61粒目
鷹に、話を聞かせて貰った礼を伝え、
「こちらは、お主には全く目新しくはないけれどの」
食べるかのと、くびれ梨のジャムを見せれば、
「くびれ梨ならおやつに出るけれど、砂糖も入ったジャムはあまり貰えないんだ♪」
と皿に出したものを嬉しそうに啄み。
爪を咥える狸擬きにも少し舐めさせてやり。
「フーン♪」
「♪」
食べ終えれば、鷹は満足そうに目を細め。
我を見て、小首を傾げる。
「の?」
「フーン」
島にはいつ行くのかと聞かれていますと。
男に確認を取り、
「今日の最後の便かの」
と伝えると。
「フーン」
僕も一緒に行ってもいいかと聞かれています、と。
「のの?」
鷹は、仕事終わりの今と明日は休みで、自由行動が可能になる。
君たちが山へ入るなら、自分は空から監視を手伝おうと。
なんと。
しかし、なぜ。
鷹を見つめ返せば、
「初めは本当に、君を、見たことのない髪色と瞳の色をした子供だと思ったよ。でも」
(でも?)
「話をしているうちに、君はどんどん、狩りをする人間たちと同じ目付きになってきたから」
ふぬ、けれど。
「君の見た目?あー確かにちっちゃいね、でも全く関係ないよ。弾丸鳥も小鳥のくせして空飛ぶ凶器みたいなものだしさ」
と、鷹的にクスクス笑う。
説得力はある。
鷹が同行したいと言っていると男に伝えると、
「人様に雇われている鳥だからな……」
当然渋い顔。
すると鷹は、慣れた様子で足首の、今は金筒を付けていない金具を外し。
「これで僕は野生の鳥だよ」
と軽く足踏み。
何とも、気まま。
何とも、自由。
しかし。
「我は、おにぎりとジャム以外の目新しいものは、もう何も持っていないのの」
働きに見合う報酬は差し出せないと告げても。
「充分満足だよ、君たちに付いていくのは、ただのお節介」
と、小さな鳴き声を漏らす。
僕たちは凄く好奇心が旺盛なんだと教えられ、そう言えば今まで会えた鳥たちも、何かと積極的なものが多かった。
「僕もいい加減、あのトナ鹿のせいであの山がおかしくなっているのを見るのはしんどい、純粋に君たちに協力したいんだ」
と、狸擬きを通して伝えられる。
鷹の気持ちは理解できるし、空からの協力は心強い。
それでも。
もう何人もの狩人たちが山に入って尚、気狂いトナ鹿に、嘲笑られている現状。
「何も成せぬかもしれぬの」
我等は、半端も半端。
道草ばかりの、狩人の名など到底語れぬ、腑抜けた流浪の民。
鷹は、そんなことを伝える我を、瞬きもせずに見つめていたけれど。
「間接的に、君の一部を食べたせいかな、少しずつ、今は、凄く良く見えているんだ」
見えている。
「君はね、あのトナ鹿なんて、足許にも及ばないくらい」
及ばないくらい?
「……」
とても黒いものを、纏っている。
例え金具を外しても、人様の大事な雇われ鳥である事は変わらず、鷹は男の肩に止まり。
馬舎にて、我等が馬の前で、
「大きいねぇ、凄いねぇ、立派なあんよだねぇ」
と話し掛けている若い娘に、鷹を借りたいと伝えれば。
「はいはいどうぞ、もー、その子旅人さん大好きなんですよ」
ご自由にどうぞ、の勢いで借りられた。
例え明日中に島から帰れなくても、
「向こうにも支店あるから、そっちで待機もさせられるので」
でも、あんまり図々しく食べ物せがんじゃダメだよ?
と若い娘に釘を刺される程度には、この鷹は、日々旅人たちに甘いものを催促してるらしい。
若い娘からのお小言には、口笛でも吹きたそうに、男の肩でそっぽを向く鷹。
若い娘に頼み、借りたポニーの身体に、ポニーが牽く小さな荷台を付けて貰い、布と風呂敷に包んだ炊飯器を始め、荷を積み込む。
お気を付けてと若い娘に見送られ、切符を売るおばばのいる建物へ向かいながら。
「君は、鳥にはあまり萎縮されることが少ないな」
片手でポニーの綱を、片手で我の手を繋ぐ男に不思議そうに問われる。
「そうの」
そう。
「気狂いトナ鹿も、我を無害だと思ってくれれば良いののだけれどの」
油断してくれれば、やりやすい。
「……山の中に子供が1人でいるだけで、とても警戒されるだろうな」
ぬぬ。
全くもってその通り。
鷹は、
「先に飛んで、山の方を見てくるよ」
島で会おうねと、強い風を味方に空を舞っていく。
おばばのいる建物の中に入ると、
「島の宿に、鳥を飛ばしたよ、客が2人と獣1匹向かうってね」
建物の中には、おばばともう1人、息子、いや孫だろうか、やはり陽に焼けた男よりも少し年上の男がいたけれど。
日焼け男も、おばば同様、笑いもせずに、
「……観光?」
と訝しげに訊ねている。
「洞窟を見に行きたいんだとさ」
おばばが答えてくれる。
「あぁ、洞窟か……」
洞窟は、山の方や中にあるわけではないらしく、あからさまに安堵の息を吐かれ、
「天気によっては、1泊くらいは足止めされるから気を付けろよ」
日焼け男にも忠告された。
どうやらこの日焼け男が、氷の島まで送ってくれる船乗りらしい。
「うお、荷物多いな?」
四角く大きな、我ならば余裕で収まる旅行鞄に、弓銃と矢は仕舞ってある。
それに万能石を詰めて温かくなる板を高く重ねたものを4束。
風呂敷で包み更にずだ袋に詰めた炊飯器。
我や男の服や追加の防寒具。
それとは解らぬように鞄に詰めた解体道具。
「何があるか解りませんから」
男の言葉に、旅に慣れない者たちだと思われたのか、
「ま、備えあれば憂いなしだな」
日焼け男の表情が少し弛んだ。
ポニーは荷を牽きつつも、躊躇うことなく小舟に掛けられた渡り板を歩き。
狸擬きは、
「フーン……」
男を見上げ、すでに小脇に抱えられるのを待っている。
川ならばともかく、この途方もない大海。
頼りなく浮かぶ小さいお舟が、怖い気持ちは解る。
冷たい海風の中で、建物から出てきたおばばも我等を見送ってくれる。
おばばが、なぜこの日焼け男に嘘を吐いてくれたのかは分からないけれど、お陰ですんなりとお舟に乗ることが出来た。
男の渡した酒が効いたのだろうか。
おばばに小さく手を振ると、意外にも、くしゃりと笑みを浮かべて、手を振り返してくれる。
「……」
「ああ見えてもさ、ばあさん、ちっちゃい子好きなんだよ」
この男はおばばの孫らしい。
もともと、あのおばばもこの小さな舟の舟乗りで、
「年取ってきたら海風がしんどくなったって、譲ってくれたんだ」
のだそう。
そして、小舟のわりにスピードが出る。
荷が乗るとはいえ軽いからか。
平然と鬣を海風に靡かせるポニーとは違い、狸擬きは我にぴたりとくっついて、ただ機械的に日焼け男の言葉を通訳してくれている。
「あんたらは、青の国?あ、茶の国からか」
「茶の国です。昨日は隣街で、念願のアフタヌーンティーをしてきました」
男はさらさらと嘘を吐く。
「何?あんなの楽しみにしてたのか。……ん?あぁ、お嬢ちゃんか」
おっと失礼、と日焼け男は振り向いて舌を出す。
「えぇ」
「悪い悪い。あれは確かにお姫様気分になれるもんな。フルーツケーキは食べたか?」
「大人の味、だそうです」
そう。
我は子供舌なのだ。
「あれはたーっぷり酒に浸けてあるしなぁ」
日焼け男も、フルーツケーキは好きらしい。
その日焼け男に、我等を送ったら、また港に戻るのかと訊ねれば。
「いや、今日はもう向こうに俺らの寝床があるから島で寝て、明日帰る客を乗せて帰るんだよ」
らしい。
お主もトナ鹿を食べるのかと聞けば、
「食べる食べる、美味いぞ!」
美味しいらしい。
ぬぬぅ。
食べたい。
「あー……ただ」
ぬ?
「……今はサーモンなんだよ、トナ鹿はちょっと不猟でさ。なくても、あんまりガッカリしないでくれると嬉しい」
多少は狩れるはずのトナ鹿は、どこへ行ってるのか。
「サーモンも初めてであるから楽しみの」
男伝の言葉に、
「美味いぞ、たんまり食べな!」
陸からもとうに離れ見えなくなり、だだっ広い海の中をすいすい進むも、我に引っ付く狸擬きの生気が徐々に抜けていくのは感じる。
「もうしばらくの辛抱であるの」
「フーン……」
無論、帰りもあるのだけれど。
今は言葉にはせず、背中をそっと撫でてやる。
「お、大きいのぉ……」
「フーン」
トナ鹿がわらわらいる山があるくらいなのだから、大きくて当たり前なのだけれど。
もっと辺境の不便な、山しかない島と思っていたけれど、少なからず人が住んで生活をしているのだ。
港周りは想像より遥かに栄えており、男が、
「地図を修正しよう」
と口にする程度には、島自体が大きい。
港から放射状に、二階建て程度の建物が並び、見回せば、我等以外にも、観光や旅行がてら来ている人間も少なくない。
店先には、トナ鹿のツノや削った粉なとが売られている。
何に効くのだろう。
顔を上げた視線の、そう遠くない先に、聳える山々。
「……」
「フーン」
「宿まで案内するよ」
そこまでが俺の仕事だと日焼け男。
山へ入る者たちは、酒場の近い素泊まりの宿だけれど、
「あんたたちはこっちだ」
大通りから1つ外れた、食堂のある宿。
ポニーは島の馬舎に移動させておく、荷台置き場は、屋根はあれど扉はなし、雪避けにこれ掛けとけと厚手の布を渡され。
「ま、タイミングが合えば帰りも俺が送るから」
島を堪能しろよ!
とヒラヒラと手を振り、通りを戻って行く。
島には大きな馬もいるし、大きな馬車も走っている。
臨時の組合は、今は使われていない建物を使い、もう少し山の方にあるらしい。
とりあえず目の前の宿の扉を開けば、
「はいはい、あら、いらっしゃい」
ふくよかな女将が出迎えてくれた。
もっと警戒されるかと思ったけれど、旅慣れぬ見た目の若い男に幼子、緊張感の欠片もない大きな毛玉。
警戒する点が、1つもないと判断されたのだろう。
「うちの島、思ったより栄えてるでしょう?」
とコロコロ笑いながら、
「もっと何もないと思った、って言われるのよ」
そうでもないのにねぇ、と万能石を棚から取り出す。
広間には、棚に小物が所狭しと飾られているけれど、どれも我の手の平程度の木彫りの獣たち。
リス、小鳥、鷹に狼、それに熊、鹿もいる。
「お2人と1匹、お部屋は、ちっちゃい子がいるなら1階がいいかしら?」
「お願いします」
「あら、それ気になる?旦那の趣味なのよ」
我がじーっと眺めていたせいか、声を掛けられた。
「本職ではないのの?」
男伝の問いに、
「全然よ、でも大物を掘りたいって。置く場所なんてないからやめてほしいわ」
と、またコロコロ笑う女将に案内され、部屋は古さは感じれど案外広く、部屋の窓の外は、少しの敷地を挟んで水路。
その水路を挟んた先には窓の小さな建物。
男が袋から酒瓶を取り出して渡せば、
「あらまっ!旅の人に気を遣わせちゃったね!夕飯は豪華にするよ!」
私ら夫婦が酒好きってどこからバレたのかしら?
と軽口も叩いてくれる。
酒と言うものの威力は凄い。
ゆっくり休んでの女将の言葉に、
「少し、散策してきます」
と言うと、この時間から?と驚かれた。
ぬぬ?
まだ夕刻にはほんの少し早いはず。
きょとんとした我等に。
「……そのねぇ、小さい子もいるから、その、あんまりね」
その辺までにしときなさいね、と初めて見せる、憂いな表情。
何となく。
その口振りと表情で。
気狂いトナ鹿が人を突き刺して現れたのは、この夕刻前辺りの時間だったのだろうと、遠い目をする女将を見て、察する。
外に出て、並ぶ店を眺め、島値段としては、ごく妥当な値で焼き菓子を売る島の人間に、幾つか買いながら男が洞窟の場所を訊ねると、
「方面で言うとあっち、北だな、行くなら馬車が無難だよ」
どうやら貸し馬車があるらしい。
今は何もない広場にまで出るけれど、村人も旅人もおらず、どこかから、仄かに夕餉の匂い。
「狸擬きの」
「フン?」
「これからの天気はどうの?」
海風山風に、毛をしっちゃかめっちゃかにされている狸擬きに問えば。
「フーン」
曇り、のち、夜明けから雪、と。
「雪は続くかの?」
「フーン」
昼過ぎまで続きます、と。
「……その先は、お主には分かるのの?」
『……』
狸擬きは、その丸いお目目を閉じると、毛に隠れている耳をそばだて、全神経を耳と鼻先、尻尾の先にも寄せている様子を見せていたけれど。
「……フーン」
のち3日程は快晴かと思われます、ふっと力を抜いて目を開く。
予報ではなく、確実に当たる未来であろう。
「大変に感謝の」
「フーン」
「夜は酒を振る舞おうの」
「フーン♪」
予定では、明日か明後日辺りに、そうそう人は多くないはずの洞窟の方へ向かい男は待たせ、そこから狸擬きの足で、山の方へ入ればと思っていたけれど。
天気は、なにより味方に付けたい。
歩いて山の方へ向かう道に出ると、疎らに建物が続き。
しかし、夕刻前とはまた違う、何かを意識した様な、静けさを感じる。
「……の」
辺りを見回す男は、
「ん?」
どうしたと立ち止まる。
両手を伸ばして抱っこをせがむと、
「数日は様子見の予定だったけれど、明日の夜明け、我は早々と山へ向かうの」
人気もなく、我の言葉は狸擬き以外には伝わらぬけれど、声を潜める。
「……君は、せっかちだな」
頭に唇を寄せられた。
「我ではないの。お天道様の都合であるの」
むしろ。
我等が島に到着した途端に、天気が崩れるとは。
天は我に味方をするか。
山の方から、鷹が飛んで来た。
「あぁ、来てたね。この時間、もう狩人たちはとっくに引き上げてる、例の鹿は、海に近い崖の方にいたよ。……でも」
でも?
「もう感付かれた、僕が見ていることにも、確実に気付かれたよ」
「ぬぬ?」
気狂い鹿は、すでに野生の勘を越えた、遥かに優れた何かを持っているのか。
「我等は早朝にお山に入るの、お主は言わずとも、確実に狙われない場所と距離を取るのの」
「そうさせてもらうよ。あと」
山の麓に、天幕が張られていると。
ふぬ?
狩人の物か。
そう言えば着いたばかりで、あの親子とも会えていない。
けれど、もう悠長に話を聞いている時間もなくなった。
鷹は、
「君たちと一緒にいるつもりだったけど、島にいる鳥舎の鳥たちが、何だか少し落ち着かないみたいだからさ、そっちに泊まるよ」
おやの。
「では夜明けにの、我等は雪が降り出すのを待って山へ向かうの」
と伝えれば。
「分かった、朝にね」
鷹が飛んで行く。
鳥たちが少し落ち着かないとは。
「フーン」
なぜでしょうね主様、と。
男に抱っこされる我を半目で見上げてくる。
「……ぬぬ?」
我のせいか。
確かに、絶えず神経を尖らせてはいるけれど。
「フーン」
山にまで伝わる程ではないので大丈夫ですと狸擬き。
「ふぬ?」
それは果たして、大丈夫と言うのだろうか。