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39粒目

ダンディの部屋でまもなくソファに崩れた娘は、ダンディが部屋まで運びますと言ってくれたため、軽く片付けをしてから、ダンディの部屋を、ふわふわ頭と共においとまする。

「……もう行かれてしまうんですね」

ほんのりと明るい街灯の下を歩きながら、ふわふわ頭は下からぶわっと吹き上げる風に、身を竦めて呟く。

男は、

「少し派手に狩りをし過ぎてしまった」

と立ち止まると、手を繋ぐ我を抱き上げ、我を風から庇うようにコートの中に抱き込む。

「……」

ふわふわ頭は、そんな男の姿を眺め、黙って真っ白な息を吐き出し、男も、何も言わない。

無言のまま、別れ道まで辿り着き、それでも、男が送ろうと伝えると、

「今日は、甘えさせて貰います」

と少し幼い笑顔。

「あなたたちは、いつか、この国には戻られますか?」

ふわふわ頭の問い掛けに男が答えないのは、その選択肢が我にあるからだろう。

(ふぬ)

「そうの、我はお主の勉強の結果が知りたいの」

男が我の言葉を伝えると、ふわふわ頭はコクコク頷き、

「楽しい結果をたくさん伝えられる様に、それまで、この国で頑張りますっ」

と跳ねるように歩く。

「今まで、どんな国を回ってきたんですか?」

と聞かれ、男がそれに答えながら大学の脇を歩き、曲がり、小道の奥の小さなアパルトメントが、ふわふわ頭の下宿先だった。

小さいけれど、冬にも関わらず、ドアとドアの間には小さな花が飾られ、大通りの街灯が僅かに届くだけの、薄暗い寒空の下でも、負けじと花弁を広げている。

ふわふわ頭が頭を下げ、男も、じゃあまた、と踵を返しかけると、

「……あ、あの」

「?」

「もう少しだけ、付き合って貰えませんか?」

お茶くらいは出せますと部屋に誘われ、我等もこの街の最後の夜でもあるし、男と頷き合い、お邪魔させてもらうことにした。

決して広いとは言えない、こじんまりした部屋の壁のランタンの万能石に、ふわふわ頭が火を点けると。

「のの」

小さな本棚に、半分ほど本が並んでいる。

ベッドと、小さなストーブに、木箱が幾つかあるだけの、簡素な部屋。

ハンカチで狸擬きの足を拭くと、

「この間頂けたコインで石を買えて、今は部屋が暖かいです」

と、嬉しそうにストーブに火を点けるけれど。

こやつ、実は凍死一歩手前だったのではないか。

そんなふわふわ頭に、本を見ていいかと男伝に訊ねると、ふわふわ頭は、湯を沸かしながらとうぞどうぞと許可をくれたため、取り出せば。

「のの」

「フーン」

広げたそれは動物の図鑑に近いものだった。

「フーン」

フクロウですね、と狸擬き。

「の、このフクロウは随分目付きが悪いの」

「フーン?」

機嫌が悪いのでしょうか、と不思議そうに首を傾げる。

やがて小さなテーブルには、湯気の立ったカップが3つ並び。

「すみません、僕は人をあまり部屋に呼ばなくて」

カップのうちの2つは大学の仲間が置いていったものだと。

我は男と1つでいいとカップを受け取り、

「フーン」

ぺたりと座り込む狸擬きは、(ぬく)いです、と空気を読んで大人しく薄い紅茶を啜る。

男がふわふわ頭に煙草を勧め、ふわふわ頭はおずおずと咥えて火を点けるも、すかさず盛大に噎せ、どうやら、吸ったことがないらしい。

涙目になったふわふわ頭は、それでもおかしそうに笑い紅茶を啜ると、

「赤の国でも、お茶の時間はとても大事にしているんです」

と教えてくれる。

ふぬ、それは良い習慣。

「紅茶に合うお菓子のお披露目的な小さなお祭りもあります」

ほーぅ。

しかし春先だと。

春先。

春は遠い。

我等は春には、一体どこにいるのだろうか。

男の、とりわけ気楽な旅の話に、おかしそうに笑っていたふわふわ頭は、

「おやの」

うとうとしてるなと思ったら、程なくして、後ろのベッドに凭れて眠ってしまった。

慣れない酒も入ったせいだろう。

起こさないように男が横にすると、ベッドの上の布団をふわふわ頭に掛けてやり、その上にふわふわ頭のコートを乗せてストーブを消すと、そっと部屋を後にする。

歩きながら欠伸をする狸擬きのポンチョに、さらさらした雪が落ちてきた。

「この国はどうだった?」

馬車もいない大通りを渡る前に、男に抱き上げられながら聞かれる。

「そうの、ダンディのお部屋が良かったの」

とても洒落ていた。

「アパルトメントか……」

長期不在にする我等にはあまり向いてない住まいではある。

「フーン」

わたくしめはお家に階段が欲しいですと狸擬き。

「お主が欲しいのは階段でなく、手摺であろうの」

「フーン♪」

真っ直ぐも楽しいけれど、くねったものも楽しいですと。

「くねった手摺?それはもう、お屋敷、いや、お城だな……」

男が白い息を吐き出すように笑う。

ふぬ。

「どっかにお城でも落ちてないかの」

あの黒き城のように、禍々しいものでなく。

「そうだな、この広い世界なら、1つくらいはどこかに落ちているかもしれないな」

ほほぅ。

「では、魔法だけでなく、我等のお城を探す旅にもするの」

文字通りの我等の城を。

「フーン♪」

まぁ我等が生きている間には、城の1つや2つ、きっと見つかるだろう。



河川港の街から出発するその日。

晴れてはいるけれど、薄いガラスならば割れてしまいそうな乾いた風に吹かれながら、馬車で組合へ向かう。

2階でお待ちくださいと別の人間に案内され、ここも来納めのと部屋を眺めてると、ミミズクとフクロウを両肩に乗せたダンディがやってきた。

大きな袋と、小さめの四角い箱を持って。

ダンディは、やっと初日に着ていた三つ揃いを身に付けており、どれだけ服があるのかと訊ねれば、

「1階の寝室の隣のもう1室が、衣装部屋になっている程度ですよ」

と。

ほほう。

いつか小物などの"これくしょん"も含め見せて貰いたいものだ。

その着倒れダンディに、

「こちら、私の勝手な提案なのですが、獣を卸した際のこちらのコインを、組合が所有している同等の価値のある宝石に、換える気はございませんか」

そんな提案を受けた。

ダンディが四角い箱を開けると、加工前の水色の石と青い石が鎮座している。

どちらも透き通りとても美しい。

ここで流通しているコインは3国でしか通用しない。

氷の島では使えるらしいけれど、もし行ったとしても、そこで使う金額などたかが知れている。

男は、赤の国で適当な石に換えるつもりだったから有り難いとダンディの提案を飲み。

箱ごと受け取り、我等の仕事が完了した。

ふわふわ頭のことは、

「彼のことは、私個人は勿論ですが、今後、組合の方でも気にかけることにします」

彼は弟との手紙のやりとりで、組合には定期的に姿を現すため、その時に声をかけたり、ふわふわ頭が必要ならば援助も考えると。

そんなダンディの言葉に、男と顔を見合せ、最後の小さな気掛かりが消えて安堵すると、ドアがノックされた。

「おっと……失礼」

ダンディが立ち上がりドアを開くと、若い娘が顔を覗かせ、組合の前で旅人の乗っていた馬車の車輪が外れて、困っていると。

「それは大変だ」

「少し待っててくれ」

「の」

男とダンディが出ていくと、それをソファの背凭れから見送っていたミミズクとフクロウが、テーブルに降りて来た。

「お主も知っての通り、我等は、そろそろ隣の街へ出発するの」

フクロウとぴたりと寄り添ったミミズクに伝えれば。

『……私は』

ミミズクから放たれる言葉は。

「この街で、ここで仕事をするとの?」

『えぇ。あなた方と、この国を回りたい気持ちもあったのですが……』

ふぬ。

ほとんど組合とダンディの部屋にいたことで、我等には付いては来ないだろうとは思っていたけれど。

『一方的に頼みを聞いてもらってばかりで恐縮なのですが、最後のわがままで、私がここで仕事をしたいその旨を、あの方に伝えては貰えないでしょうか』

ミミズクはここ数日、組合にいるだけではなく、組合の鳥の仕事に付いて一緒に飛んでみたり、街の細かな地図を頭の中に叩きこんでいると言う。

「それくらいはお安いご用の」

そして、本当にそれで良いのかと問えば。

『彼女とも話し合い、それが自分達の中で一番幸せな選択だと、答えが出ました』

フクロウが小さく鳴き、ミミズクにすりっと頭を寄せる。

どうやらそこは、惚れた腫れたの話らしい。

狸擬きの言葉通り、やはりミミズク自身も、

『あなたと対話をしたあの日の夜でしょうか、あの彼の部屋で眠っている間に、まるで呪いが解けたかのように、ふっと、自分の中で、花の力が途切れたことを、感じたんです』

そして、

『最後の、ある意味正しく老いていく残りの歳月を、この愛すべき彼女と共に過ごしたいと思いました』

と。

ほほぅ。

花の力が途切れる何か、切っ掛けがあったのだろうか。

それとも、たまたま、花の効果が切れる時期だったのだろうか。

まぁ何はともあれ、である。

そして真面目な性分のミミズクは。

『この先、何もせずにあの人間の方に養って貰うのは心苦しいですし、まだまだ外にも出たい気持ちも大きいので』

積極的にこの組合で仕事をしていきたいと。

狸擬きはあまり興味がないのか、隣で欠伸を噛み殺している。

すると再び、コツコツ、と小さなノックの音。

「の?」

ソファから飛び降りて、背伸びをしてドアノブを掴み開くと、隙間から小鳥が飛び込み、ミミズクに何か訴えている。

『小鳥同士が喧嘩をし、仲裁に入って欲しいとの訴えでした』

おやの。

ミミズクが、バタバタしてすみませんとパタパタと飛んで行く姿は、もう立派な組合の一員である。

「……せわしないの」

フクロウと共に取り残され、狸擬きが今度こそ大きな欠伸をすると。

『私からも、お礼を言わせてください』

しとやかな、齢2歳とは到底思えぬ声に、

「ぬ?」

「フーン?」

狸擬きも口を開いたまま動きを止める。

その声の出所となる白いフクロウは。

「……お主、話せたのの?」

『えぇ、お話しようと思えば、実は初めから』

それはそれは。

それでも今まで話さなかったのは。

『あの人が、きっと、とても嫉妬してしまうので』

ダンディか。

確かに、きっと腰骨折れる程に仰け反り、頭を掻き毟って羨ましがり、通訳として引き留められる未来しか見えない。

「お主の聡明かつ賢明な配慮に心から感謝するの」

我の言葉にクスッと笑ったフクロウは、身を正すように足を揃えると。

『山のこと、街のこと、あの人ととても仲良くしてださったこと、そして、最愛の彼を私の許まで導いてくれたこと、全てに、本当に感謝しています』

フクロウなりの会釈なのか、ゆっくりと目を閉じられる。

「よいの」

『何かしらのお礼ができればいいのですが、生憎、私にできることは何もごさいません』

ごめんなさいと溜め息。

何とも義理堅く、それは反面、我の薄情さが浮き彫りになるようで、何とも居心地が悪い。

それに。

「お主には、狼のいる山へ飛んで貰っただけで、すでに礼は充分に貰っているのの」

臆病な箱入り娘が、よくぞ声を上げてくれたものだ。

『そう言っていただけると、私の心も軽くなります』

(……ふぬ)

山か。

斜めがけの小さな青い鞄には、メモ帳を忍ばせている。

取り出して、紙で小さな袋を作ると、

「フーン」

察しのいい狸擬きは、腹の毛を数本抜くと、我に差し出してくる。

「また気紛れに山へ散歩にでも行きたくなったら、ダンディに頼んでこれを足に留めて貰えばよいの」

毛を落とした袋を閉じると、

『何から何まで、……感謝してもしきれません』

と、またゆっくりと閉じられる瞳。

かぶりを振ると、何か続けて言いかけたフクロウは、しかし、人の男達が戻ってくる気配に、ソファの背凭れに戻り、またいつもの、ただのフクロウに戻る。

「待たせたね可愛いレディ」

ニコニコと現れたダンディの姿に、軽く羽を広げて、フクロウを演じている。

いや、フクロウなのだけれど。

「お待たせ」

男もやってきた。

「どうだったの」

「旅人が自分で車輪を付け替えたけれど、それが少し失敗して外れてしまったみたいだ」

すぐに直ったよと。

それはなにより。

その男に、ミミズクのことを言付けてもらうと、それをダンディは、大きく胸を押さえ、あの仕事中の黒子を思い出す大袈裟な仕草で、

「ここに確かに、ミミズクの気持ちを受け取りました!!」

と、ありがとうありがとうと、両手で握手を求められ、右手を差し出せば、しっかりと握られて振られる。

(あぁ……)

そうか、ダンディから見たら、

「我等のミミズクをダンディに託す」

という風に取れるのだ。

訂正も面倒だからそのままにしておく。

ダンディが腕を上げ、その腕に乗るフクロウに倣い、我も男に両手を伸ばせば。

「……そうだな、そろそろ行こうか」

胸に抱き上げられる。

「の」

組合の前。

両肩にミミズクとフクロウを乗せ、満面の笑みを浮かべて手を振るダンディに見送られ。

我等はまた、次の街へ向かう。

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