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22粒目

出発の日。

「フーン……」

「……」

茶狼は、下げた尻尾を力なく振り、狸擬きとするりと身体を寄せている。

「寂しくなるな」

おじじも寂しそうに笑ってくれ、帽子を被った頭を優しくポンポンしてくれる。

おじじには、

「優しい甘さだな、これはとても好きだよ」

と、とても喜んでくれた、借りた器で蒸したプリンをたくさんと、狼には甘さ控えめに焼いたビスケットを渡した。

おじじが身を屈めて我の手を包み、

「……叶うことなら、もう一度お会いしたいものだ」

と、その手に額を寄せる。

「……」

我は男に馬車に乗せられ、男はおじじと握手し、狸擬きは名残り惜しそうに我の隣に飛び乗る。

馬車を進めると茶狼が、道をたっと駆けてきたけれど、

「……フーン」

達者で、の狸擬きの言葉に、野生ではなく飼われている狼は滅多にしないという、遠吠えをして見送ってくれた。

今まで出会った若い獣たちに比べ、茶狼はおじじにも言われるくらいの老狼。

我等がここに戻ってくる頃には、おじじも茶狼も、もう、ここにはいない気がする。

「……」

しかし。

「なんだか、おじじの物言いは含みがあったの」

「フーン」

主様が、人の幼子ではなく「より尊き者」と察しられたのでしょうと狸擬き。

「なんぞ『縁起のいいものに会えたな』的なものかの」

「フーン」

そうですと狸擬き。

出発の前に組合へ向かうと、今日も今日とて少年がカウンターから出て来ると、

「わぁっ!とっても可愛いですっ!」

と手放しで褒めてくれるのは、新しい毛皮のポンチョと、斜め掛けの丸い毛皮の鞄。

そう、我の手を繋ぐ隣の男は、リスを大量に狩った日、リスの卸しに我を連れて行かなかったのは、リスの毛皮で、我のおニューのポンチョを作るためだった。

我がいると確実に、

「そんなにいらぬ、羽織れる季節は秋冬と限られるし、何よりポンチョを羽織れる身体は1つしかないのの」

「鞄も、確かに欲しいとは言ったけれど、秋冬に限られるのは変わらぬ」

と言うに決まっているからで。

実際、その場にいたら確実に口にしていた。

だから、男の言う獣の解体の場の臭いなど、我等を置いていく言い訳でしかなかったのだ。

そして、あれだけの量があれば、小さな我と狸擬きのポンチョや鞄など、おまけもおまけの数しか使わないからと、頭巾の部分は狸擬きの様な耳の飾りまで付けられた。

狸擬きの方は耳の部分がぴったり合う様に製法されている。

男以前していた狸擬きのスケッチで、型紙を取ったと。

なにもかも計画済みだったのだ。

しかし、組合の奥の扉から出てきたつり目のお団子女も、

「あらっあらら?」

とっても可愛い!

と狸擬き共々ニコニコ愛でてくれ、

「フーン♪」

狸擬きはもうご満悦で、ご機嫌にステップを踏んでいる。

「国からも少額ですが、お礼が出ますので、青の国へ行く前に、城の街の組合へお立ち寄りくださいね」

とのこと。

「なんのお礼かの」

「フーン」

パフェがいいですね、と狸擬き。

「そうの」

リンゴか、さくらんぼか迷うところ。

涙ぐむ少年とお団子女にも見送って貰い、街を進むも。

「その前に、もう一度リスを卸した店に寄りたいんだ」

と男。

「ふぬ?」

まさか2着目のポンチョではなかろうの。

「違うよ、リスの肉は多めにこちらに卸して貰えるように頼んでいたんだ」

リスの肉。

「木の実しか食べないから、とても美味しいらしい」

ほーぅほぅ。

「では、もう一度森へ寄るかの」

唇を無意識に舐めてしまう。

そして我はわりと本気だったのに、

「ははっ楽しい冗談だ」

馬車を進められる。

リスを卸した先の店で、冷やされてみっちり詰められリスの姿肉の入った袋を見せてもらったけれど。

「あの少年が見たら、その場で失神するのぅ」

「フーン」

とても美味しそうですと狸擬き。

更に箱に詰められ、ズンッと重くなった荷台に、脳筋馬たちは、しかしフンスフンスと張り切って進む。

城の街まで、大通りを通り、たまに屋台を見掛けて芋の揚げたものを食べたり、

「ののっ?あそこに本屋があるのの!」

寄り道をしたり。

のこのこと、なかなか進まない街中を進むと、

「のぉぉ……」

それでも、やがて茶色いお城が見えてきた。

「……凄いの」

「フーン」

「大きいの」

「フーン」

花の国の倍はある。

もう少しずつお祭りの準備は始まっており、

「ええっと、あぁ、あった」

向こうの港に近い街の組合より、だいぶ大通りにある組合は大きく、少しの奥まり、馬車が置けるようになっている。

からっ風が吹きこむせいか、大きな観音扉は閉まり、中はふわりと暖かい。

端に暖炉がある。

「♪」

狸擬きが真っ先に暖炉に駆け寄り、並ぶテーブルにいた客や組合の人間が、

「お?」

と物珍しげに狸擬きを見送る。

カウンターの1つが空いており、見た目からして知的そうな印象のある姉が、しかしおっとりと手を振っているため、男と手を繋いで進むと。

男が向こうの組合から渡された手紙や、ついでに預かっていた手紙を渡す。

女は礼らしいものを口にしてから、紙切りナイフで組合からの手紙を開くと、伏せた瞳で眺めていたけれど。

「お待ちください」

と静かに席を立ち、端の席で咥え煙草で書き物をしていたごつごつした男に声を掛けている。

(のの……)

どうやらあれが組合長で、あの蒼の山の組合の若い男の父親なのだろうけれど。

この男の遺伝子は存在するのかと思う程、似ていない。

手紙に目を落とした組合長は、ちらとこちらを見るとパッと破顔し、カウンターの方から大股で出てくると、何か挨拶をしながら男に手を差し出し、男の後に我とも握手くれる。

多分、

「ちっさいなぁ!?んん!?」

と驚かれつつ楽しげに笑われる。

お主はうるさいのと見上げていると、

「なんだ!?抱っこするか!?」

的に両腕を伸ばされたけれど、いつかの麦わらの旅人同様、

「のーせんきゅー」

と隣の男にしがみつくと、また何がたのしいのか豪快に笑われる。

こやつは本当にあの若い男の父親なのか。

「托卵」

と言う言葉が頭を掠める。

テーブルの方ではなく、カウンターの端の階段を指差され、どうやら二階へ来いと誘われている様子。

男に抱っこされ、

「狸擬きの」

呼べば、暖炉の前からテコテコやってきて、組合長がまた大きく驚きつつ、撫でてもいいかと手をワキワキしている。

「優しくならの」

と男に伝えて貰うと、

『……』

屈んだ組合長は狸擬きを抱き締めるようにワシワシしている。

(獣好きかの)

しかし我等の対応をしてくれた知的姉が、

「お客様を待たせてないで早くお2階へ!」

と階段を指差している。

組合長は、そうだったと狸擬きを片手で抱えると、

「フンッ!?」

そのまま男を促して2階へ上がる。

狸擬きは小さくジタバタしていたけれど、その存外高い視線に、

「フーン……」

キョロキョロしつつ、おとなしくなる。

2階は幾つかの客室と奥は組合の休憩場か何かだろうか。

手前の一室に通されると、下にはないソファと足の短いテーブル。

暖炉はないものの、万能石のストーブあり、暖かい。

壁にはお城の刺繍された布が飾られ、お舟の絵は反対側に飾られている。

「の、あれだけ大きなお船は動くのになぜ汽車は動かぬかの?」

汽車そのものでなく、万能石の開発に難儀しているとは聞いたけれど。

「膨大に使う燃料を少しでも減らしたいんだそうだよ」

一般の人でも手軽に乗れるように、少しでも低予算で走れる汽車を作りたいのだそうだ。

それがなければ、金をいくらでも掛ければ、もうとうに動いているそうだ。

「でもそうでないと、他国にも技術を売りにくいし広げにくいからと」

理由が金儲けではなく、庶民、他国のことも考えてとは。

(底知らずの平和な世界だから出来ることの……)

先に我等を部屋に通しただけで消えた組合長が片手に盆を持って部屋に入ってきた。

ちゃんとカップが4つ。

向こうの組合から、狸も茶を嗜むとでも、言伝てがあったのだろうか。

(ぬぬ、良き香り……)

アップルティである。

組合長は、優雅に香りを楽しんでから啜っている。

(の、乙女の……?)

以前は珈琲派だったけれど、今は妻の影響で紅茶ばかりだと、それでも煙草は吸う矛盾。

組合長は男に旅の話を聞きたがっているのはありありと見えたけれど、優秀な部下であろうにっこり姉がすぐにやってきて、国からの報酬の石の入った箱と、書類をテーブルに広げる。

組合長の感心は今度はどうやってリスたち捕らえたのかと興味が移るも、姉の大きな咳払いで、

「報酬の確認を頼みます……」

としょんぼり肩を落とす。

「のの」

南の国で見たものより淡い緑の宝石が3つ。

しかも加工してある。

行商人カードには、組合長が何かサインをし、これで他の2国でも更に行商人カードの信用がより高まると。

「祭りまでこの国にいないのは何か理由でもあるのか?」

と聞かれ、

「祭りのために卸すような仕事はしておらず、赤の国が目的地だ」

と男が答える。

組合長はうんうんと頷き、それ以上は聞いてこない。

それよりも男の話が聞きたいらしい。

けれど先に、

「の、この男はどこで冒険者をしていたのの?」

訊ねてもらえば、

「氷の島だそうだよ」

部屋の端に丸まっていくつか刺さっている紙を組合長が持ってくると、それは地図で、

「ここだな」

と指を指すのは、地図の上の方。

1つ小さな島があり、そこを経由して更にお船で進んだ先。

小さな島より遥かに大きいけれど、

「文字通り寒い。その一番寒い時期に、アザラシが大繁殖してな、人手が足りないって、特別報酬目当てで飛び込んで漁に明け暮れて、あぁ、帰り間際に洞窟で貴重な花が咲いてると聞いて行ってみたりな」

花?

「そう、寒い寒い洞窟の中で咲く花だ」

興味深い。

けれど。

話を聞けばどうやら、あの崖に咲く白い花と似ており、

(文字通り売れる程持ってるしの……)

氷の島でも、アイスの実る木の目撃もないらしい。

(やはり、お菓子の実る木を本格的に探したいの)

組合長が、どんな国からいらしたと男に訊ね始めたため、狸擬きには、通訳はもう大丈夫のと、1人と1匹、おとなしく甘いアップルティに口を付けていると。

そう大した間も無く、コツコツと扉を叩く音と共にあの姉が顔を覗かせた。

組合長の妻が来ていると。

姉の後ろから、すみませんとやってきたのは、

(ののぅ、あの若い男に似ておるの)

母親の遺伝が強く出たらしい。

細く儚げなその女性は、

「ごめんなさい、夫にお昼を持ってきただけなので、すぐに帰りますから」

とゆるりと頭を下げるけれど。

「何を言う!折角来てくれたんだ!一緒に食べよう!」

ドアに突進し、妻を熱烈に抱き締めている。

姉の呆れた顔。

その呆れ顔のまま、

「まだ大事なお話が済んでいない様でしたら、今すぐに組合長の頭をひっぱたきますが?」

その本気であろう言葉に、男は、

「いえいえ、もう世間話でしたから」

慌てて立ち上がるけれど、

「いやいや、まだ旅の話を聞きた……あだっ!?」

背伸びをした姉に、容赦なく、ぐーで後頭部を殴られている。

(ののーぅ)

大変に強い。

男が、今日の出発は無理そうなので、こちらにも時間はある、自分も少し話したいこともあるし、改めて時間を貰えたらと、我にポンチョを被せる。

そう、大事な夫婦の時間を邪魔してはならない。

組合長の妻とやらは、夫の腕の中から、お客様なのにごめんなさいねと恐縮しつつも、ポンチョ姿の狸擬きに、ぱちりと目を見開き、隣に立つ我を見て、あらあらまぁまぁと相好を崩し、小さく手を振ってくれる。

そして、

「いい加減嫁から離れろ」

と、再び姉の握られた拳と構えに、妻から渋々離れた組合長は、

「こちらも色々聞きたいし、夜にでも時間を貰えないか」

と提案され頷く男。

我もじっくり城を見てみたい。

そして凄い笑顔のままの姉が、

「では、お宿の紹介をしますね!」

と我等を部屋から出すと、2人を押し込み勢いよく扉を閉めた。

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