58粒目
「……氷の島に、臨時の組合ができていると聞いたけれど、顔を出す必要はあるんでしょうか?」
男が訊ねると、
「ないない!今までも組合なんてなかったし、俺らだって勝手に行って勝手に狩ってさ、村に卸すか、赤の国まで運んで卸して、だったよ」
臨時の組合なんて赤の国からだろ?
なんで赤の国が首を突っ込んでくると、父親は息子と顔を見合わせ、首を傾げる。
「その、お2人に届いた氷の島へ来るようにとの通達は、強制なのですか?」
「いいや。ただ行くだけでも、少しの報酬が出るって話だから、どんなもんかって様子見で行ってみることにしたんだよ」
行くだけで。
聞けば何とも太っ腹と思うけれど、気狂いトナ鹿が背後に控えているのだ。
氷の島は、トナ鹿が若干不猟であれ、サーモンも安定して捕れるため、島が困窮しているなどと言うことはないらしい。
それよりも。
我の興味は別にある。
「の、お主等は普段は何の武器を使い獣を狩るのの?」
男に訊ねて貰えば。
2人は、我の問いにちらと驚いた顔をし、
「弓銃だと言ってるよ」
ほろ酔い狸でなく、男が教えてくれる。
ふぬぬ。
あの猟師も持っていた弓銃か。
ほうほうと、我があからさまにそわそわしているせいか、初めて話に興味を持った素振りを見せたせいか。
「……親父」
息子がボソッと、我でも何とか聞き取れる声量で父親に声を掛け、それでも父親は、
「あ?俺たちの武器を見せる?」
たった一言で全て理解するらしい。
そして、我に武器を見せてくれると。
「はっはー!いいぞ!」
父親もあっさり。
何とも気前がいい親子。
では早速見せて貰おうではないかと椅子から飛び降りれば、我のウキウキに、酔っ払った狸擬きも呼応し、尻尾をくるくる回す。
男だけは渋々立ち上がり、ランタンを持って外に出る。
建物の隣にある親子たちの荷台を覗けば。
「のの?」
荷台は年季は入れど中は綺麗だし、荷も我等より遥かに少ない。
「俺等は別に旅人じゃないからなぁ」
布に包まれた弓銃は、父親の物と息子の物で大きさが違う。
「ふののの……♪」
どちらもとことん使い込まれ、手入れをされ、修理をされ。
「……親父が」
またもボソリと息子が呟き、
「の?」
その呟きは、父親に対してではなく我等へ向けている。
「???」
親父が?
なんだろう。
「いーやいや、こんなん誰でも出来る!!」
父親は、一から作れまではしないけれど、壊れれば自分で直し、ずっと同じものを使っていると。
それを伝えたかったらしい。
なんの、凄いのこの父親。
持ちたい持ちたいと両手を伸ばせば、
「ほいよ、気を付けな」
今までの言動からも解る通り、やはり甘い父親は、気前よく弓銃を持たせてくれる。
父親用のそれは、息子の物に比べると若干小型。
それでも、大の大人の使う弓銃。
それを軽々と持ってしげしげ眺める我の姿には、さすがに驚かれた。
「……むむ」
けれど我にはそんなことはどうでもよく。
(ぬぬん……)
これは、良き。
既に、半人前の付喪神が宿っているではないか。
惜しむらくは、こやつが1人前の付喪神になる前に、この持ち主の父親の寿命が尽き、こやつは他の者には触れられたくはないと、父親以外に使われることを拒否するだろう。
研師の仕事場にあった短剣の様に。
あれと違い、こちらの付喪神はまだ半人前のお陰か、単に性格がやわこいのか、我にも触れさせてくれたけれど。
しげしげ眺め、
「大変に、素晴らしい弓銃であるの」
礼を伝えて父親に返すと、父親は男伝の我の言葉に、
「のわっははっ!!照れるなっ!」
とまた豪快に笑う。
一方、変わらず黙って我を見ていた息子が、
「……親父」
とボソリ。
父親はその一言で、
「あれか!?あれを嬢ちゃんに!?」
「……」
黙って頷く息子。
「あー!確かに大きさはぴったりだな!!」
我を見下ろしてうんうんと頷く。
何の話だろう。
父親は、息子限定の、えすぱー、とやらなのか。
なぜ「親父」だけで通じるのか。
我と男でも不可能な技。
「いやぁ、でもな、お前と違ってこっちは、どこぞのお嬢様だろうよ!」
話は見えねど、我はお嬢様ではない。
父親はまたガハハと笑うけれど、息子は何も言わずに、
「……」
じっと父親を見つめ。
「んー」
そんな息子に、父親はガシガシと頭を掻くと、全く話の見えない我等に。
「……こいつがさ、お嬢ちゃんと同じくらいの年に買ってやった、小さな弓銃があるんだよ」
ほほぅ。
それは是非とも見たい。
見たい。
「見せて欲しい」
と万歳のポーズを取りながらその場で跳ね、"あぴーる"をすれば。
「こらこらっ……!」
男の慌てた声。
そう、我は新しい主張、肉体言語を覚えた。
それくらい、見たい。
酔い狸もやはり我に釣られ、くるくるその場を回って見せろ見せろと急かしている。
「なんだよ、ちょっと見せるだけだ」
父親が、とかく苦い顔をする男を宥め、
「家に置いときゃいいのにさ、なんでか狩りの度に、こいつが荷台に積んでくるんだよ」
と首を傾げる。
お守りのようなものだろうか。
その息子が荷台から、厚手の埃り臭い古布に包まれたそれを出してくると、
「の、ののぉ……♪」
もう使われることはなくても、きちんと手入れはなされているし、使えるようになっている。
荷台から降りた息子が、弓銃の尻部分をここに当てる、と自分の前肩に指を当て、構え方を教えてくれる。
「ふぬふぬ」
お言葉に甘え、構えさせて貰えば。
(の……)
大きさ、前肩への馴染み、手の平へ、指に伝わる心地。
そして視線すらも、全てが。
「……ほほぅ」
馴染む。
自分の一部のように。
そして。
「……」
構える先の夜闇に、新しい景色が見えた。
先の先まで。
例え矢はなくとも。
遠い遠い、雪山に潜む、今も大木にツノを擦り研ぐトナ鹿の姿まで、見える気がする。
「武器」
と言うものの力は、想像以上である。
武器を相棒と呼ぶ人間がいる理由も、体感できた。
「……」
小さな拍手の音に、弓銃を身体から外して振り返ると、息子が大きな手で、手の平を叩いていた。
我に呼応してか、謎にぶわりと毛を膨らませていた狸擬き曰く、 息子は、
「……いいものを、見せて貰った」
と言っていると。
「?」
そんな息子の意図は読み取れぬけれど、
「こちらこそ、素晴らしいものを持たせて貰ったの」
礼を伝えて差し出せば、息子はかぶりを振って受け取ろうとしない。
「?」
隣で男がいやいやと酷く慌てたけれど。
「氷の島へ行くなら、一応持っとけって意味だよ!」
父親がガハガハ笑う。
どうやら、貸してくれるらしい。
大事なお守りを他人に持たせるとは。
お人好しを越えているのではないか。
父親曰く、氷の島での再会を願ってのことだそうだ。
(ぬぬん)
男と顔を見合わせると、男が小さく頷き。
2人に、気狂いトナ鹿の話を聞かせた。
もともと、食堂で出来る話でもなかったから、話すにはちょうどよくはあり。
「トナ鹿が、人をツノにぶら下げ、人里まで、降りてきた?」
「……」
そのこの世界ではあまりに非道な、しかもそれが獣のした行いに、父親は強く目を瞑り、息子は絶句している。
「……今まで狩りをしていて、そういう悪意の強い獣はいましたか?」
男の問いには、
「いない、いない!」
そんなんがうろうろしていたら身体が持たないと。
まぁそうの。
「しかしなぁ……なるほどなぁ……」
父親は大きく息を吐き出し、
「だからわざわざ、俺等みたいな所にまで召集がかかったんだな」
臨時の組合は、島へ付いた狩人たちに、気狂いトナ鹿のことを伝え、山へ入るのを拒否するならば、ここまでの旅費と、口止め料を持たせて帰らせるために作られた、すなわち苦肉の策。
話が広まったその後を考えると、狩人たちに騙し討ちのようなことをする島を国を、安易には責められないと、2人も、それは素早く理解している。
「……氷の島へ行くのは、やめますか?」
男が訊ねれば、
「いやぁ、もうここまで来たしな、島まで行って、一度くらいは山へは入るよ」
なんたって狩人だからな!
と、何とも、氷の島の人間たちには、心強い言葉だろう。
島の人間は卑怯だと言われようと、惨劇を広めるわけには行かない。
赤の国もそれを解っている。
それでも、少しずつ噂は広がり始めているし、あの赤の国のじじの様に、不用意に誰彼構わず話せば、そう遠くないうちに、氷の島には人が来なくなり、肉も狩られず、売れなくなる。
その辺の事情を察し島へ向かう彼等の、少なくとも息子には大事なお守りと思われる、今は我が胸に抱いている弓銃を息子に差し出せば、
「尚更持っとけ!」
と父親が、俺等にはいらんいらん!と大きくかぶりを振る。
「万が一だよ、万が一!そのトナ鹿野郎は、話を聞く限り、人里にも降りてくる卑劣非道な野郎だからな!」
護衛用に持っておけと。
息子もうんうんと頷いている。
ふぬ。
ならば。
遠慮なく預からせてもらおう。
「向こうで合流したら返す」
と男が約束し。
2人は、
「自分達はもう必要な荷は全て積んである、明日の夕刻、少なくとも明後日の朝の船には乗るつもりだから、また島で会おう!」
と。
もう一度礼を伝えて、2人と別れ、小さな弓銃を持って部屋に戻れば。
「フンフン」
自分も遊びたいと狸擬き。
「よいの」
後ろ足と尻尾で立たせ、前足で弓銃を構えさせるも、
「フーン」
少し重いです、と眉間に毛が寄る狸。
「そうの。お主には、やはり小さな弓かの」
少しは軽いだろう。
「フーン」
牧場で遊んだ弓は楽しかったですと。
「そうの」
床に置いた弓銃を眺め、きゃっきゃっとはしゃくご機嫌な我等の後ろから、男の大きな溜め息。
そんな男に、
「の、我は矢が欲しいの」
せがめば。
「あぁ、……そうだな」
やはり我に甘い男は、せいぜい仕方なさそうに笑ってくれた。
ーーー
翌日は早朝。
まだ薄暗い、いや、夜中と言っても過言ではない中、静かに馬車が出て行く音。
「……?」
あの親子たちだ。
馬車が遠ざかっていく音を、じっと耳を澄ませて聞いていると。
「どうした……?」
男を起こしてしまった。
「の、何でもないの」
男の胸に顔を埋めて、再び眠る。
気紛れに狩りをしている我等と違い、彼らは本当に本職なのだ。
目が覚めた時にはすっかり明るく、
「珍しいな」
我が一番のお寝坊さんだった。
この街は道が狭く、抜けるだけなら無駄に時間がかかる、迂回して一旦茶畑への道に出る方がいいと、あの親子に教えて貰っていたため、街の通りからは外れて迂回し、赤の国を抜けて行く。
なんも代わり映えのしない茶畑を眺めながら、長い長い道を進む。
狸擬きは欠伸をするとポンチョを頭から被り、ベンチで丸まり眠りだし。
そう。
我等もあの2人を見習い、たまに集落や街への道があっても停まらず、寄り道もせず、ただひたすら進んでみたものの。
地図上ではまだ道も半ば。
「……そろそろ、休憩しようか」
「の」
「フーン」
先に、村に毛が生えた程度、と言っては失礼か、きちんと茶屋と、宿屋まである集落を見掛けて、そそくさと馬車を降りた。
どうにも、
「我等は、急ぐ旅は向いていないの……」
あの2人は、馬に荷を牽かせながら、その馬を全速力で走らせているのか。
もしくは、空を飛ぶ魔法でもあるのかと、本気で考えるほどに、どんなに急いでも、夕刻に港街へ着ける選択肢も魔法も、どうやら我等にはない。
「だな」
茶屋で男が天井を仰ぐ。
男1人ならば、今日中の港街への到着は可能かと訊ねてみたけれど、
「いや、土地勘や荷物を差し引いても無理だな」
と苦笑い。
本当に、あの親子は一体どんな走り方をしているのだろう。
「いらっしゃい、どちらから?」
茶屋の女将にメニューを渡されながら聞かれ、茶の国の方からと男が答え、氷の島へ行くと伝えると、
「えぇ?ちょっと、気をつけてね、何だか嫌な話も聞くから」
眉を寄せられた。
どうやらこの辺りまで来ると「噂」も伝わってくるらしい。
大きな噂ではなく、我等の様な旅人が立ち寄る場所なために、女将も小耳に挟んだ模様。
女将は、我にビスケットを出してくれながら、
「もしトナ鹿やお魚を食べたいだけなら、無理して行かなくてもね、港近くの宿に泊まるといいわよ」
食事として出してくれるからと。
そのために港街へ泊まる客もいるとか。
細かくした茶葉を混ぜ込んだ女将のお手製ビスケットが美味で、助言の礼も込め、少し多めに持ち帰り用に買わせて貰い。
ビスケットを噛りながら、狸擬きの口にも放り込んでいると。
やっと大きな、それでもまだ港街の1つ手前、そして赤の国では一番大きな、王様のいるお城のある街が、
「のの」
薄曇りの中、見えてきた。