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48粒目

「……フン♪……フン♪」

三つ編み女に頼み、狸擬きは単体でポニーに乗らせてもらい。

我等の後ろを走る間も、絶えずご機嫌で。

「フーン♪」

若造の店の前でポニーから降りれば、

「馬はとても楽しいものです♪」

と尻尾をくるくる回して報告してくる。

「よかったの」

2日目の夜は、夜だけ祭りに参加する者も珍しくないらしく、街は更に伽藍としており。

「……お?」

店では、若造が1人、カウンターで暇そうにグラスを拭いていたけれど、我等を見ると、

「なんだ、また来たのかよ」

ニシシッと歯を見せて笑い、しかし後から入ってきた三つ編み女にに気づくと、

「あ、……いらっしゃいませ」

と慌てて声を作る。

「酒屋ですが、ここは食事も美味しいですよ」

三つ編み女もいるため、今日はテーブルに着くと、

「連日どうも」

と雑に礼を述べられる。

男と狸擬きは酒だけれど、三つ編み女はお酒は全くダメなんですと、我と同じ白ブドウのジュースを頼んでいる。

「その代わり、私、甘いものに目がなくて」

と、目がないというわりに、三つ編み女は小柄だけでなく大変にスマートで、厚手の上着とパンツでも尚、華奢なことは分かる。

運ばれてきたグラスで軽く乾杯すると、若造は、何も言わずに小魚の揚げ浸しを運んで来た。

今日もお任せらしい。

「他の国と、お料理の差はあります?」

三つ編み女の問いかけに男が、

「そうですね、この国と同じく魚が名物でも、小魚は案外出なかったりします」

「へぇ」

若造も、

「なんでだ?あんま捕れないのか?土地の違いか」

と不思議そうな顔。

そうだ。

「部屋に待たせている相棒はよいのかの?」

訊ねれば、三つ編み女の相棒は、

「眠っていることが多くて、今はすぐ近くに住んでる弟とお嫁さんが家で看てくれてます」

と。

高齢なのかと思えば、

「いえ。夏に、離れた山の麓で、怪我をして弱っていたところで遭遇して、保護した灰色狼なんです。子供ではないけれど、毛艶からしても、まだそんなにお爺ちゃんでもないはずなんだけど……」

あまり体調が良くないらしい。

それが理由で狼の運動会にも参加しないのかと思ったけれど。

「いえ」

と、小魚を美味しいと食べた三つ編み女は、

「私は、運動会はあまり好きじゃなくて」

おやの。

決して強い口調ではなく、伏し目がちな呟き。

「身体能力の高い狼が持て囃されちゃうと、そうじゃない狼が、なんだか、可哀想に思えてしまって……」

この国にも、そういう考えを持つ人間もいるのか。

「あ、それは俺も、ちょっと気持ちわかります」

根菜やら、クラッカーらやの前菜の盛り合わせを乗せた盆を両手に持ってやってきた若造の同意に、三つ編み女は、眼鏡越しの瞳をパチパチさせる。

しゃしゃってすみません、と肩を竦める若造は、

「最近は特に、狼こそが正義みたいな空気あるから、なんだかなと思っていて」

どうにも口を挟まずにはいられなかったと。

ほうほう。

青の国。

皆、それぞれ色々と、思うことはあるらしい。

「そう、そうなんですよっ」

三つ編み女は若造の言葉にうんうんと頷き、

「みんな、どの子も本当に可愛いから、私はどの動物にも優劣付けたくなくて」

と、大きく息を吐き。

若造も、うんうんと何か熱心に話しているけれど、狸擬きが通訳しないことからして、大した内容ではないのだろう。

そもそも、この国ならではの悩み、旅人の我等が口を挟める話ではないからか、

と思ったら。

「フーン」

白ワインをおかわり、と狸擬きが空のワイングラスを掲げる。

通訳がなかったのは、単純に酒を飲むのにつまみを食べるのに忙しかったかららしい。

なんて従獣であろうか。

若造がはいはいと狸擬きのグラスを下げてカウンターへ戻って行く。

まぁ通訳のサボりはともかく。

「……お主、随分と酒に強くなったのの」

少し前まで、飲んだ次の日は、水、水と後ろ足をピクピクさせていたくせに。

「フーン」

主様のおにぎりや食事で、酒と言う毒にも耐性がついておりますと。

酒は毒なのか。

「フーン♪」

酒は美味しい毒なのです、と今夜もご機嫌狸。


三つ編み女に狼の話を聞くと、物心着いた頃からいた狼を含めると今の狼は4代目なのだと言う。

「獣医さんには、元々野生でもう大人だから、あまり長生きはしないかも、とは言われてて……」

その通りで、今もあまり元気がないらしい。

シチューと、たんまり盛られた付け合わせの芋を運んできた若造に男が、

「君も、よかったら1杯」

と誘えば。

若造は、驚いたように眉を上げると、それでも三つ編み女も是非是非と頷いているため。

「……じゃあ、1杯だけ失礼します」

といいつつ、ボトルとグラスと、乾燥豆を手にしてやってきた。

男と、三つ編み女とも軽くグラスを合わせた若造が、

「ありがとうございます、頂きます」

と酒に口を付けた後。

「なぁ、それさ、お前の国のドレスなの?」

不思議そうに首を傾げたのは。

今の我の格好。

「の?」

そうだ、ポンチョの下は巫女装束のままだったと思い出す。

「ぬぬん。少し違うの、国特有の特殊な装束ではあるけれどの」

「……?」

「我のいた場所では、国のドレスは着物になるのだろうけれど、もう、着物もとんと見なくなっていたの」

若造は男の通訳に、

「キモ?え、キモノ?何?」

眉間に皺を寄せ、そして早々と理解は放棄した様子で息を吐き出すと。

それでも。

「……まぁ、それも似合ってるじゃん」

と褒めてはくれた。

ふぬ。

こんな若造に褒めやかされた所で、1つもときめくことはなく、胸も一片(ひとひら)も踊らねども。

その若造の兄は、今日は彼女と「デート」らしい。

ほほぅ。

ならば。

「今日の今日こそ、お主は1人で店を任されたってことのの」

やるではないか。

「全く客がいないからだよ」

嫌味かよ、と若造は顔をしかめるけれど、三つ編み女に、

「こんな広くて立派なお店を、お一人で任させるのは凄いです」

と眼鏡越しの瞳に、尊敬の色を浮かべられれば。

「う、うん、その……」

一応、俺もこの店の人間なのでと、なにやら挙動不審。

(ぬぬ?)

「本当は、兄貴と2人だったけど、今日は1人で平気だからって、彼女をデートにでも誘えよって俺が追い出したんだよ」

のぅ。

こやつの兄貴は、店が心配でデートどころではないのではないのか。

三つ編み女が、あなたはどんな動物と暮らしているのかと訊ね、若造が小鳥だと答えると、三つ編み女はまた興味深そうな顔になり。

話し始めたその2人の会話が、我に全く伝わらなくなっているのは。

「フゥン……」

酔っぱらい狸が、半分目を瞑っているから。

狸擬きは、空きっ腹に白ワインを2杯流し込んだ後、

「わたくしめにも琥珀色の酒を寄越せ」

と、若造からボトルを奪い、度数の高いであろう酒を、カパカパとはいかずとも、ハイペースで喉に流し込んでいたのだから、酔いが回るのが早いのも、至極当然。

今はボトルを腹に抱えて、目を閉じている。

男は、その場の空気に馴染むことには酷く長けているため、今も静かに煙草を吹かし、2人の会話を聞くともなしに、我と目が合えば、微笑み手を伸ばして頭を撫でてくる。

獣の国の人間同士、話題には事欠かないし、どうやら馬が合うらしい。

我も男に合わせて話を聞いているふりをしていたけれど。

しばらくすると、狸擬きが目を覚まし。

「フゥン…….?」

抱えていた残りが僅かになったボトルの中身を見て、

「フーンッ」

中身がこんなに減っています!こんなに飲んだのは誰ですか!?

とプンスコ憤慨しているけれど。

「ほとんどお主の」

「フンッ!?」

男が仕方なさそうに笑い、若造にボトルの値段を訊ねている。

懐疑的に、しかと納得できぬように大きく首を傾げる狸擬きに笑いながら答える若造は、少しどこか、何か、険が取れたような気がした。


その若造は、我等だけの時はカウンターから雑に挨拶をするだけなのに、今日は三つ編み女がいるせいか、わざわざ店の外まで見送りくると、風の冷たさに身を縮めている。

大通りを馬車が間隔を空けながら、トコトコと走ってくるのが見える。

祭りから帰ってきはじめた馬車らしい。

男が我にポンチョを被せた後、三つ編み女に、家まで送りますからと申し出ると、

「え!?い、いえいえ!そんなそんな!」

三つ編み女が、大丈夫ですよと大きく両手を振っている間。

寒空の下で、眠そうな狸擬きにポンチョを被せてやりながら。

「フーン?」

動きを止めた我に、狸擬きが、

どうしましたか?

と問うてくる。

「……」

唐突だけれども。

我は、常日頃。

この間抜け狸のことを、

「身体の成長がないから頭の成長も勉強もしないのの」

とおちょくっているし、実際狸擬きは全く勉強をせず、つい先日も、我に街の上空に放り投げられているし、直後にまた更に放り投げられ未遂をやらかしている。

しかし、である。

成長しない身体を持つのは、狸擬きの主である我も同じ。

したらば、心も頭も成長しないのは、我も同じではないかと、考えるのは。

この青の国の夜。

唐突かつ、随分と、前置きが長くなった。

本題に入ろう。

我は、獲物を狩った時。

どちらかと言うと、同じメスからの賞賛よりも、狩りの本能が強いオスに対し、

「我はこんなに狩ったのだ!優秀な狩人なのだ!」

と、ライバルとなるオスに対して自慢したいし、ふふんと得意になりたい気持ちが大きい。

我は小さな幼子(おさなご)である故に尚更。

それは仕方のないことである。

まぁ要は。

過去のあの茶の国で、組合の新人坊っちゃんに、リスの死骸団子を見せた時のことを、すっかり忘れていたのだ。

けれど。

あの坊っちゃんよりは若造は年上であるし、一応自分をトッポく見せ掛けていた男でもあるし。

坊っちゃんよりは、ましだろうと思ったのだ。

「……」

(……嘘である)

本当はそんなこと、これっぽっちも欠片も思い出さず。

「の、の」

「ん?」

男の申し出を遠慮する三つ編み娘を、チラチラと横目で見ている、ポケットに手を突っ込んだ若造のパンツを、くいくいと引っ張っていた。

「……あ?どうしたちびっこ?」

「これを見るの」

我は、ただ今日の我の狩りの成果を見せて、

「ふふん♪」

と若造に胸を張りたかっただけなのだ。

「来るの、大量であるのの♪」

と言葉の通じない若造を荷台の前に連れて行き、荷台の外に引っ提げられた口の閉じられたずだ袋の隙間から、若造に、

「中を見てみろ」

と、ずだ袋の中身を覗かせると。

「……」

「……の?」

何か、

ヒュッ……

と若造の喉から、空気が抜けたような音がした。

「んの……?」

今、思えば。

どんな獣の解体でも割りと平然とこなす我の男ですら、蛇が苦手なのだ。

では、普段は解体などしない、したこともない、森へもそうそうは入らない人間が、もうとうに死んでいるとはいえ、何十匹もの、色とりどりの蛇たちが、絡み合い強烈な死臭を放つものを見せられれば。

「……どうしたのの?」

そう。

結果は言うまでもない。

「フーンッ!?」

若造は、ポケットに手を突っ込んだまま、その場で失神した。

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