24粒目
豆と言われても。
勿論、男も、我も、狸擬きも。
(ぬぬ、このカリカリに揚げたものをもっと食べたい)
特に何も反応しない。
むしろ、
「豆ですか?」
男は不思議そうな顔をし。
(まぁ、あれだけ飛ばせば森にも残るの)
あの後は、少し身体が軽くなった気すらした。
「えぇ、それで?」
男が、興味深そうな顔をしてから、指先で我の唇の端をなぞり、欠片を払う。
少しくすぐったい。
組合長は、我等の反応にたじろぎ、
「いや。んん、……君は、あのスリングショットと言うものを使ったんじゃないかと、俺は思ったんだ」
スリングショット。
何だったか、パチンコ、か。
Y字の2つの先端にゴムを留めて、ゴムの真ん中にパチンコ球を挟み、引っ張って標的に飛ばす。
確か、狩猟用には、もっと長銃みたいな形のものあった気がする。
男は曖昧に首を傾げ、その瞳に見えるのは本物の困惑。
我の男は、
「スリングショット」
をそもそも知らないらしい。
「おぉ?……違うのか。そうか、そうじゃないかと思ったんだけれどなぁ!?」
組合長が、うーん!と大きく唸り声を上げると、メインが運ばれてきた。
豚肉に細かなパン粉をまぶして焼き上げたもの。
それに固いパンが添えられ、やはり芋と、気持ちばかりの緑の葉。
組合長はこの話がしたくて、わざわざ個室を選んだらしい。
であるのだから、組合長は、目の前の肉よりも、
「あれか、呪術的なものか!?」
と、もう謎解きに夢中。
呪術。
(呪術、ほうほう)
呪術とな。
罠もない、狩猟でもない。
それでもいいかもしれない。
男は、始終穏やかな笑みを浮かべたまま、やってきた店員にワインのボトルの追加を頼んでいる。
そして我の澄ました横顔を見てから、
「こちらの国では、あまり呪い(まじない)や易者は歓迎されないと聞きましたが……?」
と声を潜める。
「そうそうっ、そうなんだよ、だからだよ!……だから、隠したのかとも思っていた!」
色々考えたのだろう、今もしっかり眉間に皺が寄っている。
「……その色々な推測などの話は」
男は変わらず平淡なそして穏やかな声。
(良き声の)
「組合などでも、広まっているのですか?」
この組合長の様に、余計なことを考える輩は多いのだろうか。
「いや、全くないとは言えないけれど、大半はリスが減って良かったって、まぁそれだけだな!」
ふぬ。
(それなら良い)
男が、我を改めて見つめてきたため。
「まじないで良いのではないか?この組合長もそれで納得するであろう」
黒子曰く、我の見た目は、
「異国情緒極まれり」
らしいし、男の灰色混じりの髪色も瞳も、ほんのりとした浅黒い肌も、我と一緒にいることで異国感が増す。
そして、獣の国にもいないと言われてる狸擬きの存在。
今も美味そうに、きちんとワイングラスの脚を持ち、お澄まし顔でワインを口に流し込んでいる。
我は、我を見て欲しいとは思わぬけれど、占いも呪いも呪術も、好意的に捉える方である。
だからこの国で、ほんの一欠片でも、呪いや易者のイメージが変われば、いつか、あの易者と絵描きの女2人も、こちらに遊びに来やすくなる日が、来ないとも限らない。
白葡萄のジュースのおかわりが運ばれてきた。
「ぬー♪」
と、
(……まぁ)
本当の本音は。
この目の前に座る、元冒険者の組合長を翻弄するのが、楽しいだけである。
狸擬きもニマニマしているし。
あぁ、違う。
こやつは単純に酒が美味しいだけだ。
男は、改めて組合長に視線を移すと、
「この事は、他言無用で」
と深刻な顔をし、組合長はごくりと喉を鳴らし大きく頷く。
なんとも。
(人を謀るとは、とても愉快なこと)
化け狸の気持ちも、今ならよーく解る。
深刻そうに眉を寄せた組合長は、
「呪いか……ううぅん」
つまみで運ばれてきた、チーズとソーセージを噛りながら、
「呪いに、あそこまでの威力があるとは……油断ならない」
忙しく咀嚼しながらも、心底信じきっておる。
(本当のことは言えないし、仕方ないの)
あの馴染みのない豆は、山の方からリスが持ってきたのかもしれないと組合長が勝手に推測し、勝手に納得している。
しかし何より、呪いを信じる要因は、組合長がリスの死骸を見ていないのが大きい。
(組合通さずにさっさと卸して正解だったの)
デザートは、生クリームの巻かれたクレープ。
蒼の山で、息子さんに世話になったと男が話せば、
「おおっ!!息子はご迷惑をかけなかったか!?」
ぱあっと満面の笑みを浮かべ、組合長は愛妻家でもあり、更に息子も溺愛している様子。
男が、
「とてもお世話になった、村にも馴染んでいて組合の代表として役目を果たしている」
と話せば、うんうん!ともうこれ以上ない笑みを浮かべ、
「早く帰って来て欲しいのに、そうか、村で向こうで頼りにされているから、村への在留の申し出なんかを書いて来たのか……」
と、はぁぁっと大きな溜め息。
(溺愛と言うか、ただの親バカの)
息子は暇にかまけて本をひたすら読んでいるだけである。
その大事な本を借りている恩があるため、黙っているけれど。
レストランの前で、ご機嫌で手を振って帰って行く組合長を見送り、我等も宿へ帰る。
「美味しかったの」
「フーン♪」
「そうだな」
そう。
それでいい。
宿に戻り、男に地図を広げて貰うと、単純に橋を渡るように船で川を渡ると思っていけれど、
「この山の間の大きな川をしばらく進んで、向こうの国の川の港まで行くんだ」
河川港、だったか。
「大きい川の?」
「大きな舟が余裕ですれ違える幅だ」
「大きいの」
どうやら、小豆洗いは出来そうにない。
「馬車も乗るから、大きめの舟かな」
翌朝、宿の裏手に位置する荷置き、今日も今日とて張り切る馬たちを繋ぎ、
「の、雪の」
「あぁ、本当だ」
男がベンチに、黒子から数枚もぎ取ってきた温い板を置いてくれる。
「フーン♪」
狸擬きは頭からポンチョをかぶり、板の上で丸まってぬくぬくしている。
「屋根を付け損ねた」
そう言えばそんな話をしていた。
それも海の向こうで。
皆で身体を寄せ古布を頭から被ると、
「♪」
狸擬きの楽しそうな空気が伝わってくる。
雪のかかる城を横目にサクサクと城下町を抜けると、段々建物の高さは低くなり、畑や雑木林が広がって来た。
この男と過ごす二度目の冬。
「……フーン」
「の?」
先に反応したのは、寝ていてもやはり狸擬きで、
「誰かが追いかけてきます」
とむくりと顔だけ上げる。
「のの?」
男に伝えると、男は馬車を停めて、
「……?」
少し曲がりくねった道から街の方を振り返ると、
「おっ」
「ののぅ」
「フーン!」
あの知的姉が、馬に乗って華麗に駆けてくるではないか。
「フーン!フーン!?」
馬は駈け足程度だけれど、狸擬きはそれでも大興奮。
馬車から降りて待っていると、
「やっぱり!組合には寄らないと思ったんですよ!」
と身体の雪をパッと払いながら、馬からスタリと飛び降りた姉は、
「すみません!うちの馬鹿ボスが、あの人たちは出発前に組合に寄るだろうからって何も渡してなくて!」
と大きな封筒に入った書類やら何やらを見せてくれるけれど、細かい雪が鬱陶しい。
狭い荷台に上がると、
「特にこちらで仕事をしているわけでもないから、組合にはわざわざ顔を出さないでしょうと、ちゃんと言ったんですけどね」
それは。
「申し訳ない……」
男が謝る。
「いえいえ!私はそう言ったんですよ!なのにあの馬鹿長は!」
と、テキパキと書類を並べた姉は、唐突に言葉を止めると、
「……その」
「?」
「組合長は、単純にもう一度お会いしたかったんですね、あなたたちに」
全く、と仕方なさそうに笑う。
「だから、来るだろうって希望もあって、昨日のうちに書類もチケットも渡さずにいたんだすよ」
大きな溜め息。
「……薄情で申し訳ない」
男が、再び謝りつつ、気まずそうに煙草に火を点ける。
「いえいえ本当に気にしないで下さい!旅人も行商人さんたちも、仕事がなければわざわざ寄りませんよ。ただお礼を渡すだけなのに、結局あの時間になっても来ないから、追い掛けて来たんです」
追い掛けてきたのが組合長でないのは、あの人は乗馬が馬鹿みたいに下手だからですと容赦ない。
「あ、これ、船のチケットです。現在の時点で一番グレードの高い船を選ばせていただきました。本日が定員オーバーだとしても、翌日でも有効となります」
「そしてこちらが、茶の国の組合で大きな仕事を請け負い、尚且つ成功した証明となる書類です。
最悪先の2つの国で何かあった時、茶の国の組合は、あなたたちの絶対的な味方をすることと、国として支援も賜ります、って約束の書類ですね」
(の、ののぅ……)
「あと、それと」
女が更に書類を広げたため、男と顔を見合せ、
「戻りますよ」
男が息を吐いて笑う。
「えっ!?」
「いや、まさか、こんな待遇をしていただけるとは全く思っていなかったので……」
「でも……」
「急ぎの旅ではないので、せっかくここまで来てくれたあたなには悪いことをしてしまいましたが……」
姉はいえいえと大きく手を振り。
男の「戻る」の言葉に、我の後ろで俄然うるさく騒ぎ始めたのは。
「フーンフーン!!」
狸擬き。
くるっくる尻尾を回し、
「馬、馬!」
とフンスフンスと大興奮。
「……えっ!?狸ちゃんを馬に???」
「その、乗馬が好きで、ご迷惑にならなければ、彼を乗せて貰えませんか?」
「えー!?勿論!大歓迎ですよ!」
キャーッと姉も大はしゃぎだ。
「フーン♪」
姉は期待に目をキラキラさせる小脇に狸擬きを抱えると、ひょいと馬に跨がり、
「行くよー?」
パカパカ進んでいく。
我等が馬たちにも、ぐるりと道を回って貰い、来た道を戻る。
「……君のしたことは、凄いことだったんだな」
男に呟かれても。
「お主と狸擬き、どちらもいなければ、到底なし得ぬ事の」
これは謙遜でなくただの事実。
2人と1匹だから出来たこと。
雪の城下町街に戻り、組合へ到着すると、雪のせいか組合に来る客は少なく伽藍としており。
「いやいや!!とんだ手間を掛けさせしまったな!!」
あっはっは!
と組合長がカウンターから出てくると、ニッコニコと二日酔い知らずで男にまた握手を求めている。
男と組合長が、テーブルで改めて書類を広げて話し始めたため、我と、何だかよたよたしている狸擬きは暖炉の前に向かい、我はしゃがみ込んで、火を眺める。
「お主は物怪の幸い、お馬さんはどうだったの?」
「フーン……」
あの研師は、とてもわたくしのことを気遣った馬の乗り方を、御し方をしてくれていたと気づきました……と。
「の、ののぅ……」
姉は、だいぶ「あぐれっしぶ」な乗り方をする模様。
よく言えば、馬を自由にさせているというべきか。
しおしおと消耗している狸擬きの、頭巾の上から背中を撫でてやっていると、
「はーい、向こうで渡そうと思ってたんだけどね、餞別ですよ」
姉がやってくると、茶葉の詰め合わせらしきものと、さくらんぼを煮詰めた瓶詰めを姉から貰えた。
「のの?ありがとうの♪」
これは嬉しいと袋を胸に抱えた我に、姉は言葉通じずとも、何か声を掛けてくれる。
「フーン」
「あなたのお兄さん、凄いのね」
と。
「んふー♪」
そうであろう。
「ね、どうやってとんでもない量のリスを狩ったの?」
目の前に屈まれて聞かれたけれど、
「……」
聞こえないふりをするしかない。
それでも、姉はじっと我の目を見つめると、
「とても綺麗な瞳ね……」
ぽつりと呟き、褒めてくれた。