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31粒目

長命の鳥の存在に。

なぜお主が気付かぬ。

「フーン」

山の主ではないからですと。

雑なアンテナしか持ってないの。

「フン?」

しかし、少し気になる。

狸擬きが小さくもフーンフーンと鼻を鳴らすせいか、狼たちがむくりと頭だけ起こし、揃ってこちらを見上げてくる。

「お主等も運動会の予選に出ると聞いたの」

「♪」

「♪」

「フーン」

たくさんの同胞に会えるのが楽しみだと。

「のぅ」

狼からしても、そもそも本戦の運動会に出る気がないらしい。

本戦の運動会に出る狼は日頃からそのための訓練をしているらしい。

そう言えば、

(青の青年からも聞いたの……)

青年と狼はまだ海に浮かぶお船の中であろうか。

ダンディの作る食事をありがたく頂くと、男の作る料理が少し恋しくなる。

若い娘は、

「私にはもう可愛すぎるから」

と水色の髪留めやらリボンを貰えた。

(ふぬ……)

髪留めに罪はない。

有り難く頂き、それでも、帰り道は荷物を持つ男に構わず、

「抱っこの」

男に抱っこをせがみ、パラパラと雪の降る街中を歩き、宿へ帰る。


「のの、雪はやんだの」

「フーン」

窓を開けてみれば、道はうっすら白い。

朝から、おにぎり以外は男の作る具だくさんのスープ、キノコのソテーを食べ。

晴れてはいるし、午後には道は少し歩きやすくなるだろうとの男の予報に。

ならば、

「昼までに、バターロールにでも挑戦してみるかの」

「フーン♪」

知らない名前の食べ物ですが、きっと美味しいものでしょうと狸擬き。

「虫の幼虫みたいな形のパンの」

「フン?」

「例えが……」

男の苦笑い。

ペタペタ捏ねて叩き発酵させ。

「のの」

昼前には、まぁ形は少し長細くなったけれど、ロールパンが焼けた。

「フゥゥゥン♪」

パンのいい香りが広がり、その場でくるくる回り、味見味見とうるさい狸擬き。

「どうの?」

「フンフンッ♪」

追加でバターが欲しいですと贅沢狸。

「俺にも」

地図になにやら書き足していた男もやってきた。

「の」

「……うん。うん、美味い」

目が見開かれ、優しい甘さがあると。

「フーン」

もう1つと催促してくる狸擬きを無視して、バターロールに、ジャムや、蒸かした芋の残りと燻製肉、少しの野菜を挟んだものなどを、カゴに詰め、外へ出る。

今日は、あれ以上はお船が進まぬ河川港の先の方に、散歩がてら行きたいと伝えていたのだ。

道が悪いせいで街を歩く人間は少なく、路面馬車に人がみっちり。

すれ違う路面馬車に乗る子供が、笑顔で手を振ってくれる。

手を振り返せば、まだ残る雪が反射して少し眩しい。

組合を通り過ぎ、河川港の馬車置き場に馬車を停めると、船乗り場から建物も途切れる奥に向かって歩き出す。

「ぬぬ」

河川港をあそこに作ったのは、あれだけ広い川幅が途端に狭まるためだろう。

それに。

「道が悪いの」

舗装されぬ道なき道は、今はまだ雪が残り、地面も見にくい。

「すまぬの」

来る日を間違えた。

「いや、大丈夫だ」

男はいつもの服に着替えているため、若干の悪路でもすいすい付いてくる。

狸擬きはさすがに軽い足取りで、背負い鞄を身に付けていても、軽々と先にトットコ進んでいく。

木々が並び始め徐々に登り坂になり、川は結構な勢いで流れている。

先まで足跡を付けて走っていた狸擬きが戻ってくると、

「フーン」

少し先に、枝分かれした沢が流れていますと。

「のの♪」

山での狸擬きの「少し先」はあてにならない。

ひたすら奥へ奥へ山に近い斜面を上がり木々の間を抜けていくと、しかし。

「……フーン」

狸擬きが、沢の前で空を見上げていた。

「……」

「どうした?」

さすがに息を吐いていた男が、足を止めた我に、声を固くする。

「……何か来るの」

くるくると大きく旋回しながら降りてきたのは、白い顔回り以外は淡い灰色一色のミミズク。

ふわふわと冬毛が暖かそうで、頭の羽が控え目に主張している。

フクロウが言っていた、長命の同胞だろうか。

「はじめましての」

『はじめまして』

「のっ」

かなり幼い少年の声に驚く。

てっきり嗄れた老人の声だと思ったのだ。

『同胞以外でお話が出来る方は初めてです』

「お主は、昨日お山にいたフクロウかの」

『えぇ』

「長生きの?」

『いえ、まだ60年程です』

野生の猛禽類にしては奇跡の長さ。

このミミズクは、遠い国で、ミミズクを繁殖を生業にしている家で生まれたらしい。

『僕の毛色は、僕の生まれた国では少し珍しいらしくて、親にも人にも大事に育てられて、すぐに、新しい人の家に預けられるはずだったんですが』

ですが。

『その日、窓から見ていた空がとても青くて広くて』

ふぬ。

『勢いで、扉が開いた時に、外に飛び出してしまったんです』

大胆である。

『いえ、無謀と言うか、本当に外の世界を知らない赤ん坊で、その時も、まだ何とか飛べるようになり始めたばかりだったんです。

身体は軽いせいで風に乗って山の方まで飛んでみたんですが、すぐに見たこともない、大きな大きな鳥に襲われかけまして』

よく生きてるの。

『たまたま、その鳥を地上から狙っていた人間と中型のがいまして』

食われる寸前に嘴から落ちて、死にかけていたところを、その人間と鳥に助けられたと。

『近くに、貴重な白い花が咲いていて、鳥がそれを採り、それを口に入れられて、元気になるまで何度も白い花を食べさせられて、それで何とか生き延びたみたいです』

白い花。

崖に咲いているあの花のことだろうか。

『僕は、恐らくその花の過剰摂取で、他の同胞より少しばかり長生きしているようです』

身体は成長したけれど、ある程度で老化は止まっているらしい。

そのため声も幼い男児のまま。

「助けてくれた人間と鳥は?」

『しばらく一緒にいさせてもらい、狩りをしつつ過ごしていたのですが』

馬車で狭い崖を渡っている時に、運悪く道が崩れ、人間は馬車ごと谷底へ消えてしまったと。

『私と鳥は直後に飛んで何とか難を凌ぎました。そしてその鳥と一緒に過ごしていましたが、やはり唯一無二のパートナーを失った鳥は、徐々に生きる気力をなくして、早々とら人間のパートナーの許へ旅立ってしまいました』

たった1羽取り残されたこのミミズクは、生まれた家に戻る気にもなれず、出会う雌と恋をしても、どうやら自分は子はなせず仕舞いで、それでもいいと一緒にいた雌にも、早々と寿命で旅立たれ、やがて、広いであろう世界を旅をして生きようと決めたと。

『ここには辿り着いてからまだ4日程度でしょうか、あの何もない広場で、同胞と、更に微かに自分と似た生き物の姿を感じて、声を掛けさせて貰いました』

「色々旅したのの?」

『えぇ。でも、たまに恩人の落ちた谷底へ花を落としに帰ったりしているので、言う程遠くでもないのかもしれません』

情に厚いの。

男が煙草に火を吐ける。

「それで、我に何の用かの」

『えぇ。少し、お話相手になって貰えたらと思い参りました』

ふぬふぬ。

特に面倒な依頼などはではないらしい。

「良いの」

しかしその前に、小豆を研ぎたい。

男が川下で煙草を吹かし、ミミズクは狸擬きと何やら話を始めた。


「あーずき洗おか、おーさかーな食ーべよーか」

しゃきしゃきしゃき

しゃきしゃきしゃき

「あーずき洗おか、バターロール食ーべよーか」

しゃきしゃきしゃき

しゃきしゃきしゃき

ふふんふふん♪

ふふんふふん♪


「ふぬん♪」

満足したけれど、

「のの、濡れたの」

「おいで」

男に乾かして貰う。

今日は前開きの、リボンとボタンの付いた青いワンピース。

丈が短い分、白と水色のフリルのドロワーズを身に付けている。

ミミズクは、この3国には初めて来たといい、海を渡る時は船に紛れ込んでいると言う。

『ここ数年は三度ほど、谷底へ花を落としに行ったのですが、その度に天気が荒れて、辿り着けず。……何となくもう、人間にも鳥にも、ここには来るなと言われているように感じてしまって』

人間の相棒だった鳥は、自分が息を引き取ったら、自分の身体を、あの人間のいる崖まで運び、同じ場所に落として欲しいと頼まれたため、その通りに、谷底へ落としたと。

そこは、我は勿論、男も知らぬ土地の名前。

切り立った剥き出しの崖が多く、けれど花畑もたくさんあり、美しい場所だと。

『僕たちの繁殖を生業として生活できる人間がいる程度に栄えている街でしょうか』

穏やかに話しているミミズクは、けれど、少し落ち着かなさげにそわそわと身体を揺らている。

「の?」

『……対価のない身で大変に図々しいのは承知の上なのですが』

「ふぬ」

「その、カゴの中のとてもいい匂いのする食事を少しばかり分けて貰えたらと」

のの、バターロールか。

「よいの、対価はお主の旅の話の」

『感謝します』

羽を広げて喜ぶミミズク。

常緑樹の下の雪のない枯葉の上に敷物を広げ、狸擬きに背負わせていた背負い袋からコンロと小鍋を取り出す。

ミミズクは、私にも良ければ珈琲を頂けますか、と。

「のの、珈琲派かの」

渋い。

『旅をしていた人間が珈琲が好きだったので』

久しく飲んでいないため、久々に味わいたいと。

「誰か、人といることはなかったのの?」

『そうですね……』

珈琲の香りに目を細めたミミズクは、

『同胞とは違い、また不意に置いていかれたらと思うと、人と共にいることが、少し怖いのかもしれません』

命の恩人と言うだけでなく、その人間と鳥のことを、とても慕っていたのだろう。

「我は昨日もらったビスケットを齧るから、バターロールサンドはお主らで分けるの」

朝から男の作るスープやキノコを目一杯平らげてきたため、山歩きをしても尚、そこまでぽんぽんは減っていない。

そして食い意地の権化とも言える狸擬きも、さすがに真っ先に前足を伸ばさず、

「お好きなものをどうぞ」

と先にミミズクに選ばせている。

肉系を選ぶかと思ったら、檸檬ジャムを挟んだバターロールを選び、

『ではお言葉に甘えさせていただきます』

とツンツン摘み。

『……!?♪』

少し跳ねてから、夢中になって啄んでいる。

「このミミズクのいた地名は、この国の者なら分かるかの」

「後で地図を見て、あの彼にでも聞いてみようか」

「の」

そうだ。

「白い花は飲めば長命になるのかの」

『いえ、自分で言うのもなんですが、元々、自分は長命の部類だったのだと思います』

そこに白い花の力で、少し寿命が伸びたと。

野生で60年、確実に花の力であろう。

(研師はどれほど長生きするかの)

白い花は小瓶1杯程度だけれど、あれには化け物と称される我の力が混じっている。

急いで会いに行かなくても、生きているのは助かるけれど。

芋と燻製肉の挟んだバターロールも食べたミミズクは、

『人の作る、料理と言われるのもは、やっぱりとても美味しいものですね』

と、絶えずニコニコしているけれど。

「我は人ではないのの」

男が微かにピクリと固まる。

『でも、とても人らしいです』

おやの。

「我を見て異形だと思うものもいれば、お主の様に『人らしい』などと言ってくれるものもいるのの」

なんとも不思議の。

珈琲を飲んで顔回りを焦げ茶にしたミミズクは、慣れた様子で沢に顔を洗いに行く。

男に乾かしてもらい、

『恐縮です』

と恐縮の仕草が身体を少し上下させる仕草がなんとも愛らしい。

「お主のその柔らかい灰色は、我も初めて見るのの」

男も見たことがないと言うし、

「フーン」

狸擬きもないと。

『本来は、もっと遠い場所にいる個体なのかもしれないねと、人間に言われたこともあります』

遠い旅人の人間すらも見たことがない色味だと。

ミミズクは空になったカゴに目を落とし、少し残念そうな顔。

「……」

男を見ると、黙って小さく肩を竦めてくれる。

ふぬ。

(どうにも察しのいい男の)

「の」

『はい?』

「良ければ、この国にいる間だけでも、我等と一緒にいるのの?」

大したもてなしは出来ぬがのと付け加える。

『いいのでしょうか?』

ふわっと身体が浮くように、目も真ん丸に見開かれる。

「我等はそう簡単には死なぬからの」

「フーン♪」

『……』

ミミズクは声なく笑うと、

『では少しだけ、ご一緒させてください』

と会釈するように目を閉じた。

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