50粒目
「ただいま」
「早かったの」
「卸しただけだから」
三つ編み女は、蛇の数とその種類と大きさや長さに、きゃあきゃあと大はしゃぎで、もう蛇に頬ずりしかねんばかりだったと。
のーぅ。
さすが卸し業者。
失神した若造にも見習わせたい。
ただ。
「すみません、予想を遥かに越える数でして、報酬はもう少しお待ちください」
とも。
あの量なら仕方あるまい。
三つ編み女に、鍋と皿を借りたと伝えると、
「ああっ!気が利かなくてごめんね、お茶くらい用意しておくべきだったよね」
逆に謝られてしまった。
そして、
「お待たせ、狸ちゃんがいるせいか今日は起きてるね」
と狼の元へ向かうと、狸擬きとゴロリとしていた灰色狼はすくりと立ち上がり、娘に向かって大きく尻尾を振り、三つ編み女の周りを軽快にくるくる回る。
「……えっ?何、何?どうしたの急に?」
ずっと寝てばかりだったのに、と三つ編み女は、狼の元気アピールに、喜ぶよりも、不安がっている。
それはそうだろう。
死が近い者が、お迎え前に一瞬持ち直す謎の現象だと、三つ編み女が勘違いするのもおかしくない。
かと言って、我が勝手に謎の汁を飲ませたなどと伝えたら、更に面倒になる。
(ぬぬん……)
三つ編み女の戸惑いには全く頓着せずに、ご機嫌に跳ねる狼。
突如身体の不調が消えた狼に空気を読めというのも、無理な話で。
我の隣に立つ男に、
「の、の」
「ん?」
耳を貸すのと男の身体を屈ませ、
「んん?」
「こう言うの」
こしょりこしょりと耳打ちすれば。
男がぴくりと固まり、とても何か言いたそうな顔をするけれど。
話は後での、はよはよと促せば。
「……あー、その」
と不自然な咳払い。
「……?」
『……』
三つ編み女と狼が男を見上げれば。
「実は、彼女が住んでいた場所では、冬になると冬眠する狼が稀にいたらしいのです。それで、この狼も、実はその部類の狼なんじゃないかと、その、彼女が言っています」
少しばかり不自然に上擦った声で三つ編み女に話しつつも。
「君たちは、人様の狼に何をした」
と、言葉はなくとも、男からの、とても強い圧を感じる。
(ののーぅ……)
トコトコとこちらへやったきた狸擬きは、男の圧に、ササッと我の後ろに隠れる。
「え、え?……と、冬眠?狼が?」
と当然戸惑う三つ編み女。
「えぇ。でも、ここは山の中でもなく暖かく食事もある室内です、冬眠する必要がないと、その狼も、身体が覚え始めたんじゃないか、と彼女が……言っている様でして……」
さすがに咄嗟のでまかせは、少しばかり無理があるかと思ったけれど。
灰色狼が、
「その通りです」
と言わんばかりに、尻尾を更に振り、元気アピールをすれば。
「……え、本当に?……じゃあ、具合悪い、とかじゃないの?」
その場に膝を付いた三つ編み女が、狼の顔を覗き込み。
「……もう辛くないの?苦しくないの?」
と真剣な顔で問い。
「♪」
灰色狼がそんな三つ編み女の頬に鼻先を寄せれは。
「そ、そっか、そっかぁぁぁ……」
大きく息を吐き。
「よ、よかったよぉ……っ!」
ぎゅうっと灰色狼を抱き締める。
灰色狼も、宥めるように三つ編み女に顔を寄せて鼻を鳴らす。
「心配したんだから、心配してたんだからね……っ」
うーっと顔を歪め、今にも泣きそうな三つ編み女。
もう大丈夫だと千切れそうな程に尻尾を振る狼。
ふぬふぬ。
よかったよかった。
それでよいではないか。
一件落着である。
「……」
『……』
なのに。
「ぬ……ぬぅ」
男の作り笑顔が、今は、我と、我の後ろに隠れる狸擬きに向いている。
「君たちは、人様の相棒に、無許可で、一体何をした」
と、再びの無言の圧。
(……ののーぅ)
ニーッと無理矢理笑って見せると、男は大きく溜め息を吐き。
とりあえず、三つ編み女が落ち着くのを待つことにした。
三つ編み女は、しばらくのち。
「あっあら、お客様を放っておいてごめんなさいっ」
とパッと狼から離れ。
狸擬きが狼に近付き、
「フーン」
わたくしめは彼とお話がしたいです、と振り返るため、そのまま少しお邪魔させてもらうことにした。
どうにも臭いが強すぎて卸し場へ行けない我に、お茶を淹れてくれた三つ編み女が、蛇の解体法方を、男伝の言葉と絵に描いて、教えてくれる。
そして、
「え?毒蛇のお肉?食べません食べません!」
我からの質問、全否定された。
「ぬ?」
食べぬのか。
「ほとんどの蛇は尻尾の先まで毒なんです、全部焼いて処分です」
ぬぬ、毒腺のみではないのか。
毒蛇を狩らないのは、食べられないからという理由も多いと見た。
しかし我ならば、食べてもしばらくは全身が紫になる程度で済むのではないだろうか。
しかし普通の蛇も、
「そうですね、遭難時に、一か八かで食べる程度だと思いますよ……?」
毒蛇に頬ずりしかねん女に引かれるのは、納得が行かない。
そんな三つ編み女に、よかったら夕食でもと誘われたけれど、男がまだ仕事があるからと断り。
三つ編み女と灰色狼に見送られ、三つ編み女の家を後にすれば。
馬車で狸擬きが、
「フーン、フーン」
カステラ、カステラとうるさいため、どこかで食事ではなく、宿に帰ることにした。
しかし。
そう。
我も狸擬きもすっかり忘れていた。
なんせ我等は鳥頭。
宿に戻るなり。
「さて」
「の?」
「フン?」
「……君たちは、あの狼に何をした」
と男に詰められ。
「の、のぅ……」
「フーン……」
男が、我等の勝手な行為を嗜め、男が納得し、更に我等の勝手な行為を、男が心で飲み込むまで。
「……フーン」
カステラはお預けになった。
酷く乾燥した空気のその日は翌日。
朝一で小鳥が窓を叩き。
「おやの?」
ダンディからの呼び出し。
「昼にお会いしたい」
と、しかも場所が街の広場。
パンを焼いてはカゴに詰め、待ち合わせ場所の広場へ向かうと、そう大きくない広場があり、広場をぐるりと囲むように店が並んでいる。
運転手のいる、人を乗せるために特化した馬車の前に、肩にミミズクとフクロウを乗せて人待ち顔で立っていたダンディは、
「いやいや急で申し訳ない」
と我等に気づくと、軽く手を上げた。
「え、もう組合へ戻られるんですか?」
なんと。
「えぇ、もう1泊と思っていたんですが、早く帰れと鳥まで飛ばされてしまって」
本来なら、食事くらいご一緒したかったんですが……とダンディ。
出来る男は忙しい。
「再会が早かっただけに、別れがより辛いですね」
と男、我、狸擬きと順に握手し。
軽く羽を揺らすミミズクとフクロウにも、
「再び会えて嬉しかったの」
「フーン」
別れの挨拶をし。
馬車に乗り込んだダンディに、焼いたパンのカゴを持たせれば、綻ぶような笑顔になったダンディとミミズクとフクロウを見送り。
男が広場の周りに並ぶ店の1つで馬の蹄鉄を買い、店の人間に新しい車輪を勧められている間、我と狸擬きは広場で追い駆けっこ。
青空だけれど、寒さで広場には人が殆んどいない。
店の人間と車輪を付け替えている男に、店に売っている長い縄を買って貰い。
「フーン?」
広場の細く長い木に片方を巻き付け、端を持ち、軽くたわむ程度に木から離れ。
「縄を地面に擦るから、お主は踏まぬように飛べば良いの」
ゆっくり縄を揺らせば。
「フン?」
「ほれ、ぶつからぬ様に飛ぶの」
「フーン?」
「そうの、ほれ、また飛ぶの」
「……フーン♪」
遊び方が分かったらしい。
しばらく揺らしてから、
「次はぐるっと回すからの」
「フン♪……フン♪」
輪の回転の中で、狸擬きが楽しそうにポーンッポーンッと跳ねる。
「お、縄跳びか」
遊んでいたら、車輪の付け替えは終わったらしい。
おまたせとやってきた男が、縄を持つのを変わってくれ、
「ふんっ♪」
「フーン♪」
狸擬きと向かい合って跳ねて遊び。
「楽しかったの」
「フーン♪」
「俺は身体が冷えたよ」
大袈裟に身を縮める男。
「くふふ」
街の道を進むのに特化した車輪になった荷馬車に乗れば。
「フゥン」
狸擬きが、灰色狼の様子が気になるというため、そして男も、我等が勝手に助けた人様の狼にやはり責任を感じているのか、パンの差し入れを理由に、三つ編み女の家へ行ってみることにした。
街を抜けて三つ編み女の家へ向かうも、三つ編み女はまだ帰っておらず、代わりに狼が、
「♪」
窓から顔を覗かせていた。
家に鍵は掛かっていないものの、狼がドアを開けることは出来ず、さすがに勝手に扉を開くのは非常識だと、その程度の常識は我等も持ち合わせており。
しばらく待っていると、ポニーの馬車に乗った三つ編み女が帰ってくるのが見えた。
狼の様子見がてら来てみたとパンを渡すと、三つ編み女はパンをとても喜んでくれ、三つ編み女が開いた扉から飛び出てきた狼は、
「あっ!?」
三つ編み女の持つカゴに鼻先を突っ込んで丸いパンを咥えると、パッと走っていく。
「こ、こらー!!」
三つ編み女の叱咤にも関わらず、離れた場所で立ち止まると。
その場でパンをモグモグと咀嚼した狼は、
「♪」
とても美味です、と感想をこちらに伝えてくれる。
にこにこしながら、フリフリと尻尾を振る姿を見せられれば。
「もーっ、元気になった途端に悪戯っ子になっちゃって!」
三つ編み女も、眉を寄せながらもクスクス笑っている。
家の中へ招かれ、男が、
「今日は一応見舞いがてら、あの若者のいる店へ食事へ行く予定だけれど、一緒にどうか」
と誘えば。
「えっ?……あのお店に?……わ、行きたいけどっ……」
いきなり、どうしようと酷く動揺し。
「……?」
「い」
い?
「行きますっ!」
と立ち上がると、
「すぐに着替えてきます!!」
と隣の部屋へ向かったと思ったら2階への階段を駆け上がって音が聞こえる。
飲み屋へ行くのに、そこまでの覚悟が必要なのか。
まぁよいかと、
「無理はしておらぬかの?」
灰色狼に訊ねれば。
『仲間と山を駆け回って獲物を追い掛けていた頃の様に、気力に満ち溢れています』
とその場で跳ねる。
ふぬ、上等上等。
我ながら、我の小豆は凄いの。
男は急に話し出した狼に驚いている。
言葉通り、そう待たずして降りてきた三つ編み女は、
「おやの」
厚手の白いセーターに、水色のスカート。
冬でもパッと目を惹く服の配色だけでなく、
「白いセーターにその鮮やかでボリュームのある髪色が映えて愛らしいの」
「フーン」
目に賑やかですと狸擬き。
褒めているらしい。
男伝の、我と狸擬きの賛辞に、三つ編み女は、掴んだ三つ編みを頬に当ててはにかむ。
灰色狼も連れ立ち、我等が荷馬車で、夕陽の眩しい道を抜け、やがて星の輝く夜の街へ向かい。
狼は、
「凄い食べるようになってびっくり、帰ってきたら両親もびっくりすると思う」
と、娘が狼の変化について教えてくれ、
「森へ入る時も一緒に行けるかなって今から楽しみなんです」
とウキウキしている。
そんな三つ編み女の笑顔をみれば、男もそうそう我等のしたことを、どうこうは言えないだろう。
(ふぬ……?)
もしや狸擬きは、それを見越して、狼が気になると言ったのだろうか。
「……」
いや、ないの。
今は狼と共に荷台にいる狸擬きは、そこまでの頭は回らない。
所詮は狸。
ハッと小さく笑えば、
「フーンッ!」
荷台から、
「主様、何か失礼なことを考えていませんか!?」
とお怒り狸の荒い鼻息が聞こえてきた。
今夜も向かう若造のいる店は、夜が始まったばかりでも、店内はほどほどの混み具合。
ちょうど扉の近くにいた若造は、
「おっ、なんだよ、そんなにうちの店気に入った?」
と笑いながらやってくると、しかし我を抱いた男の後ろから現れた三つ編み女の姿に、
「うわっ、あっ、いらっしゃいませ!!」
と姿勢が正され、良くも悪くも単純で解りやすくはある。
男が途中で適当な店に立ち寄り買った見舞いの品を、三つ編み女が渡せば、
「えっ?君が?俺に?わ、わざわざ?」
三つ編み女と受け取った袋を往復し、
「だ、大事にします」
とテレテレしてある。
こういうのを、
「チョロい」
と言うのだろうなと若造を見ていると、我の代わりに狸擬きがスンと鼻を鳴らす。
テレテレしていた若造が、娘の隣に立つ灰色狼に気付けば。
「おわっ、灰色狼だ、うわ、すげーかっこいー!」
初めて見た、と大興奮。
灰色狼は小柄ではあるけれど、元は野生の精悍な顔立ちと、初めての場所でも物怖じしない度胸、洗練された立ち姿。
隣のずんぐり狸と並べば、尚更キリリとした目付きも際立ち。
凛々しいなぁ、かっこいいなぁと興味津々な若造に、男が、
「この間は大丈夫だったのか」
と白々しく問えば。
「平気、平気」
父親もいなかったし、気を張ってたのかもしれないと、ただの疲れだと判断されてた模様。
そしてやっと、扉の前で客を立ちっぱなしにさせていることに気づいたらしく。
「あ、ごめん。カウンター?テーブル?」
「テーブルで」
席に通されると、若造は近くの客に声を掛けられ。
その客からの軽口に合わせて軽く答える若造の横顔は、とかく穏やかなものであり。
(ふぬ……?)
そう。
険がない。
初めて遭遇した日から、そう日は経っていないのに、若造からは随分と余計な刺がなくなっている。
そんな若造をじっと見つめるのは、三つ編み女。
(おやの)
季節は冬であれ、なにやら春が来たのか。
狸擬きがテーブルに置かれた酒のメニューを開き、ジーッと凝視していると、店の扉が勢い良く開かれた。
ほうほう大繁盛であるのと視線を向ければ。
「ああー!!」
大きな若い女の声。
「の?」
「君たち!こんなところにいた!!」
と、こちらを見てズカズカと店に入ってきたのは、あの店のかしまし娘。
群青狼の相棒、ウエイトレスの娘だった。