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52粒目

出発の日。

雪が降り出しそうな曇り空の中、宿の女将に挨拶して出発。

街へ向かい、まずは開店前の忙しい時間で申し訳ないけれど、かしまし娘の店へ向かい。

ノックしてドアを開くと、

「……♪」

群青狼が出迎えてくれた。

狸擬きと店の中をくるくると駆け回っていた時が懐かしい。

エプロンを着けていた娘が、男の姿に気付き、パッと笑顔を見せて駆け寄ってきたけれど。

「……え?出発?はぁっ!?これから!?」

と悲鳴のような声を上げられ、カウンターの内側にいた両親も慌てて出てきた。

「え?なんで?もう?早いよ!!」

お別れ会もまだなのに!!

と慌てる娘。

(のぅ……)

この国では、別れ際の儀式が必要なのか。

そう言えばダンディもそれらしいことをしてくれた。

「すみません、先を急ぐので……」

男の、やはり全く狼狽えない、絶えず穏やかなその返答に、

「……なんで」

娘は、大きな溜め息と共に、酷く顔を歪めたと思ったら。

「……」

いつものかしましさはどこへやら。

俯いて、静かに涙を流し始めた。

「フーン……」

娘の肩を抱いて慰めるのは父親と、足許にするりと身を寄せるのは群青狼。

母親がいないと思ったら、畳んだフリルのエプロンと我と狸擬きのホワイトプリム、メイドカチューシャを、我に差し出してくれた。

「の……」

それは、長年大事に取っておいた物であり。

「そう遠くない未来できるであろう、孫に使って貰うものではないのかの?」

受け取られずに訊ねれば、

「その時には、また仕立てるわ」

私にとっては、あなたも大事な孫みたいなものよと、伸びてきた母親の手で、優しく頭を撫でられた。

ぬぬ。

何とも、情が深いの。

狸擬きは嬉しくないだろうけれど、狸擬きのホワイトプリムも受け取り、代わりに焼いてきたパンと焼き菓子を渡せば、

「あらあらまぁ嬉しい、大事に食べるわね」

とても喜んでくれた。

狸擬きは、フンフンと、寂しそうに狼と別れの挨拶をしている。

娘は唇を噛み締めて、何も言わずに、ただ床に涙を落とすだけ。

店は今日も開くであろうし、

「……お忙しい時間でしょうから」

男が、そろそろ行こうかと我の手を繋ぐと。

「……ま、また」

娘の震える声。

「また絶対、遊びに来てよね……っ!!」

エプロンを強く握り、俯いたまま声を震わせる娘に手を振り、見送りはここまでで大丈夫ですからと、店を出て扉を閉めると、声を上げて泣き出す娘の声が聞こえてきた。


そのまま、少し離れた若造の店へ向かうと、髪はまだ上げてはいないものの、店の扉を開けて、店の掃除している若造の姿。

こちらに気付くと、

「お、何、今日は早いじゃん、あ、もしかして酒買いに来た?」

とやってたため、馬車から降りた男が出発だと答えると、

「はぁ!?」

その場で飛び上がる。

「え、あいつのところは?」

あいつ。

かしまし娘のことだろう。

「挨拶しろと念を押されていたので、先ほどご挨拶には伺ったよ」

我を抱えながら返事をしている。

「ええー……?」

何が、ええー……だ。

若造にそんな引かれる顔をされる覚えはない。

「薄情ってか、旅人ってみんなそんなもんなの?」

盛大な見送りをすることでも考えてくれていたのだろうか。

「言ってくれれば、店を貸し切りくらいにはしたぜ」

のぅ、御免被る。

我の眉間に寄った皺を見て、

「ははっ変わってんなぁ」

と仕方なさそうに笑うけれど、そんな若造は。

少しの変化は見えていたけれど。

(一皮剥けたように思えるの)

反抗期が終わった、そんな感じだろうか。

「なぁ、あんたらの旅の目的、なんなの?」

真顔で問われた。

「魔法の研究です」

男が淀みなく答える。

「魔法の、研究?」

鸚鵡返しされた。

「あぁ。この子がいた場所は、識字率なんて言葉は存在しない程の田舎で。なので、魔法の勉強には全く適しておらず、勉強もしようがなかった」

「へーっ」

若造は、当然、何やら色々と聞きたそうにしてるため。

そしてそれに答えるのは面倒だしそれを避けるために、

「世話になったの」

と、焼いたパンと、焼き菓子を押し付け。

「お?」

「ではさらばの」

と手を振りかければ。

「いやいや待てよっ!少し寄ってけよ!!」

と引き留められ、もう掃除は終わったからと中に誘われ、カウンターを勧められた。

「いいんですか?」

「いいよ、もう最後なんだろ?あんたたち、うちの店、随分贔屓してくれてたしさ」

若造は、カウンターに立つと、狸擬きには冷えた白ワインを、男には琥珀色の液体が注がれたグラスを、我にはまた赤い、桃色の小さな花弁が浮かんだカクテルを出してくれた。

「のの♪」

飲むのを躊躇うくらいに、とても愛らしい。

愛らしいものに目が無い我がほうほうと見惚れていると、若造は、

「朝から花を摘んできた甲斐があったよ」

と笑う。

のの?

朝から。

「華やかになるしさ、サングリアに使おうと思ったんだ」

サングリア風にも、と付け加えられ、

(あぁ、あの三つ編み女ための)

なるほどのと合点が行く。

まぁ、三つ編み女が、花弁が萎れぬうちに来てくれるかは謎であるけれど。

かしまし娘と違い、三つ編み女は奥手そうであるからの。

カクテルの愛らしさをしっかり記憶に保管してから、口に含めば。

(ふぬん♪)

「美味の♪」

「だろ?」

狸擬きも、最後だからか、さすがにカパーッと流し込む愚行はせずに、チビチビ飲んでいる。

「魔法の研究かぁ。……あぁ、だから赤の国へ向かうのか」

「えぇ」

「でも、氷の島へも行くんだろ?」

「はい。どこにヒントがあるかは行ってみないことには分からないので」

「現地調査か」

規模がでっかいことしてんだな、と、到底信じられないと言った顔もしているけれど、こやつに信じて貰えずとも、なんの問題も不都合もない。

「お主は、あの娘のように、学校卒業後の旅行とやらには行かなかったのの?」

問うて貰えば。

「俺は早く店の仕事覚えたくて行かなかった、でもあいつから旅の話聞いたら、少し行っとけば良かったかなって思ってるよ」

と、それでもそう後悔もなさそうに教えてくれる。

そんな仕事熱心な若造の作ってくれた、愛らしく、そして美味なカクテルを名残惜しく飲み干し。

こちらも仕事の邪魔をしてはいかぬのと、

「そろそろ行くの」

と、男の袖を引けば。

そうだなと男がコインを出そうとしたけれど、

「なんだよ、これは奢りだよ」

とカウンターから出てきて若造が笑い。

「フン!?」

案外話の分かる若造ではないか!

と尻尾をくるくる回して喜ぶのは狸擬き。

一方、躊躇する男に、

「いいからいいから」

と若造は笑いながら我等店から追い出すと。

「あ、あのさ」

「の?」

振り返った我等に。

「……あ、ありがとう!!」

驚く程の大きな声で礼を言われた。

「色々、その、全部は言い切れないけれど」

感謝してる、あ、してます、と目を伏せる若造。

何をだろうか。

男が何かしたのだろうか。

内心首を傾げる我の隣で、

「フーン」

酒が美味だった、最後の奢りの白ワインは、格別に美味だったと狸擬き。

狸擬きの言葉を、我伝に男が若造に伝えれば。

若造は、目を見開いた後に、おかしそうに身体を揺らし、

「次にあんたらが来る時はさ、もう少し大きくなってるお前にも、また酒を奢ってやるよ」

と、我の前に屈んで、ニッと笑った。

そう。

なんの憂いもない、邪気もない、晴れやかな笑顔で。

(……あぁ)

「……そうの」

そうであるの。

男が、

「……行こうか」

静かな声で我を抱き上げる。

小さな笑みを浮かべて。

「フーン」

自分にも奢れ若造、と狸擬き。

強がりも、険も刺もない笑顔で、大きく手を振ってくれる若造に手を振り、気まぐれに吹くからっ風に身を縮める歩道の人間や、馬車とすれ違いつつ、我等は街を抜けて行く。


三つ編み女は仕事だろうかと思いつつ郊外へ向かうと、森を横目に進むと、ポニーの小屋の、更に隣の建物から、狼が飛び出てきた。

「♪」

「フーン♪」

色々な染料で染まったエプロンを着けて、

「ちょっと、どうしたの?」

と、小屋から出てきた三つ編み女は、我等の姿に、

「わわ、もしかして遊びに来てくれたんですか?……うええ!?出発!?」

三つ編み女は、今日は午後から仕事で、午前中は趣味の染料に精を出していたと。

「と、とりあえず中へ」

と、部屋に勧められ、

「急でびっくりしましたよ」

と温かい紅茶を勧められる。

三つ編み女にも、パンと焼き菓子を渡すと、

「うわぁ、凄い美味しそう……っ」

ごくりと喉を慣らし、灰色狼も鼻先を突っ込んで匂いを嗅いでいる。

そして、

「もうですか、早いなぁ、寂しいなぁ」

と別れを惜しんでくれていた三つ編み女は、

「最後に、狸ちゃん撫でさせてもらってもいいですか?」

と。

狸擬きは、

「フーン」

許可すると上からな物言いで三つ編み女の隣に向かうと、三つ編み女は、

「わー、狼と違う」

撫でると言うよりも胸に抱き締めつつ、頬擦りしてたけれど。

「フーン……」

「あっ!そうだっ!」

ガバッと顔を上げ。

「一番大事な用事を忘れてました!」

と声を上げ、立ち上がると壁の棚に向かい。

「ごめんなさい、大事な報酬のお話です!!」

実はあまりに大きな金額になってしまい、金額に見合うだけの宝石になりますと、私たちだけだは判断が出来かねず、蛇皮を買ってくれた方、宝石店の方と、換金屋の方にもお願いしていましてですね、と早口で捲し立てられ。

「それで今朝、届いたものがこちらです」

と、テーブルに置かれたのは男の手の平の大きさ程の凝った箱。

中は布が敷かれ、

「ふぬ?」

「フーン」

狸擬きもこちらへやってきた。

赤い宝石が2つ。

男はじっと宝石を眺め手に取り、

「問題ありません」

確かにと頷き、にこやかに頷き、箱を閉じているけれど。

(ぬぬ)

我には解る。

報酬のお話です!と娘が声を上げた時。

男の見せた素の驚きと僅かな動揺は、本物だった。

そう。

こやつは。

(素で報酬を受け取ることを忘れておったの……)

我の頑張りをないがしろにしている、と言っても過言ではない。

男に向かって、むぅぅと頬を膨らませてみせるも。

男は我には横顔を見せるだけ。

「卸し場へ来てくれた業者さんがですね、蛇皮だいぶ高値で買い取ってくれまして。この結果を街と国に報告し、国に街に蛇が多いのを逆手に取り、蛇革をこの街の名物にすれば、毒蛇の対策して蛇を狩る人も少しは増えてくれるはずって思っていまして」

と張り切る三つ編み女。

なんと。

小柄な身体でもタダでは起きないその逞しさに、男にむくれるのも忘れて感心してしまう。

この国に色々と思うことはあれど、この三つ編み女は、いや、三つ編み女だけでなく、若造も、あのかしまし娘も、この国と、この街のことが、とても好きなのだろう。

「あとの心残りは、是非、両親にも会ってもらって、両親からもお礼を言って欲しかったんですが……」

まだもう少し帰ってきませんね、と指折り数える三つ編み女。

「いえ、ご両親には、そのうち、あの彼を会わせてあげて下さい」

とニコニコして放つ男の言葉に、

「うはぅ!?」

珍妙な声をあげて生き物の様に跳ねるのは太い三つ編み。

三つ編み女は、その太い三つ編みを頬に当てて、

「でも……」

ともじもじ。

ふぬん。

男と、狸擬きとそれぞれ顔を見合せ。

そう言えば、三つ編み女も、大事な趣味の作業中のはず。

紅茶を飲み干し、早々と(いとま)を告げ外に出ると。

男に頼み、荷台から我等の食事分として焼いていたスコーンの入った小袋を、三つ編み女に渡し。

「あの若造に、世話になった礼を渡し忘れていのの、お主が代わりにこれを届けて欲しいの」

男の通訳に、

「ふうぇっ!?」

また面白い程に飛び上がる。

「日持ちせぬから早めにの」

あわあわしている三つ編み女に構わず馬車に乗れば。

「♪」

灰色狼は、千切れて飛んで行くのではないかと危ぶむくらい、尻尾を振ってくれている。

「またの」

「フーン♪」

あの灰色狼は。

我の力で長命になってしまうのかと狸擬きに問うてみたけれど。

「以前も申し上げましたが、主様のお力は途方もなくお強いものですが、一度きりでしたら、現状の病から解放される程度で、寿命などには影響は御座いません」

と。

「フーン」

ただ。

「ただ?」

「フーン」

主様のお力は徐々に強くなってございます故、この先どうなるかは、わたくしにも解りかねます、とも。

ほほう。

そんなことを話していると、男が、

「少し我慢してくれ」

と我と狸擬きに布を渡してきた。

「の?」

隣の街へ行くのに、彼女の仕事先、卸し場へ向かう道を通るんだ、しばらく鼻と口を塞いでいてくれと。

狸擬きの鼻先を布で包むように結び、我も頭の後ろで鼻と口を覆うように布を結ぶ。

「……ほほう、思ったより立派な建物の」

卸し場は敷地は広く焼き場もあり、あの三つ編み女の両親は案外やり手なのだなと思わされる。

狸擬きは、黙って眉間に毛を寄せているけれど、解体された獣たちの恨み辛みでも見えているのだろうか。

そう言えば、我に憑いた毒蛇たちの残滓は、もう消えたのかどうなのか。

トコトコと卸し場を通り過ぎ、我等はまた、次の街へ。

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