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55粒目

性悪トナ鹿。

野生ならば寿命も短い、急がなければ我が狩る前に死んでしまう。

早く、早く赤の国に着かないであろうか。

どうせ氷の島へ行き、その後、どこかへ旅立つにしても、この国には一度は戻るのだから、いっそこのまま赤の国を突き抜けて氷の島へ行くか。

港に降りたら男にそう提案しよう。

「♪」

ご機嫌に紅茶を啜ろうとしたけれど、カップはすでに空。

父親が、

「妻と子供のいる個室へ行って貰えませんか?」

と、男伝に我に頼んできた。

娘の話し相手になって欲しいと。

ぬん。

まぁ言葉は交わせずとも、字の読み書きは出来るしの。

きっと、大人の男たちだけで、話をしたいのだろう。

狭い船内、個室の場所も覚えている。

妻子のいる個室の数字だけ書いて貰い椅子から飛び降りると、心配そうな顔を隠さない男に手を振って茶屋を出る。

おじじには、男の知る限りの我の事位ならば教えても良かろうし。

なんせ、大変に楽しい話を聞けたからの。

「お主は、トナ鹿は知っておったかの?」

『いえ、名前も初めて聞きました』

我や狸擬きのいた山や森に、鹿はいたけれど、トナ鹿はいなかった。

「トナ鹿とやらは、きっと寒い場所を好むのだろうの」

縄張りの様に木にツノを擦り付けて先端を鋭利にするらしい。

「何とも、殺傷力が高くて堪らぬの」

狩人たちは、弓銃だけでなく、スリングショットなども使うらしい。

「鉄か鉛の玉を持っていくかの」

『何をされるのですか?』

「いきなりは殺さぬの。まずはそやつの自慢のツノを折ってやらねばの」

我なりの死者への手向けである。

『……わたくしの主様は、大変に良い性格をしていらっしゃいます』

「ふふぬ♪」

従獣に褒められてしまった。


個室の扉の並ぶ廊下の前には、御用聞きの船員が立っており、船員と言っても、スーツ姿の御用聞き的な案内人。

父親の書いた番号の紙を見せると、部屋まで案内してくれ、狭い廊下の扉の1つ軽く叩くと、開いた扉から少女が顔を覗かせ。

我の姿には存外はにかんだ笑みを浮かべ、出迎えてくれた。

勿論、狸擬きの姿にもパッと顔を明るくしている。

母親もニコニコと聖母のような笑みで出迎えてくれ、煙草を吸う姿は全く想像できない。

向かい合ったソファと、低いテーブル。

窓からは流れていく景色が見える。

船員が、飲み物のメニューを見せてくれ、

「フーン」

狸擬きと共に葡萄のジュースを頼めば、母親が、案内人に声をかけ、ジュースと共に、メモ帳と筆をテーブルに置いてくれた。

「この子は、あなたの国にはたくさんいるの?」

そして、主に聞かれるのは狸擬きのこと。

母親は、狸擬きに興味があると言うより、大人として無難な問いかけをしている様子。

気を遣われているというべきか。

こやつは、人よりも獣の数が多い、主にド田舎に生息しているらしいと答えながらも。

(……ぬぬ、ならば、氷の島にもいる可能性はあるの)

いや、氷の島に多いのはトナ鹿のみか。

狭い個室、母親の隣でボテリと座り、葡萄ジュースを飲む狸擬きは、

「フーン?」

なんですか我が主様、と我を見返してくる。

もし狸擬きが存在したら、更に寒い場所であるし、こやつよりも毛量が凄まじいのであろうか。

もうそれはただの大きな毛玉である。

さすれば一見してみたい。

個室は狭くともソファの座り心地は良く、適度に暖かく。

(おやの……)

母親がうとうとし始めた。

『……』

狸擬きもそれに気づくと、コップをテーブルに置き。

うとうとする母親に寄り添えば、無意識に寄り掛かれる対象を見付けた母親の身体は、狸擬きに寄りかかり。

狸擬きもゆっくりと身体を倒し、母親の枕になりつつ、自らもソファにぐてりと横たわる。

そんな姿を見ていた少女は、ソファから降りると、壁に掛かる母親のショールを母親の身体に掛け、投げ出された狸擬きの肉球をじっと眺めてからこちらに戻ってきた。

身重な母親を、そっと眠らせる任務を終えた優しい少女は、暇だからと言って勝手にお船の中を探検するような悪ガキ、いや、我のような"あくてぃぶ"な性格ではないらしく。

メモ帳を手に取り、こちらを見てニコニコしているため。

「すきなたべものは」

メモ帳を受け取り、少女に問うてみる。

少女は、まず、

「じがとてもじょうず」

と、そこに驚き、褒めてくれた。

そうであろうか。

そして、少女の好きな食べ物は、母親の作るにんじんケーキだそう。

「にんじん?」

あの橙色の?

奴は野菜ではないのか。

少女は、我の驚く顔にクスッと笑うと、

「おいしい」

と教えてくれる。

世の中は広いの。

「どこからきたのですか?」

と聞かれた。

ふぬ。

鞄から、小さな、そして大雑把な地図を取り出し広げると、

「こっちの方の」

地図から外れた宙を指差すと、

「……!」

とても驚かれる。

この地図では、青の国も赤の国も一緒くたにされているくらい大雑把な地図であるから、尚更。

「青のミルラーマの」

「青の」

あぁ、そう言えば青の国と名が被っている。

「我のいた土地の青の由来は、青い熊のことの」

「!?」

更に驚かれた。

眠る母親を気遣って、口に手を当てて声を押さえている姿は、健気で愛らしい。

地図を指で辿り、こう道を辿ってきた来たと教える。

少女は、青の国が初めての旅で初めて訪れた国だったから、お隣なのに、色々違ってびっくりしたと。

狸擬きとの出会いを聞かれ、

「森でたまたま会って勝手に付いてきた」

と答えると、クスクス笑われる。

ぬぬ?

冗談だと思われたのだろうか。

青の国への旅行は、少女の誕生日祝いも含まれていたらしい。

誕生日。

そういえば、以前、我の男に、我等の誕生日を聞かれたことがある。

「正確な日付はなくとも、何の花が咲いていた時期か、くらいも分からないものか」

と問われ、

「?」

「フーン?」

狸擬きと共に首を傾げた。

狸擬きは、獣の繁殖期からして、自分は新緑の時期に生まれたのではないでしょうかと。

我は、そもそも自分が人であったかも、小豆から生まれたのかも曖昧なのだから、首を傾げるしかない。

男自身は、弟と一緒に祝われると聞いたけれど、

「……の?お主は双子の兄の?」

「あぁ」

なるほど、同時に祝われるわけだ。

あのいつかの牧場村のように、合理性が理由で村の子供たちの成長をいっぺんに祝ってしまおうとは、また違う理由だった。

「弟とはあまり似ていないんだ」

二卵性か。

双子自体は存在はするけれど、こちらでも珍しいらしい。

そして別々に生もうが同時に生もうが、それ以降は子供は授からず。

「の、それは種を取り替えてもダメのの?」

「……種」

男が、口に煙草でなく、土でも含んだような顔をした。

「フーン」

主様、お言葉はもう少しお選びくださいと狸擬き。

「ぬ、これ以上ない解りやすい言葉を選んだだけであるの」

「フーン」

なぜない白眼を剥く。

「……んん。その、相手が変わることで、子の数が増えるならば、もう少し、3人目の子供の数が増えている、と思う……」

とてと歯切れが悪い。

どうやら、この世界でも、若干の奔放さはある模様。

「そろそろ寝よう」

その時は、その話は切り上げられておしまいになった。

「旅をしていて大変なことはある?」

少女に問われ、

(大変なこと……)

そうの。

「男が、我の服や装飾品を無尽蔵に買おうとするのを止めることかの……」

溜め息が漏れると、少女も、

「私のお母様も、私だってあなたの服を選びたいのに、じじ様とお父様が必要以上に買うから、私が選べないって言ってる」

とクスッと笑う。

「ののぅ」

どこも変わらないらしい。

「おとこ……?お兄さん、ではないの?」

翡翠の瞳をパチパチして聞かれた。

「の……」

無難に兄と言うべきか、と迷っていると。

不意に。

我も、狸擬きすらも、それは何も感じない予測もしない不意打ちで。

「……!?」

船がドーンッと衝撃を受け、狸擬きと狸擬きを枕にして寝ていた母親も、

「!!」

ハッと身体を起こしつつ、腹を押さえている。

テーブルのグラスが滑り倒れるも、床は分厚い敷物が敷かれており割れることはない。

衝撃は、たった一度だけ。

「……なんの?」

一度だけとは言え、今の揺れでは、茶屋やレストランも、小さくない被害が出ているのではないか。

「フーン」

大きな生き物と、船がぶつかった模様と思われますと寝坊助狸。

生き物?

大きめの船が悠々と浮かぶ、大きな大きな川ではあるし、大きな生き物がいても不思議ではないけれど。

このお船にぶつかり、お船が衝撃を受ける程に大きな生き物?

「……船に損傷はあるか分かるかの?」

「フーン」

感覚でしか分かりませんが、ぶつかった生き物が大変に柔らかいため、船体の方は衝撃だけで済んでいるかと、と狸擬き。

優秀狸。

ざわめきに混じり、男が部屋に駆け込んできた。

「大丈夫か」

と、と我に両手を伸ばして胸に抱えてくる。

「平気の」

我の丈夫さは知っているであろうに。

おじじと父親もやってくると、それぞれに声を掛けているため、狭い廊下に出て、狸擬きの話を伝えると。

「……生き物?……この船を狙っているのか?」

「フーン」

いえ、敵意などは全く感じませんと。

船体の損傷の確認をするため、少しお船を停めると拡張期から知らせが入り、甲板には出るなとも言われたらしいけれど。

「の、ぶつかったその何かは、まだ近くにいるのの?」

「……フーン」

昏倒してる様子、と。

昏倒?

このお船には、お尻の方にも小さな甲板があるのを探索で確認済み。

男は、荷馬車の様子を見てくるとおじじたちに伝え、我等はバタバタしている船内を横目に、お船の後ろへ向かう。

が、

「鍵……」

当然、施錠されている。

あの海のお船の様に、気狂い(きぐるい)鳥共が襲来した時の様な緊急事態でもなく。

力業で壊すのはと流石に躊躇うと。

「フーン」

意識が朦朧としている生き物が、また船体にぶつかる可能性もありますと狸擬き。

仕方なし。

やはり鍵開けの技を磨かなければと、内心で船員に謝りつつ、バキッと取っ手を壊す。

小さな甲板は、客が出る作りでないせいで、柵もそう立派でない。

「……お船の下にいるもの、聞こえるかの」

水面に声を掛ければ。

『……』

「お船は停まっておる。そのまま浮かぶとの、またぶつかるの」

『……』

「フーン」

主様の言葉が通じた様子と狸擬き。

「お主は、川の主か何かかの?」

『……』

ゴポゴポ……と大きな泡が立ち、しかしそれだけ。

残念ながら我は話はできぬらしい。

狸擬きが鼻先を水面に向け、耳を動かし、

「フーン」

わたくしめや主様程ではありませんが、ほどほどに長命な模様の生き物な様子と。

それはそれは。

「少し、話がしたいの」

『……』

館内に、精度の低い拡張器から船員の声。

船体の損傷はないけれど、船内の、主にレストランなどに少々の被害が出たため、先にある、緊急待避所に船を停めると。

それは都合がいい。

「フーン」

真下にいる生き物は、今は下へ下へ潜りつつ、気配を消していると。

何の生き物なのだろう。

一先ず船内に戻り、この壊れたドアの取っ手も、ぶつかった弾みで壊れたことにならないだろうかと思いつつ、おじじたちのいる個室に戻れば。

「いやはやとんだトラブルですな」

おじじはワクワクを隠しもしない。

母親も少女の肩を抱きつつも、お船に損傷がないと知ると、

「思い出深い旅行になったわね」

とケロリとしており、やはり見た目通りの女性ではないらしい。

一番顔色が悪いのが父親で、ケロリとしたいる我等に、

「いやはや度胸がありますね」

と、膝の上で握った拳には血管が浮いている。

緊急避難所という先の小港は、しかしこの大きなお船が停れるだけの大きさはあり、更に組合などもあるらしく、お船から小鳥が飛んで行くのが見える。

船員がやってきた。

謝罪を受けたけれど、偶発的なもので、決してお船のせいではない。

おじじの災難でしたなの言葉に、安堵の吐息と共に、降りてからの説明を受ける。

港まで着けなかった補償、先々へ手紙を飛ばす小鳥と宿の手配。

更に港まで陸路の馬車の手配と、なんとも至れり尽くせり。

我等も、やってきたもう1人の船員に、懇切丁寧な説明を聞かされたけれど。

自分達への補償は、船内で壊れた物の補填に当てて欲しいこと、馬車も必要がないこと、宿も必要がないことを男が伝え。

ただ、小鳥便だけは、せっかくだからと、仕事をしてもらうことにした。


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