6粒目
「お待たせの」
髪を乾かしてもらうと、
「じゃあ、行こうか」
男は木の靴べらを手に取る。
「のの?お主は?」
「宿で身体を拭く」
何と。
狸擬きに土産でも買うついでに、まだ夕暮れ前の街を歩いてみる。
男は馬車で走っていた時もそうだったけれど、歩道と馬車道の間の街路樹に驚いている。
(ふぬ……)
以前の世界では近年ではは何も珍しくなかったけれど、男は街路樹のある街は始めてだと。
確かに、整った街。
けれど、目に落ち着く茶色で冷たさは感じない。
「の」
しゃがみこんで大きな楓の葉を拾えば、
「こう、何だろうな」
「?」
「その君の姿を、スケッチではなく、そのまま何かに記録出来ればいいのにと思うよ」
写真の様なものだろうか。
「お主の目に焼き付けるの」
「そうするよ」
おいで、男に抱き上げられる。
楓の葉を持ち、キョロキョロしていると、何かいい香りがする。
甘くはなく香ばしい小麦粉と油の匂い。
店先に人が数人並んでいる。
男が、最後に並ぶ細身のジャケットにタイトスカートの婦人に声を掛けると。
「あら?」
と、まずは男と我が異国の人間なことに気付くなり、
「ドレスがとても似合ってる、あなたも」
も、ついでに我も褒められたらしい。
男の問いには、
「ここはブレーツェルのお店」
ブレーツェル。
「細長くした生地を、可愛く結んで、液体に浸して、焼き上げたお菓子」
液体。
「ここのは細いから、よりカリカリしてて美味しいの」
他にも店があり、それぞれ店に寄って特徴があると教えてくれる。
女の番が来て、指を1本立てているけれど、1袋の単位らしい。
ふぬ。
楕円形の内側にくるりと2つ丸みの入った、特徴的な形で、まんま、
「ブレーツェル型」
と呼ばれていると。
男は指を2本立て、看板に描かれているコインを、店の若い男に出している。
若い男はエプロンすら茶色で、
(この国に溶け込むと言う意味では、巫女装束は纏わぬ方がよいの……)
我は、目立ちたいわけでも、自己を主張したいわけでもない。
女は男が買い終わるまで待っていてくれた。
男が礼を述べると、
「どこから?」
と聞かれている様子。
船でだいぶ遠くからと答えると、
「陸地の方でもないのね」
とうんうん頷かれ、
「私、あなたたちみたいな人が好きよ」
と唐突に好意を口にされた。
「?」
「そんなに遠くから来てるのに、わざわざ馴染もうとしてくれるじゃない、この国に」
男の我と着ているドレスを指差し、
(なるほどの)
「……その、主張が強い旅人もいるのですか?」
男の問いに、
「ううん。私はこの国が好きだから、手間隙掛けてそうやって街の一部に染まってくれようとしてくれる、その心意気に好感が持てたのよ」
女の言う意味は、思うところは解る。
保守的とはまた違う、異分子は若干好まれない。
閉鎖的は言い過ぎだけれども。
同じ閉鎖感でも、あの布の国とはまた違う。
年寄りでなくこの若さの女でもそんな考えなのだから、愛国心も強いのだろう。
「また会えたら、次はお茶でもしましょ」
手をさらりと上げて去っていく女に手を振り返し、
「洗礼を食らった気分の」
「だな」
肩を竦めて歩き出す。
宿に戻ると、
「お、間に合ったな」
いつの間にか空を覆っていた雲から、パラパラと雨が降り出してきた。
宿の受付で狼と共に我等を待っていた狸擬きは、男の持つ紙袋に、
「フーン?」
鼻先を伸ばしている。
1袋をおじじに渡すと、
「嬉しいな、好物の1つなんだよ」
と喜んでくれ、狼の口にも1つ運んでいる。
狸擬きが羨ましそうに眺め、
「俺たちも部屋で頂こうか」
我等もお茶にすることにした。
「のの、カリカリの」
「うん、つまみっぽさもあるな」
「フーン♪」
形と歯応えが楽しいと狸擬き。
気に入ったらしい。
が、空がゴロゴロと腹下しの音を轟かせ始めると、
「……!?」
奥の部屋のベッドに飛び乗り、布団を被ってしまった。
「まだ拭いてもおらぬのに……」
「雨も強くなってきたな」
「のの……」
我も欠伸が漏れ、
「俺たちも少し休もうか」
「の」
しかと鈍い身体ではあれど、やはり陸に住む者。
地で眠るのに適した身体は、
「……」
久々の揺れぬ陸地に安堵したのか。
「のぅ」
「……んん?朝か」
雷の轟音も何のその、すっかり空が晴れ渡った明け方まで寝こけていた。
朝から大きなオーブンで焼いたパンを、
「しばらく世話になりそうだからの」
「あぁ」
男が宿のおじじにパンの差し入れへ行く。
「フーン」
今日は自分も街を見て回りたいと、パンを食べ過ぎて小さくげっぷをする狸擬き。
「そうの、何か目新しい甘味があるやもしれぬしの」
「フーン♪」
昨日の、ブレーツェルとやらも美味しかったです、と尻尾を振る。
「そうの」
「フンフン」
楽しみですと狸擬きは鼻を鳴らした後、テーブルに前足を置いたまま、
「……」
大きめの窓から見える、遠くのお山を見つめている。
「遠いの」
「フーン」
山の主の気配がしますと。
「そうの」
こんなに遠いのに。
「……」
男が戻ってきた。
街を散策がてら、服を仕立てようと。
「1着あるの」
今も着ている。
「この国の紳士や淑女は、色幅が狭い分、デザインに拘り、お洒落を楽しむそうだよ」
ほうほう。
この男は、
「郷に入れば郷に従え」
の精神の。
よい心がけである。
「フーン」
自分も欲しいと狸擬き。
「の?お主は茶色いボンネットにでもするかの?」
「フーンッ!!」
短い足でジダジダする姿を笑うと、男が我の髪を梳き。
パンの差し入れはブレーツェル同様、喜ばれたよとのこと。
「男女差で物を言うのは、ナンセンスなのだろうけれど」
宿の外に出て、手を繋がれながら、男にふと見下ろされる。
「?」
「君はあまり、着るものに拘らないなと思って」
あぁ。
「そうの、狸擬きの纏う毛皮程度の認識の」
何なら狸擬きの方が蝶ネクタイ一つとっても色々拘りがある。
「でも」
宿の前の道を突っ切ろうと、馬車が通り過ぎるのを待ちながら。
「着飾った事で、お主に愛らしいと言って貰えるのは嬉しいの」
でなければ、着のみ着のままだった。
男がそれに答える前に、宿の敷地から声がしてきた。
「?」
おじじと狼の姿。
「貰ってばかりで申し訳ないが、もし街の散策ならば、この狼も散歩がてら連れていって貰えないか」
馬の世話があり、今日も外に連れ出せないのだと。
色々待たせることになるだろうけれど、狸擬きも一緒だし問題はないだろう。
茶狼も尻尾を振り、狸擬きと鼻先を合わせて挨拶をしている。
おじじに手を振り歩き出すと、狸擬きと狼は並んで楽しそうに話をしている。
道を走る馬車が、荷台に腰を降ろす乗り合い馬車ではなく、しっかり席があり前を向いている。
歩道の石畳を歩きながら、
「のんっ!?」
濡れた地面に落ちた、大きな楓の葉に足を取られ転び掛けると、
「おっと」
男に支えられ、そのまま抱っこされる。
「ぬぬん」
「夜に雨が降ったから、滑りやすいな」
「フーンフン」
足を滑らせた我をニマニマとして見ていた狸擬きは、余所見をしていたせいで、街路樹に、
「……フンッ!?」
頭をぶつけ、
「!!」
茶狼が慌てている。
この国はお洒落さんの国でもあるため、服屋は多く、オーダーは勿論、既製品や古着屋も珍しくない。
近々呼び出されるであろう、あの娘の屋敷へのためのワンピースと男の服を適当に入った服屋で選び。
「お待たせの」
広くない店の端で、並んで待っていた1匹と1頭は、そう退屈した顔もしておらず、
「フーン」
色々お話をしていましたと教えてくれる。
「ふぬ。この狼の好きなものは何か聞いて貰えるかの」
「フンフン、フーン」
肉が好きですが、それ以外は歯応えのあるものが好きです、と言っていると。
歯応え。
「ビスケットか、昨日のブレーツェルとかかな」
「フーン」
自分の蝶ネクタイがまだですと狸擬き。
「おっと、すまぬ」
おあつらえ向きに、近くの雑貨屋と思われる雑多な店に、狼用の雨具などが売っており、狼とお揃いの茶色い蝶ネクタイをそれぞれに買って付けてやると、それぞれ、とても喜んでいる。
「そうだ、先に少しいいか」
「の?」
ここの国の組合に顔を出したいと男。
白の国の組合で貰った証明書が通用するのか知りたいと。
街中には看板も多く立ち、人もほどほど。
「少し入り組んでるな」
しばらく街中を歩き、緩やかな坂を上がっていくと、家でも店でもない看板もない、地味な、横に広めな建物。
間違いなく組合。
(のの、そうの……)
白い街で預かってきた手紙の幾つかが、ここの国の文字だった。
後で預けに来よう。
開きっぱなしの扉から、金具を付けた小鳥が飛んで行く。
中に入ると、壁に貼られた手紙たちは少なく、知らぬ山のものと思われる名前と獣の目撃情報、知らぬどこかの国の詳細を知りたいことなど、個人的な知らせもある。
カウンターの作りも、どこの組合もそう変わらず、あの手紙を寄越してきた麦わらの旅人よりも更に小柄な、キノコのような髪型にキャスケットを乗せた、とても若い青年が、
「すみません、もうすぐで昼休みなんです」
と口にした瞬間。
ゴーン、ゴーン……
と大きな鐘の音。
「のの?」
「フーン?」
この鐘は昼と夕方辺りに一度ずつ鳴るのだと言う。
出直そうかと男が踵を返しかけると。
「あ、あの、旅の方ですよね?昼休み後に受け付けますので、その、よかったら、昼をご一緒願えませんか?」
厚い眼鏡のとても淡い緑色が、好奇心いっぱいに瞬いている。
淡い茶色にズボン吊り、サスペンダーだったで焦げ茶色のパンツを吊るし、茶色いブーツ。
「どうする?」
男に問われ、問題はなさそうだと頷くと、少年の顔にパッと明るい笑みが浮かぶ。
していた白い手袋を取ると、男、我、狸擬きにも手を伸ばし、握手をして挨拶してくる。
狼にはよしよしと頭を撫でている。
少年、と言うには年若くないとか思ったけれど、
「16です」
少年だった。
少し歩きますが、とゆったりとした石畳の橋を超えてまた坂を上がり、ぐねりと曲がった道。
建物はどこも茶色いけれど、道がわりと特徴的なため、迷うことは少なくて済みそうだ。
広い道に出た先の、ナイフとフォークの看板が立てられた店は。
「のの」
少し高台にあり、店内は小さめ、広い庭にテーブルが並んでいる。
少年は、組合で働き始めた新米だと自己紹介してくれ、
「ここのおすすめはランチだと豚肉のローストです、それと鶏肉と茸をクリームで煮たものです」
まずおすすめのメニューを教えてくれる。
男と共に豚肉を頼み、狼は普通に食べて大丈夫なのかと訊ねると、
「たまになら」
と狸擬きから伝わる。
狸擬きも狼と一緒に椅子には座らず、
「あのブレーツェルが食べたいです」
と我の足許にぺたりと座り込む。
1匹と2頭にはブレーツェルを頼み、少年は煮込みを頼んでいる。
「いきなり誘ってしまってすみません、どこの国の方とも違う人たちだったので凄く気になってしまって」
少年がポケットから畳んだ地図を取り出して広げると、どちらからと聞かれたけれど、
「この辺りだ」
男が指を差したのは、地図から外れたテーブル。
男が差しているのは花の国。
少年は、眼鏡の奥の目を瞬かせたあと、今度は鞄から大きな地図を取り出し、テーブルいっぱいに広げるけれど、その大きな地図はとてもあやふやで、花の国はおろか、布と小麦の国も、山になっている。
「ここに、国があるんだ」
少年はうんうんと頭だけだなく全身で頷き、
「情報、ありがとうございます」
地図に書き込んでいる。
しかと好奇心旺盛な少年。
顔を上げ、我と目が合うと、
「その、ドレスがとても似合っていますね」
とはにかみ褒めてくれる。
「ありがとうの」
男が全く大人げなく我の肩を抱き、
(我程の小さき者に、よこしまな気持ちを抱くのはお主くらいの……)
内心で溜め息を吐いていると、料理が運ばれて来た。
肉料理の付け合わせは芋と、かたい黒っぽいパン。
ブレーツェルは浅い皿に盛られ、狸擬きと狼の前に置かれ。
すぐに足許から、カリカリと小気味いい音が聞こえて来た。
「……狸、ですよね?栗鼠の様に前足で食べるんですね」
少年の不思議そうな視線。
男は曖昧に頷き、肉を大きく切り分けて口に含む我の口を拭くために、手拭きを持って構えている。
「ぬぬん」
(油が案外少なくて、食べやすいの)
「むぬ、美味の」
口を拭かれ感想を口にすると、男は笑い、そうか、と自分もカトラリーを手にする。
「妹さん、ですか?」
と聞かれたらしい。
「そんな所だ」
曖昧に頷く男。
(パンが、驚く程固いの)
しかしそのシンプルなパンは、濃いめのソースとよく合い、
(なんぞ、付け合わせなのにお芋が美味の)
ただ蒸かしてバターを乗せて食べても美味しい気がする。
「これが使えるかと思って、組合に来てみたんだ」
男がテーブルの端にカードを出し、
「行商人さんでしたか」
ぜひうちでも取引を、ワクワクを隠さない。
このカードはどの辺りまで通用すると男の問いに、
「3国までは確実に」
と。
3国ともそう仲は悪くなく、むしろ仲良く交流していると。
「ただ、それぞれの研究分野の人たちはプライドが高いようで、その、誇りを持っているため、逆にあまり関わらない様にしているとか」
ほほぅ。
皆、大人である。
男の裾を摘み、この少年のことを訊ねたいと男を見上げると、
「……」
男の眉が寄る。
言葉を選び間違えたか。
「この国の事を知りたいだけの」
年がほんのり近いだけで、相手に気を持つ節操なしと思うのはやめて頂きたいものだ。
少年は、父親は教師で母親はオーダーメイドの仕立て屋、特に君のような小さな子のドレスが得意だと。
15歳までは勉強。
そこから、家を継ぐための修行、就職、成績優秀者及び学びたい者が大学へ通うと。
(特に珍しくもないの)
「僕は父親と違って教師は向いていないし、母親の様に器用でもなく、色んな人と会える組合がいいなと思って」
「組合の職は人気はあるのの?」
「普通くらい、かな」
苦笑いして肩を竦める。
「仕事の花形でもないし、自分達がどこへ行くわけでもない、鳥が好きで就職を希望する人はたまにいます」
と。
「安定、はしているかな。冒険者や旅人さんが引退してこの仕事に着くこともあります」
行商人は伝を使い、店を開くことが多いと。
ふぬふぬ。
狸擬きが、スカートの裾を摘まんでくる。
「の?」
「フーン」
甘いものが食べたい、アイスクリーム、と。
「ぬ?狼は好かぬであろうの」
「フーン」
アイスクリームは別、と。
まことかの。
我も決して食べたくないわけではない。
少年に、アイスクリームの店を訊ねると、
「任せてください」
と。
お腹に余裕はあるかと聞かれ、頷くと、店を出て男が我を抱っこしようとしてきたため。
「腹ごなしのために歩くの」
と男の手を繋けば。
「兄離れが近いのか……」
大きな溜め息。
血迷いごとを申すな。
狼も美味しかったと言っていると狸擬き。
狼の足も弾んでいるから嘘ではないらしい。
「我が国は、アイスクリームもありますが、パフェも多いんです」
3国では一番の甘党かもしれませんねと、続くけれど。
「パフェ?」
パフェ。
(パフェ……)
なんと。
この世界にも、存在したとは。
パフェ。
それは、アイスクリームに続き、我にとっては、夢の食べ物。