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33粒目

薄曇りの翌朝。

組合へ顔を出すと、

「おやの」

フクロウとミミズクが鳥の待機所で仲良く並んでいた。

ミミズクを外に連れ出すと、

『昨夜はありがとうございました』

「どうだったの?」

『あの大柄な人はとてもよくしてくれて、ぐっすり休めました』

フクロウの彼女ともたくさん話せて嬉しかったと。

「我等は街を少し歩いて回るけれど、お主はどうするかの?」

ミミズクはちらと組合を振り返るけれど、扉は閉まり中は見えない。

が、ダンディが肩にフクロウを乗せて出てきた。

男と挨拶している。

ミミズクはフクロウと小さく言葉を交わすと、

『僕もお付き合いさせてください』

散歩に付き合うと言う。

ダンディに手を振って歩き出すと、

「フンフン」

「の?」

「フーン」

喉が渇きました、と狸擬き。

「……雨でも降らぬかの」

空を見上げてやれば、

「フーンッ!!」

ジダジタ狸。

ミミズクが背中で少し跳ね上がる。

「くふふ、冗談の」

お主の鼻で美味しい店を探すののと言えば。

「フーン!」

張り切ってテンテコ歩き出す。

我は。

冷たい風に、背中の髪を流して歩く。

今日は顔周りの側面の髪を三つ編みにして、早速細いリボンが一緒に編み込まれている。

狸擬きは、フンフンと張り切って歩くものの、

「フーン?」

「開店まであと1時間だそうだ」

「フーン」

「そこは持ち帰りの酒屋の。……なんの、風邪でもひいておるのの?」

なんとかは風邪は引かぬと言うに。

「フゥン……?」

狸擬きも首を捻っている。

テンテコテンテコとなんだかんだ、街の郊外まで向かうと、

「フーン」

獣の臭いがしますと狸擬き。

ここは獣の国であるからの。

と思っていると。

「の……」

「お……」

「フーン」

大きな敷地と、大きな建物。

しかし城ではなく、

「フーン?」

「ここは、多分学校の」

建物が幾つもある。

人の学校に見えるけれど。

そう高くない柵が大きな敷地を囲い、柵に沿いながら先に進むと、観音扉の門も開きっぱなしで、今は枯れた芝生の間に建物へ続く石畳の道ができている。

建物は勿論青く、一番手前が、多分初等科と思われる。

2人と1匹と1羽、誰1人として縁のない学舎とやらと眺めていると、我等とは反対側の道から、やはり柵に沿って走ってきた若い男に、

「入学希望者の方ですか?」

と息を切らしながら聞かれたらしい。

寒くないのか、白いシャツに鮮やかな青いベスト。茶色いパンツにブーツ。

ふわふわの髪は少し長く、無精か、この男も恋人はいらないアピールか。

男よりも小柄、ファニーフェイスと言えばいいのか、辛うじて成人はしていそうな男だけれど、人当たりのいい、目が合えば微笑み、えくぼがちゃーみんぐだと思う。

男が否定すると、我を見て、

「まだ小さいですもんね」

と目を細め、

「では、何かお約束ですか?」

と聞かれたけれど。

こやつは何か急いでいた気がする。

男もそれに気付き訊ねれば、ふわふわの髪を更にふわっとさせて、

「そうだ!遅刻してたんでした!」

とあわあわし、

「あ、今日は2時限目まで授業をはないんです、ちょっと待っててください!」

と言い残し、中へ駆けていった。

「……?」

男と顔を見合わせるけれど。

「まぁ、我等は暇であるしの」

2時限目までない、とは、教師であろうか。

なんとなしに子供には好かれそうな気がする。

ものの5分もしないうちに、ふわふわ頭が戻ってきた。

「お、お待たせしました……っ」

ゼーゼーしている。

男が、特に用はなく眺めていただけだと、無駄に急かしたことを謝るも、

「いえいえ、あっ……よかったら覗いて行ってください」

先の入学予定者だと思われている。

いいのかと思ったけれど、

「フーン」

狸擬きが、中が見たいですと我を見上げてくるため。

「では後学のために」

お邪魔することにした。

「ここは、初等、中等、高等で、隣の敷地に大学があります」

ふわふわ頭は、

「午前中はこちらの初等部で勉強を教えていまして、午後は大学です」

そういえば南の白い珈琲の街でも、教員と勉強を掛け持ちしているムチムチ姉たちがいた。

ここでも同じらしい。

「僕は、狼の、特に毛の色に付いて調べています」

「ほう」

ふわふわ頭は、特に面白味のない学舎そのものではなく、

「中庭です、風が抜けにくいので冬は陽射しが入ると暖かいんですよ」

と、ベンチではなく丸い木のテーブルと椅子のある空間や、

「温室です」

と、また立派な造りのものを見学させてくれ。

中も別に悪戯するような者は存在しないらしく、

「お昼寝が捗りそうの」

知らぬ草木が多い。

ふわふわ頭が何か早口で解説してくれているけれど、早口過ぎて狸擬きは通訳を諦めている。

三階まである校舎の階段を登ると、

「街の1部が見渡せます」

と、とても楽しい見学をさせてくれた。

「ののぅ……」

少し絵本みのある街中。

「フーン」

見えないと狸擬き。

ミミズクが察しよく背中から降りたため、男に抱かれたまま狸擬きを掴んで窓に押し付けてやる。

ミミズクは男の肩に止まり、団子になって青い街を眺めていると、

ふわふわ頭が、あそこは何々であそはどこどこですと教えてくれている。

ふわふわ頭の声を聴きながら、飽きずに景色を眺めていると、

カランコロン、カランコロン

と鐘の音。

「あっ!?」

どうやら2時限目が終わりの合図らしい。

「あ、えと、あああ……っ」

校舎の案内に夢中で、なにやら我等に用件があったらしいのに伝え忘れた様子。

薄々察っしてはいたけれど、このふわふわ頭は、あまり器用でない模様。

色々な匂いや記憶の残る階段を降りながら、

「昼は出られますか?」

男が誘えば、

「はいっ、大丈夫ですっ」

学校の入り口まで送ってもらい、昼に門扉の前でと約束して別れる。

敷地から出てついでに大学の方も外から眺めてみようと歩きだすと。

「こっちの建物も大きいの」

裏手に馬が放牧されており、先には狼舎もある。

狸擬きの獣の臭いとはここから放たれるものだった様子。

「結構待つの?」

「いや、そうでもないな」

狼舎と放牧場を眺めると、狸擬きの存在に、狼がこちらへたたっと駆けてきた。

1匹と1頭は柵ごしに挨拶し、

『群れの狼たちには獲物として見られますが、単体の大きな狼とは、たまに話をしたりしています』

我はミミズクと話す。

我の魔法を探していると話せば、

『人並みに欲深きお方なのですね』

と笑われた。

「この男曰く、我は人であるからの」

ならば我に魔法があっても不思議ではない。

『それはまた、ごちそうさまです』

「?」

ごちそうさま?

狸擬きには、後でふわふわ頭にでも頼んでお主を狼舎に入れて貰うか、最悪狸擬きだけどっかから紛れ込んできた狸として放り込めばいいからと、時間まで適当な店に入りお茶をし、学校周りの店を冷やかしていたら、あっという間に昼の鐘が鳴った。


「お待たせしましたっ」

とやはり薄着で駆けてきたふわふわ頭は、

「大学の食堂へ行きませんか?」

とニコニコ指を差し、ポケットを探ると、

「……」

顔色を青くする。

「の?」

「財布を忘れたと」

なんと、ドジっ子かの。

男が案内の礼に御馳走させてくださいと笑い、ふわふわ頭は恐縮して、こっちですと歩き出す。

ふわふわ頭は大学近くの小さなアパルトメントに住んでおり、今朝は徹夜して寝坊したと。

大きな敷地をぐるりと周り、こちらも開きっぱなしの門扉の中は、日差しがあるせいか、数人は寝転がったり、敷物を広げて昼をとっている。

食堂は独立し、門扉から見える2階建ての建物。

大きいはずなのだけれど、隣に大学と言う建物があるせいで、ちんまりして見える。

窓も大きく明るく、ひたすら長いテーブルが並んでいるわけでもない。

(……想像していた学食と違うの)

何だか垢抜けている。

忙しくキョロキョロしている我と獣たちを見て、

「2階へも行ってみましょうか」

ふわふわ頭が案内してくれる。

当然、若い男女の姿が多く、ふわふわ頭もテーブルにいる女に挨拶されている。

「ランチメニューはほぼ決まっていまして、その分安いんです」

男が抱っこしたままの我を窓際の椅子に座らせると、ふわふわ頭と共にカウンターへ向かう。

「フーン」

向かいに座る狸擬きは、若い人間の匂いが強いですと。

「好きの?」

「フーン」

若干疲れますと。

「お主はどうの?」

テーブルに乗るミミズクは、

『凄く新鮮な体験です』

とそわそわしている。

が、すぐに視線を一方に向け、それは狸擬きも同じ。

若い男女と言うのは好奇心も大きい。

なにやら物珍しい我に、もっと物珍しい狸擬きに、更に色は希少な灰色ミミズク。

それらが自分達の「テリトリー」である大学の食堂に現れたのだから、気を引かれないわけがない。

近付いてきた人間に話し掛けられるも、伝わらない。

多分、

どこから?

ふわふわ頭の知り合い?

的なことを話し掛けられているけれど、それが1人でなく囲むように問い掛けられるものだから、狸擬きの通訳も追い付かず。

ただ、さすが獣の国。

どんなに物珍しくても、不用意にミミズクはおろか、狸擬きに触れる者はおらず、間もなく、背後から声がして、ふわふわ頭と男が姿を見せた。

そして男とふわふわ頭の持つ盆に乗ったそれは、

「ベーグルだそうだよ」

ベーグル。

丸いパンに大きなおヘソ。

半分に切られて真ん中に魚のオイル漬けと玉ねぎの酢漬けや知らぬ葉が挟まれている。

ふわふわ頭が、多分、解散解散と笑いながら手を振って追い返し、そう大きくない円形のテーブルを囲む。

ミミズクには、切り分けた方がいいのかと訊ねると、

『いえいえ、このままで大丈夫です』

と。

たっぷりのアイスティは、場所が場所だけに。

(ふぬふぬ、質より量であるの)

場所を考えたら正しい。

ベーグルは、持てば案外ずっしりしており、

「ぬぬ、ムチムチしておるの」

何とも、噛み応えがある。

そして。

(みっちりしてるから食べ応えもあるの……)

「フンフン」

悪くないですと狸擬き。

(生地に何か具を混ぜ込んでも美味しそうであるの)

指に付いたソースを舐めると、割りとひょろりとしているのにあっという間に食べ終えたふわふわ頭に、男がおかわり分のコインを渡すと、ふわふわ頭が恐縮したように肩を竦め、たっとカウンターへ向かう。

ミミズクは、上のベーグル食べてから、具を食べて、またベーグルを食べている。

戻ってきたふわふわ頭は、2つ目も驚く程の早さで食べ終えると、

「僕は赤の国の出身なんです」

と教えてくれた。

ほほぅ。

男が、

「彼女が一番気にしている国だ」

とでも伝えたのか、ふわふわ頭はうんうんと頷き何か話し掛けてくる。

「君のその瞳の色からしても相性はばっちりです、きっと気に入ってくれると思います」

と。

キラキラ好奇心に輝く瞳には悪意も他意もなく、

(そうか、こやつの専門は「色」であるの……)

こくりと頷いてみせると、

「あっ、あっと、ごめんなさい、僕はいつもこうで」

と目を覆って謝られる。

「?」

「色に興味がありすぎて、ついつい見てしまったりして」

確かに必要以上に長めに視線は合っていた。

「このふわふわ頭は、遺伝子的な意味で色に興味があるのかの」

「イデンシ?」

「フン?」

『?』

男にも狸擬きにもミミズクにも首を傾げられる。

「失敬。血のことの、血の交わりと繋がりで起こる変化に興味があるのの?」

男に訳して貰えば、

「はい、単純に両親の血だけではなく、血筋を調べてどう色が出るのかを調べるのも楽しくて」

特に狼が好きで、赤の国の高等部を出てからこっちに来たのだと言う。

更に、

「実は、こちらに来るのは親に反対されていまして……」

こちらの世界では初めて聞くため珍しいけれど、本来は珍しい事例ではないのだろうか。

「以前、両親が偶然に知り合った青の国の人が、少し動物愛の激しい方だったみたいで、それで苦手意識が残ってしまったみたいなんです」

ダンディの外面を隠さない状態のような人間だろうか。

応援はしないけれど、強く反対もしないとの言葉に、学校に頼んで受け入れて貰えるように頼み、今は子供に勉強を教えつつ賃金を貰い、勉強をしていると。

(苦学生の)

優秀ではありそうだ。

食後に狼舎を見学させてもらいたいと頼めば、ふわふわ頭は喜んでと立ち上がる。

「フーン♪」

大きな大学の建物を抜けて柵越しではなく、狼たちと対面した狸擬きは、

「フンフン♪」

早速、仲良くなり敷地を狼たちと駆け回り始める。

「お主は良いのの?」

男の肩に止まったミミズクに訊ねれば。

『はい、この方の話を聞きたいので』

勉強熱心である。

「山にいる灰色や赤茶の狼のことは調べぬのの?」

「興味はありますが、そこまで手が回らないのと、……赤茶?」

男の通訳に、言葉を止める。

南の方の草原の遠くの遠くの崖の方に生息していたと話せば、

「あぁっ、本当にそんな色の狼もいるんですね、見てみたいなぁ」

と、もどかしそうにふわふわ頭に手を当てる。

そういえば。

「赤茶の毛はまだ荷台に積みっぱなしであろうの」

南の白い珈琲の街では卸していないはず。

「あ……」

男も大概うっかり者である。

毛皮だけでも見せようかと提案すれば、

「え?え?わぁ!本当ですか!?嬉しいです!!」

大きなガッツポーズ。

ミミズクも、

『えぇ、住むには少し環境の厳しい場所の狼たちは、赤茶が多いですね』

崖下に流れる濁流の色に似ていると教えてくれる。

のんびり皆が駆け回るのを狼舎から眺めていた狼が1頭、スタスタとこちらへやってきた。

ふわふわ頭がその狼の頭を撫でると、

「赤の国は、何に興味が?」

と男を通して聞かれる。

「魔法の」

我の答えに、ふわふわ頭はうんうんと頷き、

「魔法の勉強もとっても楽しいですよ」

弟は魔法の勉強をしたいと言っているのだと。

弟。

やはりふわふわ頭なのだろうか。

ふわふわ頭に撫でられている狼は、青年の真横に付き、後ろ足だけは地面に付きつつ、ちらちらこちらを窺ってる。

「の」

「ん?」

「我も撫でて良いか聞いて欲しいの」

「あぁ、頼んでみようか」

あのおかっぱ娘の狼たちは、我を見てもなんとも思っていなかった。

この獣の国のおかげであろうか。

山の狼には、我は半か丁かの劇薬に見えていたらしいけれど。

ふわふわ頭には、我がただの小さな子供にしか見えていないため、

「もちろん、優しく撫でてあげてください」

と言うため。

狼の前に立てば。

「……」

我が手を伸ばす前に。

狼は。

ブルルルンッとなぜか全身を震わせ。

「……の?」

途端に、ふわふわ頭の慌てた様子。

(の?)

主様、主様も一緒に駆けっこで遊びましょう、とご機嫌にテンテコやってきた狸擬きも、

「……」

狼の異変に気づいたらしく、言葉を止めて我の隣に立つ。

そう。

狸擬きもすぐに気付いた。

少し刺激的な臭い。

地面に広がる液体。

なんと。

我に目の前に立たれた狼は、白眼を剥いてお漏らしをしていた。

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