どこかにあるかもしれません」

黒子の茶目っ気たっぷりなウインクと共に、紙芝居の布がふわりと落ちると、わっと広場が沸く。

そして次々に追加されるおひねりに、

「いやぁ、有難い、有難い♪」

と頭に手を当てる黒子。

「フーン……♪」

余韻に浸っていた狸擬きは、不意にハッと目が覚めた様にこちらを向くと、

「フンフンッ」

主様、私達も飴の降る島を探しに行きましょうと大興奮。

「ふぬ」

主と従獣の想いは1つ。

「そうの、同じ島に、お菓子の実る木もありそうな気がするの」

実は我も、狸擬きの興奮は笑えない程には。

少々、胸が高鳴っていた。

黒子め、なんという秘密を隠していたのだ。

いや、あやつは大人であるし、なんせ辛党であるからの。

きっとあやつにとっては、お菓子の島の秘密など、大した秘密にもならないのだろう。

なんせ、こんな所で披露するくらいだし。

立ち見していた男の許へ駆け寄ると、

「どうだった?」

と我を抱き上げて来ようとすると男に、

「の、の、黒子に、お菓子の島のことを聞いて欲しいのの」

抱っこどころではないとせがめば。

男は、笑みを浮かべつつ、

「んん……?」

なぜか少し戸惑いも含め、我を見下ろしてくる。

そして、我の隣の狸擬きにも視線を向けると、

「フーンッ♪」

狸擬きは、その場でくるくる回り、早くしろ、早く酒飲みに聞いてくれ、と男に催促する。

「んん……。……そうだな」

男の指を掴んで黒子の許へ引っ張って行けば、どうやら予想以上の収益が見込まれた模様。

満面の笑みを浮かべる黒子の頭の上辺りでは、すでにワインのコルクがスポンッスポンッと何本も抜けて行く映像が、我にすら見える。

男が、にこやかに客に手を振る黒子に、お菓子の島のことを訊ねてくれるも。

「……えっ?」

黒子は謎に驚き、

「……え、えぇ?」

期待してワクワクと黒子を見上げる我と狸擬きを、更に困惑した表情で見下ろして来た。

(……の?)

なんぞ。

もしや、黒子のいた国だったりするのか。

もっともっと遠い場所なのか。

内緒なのか。

秘密なのか。

せめて、ヒントくらいは欲しいものだ。

我等の仲ではないか。

じーっと自分を見上げる、我と狸擬きの4つの視線に。

「そ、そうだなぁ……」

うぅんと腕を組んで首を大きく捻る黒子は、

「僕が聞いたのは、あー、暖かい地方の島と聞いたよ」

ほうほう。

そうか、寒いと池も凍ってしまうからかの。

「でも、その、紙芝居は、僕なりにだいぶアレンジしたものだからさ、実際とは、多分、少し違う、かな?」

僕も行ったことはないからなぁと、やけに引き気味。

普段は仕事柄か、わりと何でもはっきりと言葉を伝えてくると言うに。

(ぬぬ?)

何とも不自然。

嘘を吐いているのか?

本当は、知ってるのか?

むむっと黒子を見上げると、

「ほら、彼の片付けの邪魔をしてはいけないから、そろそろ帰ろうか」

男に抱き上げられた。

「の?」

我はまだ聞きたいことがあるのだけれど。

「ほら」

「フン?」

男は狸擬きすら片手で抱え、その場から離れようとする。

「うえっ!?片付け手伝ってくれないのぉ!?」

黒子が叫び、男が、

「俺は全く構いませんがね、俺は」

となぜか自分のことを強調する。

黒子は、ぐっと詰まるも。

「?」

「フーン?」

やはり我と狸擬きを謎にちらと見てから、

「……ええっと、うん、またね」

あははー、と手を振る。

「またの」

「フーン」

またな酒飲み、と狸擬き。

広場を離れながら、

「……何か変だったの」

男に問うても。

「彼はいつも変だろう」

男にはさらりと流される。

まぁ。

「そうの」

男の肩越しに振り返ると、1人でヒーヒー片付けを始める黒子の姿が見えた。


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