25粒目
改めて出発する頃には更に雪は強くなり、組合長が、
「近くに馬車の物が屋根を売ってる店がある」
と案内してくれ、店先で雪の中、幌と似た素材の布と、布をくくりつける頑丈な棒をベンチの脇に取り付けて貰い。
「色々お世話になりました」
「何を言う、こちらの台詞だ」
と組合長と店の人間に見送られ、今度こそ出発になった。
「船に乗るのは明日かな」
「今夜は野宿かの?」
「いや、河川港に宿はあるはずだよ」
それでも。
「ぬぬぬ……」
雪が強くなってきた。
建物もなくなり、朝に姉が走ってきた先までは進んだものの、結局、雑木林の手前に停め、馬の天幕を設置し、荷台に籠る。
「こっちの雪の量を甘く見てた」
「ふぬ。……の、おやつが食べたいの」
「俺は少し腹が減った」
おやの。
ではと炊飯器のスイッチを押すと、狸擬きがフンフンとご機嫌に鼻を鳴らしつつ、うとうとしている。
早速貰った茶葉を選びつつ、湯を沸かし、小さめの岩塩を手の平で細かく砕いていると、やがて、炊飯器がピーッと音を立て。
「……フンッ!?」
狸擬きが寝ぼけ眼で飛び起きる。
狸予報は良く当たる。
「寒くないか?」
「平気の。……買い足して良かったの」
黒子の買っていた板が、荷馬車の幌を付けてくれた店で売っていたため、男が買い足していたのだ。
それを敷いて、その上に布団を敷くから寒くない。
「馬は平気の?」
「彼らは体温が高いんだ」
ほうほう。
結局、狸擬きの予報曰く、
「雪は早朝まで続きます」
と、あのまま結局ろくに進めず雑木林で一晩明かすことになった。
「……んん。これは、山かな」
と男。
「フーン」
あの城手前で食べたケーキですね?
と狸擬き。
「ぬ、これはプリンの」
「お」
「……フーン」
我の描いた絵を当てると言う、屈辱極まりない遊戯をしたり。
「あの湖の、雪のお宿の橙鳥は元気かの」
雪で思い出したり。
「フーン」
いい森でした、と狸擬き。
「青の国から鳥で手紙を飛ばそうか」
「の♪」
荷台がなぜか一番捗ると男が日記を付け、我は狸擬きに埋もれて昼寝をしたり。
「お舟の」
「フーン♪」
簡単な折り紙をしたり。
男が我の髪を弄り、我をスケッチしたり。
狭い荷台の時間はあっという間に過ぎて行く。
しんしんと雪は降るけれど、
(温いの……)
やはり、外を感じつつ、荷台で男と狸擬きにぴたりと挟まれて眠るのは、
「くふふ」
悪くない。
狸擬きの予報通り、雪は早朝に止み、一度雪山で鍛えられている馬たちは元気いっぱい。
盛大に雪を蹴散らして歩く馬たちに感心しながら、先へ先へ。
途中、そう小さくもない村があり、河川港から来た者は、ここで一晩過ごしたと話を聞く。
すれ違う馬車が増え始め、馬の逞しさを褒められたり、
「今はこっちに来る人は多いけれど、向かう者は今は少ないから、船には待たずに乗れますよ」
と声を掛けられ、すれ違っていく。
昼過ぎに着いた河港は、
「賑やかの」
もっとこう、お船と小さな宿があるだけだと思ったけれど、ここは国と国の渡し場、華やかで賑やかでないわけがない。
土産物屋も多く、きちんとした服屋もある。
「あ……」
「の?」
「青の国の服を忘れていた」
ぬぬ。
「そうですね、この茶の国程ではないですが、やっぱり青系の服だと喜ばれますよ」
半分は茶色の服、半分は青系の服で埋まった店は、
「私が自分で仕入れしてきてるんですよ」
中年のマダム。
きちりとしたスーツだけれど、水辺が近いせいか足許はブーツ。
我と狸擬きのお揃いのポンチョ姿に、あらあら可愛いとコロコロ笑うと、
「うちの国はもうこの時期は特に焦げ茶色一色でしょう?でも青の国は、そこまで青青してなくて、ワンポイントで服に入れている感じね」
と。
そして我を見ると、
「でもせっかく可愛いポンチョだし、中と靴だけ選びましょうか」
我の服なのに我にはなぜかほぼ決定権がないため黙っている。
「……向こうで毛皮は、何かご法度的だったりすることはないんですか?」
男の控え目な問いに、
「ないない、亡くなっちゃった子の毛をマフラーにしてたりするわよ」
思い出と実用性を兼ねている。
その合理的な考えはとても好感が持てる。
男とマダムが我の服選びしている間、我と狸擬きは店の外で小さな雪だるまを作る。
目は小豆。
途中で呼ばれ、おとなしく着せ替え人形になり、シンプルなものよりも、ここぞとばかりにふわふわだったり凝ったドレス的なワンピースを選ばれる。
「子供服ならそんなに嵩張らないですから」
と、そんなわけないだろうに、マダムの口車にまんまと乗せられ、むしろ自ら乗り、一体何着選ぶのか。
我の身体は1体なのだ。
「可愛い、うん、可愛い」
軽く10年分の可愛いを男から聞かされ、
(おやの)
エプロンこそ少し青みがかっているけれど、
(『ふしぎの国のアリス』っぽいの)
摩訶不思議なお話の主人公のドレスに似ている。
こちらは長袖だけれど。
「これも買おう」
茶の国のコインはだいぶ残ってしまったのなどと話していたのに、ここで大半は消えた。
狸擬きは、奥の試着室の一室で本気で寝ているし。
「お待たせの」
本当にお待たせ、である。
「フーン……?」
おやつの時間をですか?とモタモタ起きてくる寝坊助狸。
「くふふ、おやつの夢でも見てたのかの?」
「フーン」
この土地は、少し離れた場所で釣りが出来るために、趣味で少し滞在する客席も珍しくなく、水場のある宿もあるんですよと教えて貰う。
「甘いものなら、そうね、あっちの川沿いにある扉が赤い店がおすすめ」
食事は、わりとなんでも美味しいから、食べたいもの選ぶといいとも。
「食事でもいいか?」
今朝もおにぎりを食べただけ。
「我は良いの」
「フーン」
構いませんと狸擬き。
「一仕事した気分で腹が減った」
「奇遇の、我もの」
我の苦い顔に男は笑うと、
「ごめんごめん、……どれも似合うから選ぶのも大変なんだよ」
と抱き上げられる。
……む、むぅ、と男にぎゅむりとしがみつくと。
「あーっ!いたー!!」
遠くから馬車の音と共に何やら人の声。
狸擬きの通訳だとそんなことを叫んでいる模様。
「?」
遠くから1頭の馬が、少し困惑した様にトットコと荷を牽き駆けてくる。
その困惑した馬を牽くのは、
「おやの」
黒子ではないか。
「ちょーっと薄情じゃない!?」
「あ……」
男はどうやら挨拶をしていなかったことすら忘れていたらしい。
(ののぅ……)
男が、我より薄情な疑惑が更に増す。
「やぁ、こんなところまで、わざわざ挨拶に来てくれたのか?」
男の作り笑いに。
「僕の虎の子預けてるからね!?」
そうだった。
「あぁ、返そうか?」
「持っててよ!!」
もう地団駄を踏みかねない黒子に、
「フーン……」
さすがに狸擬きが気の毒そうに鼻を慣らし。
やはり我等の中で、一番情が熱いのが狸擬きだと分かる。
そして、この珍妙な集団に、更に黒子が喚くものだから、周りの視線が少し痛くもあり。
「そうだな、とりあえず、酒屋かな」
しかし、健全なお国柄、昼間から飲み屋はやっていない。
仕方なし、今日中にお船に乗るのは諦め、何となしに聞いていた水場のある宿へ向かえば、宿は舟乗り場から少し離れており、黒子はぶすくれたまま馬車で着いてくる。
(「挨拶」とはそこまで大事かの)
よく解らぬけるど。
黒子があそこまで怒るのだから。
きっと、そこまでなのだろう。
「フーン」
推測ですが、と狸擬きが小さく鼻を鳴らし。
「の?」
『人の寿命は短く、その挨拶が最後の挨拶になることも珍しくないのではと存じます』
ふぬふぬ。
『しかし、あの女に限っては、きっと、
「人に虎の子を渡す」
と言う行為を、初めてしたからではないのでしょうか』
とこそりと黒子の気持ちを代弁してくれる。
「ふぬん?」
自分の半身、とまでは行かぬけれど、かなりの価値のある石。
黒子の中では、片足くらいは差し出したつもりだったのかもしれない。
『それでこちらが挨拶もなしで旅立ったと知っては、持ち逃げされたと思われてもおかしくありません』
ほうほう。
天井知らずのお人好しと称される男と、持ち逃げを疑って我等を追い掛けてくる黒子。
(……よくこの性別含め真逆の人間がかち合ったものの)
そして、あの飄々としていた黒子を、ここまで感情を剥き出しさせて追い込んでいるのだから、
「案外、相当にいい性格をしておるの、お主も」
「ん?」
我の男は、全くの素であるから、よりたちが悪い。
宿は年季が入り、水場も使い込んでいる跡があるけれど、釣った魚を下ろす者も多いのか、テーブルとは別に簡易な棚が水場の隣にくっついており、作業がしやすい。
村で礼に貰ったワインを不義理の詫びとして与えると、
「えっ!?いいの!?ひゃっほー!!」
途端にワインを抱えたまま、笑顔で跳び跳ねている。
(狸擬きより単純の)
男が買い出しに行っている間に、リス肉のクリームシチューを作りに取り掛かり、その間、狸擬きに愚痴る黒子。
「聞いてよ、君目当てに宿へ行ったらさ、
『もう旅立ったよ、挨拶なかったのか?』
って宿のじいさんに言われて、ないって言ったら大笑いされたんだよ!」
ほう。
「あの狼君ですら、尻尾振ってなんか笑ってたし」
「フンッ……」
狸擬きもプスッと吹き出し、黒子の寄せた眉に、慌ててかぶりを振っている。
「僕もまぁ、そこそこには、心がないとか言われたりするけどさ」
のぅ、この優しき世界で、そんなことを言われてるのか。
「君たち程ではないと思うんだよ」
唇を尖らせる黒子はしかし、
「あーいい匂いしてきた」
まだ飲んじゃ駄目?
と抱えたままのワインの瓶に頬ずりする。
まだ煮込んでいる最中である。
ほどなくして男が戻って来ると、テーブルに追加で置かれる酒の瓶に、
「僕は君たちを信じていたよ!!」
とワインを置いて狸擬きを抱えると、
「フンッ!?」
その場で片足を上げてくるくる踊り出す。
体幹が凄い。
芋を蒸かしつつ、キノコをたっぷり炒める。
缶詰のアスパラは溶かしたチーズで和え、木の実は軽く煎るだけ。
「……フゥゥゥン♪」
「わーぉ♪」
男に頼みテーブルに運んで貰えば、黒子と狸擬きがテーブルを覗き込み、ごくりと喉を鳴らしている。
「もう少し待つの」
そして、最後にリスの揚げ姿焼きをテーブルに並べれば。
「何!?この御馳走!!僕今日死ぬの!?」
死んでくれても構わないけれども。
「あと君、その小ささでホント凄いね!?」
そうかの。
狸擬きも、追加で買ってきて貰った酒を男に注がれ、時間はなんとも中途半端だけれど、とにかく食事にする。
「うっまぁ!!ねぇ、リスなんてよく売ってたね?」
リスはほとんどレストランなどに卸され、一般には出回らず、食べたければ自分達で狩るものらしい。
「たまたま運良く手に入った」
「ふぬふぬ」
リスはほんのり甘くしっとりとして、煮ても焼いてもハズレがない。
「君の料理は今日も美味しいよ」
「ふぬん♪……リスは予想以上に美味の」
青の国の森事情はどうなっているのだろう。
「はー……、最高♪」
すっかりご機嫌な黒子には、ただあの場で酒を渡せば良かったのではないかと遅蒔きながら思う。
「フーン♪」
狸擬きも、またリス狩りへ行きましょうと、飲むのに食べるのに忙しい。
気になった黒子の体幹は、
「バレエだよ、習わされてから」
ぬぬ、もしや結構なお嬢なのか。
「ん?田舎だから大したことないよ。最近さ、仕事の後に、
『君のパフォーマンスも良かった』
って褒められること多くて、もう少し身体張ろうかなって」
頑張れば頑張る程酒が飲めるしの。
「そうそう、案外身体は覚えてるんだよね」
すらりと長い手を伸ばすけれど、まるで骨など存在しないように、滑らかに動く。
そんな黒子は。
「ねー、狸君、僕と働かない?」
「フン?」
おやスカウトか。
「フーフン」
自分は主様の従獣です、とアスパラにフォークを突き刺す。
「残念」
あっさり引いた黒子は、
「ね、君たちが来たのは花の国だっけ?どんな所だった?」
新しい酒を注ぐ。
最後だからか、男が名の通り花の多い国だと教えている。
山を越えた2国の話や、岩の街の話もしている。
組合の姉に、先の寒い小島は、村人は口数少なくニコニコしていると聞いたけれど、
「僕の故郷はニコニコはしてないな、旅人の恩恵もそんなにないからじゃないかな、そもそもそんなに来ないし」
同じ寒い地方でも違うらしい。
「大きい国だからね、勿論客が来れば親切にはするし、もてなすけど、閉鎖感は、ほんの若干はあったかな」
真面目なんだよと、らしくなく苦笑いし、
「名前からしていいよね、花の国……」
と大あくびをする。
船は朝一で乗ることにし、夜は、隣のベッドで狸擬きを抱えて眠る黒子。
その美しい寝顔は、中性的を越えて、仄かに女を匂わせていた。