29粒目
翌朝。
そろそろかなと宿から出ると、ダンディが迎えに来てくれたところだった。
「あぁ、今日も可愛らしいお洋服だ、とても似合っていますね」
新しい青の、エプロン付きのふしぎの国のアリスワンピース。
ダンディがうんうんと褒めてくれる。
「んふー♪」
男が我と狸擬きのポンチョを片手にやってくると、ダンディと挨拶している。
そのダンディの肩には、フクロウ。
「フーン♪」
「♪」
「昨日のお方達に会いに行くと言ったら、肩に乗ってきまして」
フクロウは、案外表情が豊かである。
「今日は青くない服の」
深緑のジャケットとチョッキにパンツに黒いシャツ、髪もしっかりポマードで固め、ダンディではあるものの、青くない。
ジャケットから覗くハンカチが唯一青い。
「はい、青の国では、今は特に、制服や働き手の服が青、と暗黙の了解といいますか」
ふぬぬ、男が話していた通りだ。
街の大通りまで出ると、狸擬きが馬車道を、馬に跨がり通り過ぎて行く人間を少しだけ羨ましそうに眺めるけれど。
あの茶の組合の姉のダイナミックな乗馬を思い出したのか、
「……」
トテトテと黙って我の隣を歩き出す。
狼のための広場や、馬の放牧場も多いらしく。
ダンディは、
「狼の運動会は、えぇ、私たち組合の人間は仕事で少し駆り出されます」
と。
この国は、
「そうですね、組合は国の管理下になります」
ダンディは公務員か。
運動会は、あの若い娘住むの街で行われると。
ダンディの話では、過去に一度、鳥の運動会も一度あったらしい。
しかし。
「その、やはり出場するのは気の強い鳥が多く、鳥同士の乱闘が起きて収拾がつかず……」
「のぅ」
リアルバードファイト。
(それは是非見てみたかったの)
何でもござれの死闘覚悟で、もう一度開催してくれないだろうか。
「……」
非合法の地下闘技場、になるのか。
元いた世界で拾った漫画で読んだ。
この平和な世界では望めそうにはない。
(んの)
そうだ、鳥で思い出した。
「の、の、我は長命の鳥とやらと会いたいの」
我の手を引く男の手を引っ張ると、あぁ、そうだなと男がダンディに訊ねてくれるけれど。
「……っ」
ダンディがぴたりと足を止めた。
また笑顔が固まっている。
「?」
あの組合で鳥の紹介を頼んだ時と、同じ顔。
「の?」
ダンディはその作り笑顔のまま辺りを見回すと、
「お連れしたい場所は、少し距離がありました移動馬車に乗りませんか?」
ちょうどトコトコと道を走ってきた、個室の移動馬車に手を振り、運転手のじじが止まる。
ダンディが、多分行き先かなにかを伝え、じじはうんうんと頷くと、後ろを指差す。
馬車は荷台などではなく、あの小麦の国の王子に徴集された時の、人を乗せることだけに特化した個室の馬車。
我と男、ダンディとフクロウに狸擬きが並んで座り、馬車が走り出すと、ふぅと息を吐き。
「そのですね。獣協会の鳥のことなのですが……」
両手の指を絡め、気まずそうに視線を落とす。
「……」
(おや、寿命が尽きたかばかりだったりするのかの…)
男と顔を見合わせると。
「その、あなたたちには、きっと気付かれてしまうと思うのでネタばらししますと……」
ネタばらし。
「1代目と同じ色形をした種の鳥がその長命鳥が座っていた棚に座り、今はすでに3代目なのです」
と。
(ののぅ……)
ダンディのあまりのバツの悪そうな顔に、
「ぷふっ」
と堪らず笑ってしまうと、男も苦笑い。
「期待して来てくださったなら、いや、申し訳ない」
別に隣の獣舎の人間たちも、騙すつもりなどなく。
ただ、1代目の小鳥が、長めの15年という寿命を全うした後、どうしてか、その1代目がいたクッションの敷かれた、高い位置にある棚に、またも、毛は真っ白で赤い嘴の小鳥が鎮座する様になり、その時は、誰も気にせず、あぁ、その場所が気に入ったのだろうと思っていたらしい。
けれど、その2代目小鳥も長めの寿命を全うすると、なぜかまた同じ、毛が白く嘴の赤い小鳥が鎮座するようになり。
たまにやってくる外からの客に、
「あの小鳥は随分と長生きだねぇ」
と思われるようになり、徐々に外で噂をされるようになり、中には、その長命さにあやかりたいと、わざわざ拝みに来る客まで出てきて、訂正しにくくなっているのだと。
狸擬きだけでなく、山の主でなくても長命がいるのかと少し期待したから、種明かしをされて、多少のガッカリはあるけれど。
全く悪くないダンディが、恵まれた体躯を大きくない馬車の中で、身の置き場がなさそうにしているため、
「我たちも口を滑らせないようにしないとの」
男に伝えると、男もそうだなと頷く。
ダンディは男の言葉に、
「助かります」
と肩を竦め。
青い街を眺めながら、青の国の名物は何かと訊ねれば、
「魚でしょうか」
とダンディ。
ほうほう。
青の国は川が多く、
「色んな理由で」
魚を食べる人間も多いため、漁も盛んだと。
陸地で海もないため尚更だと。
「私は構わず肉を食べますが」
ダンディが悩ましげな表情になると、馬車が停まった。
馬車が停まったのは、大きな扉が開いた店の前。
ダンディが馬車のじじに煙草と共に代金を支払い、じじが手を振って馬をのんびり歩かせて行く。
目の前の店は獣のおもちゃ屋。
「フーン!?」
狸擬きは大興奮、狸擬きの背中に乗ったフクロウも楽しそうに店内を見回し。
スンとする我に、
「後で本屋を案内して貰おうか」
男からのフォローが入るけれど。
「ふぬん」
きっと獣関連の本ばかりなのだろう。
それはそれで興味深くはあるものの。
(本も嵩張るからの)
男と出会った時は、荷台の小さな箱1つで我の荷物の収納は事足りていたのに。
本置き場のためにも、思ったより早く、我等の拠点を作らねばならないかもしれない。
店内では狸擬きが背中にフクロウを乗せたまま、忙しなく歩き回っている。
ボールはサイズ違いに色違い、文字通り売る程あり、猫じゃらし的なものは、どうやら鳥のためのおもちゃらしい。
ピンポン玉程度の球は、
「フクロウも狩りをするので、投げてやるとそれを足で捕まえます」
と。
ほほう。
「危ないので部屋ではできないのですが」
代わりに、広場という名の野っ原も多いと。
「甘いものは、そうですね、お隣の2つの国から来ているものが多いですね」
あまり目新しいものはないらしい。
山の方は、
「山の狩猟は、今も農作物の被害の軽減のために行われています」
ダンディの含みのある言葉に、
「それも、ダメだと言う人間がいるのの?」
「そうですね、山の動物を殺してはならないと……」
ののぅ。
我とは一生涯相容れぬ相手である。
「さすがにごく一部です、話になりませんから」
ダンディも案外、手厳しい。
青の国は、平地も3国に比べると一番小さいらしい。
「いいところもたくさんある国なのですが、どうにも、我が国の至らぬ所ばかりをお話してしまいますね」
それはダンディがそれだけまともな人間と言うことだろう。
フクロウは猫じゃらしの玩具を眺め、狸擬きは大きさ柄も豊富なボールに目移りしては、狼用の雨具を見上げ、フリスビーに混じる木の棒に首を傾げてと忙しそうだ。
男伝にもう少し山のことを訊ねてもらえば。
この青の国の山も、山の狩猟は組合での手続きが必要なのは変わらないらしい。
「山に入られる様でしたら、いつでも証明書をお出ししますよ」
とも。
男はいやいやと遠慮しているけれど、男と手を繋ぐ我の期待の眼差しに。
「まだリス肉はたくさん残っている」
釘を刺された。
ぬぅ、にべもない。
「フーン♪」
狸擬きが、玩具がたくさんですと報告にくると、
「フンフン♪」
期待の眼差し。
「どれがよいの」
「フーン」
これとこれとこれもと忙しい。
「ボールはサイズ違いを2つ、他の玩具も1つずつの」
「……フーン」
主様は、身体に纏う同じ形のワンピースとやらを、何着も買って貰っています、とご不満狸。
「ぬ、あれは別に我が望んでいるわけではないの」
決して。
「では、ボールは大きさ違いで、3つかの」
ダンディは、布で作られた小さなボールや猫じゃらし的なものを買い、肩に着地したフクロウに話しかけている。
狸擬きは。
「の?早速遊びたいとの?」
「フーン♪」
おもちゃを手に入れたのだから当然か。
広場へ行きましょう、とダンディが大通りから少しして道を外れて行く。
「フーン」
フクロウが主様に、遠くから来られたのかと聞かれております、と狸擬き伝に訊ねられた。
「そうの、わりと遠くの」
お主は案外度胸があるの、と昨日の感想を口にすれば。
「フーン」
昨日は生まれて初めての冒険でしたので、とても緊張しましたが、楽しかったですと。
「ほうほう。」
「フーン」
あなた方に触発されました、と。
「の?」
触発。
どうやら狸擬きはあの短時間で、フクロウに、我等の旅の話を10倍近く盛って話していたらしい。
(のぅ)
しかし。
「あんまり"あぐれっしぶ"になると、お主の相棒が泣くの」
「フーン」
意外性を見せるのも大事だそうです、と。
フクロウは恋愛指南書みたいなことを言う。
ダンディに案内された広場というただの野っ原は、青い民家や畑を越えた先の、更に歩いた山の手前。
「馬くらいになると、きちんと放牧場がありますが」
そして今はこの寒さと山からの寒風に、人は1人もいない。
我等には都合がいい。
「フーン」
ここはとても広いです、まずは追いかけっこをしたいと狸擬き。
ほうほう。
では我も参戦しようとその場で青い靴を脱ぎ、靴下も脱ぐと、
「いち、にの、さんの!」
手を叩いて狸擬きとそれぞれ走り出す。
瞬発力には狸擬きには到底敵わないけれど。
少し離れた場所で速度を弛め、静観する狸擬きの元に、ふわりと飛ぶフクロウと共に元へ全力で走れば、
「フンッ!?」
そう、鬼が2体の2対1のおいかけっこに、
「フーン!?」
その場で飛び上がり、逃げ惑う狸擬き。
「くふふっ!」
「♪」
フクロウと楽しく狸擬きを追い掛け、枯れ草の野っ原を駆け回る。
男とダンディは、からっ風に身を縮めながらも、煙草を吹かし、何か話している。
フクロウと共に狸擬きを追い詰め、
「……ふぬっ!掴まえたの!」
と飛び付けば、
「フーン!!」
掴まりました、と我とごろりと枯れた芝生に転がる。
「♪」
フクロウもご機嫌に芝生に降りてくる。
「フーン」
「の?」
先に少しの沢が流れているようですねと、転がった狸擬きの報告。
「ぬぬ?」
山の方らしい。
フクロウはじっと山の手前の雑木林を見つめている。
仲間でもいるのだろうか。
その沢とやらまで行きたいけれど、声が聞こえ男2人が手を振っている。
それ以上先に行くなと言う合図だろう。
「男たちの元まで駆けっこの、お主のハンデはフクロウを背中に預けておくことの」
「フンッ」
「フクロウ、狸擬きに掴まって落ちないようにの」
「♪」
始めこそ、フクロウが浮き上がり、狸擬きがその度に足を止めていたけれど、徐々にフクロウが身体を狸擬きに寄り添うように倒し、バランスを掴めば、
「フーン♪」
「♪」
完敗で。
「お転婆娘のご帰還だ」
「んふー♪」
男に両腕を伸ばされ、男の胸に飛び込む。
「の、紙を分けて欲しいの」
小さな紙で小さな紙飛行機を作り、高さのある男の腕の中から飛ばしてやれば、
「!?」
ダンディもだけれど、より驚くのはフクロウで、
「♪」
狸擬きと紙飛行機に向かって飛んで行く。
落ちても、狸擬きが器用に飛ばし、また追い掛けていく。
主様、主様と呼ばれて、ボールでも遊んでいたけれど。
「もう寒さが限界だ」
男に呼ばれ、カイロ代わりかぎゅうっと抱き締められる。
ダンディも寒そうだ。
「お主も一緒に走ればよいの」
「う……」
まぁ男もだけれど、ダンディも走れる様な身軽な服装ではなく。
「くふふっ」
「フーンフーン!」
主様、獣用の櫛の専門店なるものがあるようです!
とフクロウに聞いたのか、尻尾をくるくる回して報告してくる狸擬き。
さすが獣の国。
少し窮屈に感じる我とは違い、狸擬きには、この国は、遊園地のような場所なのかもしれない。