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5粒目

栗色の女の家は裕福で、のんびり遊んで暮らしているけれど、

「甥っ子姪っ子がね、こっちの国の学校に通うって言うから、暇な私がはるばる海を越えてさ、言葉とかを教えて来たの」

学校。

「そう、あっちは10歳くらいまででしょ、こっちは、もう少しあるのよ」

ほう。

そちらのお国たちも、どうやら3国で纏まってはいるらしいけれど、一番勉強に重しを置いているのはどこの国の、と男に訊ねてもらうと。

「そうね、それぞれ得意分野が分かれているわ」

得意分野。

「獣の国は、やっぱり獣たちの研究がより盛んね」

狼を相棒としていた娘のいる国か。

「青の国よ、青い狼から来てるわね」

青の国。

「そう。地図で言うと、こちらから来る全ての港の入り口になるのは、茶色い国ね」

茶色い国。

「茶色い服を着ている人間が多いからよ」

娘に勧められるまま用意したけれど、どうやら正しい選択だったらしい。

その娘もニコニコしている。

「茶色い国はね、乗り物」

乗り物。

「石を使って、それをエネルギーにして動かせないかって頑張ってる」

それは興味深い。

「最後、うちの国、赤の国は、魔法」

「……魔法」

魔法。

「ほら、人によって出せる出せないがあるじゃない?遺伝もそうだけど、それは、なぜとか、どうしてとかね」

むむ。

「うちはやっぱり赤い服、特にチェック柄が主流、あなたによく似合いそう」

と我を見てうんうんと頷いてくれる。

栗色の女はまだ白い街の、弛めの白いシャツに白いパンツ姿。

「これ楽よね。でも向こうでは、この格好ではもう少し寒いかも」

「の?」

男を見ると、

「もう向こうは早くも秋が来ているそうだよ」

「のの?」

秋。

ほうほう。

この男と出会って巡る二度目の秋は、どうやら船から降りたら、唐突に始まるらしい。


残りの日数、大きな大きなお船の旅は、至極順調に過ぎて行き。

黒子は、店の人間と交渉し、貸し切りにはせず、出入り自由にし、バーで切ない恋物語の一人芝居を披露し、結構な小遣いを儲けた模様。

男はお船の後半には、もう娘とも茶色の国の言葉で話し始め。

栗色の女には、我が魔法の勉強に興味があると話すと、

「ならうちの国が大正解よ。両親から、魔法の勉強をしている大学の知り合いの伝を何か拾えるかもしれないし、歓迎する」

と、なんとも有り難い誘いを貰え。

狸擬きには、

「来たら私のボトルシップコレクション見せてあげるわよ」

とボトルシップの入った箱を掲げ、

「フーン♪」

狸擬きが目を輝かせた。

そして我は、こっそりと鉛球を飲み込んでみようとしたものの。

「フーン!!フーン!!」

おやめください!主様、無茶はおやめください!!

と狸擬きに必死に止められ、体内に鉛球を仕込むのは断念した。


そして晴れた日の午後。

そろそろですよと娘に誘われ、甲板へ向かうと。

「あぁ、茶色の国が見えてきたよ」

他の客も甲板に出てきている。

「のの……」

深い茶色に建物が並ぶ。

不思議と暗さは感じられないのは、明るい橙色の葉がハラハラと風に舞い、屋根にも落ちているせいか。

「秋が早くて長いんです、お祭りまでいるのもいいと思いますよ」

娘の言葉には、稼げるチャンスとなる黒子が反応する。

「フンフン」

男の足許にいる狸擬きが、自分も港が見たいですと訴えてくる。

「ほいの」

男に抱かれた我が狸擬きを持ち上げてやると、

「フーン」

とても都会な感じがします、と感想を漏らす。

「そうの」

近くにいた他の乗客に、黒子が声を掛けられている。

どうやら紙芝居の礼や感想を述べられている模様。

茶色の国でも仕事をするから是非、と調子よく答えているらしい。

(のの……)

同じ海風でも、向こうとは風の触りが違う。

お船が港に到着し。

狸擬きが、やはり降りる時はピクリとも動かなくなり、男に小脇に抱えられて港に降りると。

「違和感ないね」

黒子に話し掛けられた。

無論、狸擬きの通訳付で聞き取れただけだけれど。

「……」

そう、我は焦げ茶色と薄茶色の千鳥格子柄の、胸の下からふわりとスカートが膨らんだ段々のフリルワンピースに、ベレー帽。

靴下は白いものの、丸っこい革靴も茶色。

男も同じお揃いの生地の三つ揃いのスーツに、ハットがよく似合っている。

狸擬きは首に、焦げ茶色のビロードのリボン。

「お主は黒いままの」

言葉はわからないだろうに、ニュアンスは伝わるらしく、自分の黒い服を見下ろすと、

「アイデンティティ」

と笑う。

迎えの馬車の馬たちも、色が深く濃いし、馬車の色も焦げ茶色。

(徹底しておるの……)

栗髪の女は、父親が迎えに来るから、しばらくここで待たされるのよと、男に家の地図や住所を書いた紙を渡している。

その男は、娘を「家まで」送り届けるのが仕事らしく、娘の迎えの馬車に、運ばれてきた我等の荷馬車が続くことになった。

男が、我等が荷馬車の馬たちを労っている。

黒子も、娘を迎えに来た「人だけを運ぶ」瀟洒な馬車に当然のように乗り込み。

栗髪の女は大きく手を振って、

「うちは、いつでも大丈夫だからね!」

と見送ってくれる。

「お主も、この街とは、とんと色が馴染むの」

「フーン♪」

煉瓦と木の造りで、街の中に進むに連れ、建物は密集しているも。

「どこも造りが立派の……」

花の国も栄えてきたけれど、こちらは建物に重厚さが見られ、空気が乾いている。

娘の乗る馬車に続いて道を進み一角の道に進むと、1軒1軒が大きくなり、その中の少し奥まった、特に庭が広い屋敷が、娘の家だった。

メイドと言うより、お手伝いさんと言った老婆が高い門扉を開き、ニコニコと娘を出迎えている。

が、続いて降りてきた黒子に、

「まぁっ!?」

と両手を口に当てて固まり、婿を連れてきたのかと驚いているけれど、娘が、違いますよ、的に笑っている。

我等はこのまま依頼は終了と行きたいけれど、

「家に寄っていけと」

であろうの。

「宿も決めたいし、早めの解放を願うの」

僥倖なのは、娘の両親が不在なこと。

知人が怪我をして、急遽見舞いへ向かったとか。

「お花が綺麗の」

庭には、すっと伸びた茎に青い細い花弁が幾つも広がった、可憐な中にも清楚さが見える花が咲き乱れている。

「でも、小麦畑には天敵なお花らしいですよ」

と娘に教えてもらう。

ほう。

ずっと海の上、船の中だったならば、屋敷の中よりも庭がいいでしょうと、可憐な庭でお茶を振る舞われる事となり、屋敷からもう1人、娘と同じくらいの年のメイドが現れ、歓迎してくれる。

そして若いメイドは黒子と目が合えば、ポッと頬を赤らめ、

(ののぅ……)

厄介ごとには巻き込まないで欲しいと思いつつ、出された紅茶に口に付ける。

前足にソーサーとカップをそれぞれに持ち、上品にお茶を嗜む狸擬きに、おばばメイドは興味津々で、男が宿を、出来たら水場がある宿を教えて欲しいと娘に頼むと、娘は若いメイドに訊ねている。

メイドが地図を持ってくると、こことここですと教えてくれ、

「こちらの方が少し古いけれど、馬舎と放牧場が広いです」

と畳んだ地図ごと男に差し出している。

黒子はどうするのかと思ったら、ここに泊まらせてもらうと言う。

男が、さもせいぜいした顔で、

「あぁ、ではお元気で、またいつか」

挨拶をし、

「いやいや待ってよ!ちょっと薄情じゃない!?」

そんなやりとりに、娘がおかしそうに笑う。

テーブルに置かれた、名の知らぬ木の実にカラメルをまぶしたものを、狸擬きが好んで口に放り込んでいる。

更に、目の前の皿に切り分けられて置かれたのは、砕かれたアーモンドが乗ったパウンドケーキで、中には煮た林檎がたっぷり混ぜ込まれたもの。

「ぬぬん」

林檎の甘いシロップがほんのり生地に染みて、砕かれたアーモンドの食感が、

(とても美味の)

メイドが男の前に灰皿を置く。

是非食事もと誘われていたようだけれど、仕事もあるからと男が断っている気配。

仕事はともかく、宿を探したいのは本音で、お茶もそこそこに席を立つと、袋に包んだカラメルのアーモンドが狸擬きに手渡され、

「フーン♪」

我には丸々1本の林檎のパウンドケーキ。

(ののぅ、太っ腹の)

男には、

「両親のいる時に、後日改めて、礼も含めのお茶に来てくれと言われた……」

嬉しくない言葉の土産。

「またねー」

と手を降る黒子が、もうすっかり屋敷に馴染んだ顔をしていた。


馬舎だけでなく、放牧場の敷地も必要なせいで、大概、我等の泊まれる宿は街の外れになる。

人々はやはり服や整えた髪など、きちりきちりとした印象はあるものの、落ち葉の舞うテラスで楽しげにテーブルを囲んでいたり、街路樹の下で小さな屋台を開き、にこやかに客が並んでいる。

そう、流れる空気は決して悪くない。

男が地図を眺めながら向かった郊外にある広めの馬舎のある宿は、小柄なずんぐりむっくりなおじじが出迎えてくれた。

平屋で水場が付き、雪隠はあれど風呂場はなし。

代わりに近くに個室風呂屋があるからそっちに行けと教えてもらう。

ずんぐりむっくりおじじは、馬を見て足の太さに驚きつつ、馬の世話は任せなと、ニッと髭もじゃの顔に深い皺を寄せて笑う。

そしてそう大きくない受付から、ぬっと、狼が顔を出した。

茶色い街に、狸擬きの様に茶色い毛の狼。

しかし、狸擬きよりも若干茶色みが明るい。

(ほう)

「フーン」

狸擬きがトトトと駆けていくと、茶色狼はその場で少し跳ねて、

「♪」

茶色い獣を歓迎してくれる。

「フーン♪」

(おや、早速友達が出来たの)

主と違って。

部屋は手前の四角い建物の1室。

水場があるせいか、なんとも大きなオーブンが鎮座している。

窓からは右手に馬舎が見え、目の前は放牧場。

(のの)

窓を開ければ、だいぶ先だけれど、川の気配がある。

放牧場のもっと先には、何か果物の低い樹木の畑、そして更に、川などと比べると更に遠く遠くに山が見える。

連なる山々ではなく、どんと鎮座しているお山。

「……」

「気になるか?」

「少しの」

しかし山の方は寒そうだ。

(おっとの)

お山に気を取られる前に。

「長旅、お疲れ様であったの」

お船に、先は知らぬ国と、気苦労も多い旅であったろう。

心から労りの言葉を掛ければ。

「とんでもない。君がいるお陰で、とても楽しい旅路だよ」

笑みを浮かべられ。

のの。

それは、

「我もの」

額を合わせていると、ずんぐりおじじがとかく大きな万能石を持ってきた。

「お、大きいの……?」

「オーブン用だそうだよ、肉の塊なんかを焼くらしい」

「ほうほう?」

男より我が熱心に眺めているため、おじじが、この子がオーブンを使うのかと男に訊ねている様子。

男の手振りで主にパンと焼くを答えているらしく、おじじがうんうんと頷くと、

「ここの国のパンも美味しいらしいよ」

と。

それは気になる。

何かあったら声を掛けてくれとおじじが出て行き、

「今日はもうのんびりしようか」

と息を吐く男の提案に頷きつつ、しかし狸擬きが戻ってこないのと馬舎の方を眺めると、放牧された馬と、茶狼と楽しそうに走っている。

(元気いっぱいの)

しかし。

やはり、嫌でも遠くのお山も視界に入り。

「……」

「どうした?」

「の、あのお山は、てっぺんが剥げている気がするの」

連なる山々の中で一番高い山。

「標高が高くて、木や草が耐えられる環境ではないのかもしれない」

よく見えるなと男が目を凝らす。

「どれくらい遠いの?」

「馬車で1日だそうだよ」

案外近い。

おじじには十分遠い距離らしいが。

おじじが、何かあったら声を掛けてくれと出て行き。

「の、お風呂に入りたいの」

「あぁ。……」

放牧場で駆け回る狸擬きは置いて、おじじに教えられた個室風呂屋へ向かうと、借りられたのは1個室だけ。

「君は小さくて一人でなど危ないと言われてしまった」

のぅ。

「では一緒に入るの」

男に抱っこと両手を伸ばしたが。

抱き上げてはくれるものの。

「俺は脱衣所で待っている」

「つれないの」

「……」

靴置き場、脱衣所、風呂場ときちりきちりと奥に向かって扉があり、男は靴置き場で待つと言う。

靴置き場にも椅子と灰皿があり、脱衣所で下ろされると、何を言う前にドアを閉められた。

(ぬぅ)

風呂は、猫足ではなく、岩をくり貫いたもの。

(ほほぅ)

手早く頭と身体を洗い、

「ぬふん……」

1人で宿に泊まらせて貰えた村や街を思い出すと、

(こちらは国として発展しているせいか、しかと過保護の……)

風呂すら1人で入らせて貰えないとは。

堅苦しいのと、少しだけ、青のミルラーマの近くの村や街が恋しくなった。


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