36粒目
ふわふわ頭は、今日はちゃんと厚手の重そうなダッフルコートを着ていた。
毛皮を見せる前に、先に昼に付き合って欲しいと男がコートを受け取ると。
ふわふわ頭は、
「今日はどなたかの結婚式ですか!?」
テーブルに並ぶ料理を見て飛び上がってる。
「……大袈裟の」
思った以上に、苦学生らしい。
痩せの大食いらしいし、この世界では珍しく苦労していそうなふわふわ頭。
狸擬きが、前足1本にフォークを抱えてテコテコ運ぶ姿を、
「おぉ……」
真剣な顔で観察している。
我の苦学生なのかの疑問を男伝に訊ねてもらうと、
「そうですね。僕の国でも、大学には誰でも入れるわけではなくて。僕のように他の国から来て勉強している人がいるのは知っています」
ふぬ。
「……でも、僕みたいに親からの援助がない人は、その、あまり、……いないかもです」
自国の大学ですら壁が高いのに、両親の反対を押しきって隣の国にまで勉強しているのだから、このふわふわ頭は勉強が本当に好きなのだろう。
「ほれの」
水場で蒸し上がった鳥を丸々1羽、ふわふわ頭の座った目の前の皿に置いてやれば。
「……え?」
目の前の鶏を見つめたまま、目を見開き固まっている。
「の?」
「フーン?」
どうしたと狸擬き。
「……う、嬉しさの余り一瞬意識を失い掛けました」
「のぅ」
失禁などされなくて良かった。
我等はもう1羽を3等分し。
2人と1匹で、
「いただきます」
をすると、我等の不思議な挨拶に、ふわふわ頭も見様見真似で倣ってくれる。
「赤の国では、人間との比較のために動物の勉強や研究をしていますね。でも、あくまでも人との比較のためで動物専門となると、サンプルを含め、やっぱりここ、獣の国が一番強いんです」
と、国での勉強の違いを教えてくれつつ、美味しい美味しいと食べる手は止まらない。
「赤の国も、僕のしている色の、突き詰めるとやはり血なんですけれど、その勉強と似ています。でも、人の魔法となると、そう単純な話でもないらしくて」
と、男のよそったおかわりのスープを、頭を下げて受け取りつつ、パンにかじりつき、
「柔らかいですね!?」
食べて話して驚いてと忙しい。
パンの断面図をまじまじと眺め、気泡が細かいと呟いている模様。
どうにも全方位に興味が尽きないらしい。
「の、赤の国では、5つ目の空の魔法とやらはどう考えられているのの?」
男に訊ねてもらうと。
「最近は、ほとんどの人が実は持っている、もしくは、存在しないと、意見は分かれているようです」
ぬ?
なぜそんな極論に。
「それが、5つ目に関しては、あまりに解らなさすぎて、根本の、あるなしの2択からの話になってしまっているそうです」
唯一手紙をやり取りしている弟から聞いたと。
「ぬぬん」
男は無論、黒子も、自身では4つと言っていたけれど、実は5つ目を持っている自覚もあるのではないかと、我は思っている。
あの黒子も。
しかし、赤の国へ向かったら、誰でも彼でもなく、空の魔法があると信じる側の人間に話を聞かないとダメそうだ。
「人の血を獣に混ぜたら獣も魔法を使えるのの?」
そんな質問は、笑われるかと思ったけれど、
「どうでしょうか。人と獣ですから、身体は異物と捉えるでしょうし、場合によっては、……死んでしまうかと」
考えることは同じか。
ふわふわ頭は笑いもせずに、パンを口に放り込みつつ、真剣な顔で答えてくれる。
どうやらパンを気に入ってくれたらしい。
「……では、少量ではどうの?」
「んん、そうですね。同じ花は花でも、ミモザと百合くらい違うといえばいいでしょうか」
幼子の我に気を遣ってか例えが乙女である。
ふわふわ頭に習うとすると、我と男は、花としてはどれくらい近いのであろう。
少なくとも、男は死んではいないし我の血は馴染んでいる。
眠りと言う副作用はあるけれど。
パンにバターを塗りたくり、ポーンとお行儀悪く口に放り込む狸擬きを見ていたふわふわ頭は、
「……でも、この彼の様に、まるで人の様な姿を見ると」
あっという間に飲み干し空になったスープの器を置くと。
「研究も勉強も、何かこう、根本から違っているんじゃないかと、若干、不安にもなりますね」
決して赤の国の勉強を否定しているわけではないんですがと、ふっと息を吐いて苦笑いする。
「フン?」
切り分けたオムレツをフォークでズブリと刺して自分の皿に落とす狸擬きは、溜め息を吐いたふわふわ頭に、
「欲しいのか?」
とオムレツを皿に乗せてやっている。
どうやら狸擬きの中では、このふわふわ頭は、自分より格下で、庇護対象らしい。
「まぁこやつは山の主であるからの、少し特異であるの」
男の通訳に、
「山の主ですか……。僕、初めて会いました」
感激ですと狸擬きに握手を求め、フフンとしたり狸は、
「フーフン」
お腹いっぱいですとフォークをテーブルに置く。
赤の国にも山はあるけれど、
「とても遠くて、この青の国が山が近くてびっくりしました」
と思い出すような顔をする、ふわふわと頭のふわふわと揺れる髪に目が留まり。
「の、お主も、動物が唯一無二の相棒である"あぴーる"で髪を無造作に伸ばしてしてるのの?」
我の通訳に徹している男に、口を拭かれながら訊ねれば。
「……えっ!?……いえいえ!いや、違います違います!」
ブンブンかぶりを振って否定された。
違うのか。
ただ単に、大きな国や街には存在する「床屋」へ行けていないだけらしい。
「……あ」
「?」
「今まで普通に話し掛けてくれていた女の子たちが、最近少しよそよそしかったのは、もしかしてこの髪のせいなのかな……」
のぅ。
とはいえ、
「僕は相棒を迎え入れる余裕なんてこれっぽっちもなくて、大学の狼たちの世話で精一杯なんですが」
と肩を竦めて笑う。
そうだ。
「あの狼は大丈夫だったかの?」
「大丈夫です、粗相をしたことに少し落ち込んでいましたが」
のぅ。
知性が高いと羞恥心や動揺具合も比例して高くなるのか。
「そろそろ繁殖の時期なので、少し体調が不安定なのかもしれませんね」
そう言えば、山の狼も早々と雌とまぐわっていたしの。
昨日の狼は、明らかに我のせいであるが。
ふわふわ頭には、
「心から美味しい食事でしたっ」
と礼を言われ、男にも狸擬きにも、おいしかったと口々に礼を言われ、胸許が少しくすぐったい。
ふわふわ頭にも手伝って貰い、皆で片付けをしてから、あらかじめ部屋に運んでいた、ふわふわ頭に見せると約束していた赤茶狼の毛の入った箱を開けて見せれば。
「はっ!はぁぁ……!!」
顔を埋める様に覗き込み眺めている。
狸擬きも箱を覗き込み、
「フーン」
少し懐かしいですと我を振り返る。
「そうの」
「いるとは聞いていたけれど、本当に存在するんですね……」
広げてやると、赤茶色の模様の出方をましまじと見比べている。
あのミミズクも、赤茶狼は、人里の存在しない遠い崖のみに生息していると話していた。
男が珈琲豆を挽き、紅茶とどちらがいいかと訊ねれば、
「紅茶をいただければ」
のの、さすが赤の国の出身。
狸擬きは、
「カフェオレを、牛の乳と半々」
と飲み物1つにも拘り狸。
飲み物を淹れるまで、まじまじと眺めていたふわふわ頭は、
「素晴らしいものを見せていただき、ありがとうございました」
と丁寧に頭を下げるところからして、反対されているから援助がないだけで、実家は裕福でないこともないのかもしれない。
「最近は、性格と毛色は関係あるのかも調べたりしています」
ぬぬ、それは少し楽しそうである。
「の、の。同じ4つ足でも、このずんぐりむっくりには興味はないのの?」
と狸擬きを指で示せば、男の通訳で狸擬きを見たふわふわ頭は、
「正直、とても興味はあるのですが、人様の大事な相棒でありますし、その、あまり獣感がないので、獣のように観察するのも失礼な気がして」
と、とても興味はあるらしい。
けれど、
「フンフンッ」
と鼻を鳴らすのは狸擬き。
「の?」
ずんぐりむっくりとは失礼な、自分はとてもスタイリッシュで端整なフォルムをしていますし、そう見えるだけで足も短くはありません!
と、今も短い足を振り回して憤慨している。
いや。
「足は短いだろうの」
「フーンッ!」
比率の問題です、自分も狼の様に大きくなれば足も長いのです!
と椅子の上で四つん這いになりジダジダする地団駄狸に、ふわふわ頭は、
「はー、器用ですね」
と真剣な顔で見下ろしている。
我は、狸擬きの地団駄を、器用と称すふわふわ頭の頭の構造が少し気になる。
フンフンとご立腹狸は、まだ何か言い掛けていたけれど、はたと動きを止めると。
「……フーフン」
鳥が来ますと、丸みのある耳を傾けて窓を見る。
「の?」
我は椅子から飛び降りると、水場の踏み台を窓際に運び、踏み台に乗って窓を開ける。
途端に冷たい冷気がぶわりと部屋に舞い込み。
男が、どうしたと訊ねる前に、
「ピチッ」
黄緑の小鳥がスイッと入ってきた。
色からして街を飛び回る小鳥、気性は穏やか、なはず。
「あぁ、組合からだな」
男が小鳥の足から金具を外す。
ダンディか。
「なんの?」
「時間がある時に来てもらえないかと書いてある」
おやの。
別れたばかりだと言うのに。
ふわふわ頭が、
「お忙しい様でしたらお暇します」
と、その物言いからして、小鳥便は街でも、多少急を要する時に使われるものだと分かる。
忙しくはないけれど、ダンディからの呼び出しは確かに気になる。
ふわふわ頭に残りのパンを袋に詰めてやると、
「えっ!?いいんですか?ありがとうございます!」
跳び跳ねんばかりに喜んでいる。
『……』
狸擬きもさすがに日常的に腹を空かせてそうなふわふわ頭にパンを譲ることに文句はないようだけれど、今日は手伝いもせずにぐーぐー寝けていたこやつに、何を言う資格はない。
大通りで、パンの入った袋を抱えて嬉しそうに手を振るふわふわ頭と別れ、午後は少し賑わう組合へ向かえば、ダンディに迎えられ、そのまま2階の個室に通された。
フクロウと共にやってきたミミズクは、組合の鳥たちとも色々な話を出来て、とても楽しいですと教えてくれる。
ダンディ曰く、このミミズクはとても穏やかな性格をしてるし賢いため、どんな鳥たちも仲良く話せ、たまには鳥同士の喧嘩の仲裁すらしているらしい。
大変に出来たミミズクである。
(ただ無駄に長生きしてる我等とは全く違うの……)
目の前に腰を下ろしたダンディからは、
「リスの業者への卸しは問題なく行えました」
と、リスを卸した分のコインを渡された。
「の?」
組合からの報酬が出せないだけで、卸したリスの報酬は別だと。
コインの多さから見るに、仲介の立場となるダンディは1コインも受け取っていない。
理由は、無論、ダンディの善意でもダンディのタダ働きでもなく。
我等がわざわざ呼び出された理由に通じるそれは。
「大物の獣ですか」
新しい依頼のため。
しかも。
「狩り」
しかも大物と来た。
(ぬふん♪)
「いえいえ、まずは大型の獣の狩りは可能かどうかをお聞きしたく……」
ダンディは、それでも、あのリスの数を見て可能と判断したのだろう。
男はとかく渋い顔をし、それでも、我と狸擬きの期待に満ちたら4つの眼差しに。
「い、一応は……」
と、物凄く渋々頷いている。
「あぁ、本当に申し訳ない」
ダンディは、当然男の渋い顔の意味を勝手に読み違え、分厚いその身体を申し訳なさそうに小さくしている。
リスを卸した業者から、この時期でも冬眠しない熊や、大型の鹿が目撃されたと聞いたのだと言う。
(いつか湖畔で見たような鹿かの)
奴は大変に美味だった。
思い出したのか、食後にも関わらず、隣で狸擬きもごくりと喉を鳴らしている。
「大きなデメリットとして、組合を通せない時点で、やはり報酬はとても限られてしまうのですが……」
ダンディはそこも気にしているのだろう。
リスクに対しての報酬の少なさ。
依頼を本来ならば遠慮したいで、してくれているであろう我等に頼むのは、リスよりも遥かに切羽詰まっているから。
「の、の」
「……」
男の腕を引っ張ると、男は渋い顔をしたまま我を見下ろしてくるため。
「善因善果、というやつの」
こそりと囁けば。
「……君は、そんな人のために生きている子だったかな?」
ののぅ、笑顔が怖いの。
して我は、この男に一体どんな風に見られているのだ。
なんぞ。
我は私利私欲の権化なのか。
我田引水か。
(……まぁ)
今までの行いを振り返れば、強くも否定も出来ないのが、また辛いところ。
ぬぬぅ。
では。
「我がお山へ行くのは、こやつの散歩がてらの」
狸擬きを指差せば。
「フーン♪」
熊肉、鹿肉と、もうウキウキ狸。
「ほれの」
男は、我だけでなく狸擬きにも大概弱い。
「……」
男は溜め息がてら頷き、いや、そもそも不毛な話し合いはする気がないのか。
「……どの辺りで目撃されましたか?」
ダンディに訊ねている。
ダンディは、パッと笑顔になり、そそくさと地図を広げ、指を差すのは。
(おや、思ったより遥かに畑に近いの……)
早朝とは言え、今朝の麓の方から走って行った方が人目には付かない。
すると、
(畑の方から、運ばねばならか)
鹿は角でも掴んで引き摺れはよいかの。
熊はどうするか。
足でも引っ張るか。
狸擬きの視線を感じる。
「……あぁ」
思わず声が漏れた。
簡単な話だ。
(誘導すればいいだけであるの)
狸擬き曰く、我は、あやつら獣たちには美味しい美味しい獲物に見えるらしいからの。
地図を眺めつつ目を細めると、そんな顔を、目の前のダンディに、じっと見られていた。
(……?)
テーブル越しに、しばし見つめ合い。
我は、我等に大変に素敵な依頼をしてくれたダンディに対し、にんまりと口角を上げて見せたけれど。
「……っ」
ダンディの眉はピクリと上がり、少し困惑した笑みを返してくれる。
では、小鳥を付けましょうなどと2人が話している間。
「……今日は我も少し食べ過ぎたの」
ソファに横たわる狸擬きに、ぐてりともたれ掛かる。
「フーン」
自分もです、あの若い人間の男につられましたと。
「大物は馬車の近くまで誘導するから頼むの」
「フーン」
おまかせ下さいと、何とも頼りになる狸。
リスの前に、まずは大型の獣から。
夕刻から雲が広がり、街には夜半から雪が降りだしてきた。