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21粒目

昼過ぎに山の方まで向かい、同じく山を眺めに来た温泉の客たちが引くのを待ち、

「狸擬きの、おにぎりの」

声を駆ければ、遠く遠くから、ターンッターンと転がり落ちてくる勢いで狸擬きが降りてきた。

狼は人目に付かない上の方で尻尾を振っているのが見える。

「狼と仲良く分けるのの」

「フーン♪」

ずっしり重い5号分のおにぎりを背中に背負うと、

「フーン」

感謝です、主様、と再び山へ消えて行く。

村の中へ戻ると、先刻別れたばかりの組合の若い男とばったり会い、

「これなら昼なんです」

と、自分達もだと男が答えると、若い男のおすすめの豚肉を出してくれる店へ案内してくれた。

「自炊もしますけど、昼はほとんど外ですね」

と。

村人と温泉の客で賑わう店内。

天井は雪対策か、滑り台にしたら楽しそうな急斜面。

「僕は城の方の組合の組合長が父親で、コネで入りました」

あっさり言う。

こちらの世界ではそう後ろめたいものでもないのだろうか。

「元冒険者の父親とおっとりな母親から生まれたんですが、僕は母親に似て冒険なんかさっぱりなタイプでして。なんなら本だけ読んでいられればいいくらいで」

あの部屋で薄々感じてはいたけれど、やはり本の虫らしい。

「この村は僕には合いすぎて、融通が利きそうなら、もうしばらくここの出張所に居させてもらうつもりで、要望書を書きました」

街の祭りには興味がないらしい。

「そうですね、本が多いらしい赤の国には少し行ってみたくて」

ほうほう。

男が青の国へ行った後に向かうと伝えると、いいな、でも船代も本に消えてしまってと悩ましそうな顔。

とんだ活字狂いである。

若い男は細身ではあるけれど、塩漬けの豚肉の塊を蒸し上げたものに、たっぷりの芋とたっぷりのザワークラウトと、ボリューム高の食事でも軽く平らげている。

けれど、同じくらいの量を食べ切る我にも同様に驚かれた。

小さくげっぷが出ると、若い男と共に組合に戻り、我は本を眺め広げ、若い男は、男の地元の話を聞きたがり、熱心に聞いて頷いてはメモしている。

活字狂いではなく、知識を求める学者タイプか。

我はそのうち男の膝の上によじ登り、男の心地好い話し声を「びーじーえむ」に、うとうと眠る。

眠りながらも山の方へ意識を飛ばせば、全力疾走している狸擬きと狼の気配。

そして遠くの川の方まで向かった所で我の飛ばした意識に気づいたか、

「フーン♪」

返事をしてくれる。


そして。

ここの村の組合には、やはり男のみが長年配属されているため。

男にしがみついて、うとうと眠っていたものの。

(……鼻がむずむずするの)

「へぶちゅ!」

くしゃみで目を覚ました。

「ん?寒いか?」

「の」

「ん?」

昼寝から起きた後は。

「片付けの」

男と若い男を駆り立てて、組合の掃除をする。

そう、ここは、しかと掃除が甘いのだ。

男に髪を2つに結って貰い、三角にした布を鼻の上から巻いて貰うと、ドアと小さな窓を開ける。

掃除用具が足りず、若い男が近所から借りてきて、

「ふんふん」

「おぉ、本当だ、よく見れば埃がすごいな」

「一応水場は掃除しているんですが」

水場だけか。

「鳥の餌場もですよ」

そういえばさっきは糞場も掃除していたな。

それ以外は、からっきしなのだろう。

そう広くない建物をせっせと片していると。

「フーン?」

『……?』

「おやの、もう夕刻かの」

あっという間に陽は落ち掛けており。

1匹と1頭が、

「何をしているのですか主様?」

と顔を覗かせていた。



翌日は早朝。

まだ人気のないうちに、蒼狼を山まで送り。

「お主も、我等と一緒に来るかの?」

『……』

狼は酷く迷った顔をしたけれど。

『冬眠している友達の熊が、目覚めた時に自分がいなかったから悲しむだろうから、今はまだこの山にいます、と言っています』

ふぬ。

『十数年に一度くらい、ここに遊びに来てくれたら嬉しい、と』

長命種に取って十数年はほんの数年単位。

「そうの、またすぐに遊びに来るの」

『……いつかは、あなたたちと外に出てみたい』

おやの。

「そうの」

その時は、

「一緒に色んな所へ行こうの」

『♪』

蒼狼には、赤飯おにぎりをたんまり積んできた。

山の手前まで馬車で来ていたため、早朝からすまぬのと組合に顔を出すと、厚手の寝巻き姿の若い男が顔を出し、掃除のあとに借りていた本を返すと、

「それはまだ途中でしょう?それはお貸ししますから、次に会える時に返してくだされば」

と気前よく本を貸してくれた。

なんと。

「大変に良き若者の♪」

読み途中の本をホクホク胸に抱えていると、

「……帰ったら、本をたくさん買いに行こう」

今日も安定の大人げない男の作り笑顔。

検閲はするくせに。

若い男と握手して、馬車に乗り込む。

「フーン」

自分にも本を読んでほしいですと狸擬き。

「の、よいの」

朝日の眩しさに目を細めながら、ゆっくりと帰路を進む。

夕刻前には、街へ着くだろうか。


無事に蒼の山から宿に帰った翌日は、薄曇りのその日。

男は、

「なんだ、組合からの呼び出しだ」

と小鳥にビスケットを咥えさせ、朝から出て行き。

我は、狸擬きのリクエストで、プリンに挑戦してみたものの。

「ぬぬ、なんの?す、とやらが入ったの」

小さな気泡たち。

狸擬きは、

「フンフン♪」

す、とやらは分かりませんが、主様の作ったのはやはりとても美味しいです、と冷やす間もなく、蒸し立てを食べている。

「お主は(ぬく)いものが好きの?」

「フン♪」

残りのプリンを冷まそうとしていると、黒子が懲りずに遊びに、ではなく、狸擬きの客寄せ目当てにやって来た。

「あ、帰ってきてたね~」

と軽い挨拶と共に、

「なにそれ?」

とプリンに目敏く視線を向ける。

「プリン?あぁ、あの不思議な食感の」

知っているらしい。

構わずしまおうとしたけれど、

「今日はお礼も持ってきたからっ」

と拝まれ、仕方なく1つやると、

「えっ、うまっ。……え?すご、なんで?」

我とプリンを何度も見比べられ。

何で、と言われてもの。

黒子も我等や狸擬きと同じく、酒以外は「子供舌」なのだろう。

もう1個と言われたけれど、

「フーン!!」

狸擬きが黒子と水場の前にいる我の前に立ちはだかり拒否している。

「ありゃりゃ」

黒子は残念と笑うと、我が書いた、

「こうも外の空気が冷えてくると、客も減るのではないかの?」

の問いかけに。

「そうそうっ。だからさ、見てもらいたくてさ、これ大出費だよ」

と外に連れ出された。

街の方も、昼間でもだいぶ冷え込んできた。

雨が降れば確実に雪になるだろう。

黒子が珍しく馬車でやってきたのは、荷台に薄い板?が積まれている。

それを見せたかったらしい。

「これね、中に石が入ってんの、中の石に火を点けて、これをベンチに敷いてさ、お尻が暖かければ違うかなーって」

ほほう。

そしてそれを。

「……我たちに設置させるつもりか」

「お礼はするからさ」

ウインク。

信用ならん。

「今回はホント、ほら」

小さな厚手の袋に、我の手の大きさの袋を渡され、中は硬い石の様なもの。

出してみると、

「ぬ?」

透明な輝き。

我の我の手の大きさ。

「ね?」

黒子のウインク。

「なんの?」

「ピンクダイヤモンドだよ」

ほう。

「もう少し驚いてよ」

狸擬きも、石の価値は分かりません、とぐるりと首を傾げるだけ。

名前からして価値はありそうだけれど。

「なぜこれを換金して我のオーダーメイドの鞄の代金の足しにでもしないのの」

元の世界では、この大きさならば、途方もない価値があったはず。

「虎の子だからだよ」

やはりか。

それをなぜ我に渡す。

「僕の虎の子だから」

胸を張られても、全く意味が解らぬ。

「君たちとの繋がりと、君たちからの信用が欲しいんだよ」

男が、鳥で繋がると言ったはずだけれど。

「それは君たちからの気持ちで、僕からの気持ちではないから」

黒子の言ってることは全く理解できぬ。

それでも。

貰えると言うのなら。

「これはさっさと換金して、今日は美味しいものでも食べるの♪」

パフェがいやと言うほど食べられるだろう。

「フーン♪」

ウキウキした我と狸擬きに、やはり何を言っているのか程度は察するらしく。

「いやいや大事に取っておいてよ!!」

やめてよ!と慌てられる。

「……ぬぅ」

そんなことではた思っていたけれど、我等を貸金庫代わりにするな。

いや、質屋のようなものか。

我と狸擬きの冷めた視線に。

「せめて僕と連絡が取れなくなってから換金してよぉ!」

情けない声を出すな。

そしてやはり我等は質屋扱い。

まぁ仕方ない。

こやつの、黒子なりの精一杯の誠意とやらなのだろう。

「の」

黒子を我等の馬車の荷台にこいこいと呼び、狸擬きを踏み台に荷台に乗り、まだ赤い背負い袋にパンパンに積めたままの、紫色の石たちを、荷台の外にいる黒子に見せれば。

「……はぁ!?」

黒子が天を仰ぐ。

「何!?この量!!」

我が谷底に落ちた結果である。

「あー、ダイヤモンドの塊に驚かないはずだよー……」

と心底嘆いている様子。

「どうしたのさ、これ?」

我と狸擬きでがんばったと胸を張ると、狸擬きもフーンッと胸を張っている。

「まぁ、ピンクダイヤモンドに比べると、価値は低そうだけれどの」

我の呟きに、

「いや、そうでもないよ」

と男。

「のの?」

いつの間に戻ってきた。

「おかえりの」

「ただいま」

手を伸ばしてきた男に抱っこされると、

「色の付いた石はそれだけで貴重だ」

と。

緑も、この辺りでは割りと安価だけれど、取れない国へ行けば貴重になるとも。

ぬぬ。

(あの海の向こうの街で買っておけば良かったかの)

ピンクダイヤモンドは、やはり質屋代わりにするなと男は我と同じことを言ったらしいけれど、鳥で繋がるための僕からの気持ち、僕がいなくなったら使ってよと笑い、男は渋々箱に閉まった。

(と言うか、この世界にも質屋があるのの)

男に訊ねれば、主に若い人たちのためのものだと。

借りる理由もおおむね平和なもので、慈善事業に近いものだと。

(慈善事業……)

まんま我等のことである。

そして今日も、狸擬きの紙芝居を観覧したい欲を体よく利用され、広場へ向かうと黒子の仕事を手伝わされ。

男と一緒にベンチを広げ黒子の買った板を置くと、板の隙間から男が万能石に火を点ける。

温かいベンチです的な言葉が書かれた看板を置き、座ってみると確かに温い。

特殊な板のお陰で、尻が熱くなりすぎることも燃えることなく、ただ、尻がほわりと温まる。

温いけれど。

これは。

(……眠くなるの)

通り過ぎる客たちは、舞台よりも温かいベンチの看板に引かれてやってくる。

特等席に座った狸擬きは、

「フーン♪」

とても温かいです、とベンチの上で丸まってしまう。

(ののぅ)

黒子がやってきた客に、我を見てから何か聞かれ、黒子は残念そうにかぶりを振っている。

「?」

男が苦笑いし、

「あの小さな黒髪の子も何か芸をするのかと聞かれているよ」

教えてくれる。

なんと。

準備もそこそこに早々と男に抱っこをせがむと、恒例のベンチの後ろに立つ。

黒子が声を上げると、狼だろうかと思っていた周りの客たちは、狸擬きがむくりと起き上がり、そのままぽてりと椅子に座る姿に、狼ではないと知り、わずかにどよめきが起きる。

も。

黒子の紙芝居と演技に、すぐにその世界に引き込まれて行った。

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