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26粒目

翌朝。

「タイミング合えば赤の国で会えるかもね?」

黒子はお船の乗り場まで見送ってくれた。

「あぁ、会えないことを祈るよ」

「まーたそういうこと言う!」

と唇を尖らせる黒子は、それでもすぐにニッと笑うと、

「またね♪」

と、男にしがみつく我に手を振り、狸擬きにも、

「狸君もまったね♪」

手を振り、狸擬きは、

「フーン」

新作を楽しみにしていると、尻尾を振って挨拶している。

そしてすぐに船に乗るために男に小脇に抱えられる。

お船は、山と山の大きな大きな川の間を、船で巡っていく。

我らの乗るお船は、海のお船に比べたら何倍も小さいけれど、馬車も一緒に乗れる程度には大きいお船。

甲板で、大きく手を振る黒子に手を振りながら、

「色んな人間に会ったけれど、再会の可能性が一番高いのがあの黒子とはのぅ」

川の冷たい風が髪を靡かせる。

1階は馬車、2階は人の空間と別れているらしく、景色が見える窓際に配置された椅子や、ソファ席も多くある。

客は多くなく、狸擬きが窓際の景色の見える椅子に飛び乗り、

「フーン」

山です、走りたいですと我を振り返ってくる。

「そうの」

男は我を座らせると、隣に座り煙草を取り出す。

「待つの」

ポケットからマッチを取り出し、火を灯す。

「ん、美味い」

「くふふ」

しばらく流れていく景色を眺めていると、

「フーン」

船の探索をしたいと狸擬き。

そう広くはないけれど、獣の習性か、一通り散策しないと落ち着かないらしい。

小さなカウンターで飲み物と軽食が売られている他は、着替えるための個室が設置されているくらいか。

「屋上に出られるらしいよ」

階段を上がって出れば、

「ぬの」

風はほどほどに強い。

伽藍とした屋上でしばらく風に吹かれていると、

「の」

「あぁ、雪だな」

厚い雲から雪が降り出して来た。

男に促されて中に降りる瞬間、山の上に狼のシルエットが見えた。


この先に、大きな船だとすれ違いが困難になる場所があるらしいと、男に地図を広げて見せてもらう。

(ふぬん)

雪はやまず、これならば屋上に人はそう来ないだろう。

男に脱いでいたポンチョを被せて貰うと、屋上へ続く階段へ向かう。

「フーン」

雪風の中、狼が1体、山を走り付いて来ていますと狸擬き。

雪の中、流れる山々を眺めていると、徐々に川幅が狭まり、船の速度も落ちる。

川幅がこの船でいっぱいいっぱいになったところで、岩肌から突如現れた狼が、タンッと船に飛び降りてきた。

「おやの」

灰色狼だけれども、集団で行動する群れの狼たちより遥かに大きい。

人といる狼の中でも、より大きな部類だ。

灰色狼は我の前に立つと、風に毛を風に靡かせ、精悍な顔をじっとこちらに向けている。

「何か用かの」

『……』

「フーン」

滋養強壮になりそうな獲物を見掛けてやってきたものの、対面したら、到底敵わない相手でしたと。

のぅ。

こやつは、

「……馬鹿の?」

『……』

「フーン」

滋養強壮を取らせたい相手がおり、だいぶ判断力が鈍ったと申しております、と。

(ぬぅ)

雪でお船の運転が更に慎重になってるうちに手早く話せと促せば、

「ツガイのメスと早めの繁殖をしたものの、それからメスの調子が良くない。

少しでも栄養のあるものをと探して遠くに来ていたら、あなたの存在に気づいた」

と。

「フーン」

獣から見たら、主様と言う誠おぞましき存在を『栄養』などと思うとは、相当に慌てている様子ですね、メスの容態はそこまで切羽詰まっているのでしょうと狸擬き。

「ふぬ」

この狼がどれほど切羽詰まっているかはともかく。

「……お主は今日のおやつなしの」

「フンッ!?」

川幅が細いのはここしかなく、お船の速度は落ちていると言え、もたもたしていれば、目の前の狼が山へ帰れなくなる。

人助けならぬ獣助けの趣味などもさらさらないけれど、伴侶のために危険も省みずにここまで、人の領域、果ては我の許まで来た心意気を認め、何か気持ちくらいは手を差し伸べたてはやりたい。

しかし。

荷台へ向かい赤飯を炊いている時間などほとほとなく。

赤飯を炊いてこの雪の川を泳がせて運ばせるのも酷であり、そんなことをしたら、今度はこの狼が弱りかねない。

「の、お主。何か食べ物を持っていないかの」

駄目元で男に訊ねれば、黙って我の隣に立ち、頭に肩に雪をまぶしている男が、身体中のポケットを探り、

「飴なら1つ」

ときちんと紙に包まれたものが手の平に乗せられる。

「ののぅ、お主は凄いの」

紙を剥ぐと、飴を口に含み、舌に唾液に意識を込めながら、飴を舐めて飴に唾液をまぶす。

口から出すと、紙に包み、

「弱ったメスに、これを舐めさすか、飲ませるがよいの」

多少の力にはなるであろうと、紙に包まれた飴玉を咥えさせると、船がもう狭い川路から抜けようとしてる。

『……』

感謝します、小さな人の姿を模した、心優しき尚慈悲深きお方、と声らしきらものが届き。

素晴らしい跳脚力で、雪がまぶされ始めた山の岩肌に飛びかかり、その勢いでそのまま険しい崖を駆け上がって行く。

あっという間に姿は消え。

「ふー……」

ドアの内側に入ると、大きく息を吐いた男に雪を落とされる。

「お主も」

踵を上げて男の頭の雪を軽くはたくと、至近距離で目が合い、小さく笑い合う。

「少し緊張した」

「すまぬの」

「夜の唾液で許す」

「くふふ」

額を寄せて笑い合っている隣で、狸擬きは、未だおやつ抜きのショックで、雪も落とさずに固まっている。

(全く……)

「お主はの、我のような愛らしいレディに対して少々配慮がないの」

頬を膨らませてみせれば。

『愛らしい、レディ……?』

半回転程に首を傾げる狸擬きに、

「……今日は夕飯も抜きの」

雪まみれの狸擬きを置いて階段を降りた。


ーーー


お船のソファに座る我の前で。

「フンフンフーン!!」

後生です、心を入れ替えます、主様はレディの中のレディです!

と訴えながら、

「フーン!フーン!」

おやつを食べたいです!夕食を抜かれたら心が死んでしまいます!

と、くるくるその場で高速で回りながら訴えるも。

我の表情が微塵も変わらないのを見ると、

「フーン……フーン……」

隣の男にも涙目でスンスンと訴え始め。

「ほら、彼も反省しているみたいだし……」

そして、まんまと策にハマっている。

「ぬ、お主が甘いのは、我だけで良いのの」

なせ成長しないのだこのアホ狸はと思うけれど、

(身体だけでなく、やはり心も成長しないのかのぅ……)

残念狸めと溜め息を吐き。

「おやつはお船を降りてからの」

せっかくだし、お舟の軽食などではく、青の国で何か食べたいではないか。

「フーン♪」

途端にご機嫌狸。

青の国に着く前に、船の中で、青いふわっとしたスカートの膨らみに、小さな白いポンポンが付いたワンピースと、青い靴。

男は青いネクタイに付け替え、狸擬きは青い蝶ネクタイを留めると、お船が停まるのを待つ。

「雪は、若干少ないそうだよ」

青の国を囲む山々が多少雪を止めてくれるらしい。

「の……」

我の視界に移るのはそれより。

「フーン?」

青い国の河港は。

「あ、青いの……」

とりあえずの通称、狼が青いからだと思っていた。

しかし。

建物からして青く塗られている。

「動物たちに優しい顔料があの色なんだそうだよ」

「ほーぅ」

濃いめの青色は目に落ち着く。

出迎えの人々も多いけれど、我等に待ち人はおらず、船から馬車が運ばれてくるのを待ち。

「の、すぐに街の」

茶の国と違い、建物が近い。

「あぁ、組合も近いそうだよ」

獣は、そこいら中にいるわけでもなく、人と一緒にはいるけれど、誰も彼も獣といるわけではなく。

更に。

(ジャングルみたい場所かとも少し想像していたから、拍子抜けの)

こちらはこちらで狸擬きの物珍しさに、ちらと視線は感じるけれど、それだけ。

それでも河港から、獣用品の店が建ち並び、あなたの相棒の絵を描きます、なんて看板も立っている。

こちらでは「めじゃー」らしい。

「とりあえず組合かな……」

組合はわりかしどこでも分かりやすい場所に建っている。

青い建物が続き、この寒空の下、カフェのテラス席はあっても客は少なく。

(若干、鳥の数は多いかの……)

組合は、鳥が吸い込まれていく建物で分かった。

扉は閉まっているけれど、上の明かり取りの窓が絶えず開き、そこは鳥の通用口になっている。

扉を開くと、

「こちらは獣組合ではなく、人の組合となりますがお間違えありませんか?」

カウンターの外にいた、一言で伝えるならば、オールバックのダンディおじが、やってきた。

洒落ッ気はあのいつかの雪の宿のオーナーとためを張る。

が、こっちの男の方が肉厚で、迫力がある。

目に鮮やかな青色の三つ揃いがよく似合っており、タイ1つとっても拘りがありそうだ。

口髭のせいで貫禄はあるけれど、よく見るとまだかなり若い。

男より数歳程上程度か。

おじではなく、若ダンディ。

「えぇ、行商人というか、今はほぼ旅人です」

男が2枚のカードを見せると、ふむふむと頷いたダンディは、

「どうぞ、こちらへ」

とカウンターの1つに通される。

どうやらこのダンディが組合の長なのだろうけれど。

(ふぬ……)

他の受付の娘や若い男も、青い服を着ているけれど、制服ではない。

椅子が1つしかないため、我は男の膝に乗せられ、狸擬きは男の膝に引っ付いている。

「優秀な行商人さんとお見受けいたします」

カードを表裏と眺め、向こうの組合長から預かってきた手紙を読んだダンディが、なんともニヒルに笑う。

「えっ?いや、とんでもない、です……」

男が僅かにひきつると、

「ははっ、茶の組合長に、何か面倒な仕事でも頼まれましたか?あの人は自分が出来ることは周りも出来ると思ってる節がありますからね」

ダンディの苦笑いに、

「あぁ、いえ、今回は大丈夫でした」

男とダンディの間に、小さな仲間意識が生まれた模様。

「あぁ、お客様方宛に、二度ほど、若い女性から問い合わせが来ています」

若い女性。

あの青狼の娘だろう。

「こちらが彼女からの言伝の手紙です。書かれている住所が、少し離れた、2つ程離れた街なので……。そうですね、時間的にも移動は明日をお勧めします」

「ご丁寧にどうも」

「とんでもない、こちらには、お仕事ではなく?」

「ほぼ観光です」

「あぁ、ではのんびりしていってください、宿はお決まりで?」

「いえ、先ほど着いたばかりで」

「それはそれは。ご迷惑でなければ、幾つかご案内をさせていただきますが?」

何とも如才ない。

話は滑らかに進む。

「お願いします」

「我が国の宿は、部屋は勿論、風呂場も動物も入れますので」

狸擬きがしぶしぶ通訳してくれる。

抜け毛もそれ用に管を大きくしたり工夫しているのだと言う。

目の前のダンディは、無駄なく至り尽くせりであり、そして、我から見てもダンディはただの見た目ダンディなだけで裏も見えない。

狸擬きも、特に警戒もしている様子はない。

ふぬ。

(……この男なら大丈夫そうの)

「の」

「ん?」

「野生の獣と対話できる鳥はいないか、いたら手配して貰えぬかと聞いて貰えぬかの」

男は小さく頷くと、ダンディに訊ねてくれる。

ダンディは、

「……」

途端に分かりやすく作り笑顔を見せた後。

「実は、今日はまだ休憩を取っていないのです」

「?」

よかったら甘いものと煙草でもいかがですかと唐突に立ち上がり、

「フーン♪」

それにいち早く反応するのは狸擬き。

奥へ入って行ったと思ったら、また色鮮やかな青色の外套を片手に戻ってくると、

「街を案内しましょう」

と作り笑顔のまま、外へ促された。

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