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27粒目

組合の外で外套を羽織ったダンディは、

「実は裏が我が家なのですよ」

アパルトメントですが、と指差し、

「何が好きですか?」

と男に抱っこされたままの我を見て、少し作り笑顔が和らぐ。

「少しポンポンが減ったの」

男が答えると、ダンディが先を指差し、歩き出す。

河川港が近いため、馬車道も広いけれど、歩道も広いのは、獣のためだろう。

馬に乗っている人間もいる。

男が、あまり甘いものはないと聞いたけれどと問うと、

「人が動物達に合わせて薄味と言うのは正直少しありますね、でも、食事そのものは別れていますから」

話に聞いた「より獣優先」なのはあの娘のいる隣の街らしい。

「こっちの街は他の国の人も多く出入りしますので、食に関しては問題なく美味しいです」

と、しばらく歩き足を止めたのは、パン屋らしい店。

「パンは勿論、小麦の菓子も美味しいですよ」

歓迎の印です、と御馳走してくれると言うため遠慮なく選び、男とダンディが袋をそれぞれ片手で抱えるほど買うと、

「実は珈琲を淹れるのが趣味なんです、お付き合い願えませんか?」

と部屋に誘われた。

初対面なのに、長年の付き合いでもありそうな「フレンドリー」感。

青い外装だけでなく建物の作りも凝っている、アンティーク感のあるアパルトメントは、大きさの割りに3部屋しかなく、端にある扉の中は、住人共通の階段、2階に上がると、各部屋の扉があり、ダンディの部屋は一番奥。

廊下の中も青色。

窓があり、道路越しの組合が見える。

「動物がダメな賃貸は1つもないですね、国で動物がダメな部屋を許可していないので」

徹底している。

急でも人を呼べる程度には、手前によく手入れされた水場、反対側はたぶん風呂場と雪隠れの扉。

左手の水場の先に階段が見え、寝室へ続くと思われる。

奥は、このアンティークな外装に合う、人形の部屋の様な、最低限の家具しかないけれど、1つ1つが凝ったもので、目を引くのは、天井からぶら下がる、ブランコの様な紐と棒。

そして。

「……」

『……』

『……』

出窓に、真っ白いフクロウがいた。

「のの?」

「私の相棒です」

男が腕を上げると、バサバサとやってきて、腕に留まる。

「昼はこうやって、この子の顔を見るために戻ることが多いんです」

猫足ソファを勧められ、行儀よく玄関先で待っている狸擬きに、ダンディが濡らした布をどうぞと我に渡してくれる。

狸擬きの足を拭いてやると、狸擬きは、

「フーン」

感謝ですと、スタタタと駆けていき、フクロウを気にしつつも、1人掛けのソファに飛び乗ると、フクロウが飛んできて、その肘掛けに留まった。

「フーン♪」

『……♪』

おやの。

鳥はこうツンと澄ましていたり、気の強かったり癖のある印象が強かったけれど、

「フーン♪」

『……♪』

まん丸の目を、三日月型に細めて歓迎してくれている様子。

「組合へは、あまり連れて行かないのですか?」

「たまにですね、彼女は基本、1人が好きなようで」

まだ2歳だと言う。

(あの青年といた青色狼と同じ年か)

「せっかくですし、パンを温めましょう」

「あぁ、手伝いますよ」

男が買ったパンをオーブンの天板に乗せ、ダンディが珈琲を淹れる。

我と狸擬きは牛の乳でいいかと訊ねられてる様子。

頷けば、狸擬きはカフェオレがいいと、案外拘りのある狸。

綺麗な水場の小鍋で温められるのは、牛の乳。

ダンディは、1人でいることの長い、迷いのない動きを見せる。

我は出窓へ向かうも、背伸びしても尚、

(何も見えぬ……)

部屋の端に糞用の皿。

扉のない階段下は、ただ眺めるだけにする。

階段の壁に掛かっている絵は、フクロウだけでなく、狼やフクロウでない小鳥の絵が見えた。

「……」

楽しそうにお喋りする1匹と1羽の邪魔をしたくもなく、再び水場の方へ向かうと、

「これを運んでくれるかな?」

的に、砂糖の入った器の乗った持ち手のある盆をダンディに渡され、頷いてテーブルへ運ぶ。

パンの焼けるいい香りがしてきた。

パンに乗るチーズのいい香りも。

その温め直したパンと飲み物が運ばれてくると、狸擬きソファから降りてローテーブルの前に立つ。

「フクロウもパンを食べるのの?」

「フーン」

基本は肉が一番だそうですと狸擬き。

ダンディがお勧めするだけはあり、パンは小麦の生地からして美味しく、

「ぬん♪」

サクサククロワッサンが特に美味。

「フーン」

狸擬きが、自分もそれを食べたいと言うため、仕方なく半分にしてやると、

「フーン♪」

ダンディが、珈琲を飲む手を止めたまま、狸擬きを凝視している。

そして男を見て、狸擬きを指差し、

「……?」

絶句しているため、男が苦笑いで、少し特殊な狸だと伝えている様子。

狸擬きは、自ら砂糖をたっぷり落としたカフェオレを飲み、

「フンフーン」

クロワッサンとカフェオレはとても合います、といっぱしなこと言う狸擬きは、ダンディの凝視に、

「……?」

砂糖が欲しいのか?

と、ダンディの方に茶色砂糖の入った器を寄せている。

燻製肉の挟まったパンを手に取ると、フクロウが目敏く視線を向けてくるけれど。

「お主の主人、いや、相棒の許可なく与えることは出来ぬの」

特に燻製肉は味も塩っ気も濃い。

ダンディは、冷蔵箱から小皿に何か生肉を取り出すと、テーブルの上に置き、手ずからフクロウに与えている。

そのダンディーに、我や、特に狸擬きの話を聞かれているらしいけれど、男は、彼は彼女の狸であり、詳しいことは知らないと首を傾げている。

食後に2杯目の珈琲と、我もカフェオレを淹れて貰うと、

「初対面の方を急に家にお招きしてしまい、距離のなさにさぞや驚かれたでしょう」

と謝られた。

青の国の人間はフレンドリーなのだな程度にしか思っていなかったけれど、実はそうではないらしい。

「この国では、野生動物との関わり方がとてもデリケートな話題になっているため、その、本来ならば組合でしなくてはいけない話題なのですが、組合でできる話ではなくなっていまして……」

と息を大きく息を吐く。

なんとも面倒そうな前置き。

男の差し出した煙草に、それでもまたニヒルに微笑むと、スマートに1本抜き取っていく。

「獣の国と称していく中で、行く数多(あまた)の野生動物との付き合いを、我々はどうしていくべきかは、いまだに平行線どころか、最近は派閥ができ始めている状態で」

おやの。

「例えば怪我をした動物がいた場合、保護は勿論なんですが、その後に保護した動物をどうするかでも、過激派や過保護派がいまして」

のぅ、面倒そうな国の。

我のスンとした顔に何か察したのか、ダンディは眉を寄せて笑うと、

「動物が好きな気持ちは、皆同じなんですけどねぇ」

と、参りますね、と天井に紫煙を吐き出す。

太い首に、噛みつきやすそうな喉仏が露になる。

「それは、事情を知らないとは言え、ぶしつけに配慮のない頼みをしてしまった様で……」

男が謝ると、

「いえいえとんでもない。……本来ならば、隣の建物の獣組合で話を聞かせてもらうべきなのですが」

獣組合。

「異国の方を巻き込んでのトラブルになりそうでしたので、それは避けたくもあり」

ののぅ。

このダンディは、何よりもまず我等を面倒事から逃がすために、避難所ともなる自室へ招いてくれた模様。

「度々、申し訳ない……」

まぁ大元は我のせいだからの。

「いえいえ、全てはこの国の過剰な獣愛が発端ですので」

想像より遥かに面倒そうな国のため、あの娘と狼に挨拶したら、さっさと赤の国へ行きたい。

「それで、私1人でお力になれるか分かりませんが、野生の獣と対話できる鳥はいないかとのお話でしたが?」

「えぇ、狼です」

「……んん。そうですね、いないことは、ないですが」

相手が野生の狼なのが、更に問題らしい。

それでも、このダンディなら口は軽くなさそうだし、異常な獣狂いでも過激派でもなさそうだ。

フクロウが、出窓に置いていた小さな小さな櫛を咥えて持ってくると、狸擬きに渡し、狸擬きはフクロウの背中の毛を梳いてやっている。

男が、彼女は狸、彼を通して、ごく稀に動物と意志疎通が出来る。

船に乗っている時に、狼がツガイの調子が悪いと助けを求めに来たため、応急措置を施した。

船の上だったため、それっきりなってしまい、鳥を飛ばして様子を知りたいとかいつまんで話せば。

「おぉ、それはすごい」

と、我を見てこれ以上なく目を煌めかせている。

(のぅ)

まともに見えても、さすが獣の国の組合長だけはある。

狸擬きと通してでも獣と意志疎通が出来るのは、大きな夢の1つであろう。

「凄いのはこっちの狸擬きの」

床でフクロウの背中を梳いている狸擬きは、

「フン?」

顔だけをこちらを向け、ぱちりと瞬き。

ダンディはそんな狸擬きを見ると、まだ若い癖に好好爺のように相好を崩し、更にフクロウとのツーショットにうんうんと満足そうに頷いていたけれど。

「……」

「……」

「あぁ、……ゴホンッ、そうですね」

我と男の視線に、咳払いと共に、さも深刻そうに眉を寄せ。

「そうだな……」

顎に握った手を当てて、しばらく目を閉じた後。

「……獣組合を通さずに、個人でやっている鳥便を紹介しましょうか」

と、ポケットから厚手の皮の名刺入れを取り出した。

「個人的になので、安くはありませんが、秘密は守られます」

ただ鳥の個性が若干強く……と、眉を寄せ、

「そう簡単には行かないか」

と、再びお船に乗り、狸擬きを山に放り投げるかと思案していると。

フクロウは狸擬きをくるりと振り返り、櫛を嘴で受け取り。

礼の代わりか、また目を三日月型にしてからテーブルに乗り、ダンディの許へツタツタ歩くと。

軽く羽を広げる。

「……どうした?」

ダンディはおいでと腕を伸ばし、腕に止まったフクロウに頬ずりしている。

「フーン」

「の?」

「フンフーン」

彼女が、自分が行きたいと行ってます、と狸擬き。

「ぬ……?」

「なんて?」

男に問われ、ダンディには言葉は伝わらぬとも、こそりと男に告げると、

「お、おぉ……」

男も、うっと詰まる。

獣愛が過剰な人間は、どこに激昂スイッチがあるか分からないところが、厄介なのだ。

一見まともに思えても

「この子がそんなことを言うわけないだろうが!!」

と、激怒する可能性はなくなない。

獣の勘をもってしても、そこだけは見抜きにくい。

「……その、鳥便の方を紹介してもらえますか?」

白フクロウの言葉は聞かなかったことにして、男がダンディに頼むも。

『……!!』

「おぉ?どうしたんだ?」

フクロウはテーブルの上に立つと、我と男を見て、首を上下に振る。

(ののーぅ)

自分が行く、行きたいとアピールが凄い。

「フーン」

狸擬きの、自分にもこの男に、特におかしなものは感じられません、の言葉を信じ、男が、

「このフクロウが、自分が行きたいと言ってる様で……」

と伝えれば。

ダンディは、雷にでも打たれたように硬直すると、

「あぁ、あぁ……っ!お家が好きな、おとなしい子だと思っていたのに…っ!!」

そんな人助け、獣助けをしたい心を持ち合わせているなんて!

と、ある意味、あの茶の国の組合長より遥かにうるさい全身でのリアクションをしてから。

フクロウを抱き潰さんばかりに抱え、しばらく、1人と1羽の世界に浸ってから。

我と男と狸擬きの視線に。

「失礼。……詳しく話を聞きましょう」

真顔になった。

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