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53粒目

こちらではどうやらビオラ程にはあまり話題にならない、緩い丘に咲き誇る水仙の群生地があり。

人もおらず、馬車を停めて眺め、散歩し、のんびりし過ぎて、陽が暮れてから隣の小さな街の、1軒だけの宿に泊まり。

翌日。

「ののっ」

人もいない浅瀬の川沿いの道に出れば。

「わほー♪」

「フーン♪」

ザルを持って駆け寄る。


「あーずき洗おか、へーびを狩ろうか♪」

「あーずき洗おか、鴨肉食ーべよーか♪」

しゃきしゃきしゃき

しゃきしゃきしゃき

「あーずき洗おか、カークテル飲もうか♪」

「あーずき洗おか、どーこへ行こうか♪」

しゃきしゃきしゃき

しゃきしゃきしゃき


ふふんふふん♪

ふふんふふん♪


男が地図を描き足しつつ。

大きな大きな、今は空っぽの放牧場を横目に、走る、走る。

「おや、また雪の……」

積もる程ではないハラハラとした雪がよく降る。

狸擬きの被るポンチョにも雪が落ち、

「フーン」

雪は続きますねと空を見上げる。

ぽつぽつと建物はあるし、家畜用の低い柵もあるけれど、雪のせいか人の姿も見当たらず。

小さな集落をいくつも越え、ただ淡々と道を進む。

この世界へ来てから、まだ二度目の冬は。

(お菓子のレパートリーが増えたの)

目に見える成果は、それくらいであろうか。


川沿いに建つ建物が見えてきたのは、薄曇りの昼過ぎ。

茶の国と青の国を繋ぐ河川港とは違うのは。

お船が、赤と青でしっかり色分けされていること。

「俺たちが乗るのは、赤の船だ」

こちらも川沿いに店が並び、なかなかに賑やかである。

「もう乗れるのの?」

「いや、その前に、君の、赤の国の服を見繕わなければならない」

のーぅ。

「荷台で服が嵩張って仕方ないのの」

「君の服は小さいから大丈夫だ」

それにしても限度はあるであろう。

この青の国で、男がセーラーカラーを気に入り、我用にあつらえたために、また服が増えているのだ。

川沿いの、小さめの服屋の扉を叩いてみれば。

「赤の国は、服は更に自由ですよ、年配の方は好んで赤を着ていますが若者は最近は特に自由です」

と、店の、男と同い年くらいの男が教えてくれる。

(ふぬふぬ)

我は中身はともかく、見た目は年配ではない。

では必要ないの、と踵を変えそうとしたけれど。

「しかしですね」

しかしとな。

「小さな子は別です、むしろ幼いうちに愛くるしい赤色を着せてしまおうと、赤い服がとても好まれていますし、何より可愛い。小さなお子様用のお洋服はうちが品数は一番、可愛い妹様のためにも、ここは1着と言わず、数着用意しておきましょうか」

青いシャツとパンツ姿の男がペラペラと捲し立てながら、これでもかと言うほど小さなワンピースやスカートを並べてくる。

色味が赤で派手なためか、形はどれもシンプル、きちりとしている。

色味が地味なためにレースやフリルなどが目立った茶の国とは逆の印象を持つ。

当然食いつくのは男。

「……の」

「解ってる」

「我の身体は、1つのの」

「あぁ、解っている、解ってる」

呪文のように唱えながら小さな赤い服を選ぶ男は、しかし絶対解ってはいない。

狸擬きは早々と長丁場になることを察し、店のガラス窓の前に鎮座するソファにぐてりと横たわり、うとうと微睡んでいる。

外を歩く人間が、

「?」

「ぬいぐるみ?」

と立ち止まり、ガラス越しに狸擬きを眺める者も少なくない。

これも男の娯楽と割り切り、我は大人しく着せ替え人形となり。

体力は無尽蔵にあっても、精神は摩耗することを知る。

そして、最後に選んだ狸擬きの赤い蝶ネクタイ3本は、

「こちらはサービスと致しましょう」

おまけになる程度には、服と小物が積まれていた。


梱包を待つ間、狸擬きと窓際へ向かい外を眺める。

人通りは多く感じるけれど、店員曰く、時期的にはこれでもまだ人はそう多くないらしい。

出ていくお船、帰ってきたお船を眺め、たまに吹く風に身を竦め道を歩く人々を眺めていると。

「……」

背筋の伸びた細身の長身おじじと、おじじと手を繋ぐ、襟の大きな赤い外套姿の少女が歩いてきた。

我より2つ3つ、年は上だろうか。

陽に照らされた目映い金糸の様な髪とつぶらな翡翠の瞳。

ふっくらした頬に、ぽてりとした唇。

なんとも、絵画の中の天使と見紛える可憐さ。

先にこちらに気づいたのはおじじだった。

ガラス窓の内側に立つ我の姿に足を止め、ちらと眉を上げて、じっと我を見下ろしてくる。

つられて足を止めた少女も、おじじの視線を追い、我に気づくと驚いたようにぱちりぱちりと瞬きし。

ガラス1枚を隔てた我等は。

天使と悪魔か。

「フーン?」

おじじと天使が、あまりに我をまじまじと見ているものだから、狸擬きが首を傾げると、

「!?」

ぬいぐるみが動いた?

とビクッとしているは、少女の方。

「お待たせ、箱は遠慮して布に包んでもらったよ」

「の?」

振り返れば、両手で持つ荷は男の頭の高さを越え、前が見えていない男の姿。

「のぅ。……紐を借りて狸擬きの背中にくくりつけるの」

「フーンッ」

お任せ下さい、と椅子から飛び降りる狸擬き。

狸擬きの背中に巻き付け終わる頃には、ガラス窓越しのもう2人はとうにおらず。

「またのご利用を!」

とホクホクとした顔を隠さない店員に見送られ。

荷台に荷物を積み、店員にお勧めされた川沿いの茶屋で三段重ねのパンケーキを食べ。

「荷馬車の乗る船は、今日はもう出ないらしい」

「……服選びに時間を掛けすぎであるの」

「……」

川沿いの宿に落ち着くと、男に地図を広げて貰い、

「赤の国は、少し出っぱっているの」

「あぁ、この先の出っぱりから、氷の島と、水の街への船が出ているらしい」

詳細な地図は赤の国に入らないと手にいれることは難しいとも。

「どうした?」

「のの、黒子はもう赤の国にいるのか気になったの」

「あぁ、どうだろうな」

夜は、川の音を聞きながら眠り。

あの少女とおじじと再び会ったのは、翌日の、お船の中だった。


「なんとも、随分と立派なお船の」

「荷馬車が乗る、一番時間の船のチケットを頼んだらこの船だった」

南の国から乗ったお船に比べれば遥かに小さいけれど、豪華さは少しばかり劣る程度。

そう長い旅路でもないのに、テーブルにクロスの掛けられたレストランがあり、茶屋もある。

代わりに屋上はなく、外には出られるのは、先頭の甲板くらいか。

同じお船に乗り、同じようにお船の見学していたらしい、あのロマンスグレーおじじと、天使と見紛う少女と会ったのは、お船の中の茶屋の前だった。

ただ、おじじと少女は2人きりでなく、少女の両親と思われる、若い夫婦も一緒。

愛くるしい顔立ちと金髪は母親から翡翠の瞳は父親から受け継いだと一目で分かる。

一方こちらは、正体不明の異国の男、更に異国の我、見慣れぬ間抜けな見た目の生き物。

ただの1つも、

「正しい家族、集まり」

(てい)を欠片もなさぬ我等。

それでも。

「あぁ、こんにちは。昨日、お姿は拝見しておりましたが、ご挨拶をさせて頂くのは初めてになりますな」

ここは優しき世界。

おじじは、ただ人のよさだけでなく、隠さぬ好奇心でニコニコと挨拶してきた。

少女の父親と思われる男が驚きつつ。

「父さん、お知り合いのお方なのですか?」

さすが親子。

父親も、我等に警戒するよりも、その翡翠の瞳に浮かぶのは見知らぬ者への興味一択、母親も、あら、とおっとりと微笑みつつも、気にしているのは我の黒髪か。

目が合えば、その見た目の期待を裏切らぬ、聖母のような微笑みを見せてくれる。

父と共に男と挨拶をした父親は、我の前に屈むと、

「はじめまして、小さなレディ」

と片手を差し出してくる。

黙って手を握ると、真剣な顔で、

「……君をそのままの姿で小さなお人形にしたら、とても売れるのではないだろうか」

と、多分、褒めてくれた。

隣に立った母親も、

「魅力的な髪色、瞳の色も初めて見たけれど、着ている赤のドレスの色とぴったり合って素敵だわ」

と、惜しみ無く褒めてくれる。

ふぬ。

褒められるのはやぶかではない。

その母親に、あなたもご挨拶をなさいと促された少女は。

我等を一通り眺めたあと、祖父と繋いでいた手を離し、

「は、はじめまして」

カーテシーをしてくれる。

伏せた瞳を上げ、しっかり目が合ったため、

「はじめましての」

我はなにもせず、言葉だけを放つと。

「……」

流暢に言葉を話す男と違って、我の言葉は全く言葉が通じないためか、少しばかり驚かれる。

男が、彼女は、言葉がほとんど通じないと伝えたけれど。

「あぁ、とても涼やかな声をしていますね」

父親がそつなく褒めてくれ、おじじに、良かったらとご一緒にどうかと、お茶に誘われた。

男が、どうする?と我に訊ねて来たため、よいのと頷けば、誘いを受け入れられ、一番うきうきとはしゃいで茶屋へ急ぐのは祖父。

狸擬きが、先を歩く母親を見てふと立ち止まり。

「フゥン」

主様、と我を見つめてくる。

おやの。

「どうした?」

立ち止まっている我と狸擬きに、男がおいでと振り返る。

「の」

男にこそりと、まぁこそりとしなくても男以外には聞こえないけれど、一応伝えれば。

「あぁ、気を付けよう」

頷き、我を抱き上げてくれる。

まだ人は少ない茶屋。

同じテーブルに着き、狸擬きがもさりと椅子に座るのを驚かれるのは、とっくの昔に慣れたけれど。

「……」

少女の食い付きが尋常でない。

隣に座られ、じーっと至近距離で見つめられれば、さすがの狸擬きも、

「……フーン」

何ですか、この人間の子供は、と居心地悪そうにもぞもぞ尻を揺らす。

「しばしの辛抱の」

すぐに慣れる。

我の言葉にスンと鼻を鳴らした狸擬きは、諦めた様にメニューを広げ、

「フーン?」

紅茶の中に、更にいくつも種類があるのですか?と不思議そうに首を傾げる。

「ふぬ。これは、すとれーと、で飲むのがお勧めとあるの。こっちは牛の乳を垂らすと美味と書いてあるの」

「フーン」

悩んだ末、主様と同じものにしますと狸擬き。

「ふぬ」

青の国で食べた胡桃のケーキもあるけれど、

「の、我はこのケーキが食べてみたいの」

メニューには絵が描いてあり親切である。

狸擬きを見つめる少女は、

「夢……?」

とでも言いたげに、目の前に置かれたメニューには見向きもせず、見慣れぬ獣が、キョロキョロと店内を見回す姿から視線を離さず。

母親が嗜めやっとメニューを開くも、今度はメニューで顔を隠しながら狸擬きを見ている。

好奇心は祖父と父親似と見た。

男が、

「彼は、彼女のいた遠い国の、少し変わった狸です」

と大人たちに話し、

「そういうものもいるのだろう」

と割りきれる大人たちと違い、

「凄い、凄い」

と狸擬きに夢中なのは幼き少女。

男は、未だ続く少女の、メニュー越しの狸擬きへの熱視線に苦笑いしている。

そう待たずして、牛の乳が合うとある紅茶と、スポンジにラズベリージャムとクリームがたっぷり挟まれたケーキが運ばれてくると。

「フーン♪」

狸擬きは、少女からの伝わる視線での居心地の悪さよりも、目の前のケーキに視覚と嗅覚を奪われ、フォークを持てば。

「フンフン♪」

器用に切り分け刺し、口に運び、

「フーン♪」

大変に美味です、とご機嫌に鼻を鳴らした。

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