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63粒目

息子が、

「君は、あのお兄さんを、彼を待たせているんだろう?」

と山向こうの村の方面を指差し。

黙って頷くと、

「自分はもう大丈夫だ、自力で降りられる。先に、彼の元へ帰ってあげて欲しい」

と、屈んで我に視線を合わせてきた。

鷹も、

「それなら僕がこの男に付いて降りるよ、何かあったら知らせに行くし」

と、息子の肩で軽く羽を広げる。

『主様』

ふぬ。

「では、村での」

と手を振り、狸擬きの毛を掴むと、

『急ぎます』

狸擬きは、飛ぶように山を走る。

「もう村に人は出てきているかの?」

『いえ、まだでしょう。鷹のお陰で思ってるより遥かに早く遭遇できました』

「そうの」

『それに、この吹雪ですから、例え人がいても、更に誤魔化しやすくなります』

山風を走り麓に降りても、無口な息子が広げたままの無人の天幕があるだけ。

それを過ぎれば、瞬きの間も無く、宿の裏の窓に到着した。

「んしょの」

狸擬きの背中に立ち、窓をノックすれば、

「あぁ、お帰り」

安堵の溜め息と共に持ち上げるように抱かれ、

「冷えてるな」

強く抱き締められた。

「大したことはないの」

狸擬きもポンッと中に入ると、

「フーン」

ブルブルして毛に付いた雪を弾きたいですと。

風呂場の扉を開けてやり、狸擬きが存分にブルブルしている間に、男が着替えた我の頭を乾かしてくれる。

(ぬふん♪)

「温いの」

「……例の鹿の手掛かりは、何かあったか?」

硬い声で問われたけれど。

「の?」

「?」

「もう(ほふ)ったの」

「……ん?」

あまりに驚くと、風魔法も止まるらしい。

我の帰宅が早いため、この吹雪で断念したと思ったらしい。

「あの猟師の息子が山に籠っていたのの。まんまと気狂いトナ鹿の気を引いてくれていたの。だから我は背後から小豆を当てて終わりの」

「……」

「の?ちゃんと内緒にすると約束してくれたの」

「いや、そこではなく……」

「の?」

「君は、いつでも俺の想像を越えてくるな」

褒められているのだろうか。

「フーン」

自分の毛も乾かして欲しい、と狸擬きがモタモタやってきた。


吹雪はますます酷くなり、これでは人も山には入れまい。

お陰で狸擬きの縦横無尽な足跡は全て消される。

食堂で他の客に混じり、何食わぬ顔で朝食のサーモンのサンドイッチを食べれば。

狸擬きは、

「フゥン」

部屋に戻るなり、

「今日は早起きでしたので」

とベッドに飛び上がり、二度寝を始めた。

我は男に髪を編んで貰っていると、扉をノックされる音。

「のの?」

「お客様ですよ」

雪を纏い、肩に鷹を乗せた無口な息子が、女将の後ろから姿を現した。


無口な息子は、しかと空気を読むし読める男であり。

部屋のソファに向かい合って腰掛ける男の、

「鹿があなたを狙っていた所を、その、彼女が倒したと聞いたのですが……」

の言葉通り、

「そうです。1人でやれると散々意気込んでいた癖に、いざ対峙すると、油断させられただけだけでなく、恐怖で全く動けなかったのです。そこに妹さんが現れて助けていただけた。本当に感謝しています」

余計なことは言わず、ただ、我に礼を伝えるために来てくれたらしい。

そして。

山から思っていたけれど、明らかに口数が増えている。

「ショック療法、かもしれませんね」

と息子自身も、少し驚いている様子。

まぁあの気狂いトナ鹿に、蹂躙されて見世物にされる一歩手前であったしの。

無口でなくなった息子は胸に手を当て、

「何か、身体の中の突っ掛かりが、消えた様な気がします」

と、表情も少し柔らかい。

そして、我を見ると、

「君への弓銃は、余計なお世話だった」

苦笑いされたけれど。

なにを言うか。

「まだまだ、これからの」

「これから?」

そうの。

「一緒に山へ行って貰い、気狂いトナ鹿同様、我が狩ったトナ鹿も、お主が狩ったことにするのの」

トナ鹿の頭を貫通する小豆の跡は明らかに不自然であろうし、せっかくなのだ、借りている弓銃を使いたいではないか。

雪山で1人一晩を明かすような男。

まだまだ気力体力共に残っているはず。

そして我は命の恩人でもあるし、我の代わりに、

「気狂いトナ鹿を屠った者」

それくらいの名誉の肩代わりならば、してくれる、はず。

男の溜め息と共にされる通訳に、息子はやはり真剣な顔で、

「請け負いましょう」

としっかり頷いてくれた。

しかし、それでも。

「……これから、あなたが『たった1日で異常な数のトナのを狩った』と言う事実も、当然付いてきますが……?」

いいのかと暗に問う。

確かにこの息子は、目立ちたい、必要以上に自分の名を世に知らしめたい性格には到底思えない。

けれど。

「そこは、これから、中身を伴っていけるように頑張ります」

とこれっぽっちも引かず。

随分と逞しい。

「親父も荷台に乗せて2人で狩ったことにすれば、信憑性が増します」

ののぅ、崖から落ちた父親に容赦ない。

「今日は、この吹雪ですし、狩人たちは、山には入らないでしょう」

と山の方を振り返る。

それでもトナ鹿たちは、この程度の吹雪ならば、穏やかな晴れた日と変わらず、山を闊歩しているとも。

更に、息子たちはこちらで馬車を借りているため、狩ったトナ鹿も乗せられると。

「ぬふん♪」

大変に話が分かるし、通じる息子である。

獣好きなだけはある。

宿に置いてある馬車で山の麓まで向いましょうと息子が立ち上がると、

「……俺も行こう」

男が立ち上がる。

「のの?」

「例のトナ鹿がいないのならば、山へ近付いても君の足を引っ張ることもなさそうだからな」

ふぬ。

「狸擬きの」

「……フン?」

ぐーすか寝ていたけれど、むくりと顔を上げる。

「もう一仕事の」

「フゥン」

かしこまりました、と寝癖を付けて起きてくる。

鷹も、

「見物がてら僕も行こうかな」

来るらしい。

鳥舎の鳥たちは、

「君の殺気もなくなったからね、もう大丈夫だと思う」

ふぬぬ。

それでは。

待ちに待った、

「弓銃の、出番であるの」


荷台に積んできた温い板と万能石を息子の馬車の荷台に広げる。

宿で、

「おいっ!?なんだ!?」

「親父は荷台で寝ててくれ」

小柄でも決して軽くはなさそうな父親を、軽々とお姫様抱っこした息子が、荷台の(ぬく)くした板の上に寝かせ、布団を掛けている。

「親父も狩りをしたことにするから頼む」

「なんだ!?話が全く見えないぞ!」

あとお前、随分流暢に喋るようになったな!?

と吹雪の中、叫ぶ父親の乗る荷台の幌を下げると、

「お待たせしました」

真剣な顔でベンチにやってきた。

「狩った鹿は、ある程度引き摺ってきたら、残りはお主に運んでもらってよいかの」

「大丈夫です、そのまま店に卸しても、港に運ぶくらいまでなら問題ないくらい、トナ鹿は鮮度が落ちにくいので」

優秀なお肉たちである。

そうだ。

「ツノは使えるのの?」

「オスの、特に先端が需要があるらしい」

ほうほう。

肉に差違はないと。

「ツノ先は、何か貴重な薬にでもなるのかの?」

「……」

「……」

なぜか黙る男たち。

「……の?」

馬車は進む。


荷馬車は、さすが氷の島の馬。

吹雪の中でもカッポカッポと難なく歩き、山の麓に着いた。

「すみません、親父を頼みます」

「えぇ、お気をつけて」

男は、狸擬きに股がる我に向き直ると、我の頭を撫でる。

「行ってくるの」

「あまり遅くならないように」

再び山へ。

一番近いトナ鹿たちは、位置で言うと洞窟のある方面の山方に固まっていると。

「何とかこちらに呼べぬかの」

運ぶ手間を省きたい。

『追い立てるのがいいかと』

「の、そうの」

背中に背負った弓銃と矢の束。

狸擬きの勘と鼻頼りに、山々を抜けて行く。

「楽しいの」

『えぇ、とても』

やがて、6頭程の、トナ鹿としては小さいのか大きいのか分からぬ群れを見掛け、大きく回り込み、わざと声を上げ、走る狸擬きの上で弓銃を構えれば。

トナ鹿たちがタタッと逃げ始める。

小さな我等でも、さすがに弓銃を構えていれば脅威に感じるらしい。

バラけられても、1体でも村に近い山の方へ追い込めればそれでいい。

狸擬きの追い込みは上手く、

「凄いの、まるで狼のようの」

しかも狸擬きは群れではなく、たった1匹なのに。

「フーン♪」

村手前の山のてっぺんまで追い込み、

「ふんっ」

弓銃を構える。

狸擬きには、

『お気をつけください、今は主様のお力が、武器の方にも大変籠りやすくなっております』

とは言われていた。

とは言え、ぶっつけ本番。

まともに撃てるかすらも疑問だったけれど。

「……むむんっ」

狸擬きの言葉通り、どうやら集中し過ぎたらしい。

「ぬっ」

鹿の頭を狙い放った矢は、目にも見えぬ速さで真っ直ぐに突き進んだものの、

「ののぅ」

的は外れ、先の木にぶつかるはずだった。

しかし、

「……フンッ!?」

「ののぅ……」

川を泳ぐ魚の用に、矢はするりと木を避け勢いを落とさぬまま、鹿の後頭部へ、吸い込まれるように、

「……ギィッ!!」

突き刺さり、鹿は惰性で数歩進み、吹雪の中で倒れた。

「ほうほう」

『熟練の狩人を遥かに凌駕するその手捌き。お見事に御座います』

「くふふ」

褒め上手な狸である。

ツノを持って引き摺っていると、山へ登ってくる息子の姿。

「頼むの」

「任されました」

下りはトナ鹿を斜面に滑らせればいいだけであるし、登りは息子単体。

そう苦でもなかろう

再び、村近くの山の方まで追い込みつつ。

「の、なぜあちらの鹿を追わないのの?」

『あれはメスにこざいます』

「のの」

『オスのツノ先には、極めて優秀な精力剤として高い効果を発揮する成分、が含まれると小耳に挟みました故』

なるほど、訊ねても男たちが黙るわけだ。

トナ鹿はメスオスどちらにも似たようなツノがあり、若干小柄な方がメスだとも教えられたけれど、区別はつかず。

狸擬きの勘頼りにオスのみを追い回し。

『……3、2、1』

「ほいの」

狸擬きの秒読みで、矢を放つ。

先で倒れるトナ鹿。

「ぬふー♪」

何とも楽しい。

7体程狩ったところで待っていた息子が、

「君の彼が心配している、一度顔を見せてあげて欲しい」

と伝えてきたため、我もトナ鹿のツノを引き摺って降りていくと、

「こりゃまた!はぁぁ、力持ちだなぁ、嬢ちゃん!」

荷台から降りていた父親に、

「こりゃ天晴れだ!」

と驚きつつ褒められた。

身体は平気なのかと思ったけれど、軽い打撲程度で済んでいたと。

「不意打ちではあったけれどな、来ると分かっていたから、全身に力込めて転がり落ちたさ!!」

「のぅ」

さすが狩人、それで打撲程度で済むのか。

「いえ、親父は全くの無防備でした。今思えば、あのトナ鹿に、巧みに崖の方に誘導されていました」

至極納得する。

あやつならやりかねん。

「親父が助かったのは本当にただの幸運で、弓銃が、崖下の途中に突き出していた太い枝に、引っ掛かったんです」

なんと。

それを息子が何とか引き上げたと。

「おい、なんだよ、かっこつけさせろよっ」

父親はバラすなよと笑うけれど、本当の理由の方がかっこいいではないか。

「だってよぉ、鹿に気付かず突き飛ばされて、挙げ句息子に助けられたなんて、父親として恥ずかしいだろうよっ」

「助かったんだからいいじゃないか」

仲良く笑いながら、トナ鹿を荷台に持ち上げる2人を手伝おうとしたけれど。

(……ぬぬ?)

ふと、形だけでもと積んでいた、父親の弓銃が目に留まる。

トナ鹿を乗せるために荷台から卸し、今は車輪に立て掛けられているそれ。

「……?」

なぜか惹かれ、近付いて目の前に屈み、そっと触れてみれば。

「……」

(……おやの)

目の前に情景が浮かんだ。

山の中。

緩やかとは到底言えない切り立った崖、見下ろす息子の必死な形相。

父親の弓銃に宿る、まだ半人前の付喪神が、父親が崖から落ちた時、幸運にも突き出た太い枝にしがみつき、大事な父親を助けていたのだ。

でなければ、父親は弓銃と共に、とっくに谷底だった。

「ほほぅ」

父親が心底大事にしているのは、息子だけでなく、相棒の弓銃もだった。

父親が命を落とすその瞬間に、弓銃も父親の思いに応えた。

なんと。

(……相棒思いであるの)

半人前の付喪神とは失礼であった。

もう立派な付喪神である。

付喪神になるのに、百年の歳月など、必要ないのだ。

「フーン?」

主様?と狸擬き。

「の、何でもないの」

荷台に上がりトナ鹿を引っ張る父親にはせいぜい長生きしてもらい、更に強き付喪神になるまで、狩人でいてもらいたい。

付喪神が力が増せば、そのうち、話くらいは出来そうであるからの。

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