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47粒目

翌日は早朝。

巫女装束で街の外れの森へ向かうと、

「今回は、我の足のみであるから、すぐとは言えぬけれどなるべく早く戻るのの」

「頼む」

「フーン」

「お主等は荷台できちんと暖を取るのの」

ベンチから飛び降り、森を一瞥する。

とりあえず冬眠中の毒蛇を起こすことが目的。

数が多いため、いちいち狸擬きに毒蛇の位置を訊ねるのではなく、我が縦横無尽に森を走り回り、狩っていく方が早い。

毒蛇以外も、森に住む冬眠中の小さな生き物たちは起きてしまうけれど、まだ冬だと気付けば、また土の中へ帰っていくだろう。

それに。

『主様のそのお力を感じれば、大抵の生き物は、地上を恐れ、更に地中に潜る生き物の方が多いと思います』

と。

ふぬ。

狸擬き曰く、蛇たちは、毒蛇は特に、プライドの高さと自身の強さにも自信があるため、売られた喧嘩は必ず買うとのこと。

そのプライドは身体の大きさ、更に持つ毒の強さにも比例すると。

それはそれは、

(なんとも我に都合のいい獲物たちである)

足許の、我の一部でもある草履に意識を込めながら、森の枯れ葉の上を、固い土の上を、木の根を踏んで歩き出す。

一踏み一踏み、力を込めて森を進めば。

わりと森の入口から、ボコッ……と少し離れた場所から土が盛り上がれば、直後に枯れ葉が舞い、

「おやの」

初手から大物の予感。

これは幸先がいい。

しかも白黒の太い蛇。

「この森に白黒の要素はなく、無駄に悪目立ちするだけだけれど、強さ故に、擬態する必要がないのかの……」

生け捕りは必要ないと言うから楽でいい。

(もし生け捕りなら、どうやって捕まえるかの)

現れる毒蛇の口の中に、たまに毒蛇以外にも現れる蛇の頭を弾きながら、徐々に森の中を走るようにしながら、小豆を弾き、頭の中で、仮想練習とやらをしてみる。

(頭を叩いて昏倒させる、もしくは口から下を絞めて酸欠にさせる?)

蛇のことなどとんと知らぬから、それが可能かは分かぬけれど。

ドサリドサリと森の中に毒蛇や、そうでない蛇の死体も転がっていく。

(回収は狸擬きにも頼むかの)

走ってはボコリと現れる蛇達。

振り返り小豆を当てていると、感覚が鋭く、我が進む先に姿を現す蛇も珍しくない。

やがて森の地面全体に、我の力が広がり、狸擬きの言う通り、小さな生き物達は目覚めても尚、硬直して出てこないか更なる地中に向かって土を掘る気配。

「……のの?」

非常に細く長く、リボン結びが楽々と出来そうな蛇もいた。

色は愛らしくないけれど。

生態系、とやらがあるから全ては殺生せぬけれど、異常とも思えるかなりの数がいる。

森そのもののざわめきは、鈍い我ですら感じる様になり。

街が近いのに人はいない。

「運動会」

というこの絶好の狩り日よりは、まるで我の狩りのために与えられた様にすら感じる日である。

荷台へ戻ると、絶えず毛をぼわりと膨らませ、楕円を通り越して真ん丸になっている狸擬きと、落ち着かなさげに煙草を吹かしている男。

「お疲れ」

「回収に入るの」

と伝えれば、

「俺も手伝おう」

ずだ袋を持って男が降りてくる。

「いや、お主は苦手であろうの」

我と狸擬きだけで回収も可能である。

それでも、

「そんなことは言ってられない」

と、腕捲りをし。

なんと。

我の男である矜持(きょうじ)

プライド、とやらであろうか。

狸擬きも、カゴを背中に背負うと、たたっと森の奥へ駆けて行く。

我は男と森を歩き回り、

「よいしょの」

ずだ袋に蛇を放り込んで行く。

「いつかの山で採って酒瓶に浸けた白蛇は、街に着いて、すぐにどこかの店に卸していたの」

「……荷台に置いておきたくなかった」

「それが今や、何倍も大きな蛇の入った蛇を掴み袋に放り、易々と運んでいるの」

人は変わるものだ。

「……易々ではない」

男の苦い顔。

「くふふ」

主要な森をあと数ヶ所、人のいない今日中に回りたい。

回収も済めば、馬車も少ないことをいいことに、

「急ぐぞ」

馬達を到底街中とは思えぬ速度で走らせ、次の森へ。

時間勝負なため、移動しながら握ってきた赤飯おにぎりを食べ、森で蛇たちを起こしては殺し回収を繰り返す。

一番最後に向かった森は、ビオラ畑に向かう手前から道を外れた、近隣では一番大きな森で、陽はすでに、斜めに我等を照らしていた。

狸擬きは途中から、

「フーン」

主様の倒した毒蛇をわたくしめが荷台の方に運びます、毒蛇の標的は主様故、別の毒蛇がいきなりわたくしめに襲いかかってくる可能性は低いですからと、一緒に森に入っている。

夕刻でも、森はもう夜の暗さ。

足に力を込めながら走り、身悶えするように土から現れる蛇の頭に小豆を貫通させ、

(だいぶ郊外にあるから、こちらには鹿などもいるの……)

しかし我の隠さない気配に、すでに逃げるように森の端で固まっている。

陽が暮れ始め、すでに巣に戻っていた鳥達はざわめき、知らぬ獣たちの、ひたすら怯える空気が伝わり。

(あぁ……)

我はどうしてか、気付けば軽やかに笑いながら。

夜の森を、走る、走る。



「お疲れの」

「お疲れ様」

「フーン」

蛇の詰められたずだ袋は、男が荷台の中ではなく、全て荷の外に吊るしている。

そもそも入りきらぬ量ではあるけれど、同席は避けたい模様。

森だけだなく、森の外もすでに真っ暗な森の手前。

荷台の中で、お茶を淹れ。

「ふー……」

「フーン……♪」

「はぁ……」

木の実のキャラメリゼとクラッカーで、小さなお疲れ会。

「蛇にも、あんなに多くの種類がいるんだな」

「ふぬ。この国のこの森でこの種類であるから、まだまだたくさんの種類がいるのであろうの」

きっと美味しい美味しい蛇も、存在するはずである。

蛇を常食する国や街はどこかにないものか。

少しくらい寄り道してみたい。

男は卒倒しそうだけれど。

「フーン♪」

主様の作るお菓子はとても元気が出ます、とキャラメリゼを口に放り込んでいた狸擬きが、ピクリとその動きを止める。

「の?」

「……フーン」

人がやって来ます、と。

開いた幌から暗闇を見つめる狸擬き。

「……人?」

男も警戒して咥えかけていた煙草を仕舞い、我も目を閉じて耳を澄ませる。

馬車の音。

小さな。

軽い。

それは、最近聞いたばかりの音。

更に気配を窺うと、馬車を牽くものは、どうやら自分の気配を隠す様子はない。

よく夜目が聞くものだと思うけれど、郊外とは言え、大きな街の近くであるため、外灯がとても離れた間隔だけれど、ぽつりぽつりと立っているのだ。

「仕事で道を通る人たちが、夕暮れに通りすぎる時に、灯りを点けて行くらしい」

と男に聞いた。

こんな、今日みたいな日でも、誰かしらが点けていたのだろう。

「フーン」

昨日のポニーと卸し業者の女ですね、と狸擬きがフン……と緊張を弛めた。

「のの?」

やがて森の手前、こちらの灯りにも気付いた三つ編み女が、馬車の荷台に吊るしたランタンを揺らしながらトコトコやって来ると。

「えぇっ?」

さすがに驚かれ。

「こんな時間まで狩っていてくれていたんですか?」

と、三つ編み女はそんな理由に驚くけれど。

我としては、たった1人の若い女が、夜の森にある、馴染みもない荷馬車へ、全くの無警戒で寄ってくる世界に。

そちらの方に、

(なかなかに慣れぬし、驚くの……)

その三つ編み女は、なぜこんな時間にこんな場所へと男が問えば、

「冬の夜のこの森に出る虫が、いい染料の素材になってくれるんです」

と荷台から虫取網を取り出す。

「ほほぅ?」

森に目を凝らすと、蛍よりも遥かに微弱な灯りだけれど、微かに発光しているため、人の目でも見える。

動きもそう早くなく、のんびり森を漂っていると。

ふぬ。

どう捕るのかと訊ね、羽は必要か訊ねると。

「いえ、お腹の体液を使うから、羽は潰しても大丈夫ですけど……?」

答えてくれながらも、三つ編み女が小首を傾げる。

羽を潰していいならば、余裕である。

「ならば我等も手伝うの」

紅茶とおやつも食べた。

「夕食までもう一踏ん張りの」

「フーン」

了解ですと前足を上げる狸擬きの背中に、小さなカゴを背負わせれば。

三つ編み女は、

「でも、いいんですか?」

と戸惑っていたけれど、これも何かのご縁とついで。

夜目が利かない三つ編み女には、そう簡単には我等のしていることは見えぬであろけれど、念には念を入れて狸擬きと奥へ向かい、

「ほいの」

「フーン」

「ほいの」

「フーン」

赤く仄かに光る虫の、丸く白くはためく小さな羽に小豆を当てると、狸擬きがその下へ走り、落下する虫の下で止まる。

数からして少なく、とかく的が小さな虫の羽なためと、腹を潰せないため。

(難易度が俄然高いの)

男は、予備の虫取網を借りて捕っているけれど。

我のあの程度の唾液と血では、男の夜目はまだまだそこまで利かないらしい。

森の足許は不安定だし、三つ編み女も当然、難儀している模様。

ならば。

「尚更、我等が頑張らないとの」

「フーンッ!」

狸擬きが背負ったカゴに山盛りになるまで虫を集めて戻れば、

「わー!凄い、凄い!」

三つ編み女は純粋に驚き喜んでくれ、

「いえいえ、全部なんて貰えませんよ!」

思ったより貴重な虫らしい。

1/3でも分けて頂ければと遠慮されたけれど、我等に染料の趣味はなく、どうせどこかに卸すことになる。

それに、こうやって他人に善意の押し付けをしていれば、きっとまたいいことがある。

はずである。

そして、虫ならばそう嵩張らないし、旅の道中で売れる虫を探すのもいいなと、素敵な閃きも貰えた。

我の反対がなければ男が反対するわけがなく、狸擬きは、食べられない虫には微塵も興味はない。

「じゃあ……遠慮なく頂きますね」

三つ編み女が大事そうにカゴを抱えると、徐々にまた静かになり始める森の、その入り口で。

不意に、

グー……

と大きく鳴るのは、狸擬きのぽんぽん。

「おやの、もう空腹かの」

と狸擬きを見れば。

「フーン」

自分ではありません、とご不満狸。

「の?」

すると、三つ編み女が、

「私です……」

と恥ずかしそうに俯いている。

今日は仕事をして疲れて夕刻前に昼寝し、赤い虫を求めてこの森へやってくるライバルたちのいないうちにと虫を採りに来たため、昼も食べておらず、とても空腹だったと。

運動会も2日目の夜、街はもう賑やかなのかと三つ編み女に問えば、2日目の夜の闘技場周りが、一番のお祭りになると。

そのため、街はまだ静からしい。

ポニーの荷台に戻り、虫を荷台に詰め替える三つ編み女を、

「せっかくだし、街にまで食事に行きませんか?」

と男が誘えば。

「んん、どうしようかな……」

少し迷う顔をしたけれど、また三つ編み女の腹の虫が大きく鳴き。

「……ううっ」

三つ編み女は恥ずかしそうに腹を押さえてから、こくこくと大きく頷いた。

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