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54粒目

少女は母親に促され、やっと紅茶に口を付けつつも、ケーキを食べる狸擬きを見るのはやめない。

父親が、

「娘がすみません……」

と溜め息を吐きつつ謝ってくれる。

どうやら、好奇心だけでなく、

「青の国で、動物を、特に狼を見て、うちでも飼いたいとせがまれたのですが」

ふぬ。

「今、妻のお腹には、2人目の子供がいまして。しばらく落ち着くまでは動物は飼えないと伝えたばかりだったのです」

おやの。

先刻の狸擬きの、

「あの人間の女から、何やらもう1人の人間の気配がします」

の言葉通り、腹に赤子がいるらしい。

まだ腹の膨らみは目立たねど、我等の視線に、母親ははにかむように、腹に手を当てる。

まぁ事情は解れど、自分には何ら知らぬ理由で相棒を持つことを拒否されたところに、狼とはかけ離れた生き物であれ、4つ足の生き物が現れ。

しかも、人と共に、

「フーン♪」

と、優雅に紅茶を嗜むとあらば。

年端もいかぬ少女が夢中になるのも仕方ない。

狸擬きも、少女の視線にも慣れたのか、

「フンフン♪」

とティーポットの紅茶をカップに注いでいる。

それにしても。

「ケーキがなかなかに美味の」

お船の上、そう期待もしてなかったのに。

スポンジの間に挟まったラズベリージャムもなかなかに好みで、自分でも作ってみたいけれど、ラズベリーが実るのは、いつの時期なのだろう。

少女がふと何か思い付いた様に、自分の胡桃のケーキを切り分け、狸擬きの方に差し出しているけれど。

「……フーン」

人の子供からの施しは受けません、と狸擬き。

酒であれば一も二もなく飛び付くであろうに。

男が、我等と会った人間には必ずされる一通りの、どちらからいらした、お仕事なのか的なことを訊ねられ、男がどれもふんわりと答えていると。

やっと少女がケーキを食べ始め。

我の方は、特におじじからの視線が刺さるけれど、無視して紅茶を啜る。

そのおじじたち一家は、普段からおじじが赤の国と青の国、茶の国までを行ったり来たりしており、今回、2人目の孫が生まれる前に、しばらくは旅行になど来られないだろうからと、母親の体調が少し安定している今、お隣の青の国にまで来たと。

少女は、初等部の2年生になったばかりで、若干、小柄な方はではあるらしい。

「小さいといつまでも抱っこ出来ますから」

と父親はニコニコ破顔し、それには男もうんうんと大きく頷いている。

母親はそんな父親の言葉に仕方なさそうに笑うと、

「あなたのその赤いドレス、とっても素敵ね」

と、幼子のものだからこそ、色だけでなくシルエットすらふわりふわりと非常に華やかなワンピースを褒めてくれた。

幾重にも縫われたパニエのお陰で椅子にクッションが要らぬ勢いで膨らんでいる。

「この子はそろそろ、恥ずかしがっちゃって」

ふぬ?

(恥ずかしい?)

「赤い服は小さな子とお年寄りしか着ていないから嫌だって」

ほうほう。

少女は、赤いカーディガンにプリーツスカート。

大変に愛らしいけれど、少女もお年頃なのだろう。

年寄りと言われるおじじからして、明るい灰色のスーツで、せいぜい胸ポケットのハンカチやハットの飾りが赤いくらいだ。

母親は唇を尖らす娘に小さく微笑むと、ちらとテーブルの男たちに視線を向け。

「あら、私は、お部屋で少し休んでいますね」

と腹を擦りながら立ち上がる。

お船の中にある、小さな個室を取っているらしい。

「あぁ、なら部屋まで送ろう」

父親が立ち上がり、娘は少し迷う素振りを見せ、それでも椅子から降りると、チラチラと狸擬きを振り返りながら母親と手を繋いで、茶屋を出て行く。

それを見送り、ポケットから煙草を取り出した男が、

「……」

煙草を挟んだ指を止め、苦笑いで肩を竦める。

「?」

「いや、どうやら彼女に、気を遣わせてしまったらしい」

(あぁ……)

母親は、男たちに煙草を吸わせるために退席した模様。

申し訳ないなと呟く男に、

「いや、彼女も吸っていたので、吸いたい気持ちが解るのでしょう」

とおじじ。

ほほぅ。

一見、清廉で淑やか、煙草とはとんと縁のなさそうな見た目であるのに。

人は見掛けによらぬ。

おじじは、自分も南の方まで行ったことがあるとのですよと男に話し、楽しげに、穏やかに話してはいるものの。

「……」

さりげなくもない我への好奇心は、全く隠せていない。

いや、隠す気もないのか。

「……我の情報は高いの」

と男に伝えて貰えば。

おじじは、ほぅと目を見開き、

「我が国自慢のアフタヌーンティーで如何でしょうか、レディ?」

と怯むことなく返事をしてくるものの。

なんとも。

「……我も随分と安く見積もられたものの」

「フーン」

全くです、と狸擬き。

男が伝えるまでもなく、狸擬きへ話し掛ける我の、とんと白けた表情、で察したらしい。

「これはこれは、度重なるご無礼を」

笑みが強張る男とは違い、おじじは楽しげに笑うと。

「では、何をお望みですか?」

と率直に聞かれた。

ふぬ。

「簡単の。我の瞳の色と同じ宝石が欲しいの、大きさは同様かこれ以上の」

蛇の報酬に比べたら、とんと小さく、我も随分と安いものである。

しかし。

それでも男の方はおじじに、

「非常に伝えにくい条件」

には変わらないらしく、

「すみません、小さな子供の冗談ですので」

と付け加えている。

けれどおじじは、男の言葉に初めて我を見た時とはまた違う固まり方をし。

男も、

「……?」

灰皿に煙草を落としながら、おじじに視線を向ける。

眉を寄せたおじじは、順繰りに我等を見て声をひそめると、

「……赤の国の赤の宝石の話は、もう大きく広まってるのですか?」

とこそりと囁いた。

「?」

赤の宝石の話?

おじじ曰く、今、赤の国では、赤い石が大流行しているのだそう。

「元々赤い石は、我が赤の国では、その名の通り、他の石より高い価値はありましたが、先日の第2王女の誕生日に、王様から赤い雫型の石のネックレスが送られ、第2王女の可憐な見た目も相まって、一気に人気が爆発したのです」

ほうほう。

確かに、流行に乗るのは楽しいものであるしの。

男は、

「その話は初めて聞きました」

と、素で驚き、少し考える顔。

多少ではなく、その話はきっと"ビジネスチャンス"なのだろう。

この世界、情報はまだまだ人の足だより。

街中の小鳥たちはおろか、弾丸鳥は組合が何とか所有する希少さで、普通の人間が仕事でも軽々しく持てるものではない。

まだ、赤の国だけの話であり、他国には大きくは伝わっていない。

我等も、赤い石はいくつかはある。

けれど、我の瞳と同じ色の宝石を、男が手放すわけもなく。

ほんの偶然とは、そして我等には特にいらぬ情報とは言え、どうにも耳よりな情報を貰ってしまったため。

ぬぬ。

(仕方なしの)

「我のことではなく、我のいた土地の話などなら聞かせるの」

おじじは、我の言葉を訳す男から新しい煙草を受け取ると。

男に、

「彼女は、君と同じ場所に住んでいたわけではないのか」

と不思議そうに訊ねている。

男は、

「その辺りは、濁させてください」

と曖昧に笑う。

「ううん、ガードが硬いな」

灰色髭をなぞるおじじ。

そう、我等は「いけず」なのだ。

狸擬きが、毛に埋もれかけている耳をチラと動かし、直後に、少女の父親が戻ってきた。

「父さん、何か失礼なことや不躾なことを訊ねたりしていませんか?」

さすが息子。

父親のことをよく解っている。

男は、赤の国のお話を聞かせて貰っていましたと答え、青の国はどうでしたかと父親に訊ねている。

彼等は狼の運動会へ行ったらしい。

宿も闘技場の近くで、ビオラ畑や森に乗り込んでいた我等とは、同じ国にいても、それぞれ真逆の場所にいた。

狼の運動会、精悍な狼たちが走り飛び跳ねる姿を見れば、それは少女も狼が欲しくなるだろう。

ふと、満足満足と腹を擦る隣の狸擬きを見て思う。

「……お主はいくらなら売り飛ばせるかの」

狼でなくとも、案外物珍しさで高く買い取って貰えるのではないか。

「フンッ!?」

我の呟きに、狸擬きが椅子の上で飛び上がった。


男が2人に、我が気にしている氷の島のことを訊ねると、

「氷の島、ですか?」

おじじにも父親にも、不思議そうな顔をされた。

青の国で聞いた通り、トナ鹿とサーモンが採れ、

「今の時期は、力自慢の男たちが出稼ぎで、後は旅人の方が向かっている様ですね」

ふぬ。

「今からの参戦でもトナ鹿は狩れるのかの?」

「氷の島は、殆どが山なので、トナ鹿は人より多いと言われてはいますから、狩りは出来ると思いますが……?」

主に冬に狩が活発になるのは、やはり冬が一番トナ鹿が美味であるからと。

「ほーうほう」

目を細めると、狸擬きが、ちらと我を見る。

そう。

そうなのだ。

我は、ここのところ、青の国を移動中、ずっと考えていた。

そして、ぼんやりと、こうも思ったのだ。

我はもう、

「自分には魔法を使うことが不可能な事実をより強く認識するために向かう赤の国、魔法の国へ向かうより、氷の島で美味しいと言われるトナ鹿を狩って、尚且つ、食べたい」

と。

そう、薄々でもなく、我はもう赤の国より、氷の島が楽しみになっていた。

なんなら赤の国は、茶葉だけ買い漁り、お茶をしたら通りすぎてもいい。

この先、幾多数多の手数は踏むけれど、いつかは必ず魔法は手に入れる。

けれど、それは「今」ではない。

もっと遥か未来の話。

今までの獣や人の話を聞いての結論である。

我が魔法を使えるようになるのは、赤の国で魔法の研究が進み、獣に魔法を付与できるくらいになってからだろうか。

広い世界、他の遠い国でも魔法の勉強をしている国は確実にあるでであろうし。

そして狸擬き曰く、我の力は僅かにでも濃度が増し続けている。

それは、より獣に近付いているのか、妖である力が増してるのか、万一にも人に近付いているのか。

そこは全く解らぬけれど。

いつか、力の臨界点を越えれば、何かしらがあるのではないかと思っている。

しかしそれも、まだまだ未来、先の話。

ならば。

今は。

「あぁ、氷の島といえば、少しおぞましいお話を聞きましたな」

とおじじの言葉に、思考が引き戻される。

おぞましい?

この世界には、全く似つかわしくない、滅多に聞かぬ言葉。

我がいるせいか、父親が、

「父さん」

とおじじを止めているけれど、おじじに、

「交換条件であるの」

とにんまりと口許を弛めてやれば。

男の溜め息混じりの通訳の言葉に、おじじもにんまりと悪い顔をして、教えてくれる。

「去年の冬だったか。たった1人で狩りに挑み失敗し、トナ鹿の尖ったツノに串刺しにされた旅人の男がいた」

ほう。

「トナ鹿は、倒れた人間を立派な2本の角の先で刺して、わざと人里まで降り、串刺しにした人間を見せびらかしてから、死んだ人間をそのままツノにくっつけて山の奥へ戻って行ったんだそうだ」

ふーぬ。

大変に悪趣味。

その死んだ人間は、山の中に転がされ、春先に起きてきた熊に食われ、骨や服やブーツの一部だけが残っていたのを、山深くの初夏に発見されたと。

(……人に比べて、獣の方が遥かに性格が歪んでおるの)

そやつは、元々独り者の旅人だったらしいけれど。

「まだそのトナ鹿は、山を悠々と闊歩しているとか」

狡猾そうな鹿であるからの。

そういう輩は、仲間を盾にしても生き残るであろうし。

その性根の悪さは、我とためを張る。

(いや、それでも我の方が上かの)

「ふふぬ」

とてもとても楽しい話を聞いた。

「……」

我は決めた。

唇を舐める我を、

「フーン?」

主様?

と狸擬きが不思議そうに見つめてくる。

我が。

氷の島で、そのトナ鹿を、狩ろうではないか。

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