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51粒目

かしまし娘は、

「もー!!ずっと君たちを待ってたんだからっ……」

と、こちらを指を差しつつ、元気一杯にズカズカやってきたけれど。

我等と同じ席に座る、ふわふわの髪、小柄な身体を白いセーターと長いスカートに包ませた、何とも素朴な魅力のある三つ編み女の姿に。

「……ね?」

面白い程固まり。

一方、こちらはつまらない程に狼狽えない男が空いた椅子を引いて、固まる娘に、

「こちらにどうぞ」

にこやかに促せば。

「ハ、ハァイ……?」

と何とか持ち前の人懐っこさと明るさで、三つ編み女に挨拶している。

「なー、今日も料理は適当でいいの?」

若造がやってくると、テーブルを見回し。

頷く大人たちに、

「今日も?」

と娘が聞き咎め、男と若造がさっと目を逸らすと、娘はあからさまに唇をへの字にしている。

そんな空気に少しそわそわしている三つ編み女の隣で、自分こそが彼女の騎士なり、と言わんばかりに背筋を伸ばしている狼に対し、

「フーン」

早くしろ若造、とテーブルを肉球でポスポスするのは狸擬き。

なにやら。

(……我は、初手から従獣の選択を間違えた気がするの)

今からでもどこかに捨て置くかと考えれば、勘のいい狸擬きは椅子の上でぶるりと震え上がる。

そして若造は、狸擬きの言葉は解らずとも、狸擬きの身振り手振りで言っていることは解るらしく、

「ただいまお持ちしますよ」

と苦笑いしたのち、最後に我と目が合うと。

「……っ」

それとは分からぬ程度に瞬時硬直し、若造本人も、

「……?」

なぜ自分は今固まった?

と不思議そうに首を傾げながら、カウンターへ戻って行く。

(ぬぬ?)

男が娘に煙草を勧め、三つ編み女も含め、一見人間たちが和やかに話し始めたため。

「の」

「フン?」

なぜ若造は、我を見て変な緊張を見せたのだと狸擬きにこそりと問えば。

「フーン」

あの若造は、一昨日夜の一幕のことを忘れています、と。

「の?」

記憶が抹消される程、それくらい若造にとっては恐怖だった様子、と。

そこまでか。

シティボーイというのは、軟弱極まりない生き物。

「フーン」

それでもですね、

「主様に何か怖いことをされた」

と言う記憶だけは、若造の心の奥底で"学習"と言う形で残り、瞬時本能的に怯えられた模様、と狸擬き。

「ぬん?怖いのは我ではなく、蛇であろうの」

「フーン」

したり顔で蛇たちの塊を見せたのは主様でございます、と。

「のーぅ」

1つも反論出来ぬ。

まぁ若造1人に怯えられたところで、もう後は数える程にしか会うこともなく、特に都合が悪いこともない。

我と三つ編み女には、今日は白ブドウのジュースで作られたサングリア風の飲み物。

男と娘は赤ワイン。

狸擬きは、

「お前のは少し水で薄めた」

と、琥珀色の酒を水で薄められたものを見せられ、当然、かさ増しされたグラスに不満そうだけれど。

「どっかの遠い国では、こうやって飲むこともある、と聞いたことがあるんだよ」

薄い分、ごくごくイケるから気を付けなと、少し薄い琥珀色の注がれたグラスを置いていく。

三つ編み女は、サングリア風のジュースを、

「すごく可愛い」

と喜び、若造は、

「あ、その。君が気に入ったなら、また作るよ」

(のの……?)

やはり、我等や娘に対してとは、全く違う、柔らかな声を出す。

その表情も、無駄に力が籠らず、穏やかな父親や兄に近くなる。

おやの。

娘も男もそれに気付き、特に娘はあららと、まるで姉か母親のような見守る眼差しになり。

我の男はとても大人なため、それには気付かないふりで、また新しく煙草を火を点けているけれど。

三つ編み女が、

「素敵なお店を教えてくれて嬉しいです」

それに、君と一緒に来られるのも嬉しいなぁ、と隣の、狼用の低い箱に座る狼の頭を撫でれば。

狸擬きと負けず劣らず、豪快にワインを飲み干した娘は、

「どうやらこの三つ編み女は、自分のライバルではないらしい」

と鋭く察し。

にこやかに、尚且つフレンドリーに三つ編み女に灰色狼のことを訊ね、徐々にテーブルも和み始めた。


アスパラガス、橙色のさつまいもを薄く焼いたもの、カリカリに揚げられた小魚の前菜などが運ばれ。

狼には、狼用の肉と水。

狸擬きは、マスターや若造の兄が、男に対し、連日のご利用の礼を含めた挨拶に来る度に、

「フーン」

同じものをおかわり、とグラスを見せている。

水で割ったことでゴクゴクと喉に流し込めるのが気に入ったらしい。

我は、若い女が2人もいる、何とも華やかなテーブルで、黙ってグラスの中の果物を、フォークで刺して口に運ぶ。

我は知っている。

我等の食事の場が賑やかになればなるほど、その土地との別れが近いことを。

ぐいぐい来る娘に対して、見た目より年を重ねている三つ編み女は、娘をさらりも受け止め、男は、自分が娘の標的から外れていることに露骨に安堵している。

「今日は美味しいのが入ったそうなので、どうぞ」

と、テーブルに鴨肉が置かれた。

「のの♪」

そしてもう何も言わなくても、狸擬きの前にはおかわりの水割り。

なるほど、店にとっては上客の部類。

男に、鴨肉を手前の皿に乗せて貰い。

「ぬんぬん♪」

(レストランで食べた鴨肉より更に血の味が濃くて良いの)

切り分けずに口に含み、美味、美味♪と口いっぱいにむぐむぐしていると、

「ぬぬん」

伸びてきた男の手で、鴨肉のソースで汚れた口許を拭われる。

そんな姿を見ていた三つ編み女に、

「お兄さんは、妹さんをとても大事にしているんですね」

とクスリと笑われ。

それに答えたのは、男でなくかしまし娘。

「そう!もう大事にし過ぎ!周り全っ然見てなーい!!」

と声をあげる。

この店に似つかわぬ音量に、マスターや兄は慣れっこなのか、他の客に、大変失礼いたしました、と静かに声を掛けている。

若造だけが、

「うるさい」

と酒と追加の鴨肉を持ってやってきたけれど、

「なーによ、ほんのつい最近まで、私の後ろくっついてたくせにぃ」

と娘は不服そうに頬杖をつく。

「……い、いつの話だよ」

(……ぬぬ?)

どうやら、かしまし娘は、若造の気持ちに気付いていて相手にしていなかったのではなく、本気で、若造の気持ちに気付いていなかった模様。

(なんと)

そして、今の若造は。

男でも花が咲いたようなと、例えてもいいのかと思う程の笑みで、はにかむ三つ編み女と、楽しげに話してる。

狼は、邪魔者は退散とばかりに箱から降りて狸擬きの隣に来ると、

「フン?」

狸擬きの飲む酒が気になるらしく、狸擬きの持つグラスの匂いを嗅いでいる。

狸擬きは、

「フーン」

これは大変に飲みやすい、水割りと言う代物です、と狼に解説しつつ、またカパーと喉に流し込んでいるけれど。

「……お主の」

「フン?」

「そろそろ酒代は別会計にするのの」

と冗談でもなく伝えれば。

「フッ!フーンッ!?」

ご無体な!!

の叫びに、狼がフスッと笑っている。


そして。

若造に釘を刺されたにも関わらず、アホ狸は全くペースを落とさずに飲んでいたため、

「やーん、ふらふらして可愛い~」

「あらら、飲み過ぎちゃったのかな?」

と、娘と三つ編み女に笑われるくらいに、文字通りの千鳥足でドアへ向かうも。

馬車の荷台にも上がれず、

「フーン……」

呆れる男に乗せてもらい。

病み上がりの灰色狼の方がスマートに荷台へ飛び上がり、荷台で仰向けになってる狸擬きを心配している有り様。

かしまし娘は、

「うちにもご飯食べに来てね、サービスするからね!」

と三つ編み女とあっさり打ち解け、

「うちにもちゃんと『挨拶くらいは』来てくださいね」

そろそろ出発が近いと話した男に、眉を寄せて唇を尖らせているけれど。

「あ、あぁ……」

(お主の店には散々行っただろうの)

働き手として。

我等が馬車を出さないと、若造がいつまでも娘を気にして店に戻らないため、

「おやすみなさい」

と挨拶して馬車を出す。

「もう、他へ行かれるんですか?」

三つ編み女に白い息を吐きながら聞かれた。

「えぇ、本当はあの娘さんに挨拶だけして、すぐに出るつもりだったんですが……」

そうは問屋が卸さなかった。

三つ編み女は、

「私は、あなたたちが長くいてくださるお陰で、蛇狩りを依頼することができましたし、街に出る切っ掛けも出来たので、本当に良かったし嬉しかったです」

と、星の見えない曇り空を見上げる。

「狼のこともです。いきなり元気になって、もちろん嬉しかったけどあのままだと理由が解らなくて不安だったと思うから、あの場に居てくれて感謝してます」

(ぬ、ぬん……)

情報が全く伝わらない世界で良かった。

適当も嘘八百も、大半は信じて貰える世界。

三つ編み女と狼を送り届け、

「……の」

男の煙草にマッチで火を点ける。

「ありがとう」

「いつ出発の?」

「明後日かな」

「の」

過ぎてみれば、どこもかしこも、あっという間の過去になる。


雪は降らず、ただ風が強く吹き(すさ)ぶのは翌日。

朝から、丸いパンや、パウンドケーキの型でもパンを焼き。

途中、寝室から、

「フーン……」

水、水を下さい……と4つ足をピクピクさせている狸擬きの口に水を注ぎ。

男は、風呂場でナイフを研いでいる。

木の実入りのビスケット、スコーンを焼き。

午後も遅くに起きてきた狸擬きもテーブルを囲み、ホットケーキでランチ。

「フーン?」

たくさん作ってますねと狸擬きに訊ねられ。

「お礼の分の、世話になったからの」

夕刻に風はなくなり、橋の方まで散歩をしてみる。

我は抱っこだけれど。

「研師や猟師に出した手紙は届いたかの」

「南の彼女の方には届いたんじゃないかな。猟師の彼の方はどうだろう」

ふぬ、まだな気がする。

手紙が辿り着くだけでも、奇跡であるけれど。

これから、3つの街を抜けていくと男。

果樹園や小麦畑が主な、街という名のほぼ村が続き、

「最後の街に河川港があるから、そこから赤の国だ」

と。

緩い風に乗り枯れ葉が飛んで来ると、狸擬きの頭に落ちる。

「フン?」

「くふふ、葉っぱのお帽子の」

この狸擬きは葉では変身は不可能だそうだけれど。

のどかな街外れの景色を眺めていると。

この街で過ごす、最後の夜が近付いてきた。

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